
小説『僕がわからない恋のこと』最終話
※目安:約1200文字
手持ち花火の光と煙の先に、小川を眺めている長谷川さんが見えた。長谷川さんが何かつぶやき、小川が視線を上げたら、長谷川さんは何かを濁すように笑っていた。
さっきまで三人でいることが多かった錦織は、今は小川や長谷川さんとは離れて、屋上の柵に寄りかかりながらぼんやりしている。
「次の花火取ってくる! ユウは待っててな」
立ち上がる陽太を目で追って、そのまま空を見上げると、いつの間にか暗さを増したそこには、キラリと星がひとつ瞬き始めていた。
「あのさ、ユウ」
背後から声が聞こえて、振り返るといつの間にか錦織が立っていた。
「ユウ、もしかして知ってた? 長谷川さんのこと」
「……え?」
うまく答えられない。長谷川さんのこと? 長谷川さんの気持ちのこと? ……下手に言葉にするのが怖くて、しばらく黙ってしまった僕を見て、錦織は何かを察したように肩の力を抜き、小さく笑った。
「……そっか。ありがとう」
軽くひじを引いて体を伸ばすと、錦織は少し笑って、それ以上なにも言わずに歩き出した。錦織の背中が、あたりに充満した花火の煙に少しだけかすんでいく。僕たちの進む道の先に、少しだけ角度がついたような気がした。
やっぱり僕には、人を恋しく思う気持ちが足りない。少し離れたところでろうそくの火が揺れている。不確実なままの僕みたいだ。
「ユウ! これ最後のやつだった。みんなで一本ずつ」
尾上が笑顔で現れて、僕の分の花火を差し出している。
「尾上、今日はずっと元気だな」
「そう? だって楽しいじゃん、ユウと花火」
当たり前のように尾上は答える。こんな僕でも、一緒にいるだけで楽しいと思ってもらえるのが嬉しい。何かが欠落していると気づいてしまった僕に、それでもいいじゃんと言ってくれているようで少しだけ心がほどけた。
「雨上がりなのに、星、けっこう出てんのな」
尾上はそう言って、火のついていない花火で空を差した。
「本当だ」
気付けば星の数が増えていた。僕はゆっくり立ち上がって、柵につかまると少しだけ身を乗り出して夜の空を仰いだ。
尾上も僕の隣に並んで柵から身を乗り出した。肩が少しだけ触れて、でも僕たちはそのまま空を見上げていた。雨で余分なものを洗い流されたような空に、尾上の言う通り星が瞬いている。花火の煙と、火薬の匂い、炎の明かり、夏の雨上がりの湿気がまざる。
みんなの声もどこか遠くに聞こえていた。
「行こう。……最後の花火、つけに行こっか」
つかの間の沈黙を終わらせるように僕がそういうと、尾上は楽しそうな笑顔を向けた。みんながいるろうそくの近くまで駆け寄る。全員がそれぞれ最後の一本に火をつけた。
シュッ
暗闇の中で最後の花火が次々と火を噴いて、色とりどりの柔らかな光がみんなの顔を優しく照らしていく。
ちゃんと目を開けて、見届けよう。きっと、僕らは少しずつ進んでいく。
足りないままでも、自分のかたちのままで。
〈了〉

