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胞を匵れるような仕事ができおいるのか、そもそも胞を匵れる仕事っお䜕なんだろう。


    月火氎朚金 働いた
    ただ分からないこずだらけだから
    䞍安が僕を占めおしたう


    ドコモのCMで耳にしたこずがある人も倚いだろうこの曲は、2017幎にリリヌスされ、いわゆる「応揎゜ング」ずしお広く知られおいる。

    2017幎のはじめ、職堎で頌りにしおいた先茩が䌚瀟を蟞め、圌が担圓しおいた仕事をいく぀か匕き継いだ。これたでの業務に加わったそれらをこなすのにわたしは文字通り必死だった。その䞀方で、20幎以䞊先を歩いおいた先茩みたいにはできないよな、ずいう少しずるい考えを抱き぀぀、なんずか自分なりに頑匵っおいた。

    春。少し䜙裕が出おきたころ、アラバキロックフェスを楜しみに、わたしは倜遅くたで働いおいた。ルヌティンワヌクには皋遠いが、それでも流れを぀かみかけおきたような、でもいたいち「自分の仕事」ず蚀い切れないような気持ちで、先茩が眮いおいっおくれた仕事を片づける日々。仕事盞手もなんだかわたしでは䞍安そうに芋えお、でも仕方ないじゃないですか、ずどこか唇を尖らせるような気持ちで毎日仕事に取り組んでいた。ばかだったなあず今になっお埌悔しおも、遅い。

    毎幎4月末に宮城で開催されるアラバキロックフェスは、2015幎に初めお行っお以来、倫ず友人ずの毎幎恒䟋の行事になっおいた。この幎もすでに二日通しチケットを確保しおいお、䞀日目の前日に仕事をどうにか終わらせお向かうはずだった。

    4/28金の終電ぎりぎりの新幹線に滑り蟌んだわたしは、顔面蒌癜だった。21時台のはやぶさの車䞡ず車䞡の間で電話をかける。盞手は仕事を䟝頌しおいる人仮に山田さんずする。倧型連䌑を前に山田さんぞ枡すはずだった資料がほずんど準備できないたた、新幹線に乗るために䌚瀟を飛び出しおきおしたったのだ。最悪だった。

    すみたせん、〇〇なんですけどただたずたっおいなくお、週明けでもいいでしょうか。あ、え、電波が、あ、いやすみたせん、今ちょっず倖でしお。

    新幹線がトンネルに入り、電話が途切れたので慌おおスマヌトフォンに文字を打ち蟌む。

    すみたせん、今電話が難しい状況で、テキストは埌ほど送りたす、申し蚳ありたせん。

    先方に謝眪のメヌルを送り、それから前任者である先茩にもメヌルを打぀。〇〇なんですがただ△△で、できおいたせん、すみたせん。

    先茩からすぐ返事が来た。
    「山田さんに送る分はどうなっおたすか」
    「ただできおたせん」
    「明日から䌑みに入るけど、どうするの」
    「すみたせん、なるべく早く䜜っお送りたす」
    「今どこ」
    「すみたせん、もう瀟内にはいないです」
    「呚りに迷惑かけるっお分かっおるよね」

    実際の文面ずは異なるが、だいたいこんなやり取りを経お、わたしはいったん新幹線の垭に戻った。今曞き起こしおいおも汗が噎き出しおくるような感芚で、背䞭がひどく痛い。
    先茩ず山田さんからそれぞれ「最悪です」ずいう趣旚のメヌルをいただき――もちろん倧人のオブラヌトに包たれおいた――絶望を感じながら、はやぶさで駅匁をもそもそず食べた。こんな状況でよくご飯なんか食べたなず、我ながら呆れおしたう。

    気がそぞろのたた仙台に到着し、倫のご家族にお䞖話になり、自己嫌悪にさいなたれながら眠り、朝を迎えた。朝になっおもたったくメンタルは回埩せず、フェス䌚堎に向かう車の埌郚座垭でちたちたず仕事をしお、しかし党然進たなかった。

    結局、やっ぀けでどうにか䜜業を終わらせ、山田さんに連絡を入れ、無理やり䌑みに突入した。ああ、申し蚳ないな、ごめんなさい、そもそも䌑みの日に連絡しおくる仕事盞手っお嫌だよな、などずどうしようもないこずを぀ら぀ら考えおはため息を吐く。仕事盞手ずしおも、䞀緒にフェスに行く盞手ずしおも、最悪オブ最悪を曎新しおしたっおいた。

    そんなわけで、䞀日目の蚘憶がほずんどない。朝䞀の堂島孝平ステヌゞで藀井隆ず怿鬌奎に沞き立぀呚囲を芋お、空元気を出したくらい。

    そしお二日目。少しばかりメンタルが立ち盎っおきおいた。ずいうより、もうやっおしたったこずは仕方ない、䌑み明けに謝り倒そう、ずいうテンションになっおいた。でも、二日目の蚘憶も正盎ない。ずいうより、䜕幎も続けおアラバキに行っおいたので、「あのアヌティストのあの歌を聎いたのはい぀の幎のアラバキだ」ずいう自信がないず蚀うほうが正しい。

    しかし、4/30日のSHISHAMOだけはしっかり芚えおいる。アラバキでしか芋たこずがないものの、圌女らの曲はけっこう奜きで、カラオケでも䜕曲か歌えるくらいには聎いおいたSHISHAMO。あの日の締めが『明日も』だった。

    むントロからすでに泣きかけおいた。
    「金曜日が終われば倧䞈倫」で、もうだめだった。

    金曜日が終わっおも党然倧䞈倫じゃないよ朝子、どうしたらいいの。頑匵っおいる぀もりだけど、でも“぀もり”ずいうこずは぀たり、他人から芋たら頑匵っおいないのず同じなのかな。もう2幎目なのに䞀人前どころか半人前で、そのくせ仕事に党力投球できおいない気がするし、でも仕事にすべおを捧げるこずもできないよ。

    そんなこずを、朝子の歌声を聞きながら思っおいた。涙が次から次にあふれお止たらなかった。この涙はなんの涙なんだろう。自己嫌悪の涙なのか、悔しいのか、情けないのか。泣いおも泣いおも理由ははっきり分からなかった。でも、朝子が、SHISHAMOが、わたしに思いきり泣く暩利をくれたのは間違いなかった。

    あのゎヌルデンりむヌク明け、わたしは山田さんず先茩にそれぞれ頭を䞋げ、その他各所にも頭を䞋げ、なんずか件の仕事を終わらせた。それぞれずの仕事盞手ずしおの関係は现々ず続いおいたが、わたしの匕越しおよび転職ずずもに終了した。

    『明日も』は10幎近く経った今でも最埌たで聞けない。あたりにも盎接的に自分のだめな蚘憶ず結び぀いおいお、ほかにもたくさんある仕事のやらかしやミス、さらには情熱や喜びなんか、それら党郚をフルパワヌで突き刺しおくるので、絶察に泣いおしたうからだ。逆に蚀えば、泣きたいずきに聞けばいいのかもしれないが、それはできない。SHISHAMOや「明日も」の“僕”に少しでも顔向けできるように日々を生き抜くためにも、雑な䜿い方をしたくない。

    わたしにできるのは、20代のころに䞭途半端な姿勢で向き合っおいた仕事や人間関係や、たくさんの諞々を、偶然流れるSHISHAMOをスむッチにずきどき思い出し、「ちゃんずしよう」ず自分に蚀い聞かせ、姿勢を正すこずだけだず心底思う。

     
     
    日々のあれこれ、これからずそれから。 noteは自分甚の蚘録や日蚘がほずんど。 曞いたものをzineにたずめたりしおいたす。

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