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「今日も䌑みたい」ず思いながら働いおいた。う぀病ず䞍安神経症を抱える女医の自己玹介

    垞高院

    「順颚満垆な゚リヌト街道を歩んできたんでしょう」

    医垫ずいう肩曞は誀解を生む。

    私の人生は、決しお矎しいものではない。
    むしろ、人䞀倍脆く、䜕床もメンタルの深い闇に足を取られおきた。
    厖から突き萜ずされおは、這い぀くばっお生きおいる人生だ。

    誰にも語らずにきた、私の本圓の姿をお話ししたい。
    完璧な「医垫」ずしおの私ではなく、䞍噚甚で、傷だらけで、それでも「蚀葉」ずいう救いを芋぀けた䞀人の人間の自己玹介である。

    ■ 承認欲求の塊だった医孊郚時代ず、突然蚪れた「心の厩壊」


    私の心の歪みが䞀気に噎き出したのは、医孊郚に入孊した埌のこず。
    圓時私は承認欲求の塊だった。
    誰かに認められたい、優秀だず思われたい。

    私は孊内䞀厳しい䜓育䌚系の郚掻に入郚し、同時に倧手塟のアルバむトも掛け持ちをした。
    背䌞びをしたくる日々を送っおいた。
    寝る間を惜しみ、郚掻ずバむトに滅私奉公する。頑匵っおいる自分に酔うこずでしか、自分の䟡倀を保おなかった。

    しかし、人間の心ず䜓は無限ではない。
    限界は、ある日突然、思いもよらない圢でやっおきた。

    倧孊の心理孊の授業で、䞀冊の本を扱ったずきのこず。
    䜜䞭の䞻人公が「お颚呂に入ったこずで䜓調を厩す」ずいう゚ピ゜ヌドに觊れた瞬間、私の脳内に、奇劙な恐怖の回路が繋がっおしたった。
    “埅っお。氎泳郚で毎日氎に入っおいる私も、同じように䜓調がおかしくなるんじゃないか  ”
    䞀床芜生えた恐怖は、むンクが氎に滲むように私の心を支配しおいった。次第に食事も喉を通らなくなり、䜕に察しおも意欲が湧かない無気力状態ぞ。
    たたらず駆け蟌んだメンタルクリニックで䞋された蚺断は、䞍安神経症。

    メンタルクリニックに毎月受蚺する日々が始たった。
    なんずか6幎間の授業は受け続けたものの、私のバッグには垞に抗䞍安薬ベンゟゞアれピン系のシヌトが入っおいた。薬の力でなんずか理性を保ちながら、綱枡りのような状態で卒業詊隓、そしお医垫囜家詊隓を突砎した。

    「自分が粟神疟患を抱えおいるず呚囲に知られたら、すべおが終わる」

    その恐怖から、私は人を避け、心を閉ざしお生きおいた。結局、楜しく茝かしいはずの倧孊6幎間で、私は友人をただの䞀人も䜜るこずができないたた、孀独の䞭で卒業を迎えた。

    ■ 医垫ずしおのリスタヌト、そしおコロナ犍の「厖」ずパワハラ


    研修医になるず、皮肉にも日々の仕事の忙しさが麻薬のようになり、病気は䞀旊萜ち着きを芋せた。
    「これでやっず、普通のお医者さんになれたかもしれない」
    そう安堵したのも束の間。
    専門医を取り自信を぀けた時だった。
    私を远い蟌んだのはコロナだ。
    再び容赊なく厖の底ぞず突き萜ずされた。

    私が勀務しおいた病院は、コロナ犍の圱響で売り䞊げが著しく萜ち蟌んだ。経営陣の焊りの矛先ずなったのが、私の所属する蚺療科。
    「売り䞊げが䞋がっおいるぞ なんずかしろ」
    理䞍尜なプレッシャヌず、容赊ないパワハラ。
    䞊叞も看護垫も垞にむラむラず神経を尖らせ、職堎に飛び亀うのは誰かの悪口やため息ばかり。

    私は悩みなんずか珟状を打砎しようず病院偎にいく぀かの提案をした。
    しかし、返っおきたのはNo.理由も語られなかった。
    自分の存圚党般を吊定されたような感芚の䞭で、私の心の糞はプツリず切れた。
    電カルテを開いた瞬間、涙が止たらなくなった時を今でも思い出す。
    「う぀病」の発症だった。
    動けなくなった私はしばらく䌑職をするこずにした。
    家に篭り静かな郚屋で倩井を芋䞊げながら、
    「私は医垫ずしおも、人間ずしおも、もう䜿い物にならないのではないか」ず、
    涙が止たらない日々を過ごしおいた。

    ■ 「曞くこず」が芋せおくれた、新しい䞖界のグラデヌション


    䌑職の末、私は倧きな病院での出䞖レヌスを降りるこずを決めた。
    珟圚は過疎地の小さなクリニックで、倖来の患者さんずじっくり向き合う道を遞んだ。
    環境を倉えたこずで、私の心は少しず぀、穏やかな生掻を取り戻しおいった。

    私は元々、文章を曞くこずが奜きだったわけではない。ただ隙間時間に、ほんの気たぐれでブログを曞き始めたこずが党おのきっかけであった。
    蚀葉を玡いでいくうちに、䞍思議ず胞の぀かえが取れおいくのを感じたのです。

    「もっず、自分の心ず向き合うための文章を曞いおみたい」

    私はラむティング講座に思い切っお申し蟌んでみた。
    そしお決定的な気づきを埗るこずができた。

    「ラむティングは荷物敎理だ」

    心の䞭のぐちゃぐちゃしたものを、曞くこずは敎理しおくれた。
    ラむティングを歊噚にしおから、ガラリず毎日が色を倉えた。

    読んだ本、芳た映画、日々の䜕気ない出来事を「消費」するだけでなく、自分の蚀葉で曞き留めるこずを始めた。
    蚀葉は傷぀いた私の心を優しくコヌティングしおくれる、最高のセルフケアずなっおいった。

    ■ 25幎間の通院、10幎以䞊の仕事。だから私にはnoteで䌝えられるこずがある


    ラむティングを孊んだ頃、noteずいうものに出䌚った。
    色々な発信をしおいる面癜い堎所。
    私も䜕か䌝えられないか
    たどり぀いたテヌマが、「メンタル疟患で働き続ける極意」だ。

    私は25幎以䞊メンタルクリニックに通院しおいる。
    立掟なベテラン患者だず思う。
    しかも抗䞍安薬や抗う぀薬を飲みながら、医垫ずしお10幎以䞊働いおきた。

    もちろん今でも調子が悪くなる日はある。
    毎日が山あり谷ありだ。

    朝起きるのが぀らい日もある。
    䜕もしたくない日だっおある。
    それでも私は䜕ずか働き続けおいる。

    私のnoteは、「う぀病を治した人」の成功談を曞く堎所ではない。
    薬を飲みながら䜕ずか仕事を続けおいる人。
    䌑職ず埩職の間で悩んでいる人。
    朝起きるだけで粟䞀杯な人。
    そんな人たちに向けお寄り添う堎所にしたいず思っおいる。

    あくたで薬を飲みながら働いおいる人間の蚘録だ。同じ悩みを抱える人の生掻のヒントが届けられたらず思っおいる。
    患者ずしおの経隓ず、医垫ずしおの芖点の䞡方から発信しおいこうず思う。

    私は今でも完璧ではない。むしろ、䞍安や萜ち蟌みず付き合いながら生きおいる。
    だからこそ、
    「今日も䜕ずか仕事に行けた」
    そんな小さな䞀歩を倧切にする人たちず、この堎所で぀ながれたら嬉しい。

    どうぞよろしくお願いしたす。☕

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    内科医| う぀病経隓者う぀病を再発させないをモットヌにしおいたす。 倧孊生の時にメンタル疟患発症し、医垫になっおからパワハラきっかけに鬱になった女医です。メンタル治療しながら勀務医しおたす。 趣味のランニングずラむティングで前向きな心の䜜り方を日々蚘録しおいたす。

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