
締めつけた勲章(エッセイ)
苦しみは、いつも静かにやってくる。気づけばそれは、私の身体と心にじわりと覆いかぶさっている。けれど、そんな苦しみが一体どこから来るのか、多くの場合、その正体を私たちは知らずにいる。
私の物語をどこから語ればいいのだろうか。私は三人兄弟の長男として生まれ、決して裕福ではなかったが、食べ物には困らずに育った。両親は優しく、少しの贅沢もさせてくれた。ただ一つ、私の心に深く残ったのは、頻繁に起こる両親の激しい喧嘩だった。寝室にいても聞こえる怒鳴り声、壁を叩く音、壊れる家具の衝撃音。幼い私は、ただ泣きながら、それを止めようとすることしかできなかった。そんな嵐のような出来事が、繰り返し訪れていた。
喧嘩は不意に終わる。次の日には、まるで雨が上がったかのように日常が戻る。
時間が経つにつれて、あの混乱の中で自分が何を感じていたかすら、忘れていく。
それが、私たちの幼少期だった。
やんちゃだった弟と私は、ある日柔道場へ送り込まれた。
負けず嫌いだった私は、「ただ負けたくない」という気持ちだけで、夢中になって汗を流した。
荒々しい気性の私たちは、日に日に力をつけていった。けれどいつしか、勝つことの意味が変わっていた。
メダルを手にするたびに、私は“誰かに認められたい”という欲望に突き動かされていた。
当時の私はその心の変化に気づくことすらできなかった。
相手を投げ飛ばすたびに起こる歓声は、やがて私の欲望の源へと変わった。
その瞬間の興奮は、なぜか心の底から「平和」だと感じるほどだった。
だが、どんな勝負にも勝敗がある。
「練習が足りないんじゃないか」「気合いが足りないな」どれだけ努力しても、負けるたびに浴びせられる批判の言葉。その声が、いつしか私の“価値”を決めるものになっていた。
「私は完璧にならなければならない。勝ちたいのではない。ただ、絶対に負けてはいけない。」
当時の日記には、そう書かれている。気づけば、私の黒帯は色褪せていた。
心も身体も強くなった頃、私はその力と言葉を感情のままに使うようになった。
世界は弱肉強食。そう信じ込んでいた私は罵声をあげる側になっていた。
昼は現実と戦い、夜は孤独と戦う。
大学を卒業しても「私の闘争は終わらない」。
何度、そう自分に言い聞かせてきただろう。
柔道で得たプライドと希望は、私を支えるどころか、いつしか私を蝕み、理性を奪う欲望へと変貌していた。もう一度、あの歓声を聞きたい。その欲望は、食事に夢中になったとき、女性と体を交えたとき、酒を飲んだとき、ギャンブルにのめり込んだとき、そのどれとも似ていた。
努力の先が見えないまま、私は迷子になっていた。
鍛え上げた体は、暴飲暴食によって崩れ、快楽はやがて中毒に変わっていく。
そして最後に残ったのは、過去の栄光とプライドだけだった。
「強くなければいけない」。
そう思い込んでいた私は、会社を立ち上げ、事業に打ち込んだ。
結果が出なければ、不安で眠れない夜が続く。
他人との比較、劣等感、プレッシャー
心配してくれる家族の言葉さえも、私には重荷にしか思えなかった。
現実は、私の“価値”を否定するもので満ちていた。
気づけば私は自暴自棄になり黒帯が自分の首を締めていた。
使い込まれた帯は、締まりやすく、太った体はさらに首を絞める。
痺れるような苦しさの中で、私はただ“解放されたい”と願っていた。
あのとき私は、本気で「諦めること」を決意していた。
「楽になれるだろうか」「心から解放されるだろうか」
そんな小さな願いだけを、胸に抱えていた。
けれど、その絶望の中にこそ、確かな“静けさ”があった。
その静けさは、私の心の声を鮮明にした。
今、私を傷つけているのは、自分自身だ。
自分を急かし、追い詰め、期待し、否定してきたのは他でもない、私自身だった。
なんともできない孤独感と、不満の正体は、自分の判断が作り出していたものだった。
静けさの中で、私はようやく自分自身の声に気づけた。
悔しさと情けなさで、涙が止まらなかった。何も失っていないのに、何かを失ったような感覚。
すがりたいのに、すがるものが何もない、あのもどかしさ。
本当は、誰にも認められなくてもよかった。それを受け入れることが、私にとって最も難しいことだった。
でもその真実を、私は絶望を通して知った。
私は何かから逃げていたわけではない。
ただ、「自分と向き合うこと」が怖かっただけだった。
決心とは、前に進むことだけではない。時に立ち止まり、自分を許し、静かに歩き出すことだ。
私は冷静さを取り戻した。
この“戦い”に勝とうとすれば、戦いは永遠に続く。
だからまず、私はこの戦いを降りることを決めた。
今ならわかる。黒帯は、私を苦しめたのではない。
本当の意味で、私を強くしてくれたのだ。