
祖父の見舞いで私は東大に通う
私の祖父母といえば、母方は両祖父母すでに他界しているが、父方はともに存命である。
祖母は健在なのだが、祖父の方は1年半前にこけて骨を折って以来寝たきりの状態が続いている。
今は入院しているという状況だ。91歳である。
今年から施設への入居が決まったのだが、5月中旬夕食中に"誤嚥性肺炎"を起こしてしまい緊急搬送された。搬送先の病院で医師が「僕たちの経験上あぶない状況です。会いたい人がいたら早いうちに会った方がいいです。」と言っていたそうだ。
次の日、仕事終わりに母と姉と一緒に病院へ駆けつけた。酸素マスクをつけ、苦しそうな様子の祖父がいた。
今生の別れの思いであった。
しかし、2,3日経ち祖父は回復した。危篤状態から脱したのだ。抗生剤の効果か祖父の気力のためなのか、とにかく持ち直したのだ。
この連絡を受け、私は決して喜びはしなかった。なぜなら、ただでさえ寝たきりで自由の効かない体であり、肺炎は回復したがしんどそうな日々は続くからである。もちろん祖父が亡くなることは悲しいが、あの日酸素マスクをつけ苦しそうな姿を前に「もうええよ。楽になって」と思った。
あれから1ヶ月と少し経つが、祖父はまだ入院している。毎週土日いずれかの日には見舞いに行っている。
毎週見舞いに行っているのだが、私は祖父の甥と名前を間違えられる。いや、これは最近に始まったことではなく2年くらい前からのことなのでもう慣れてしまった。
親戚にこれを話すと「なんでかね。似てないのにね」と皆言う。祖父の甥、つまり私の父の従兄なのだが、私との共通点としては「末っ子」ということくらいしか明確ではない。来週も会いに行くつもりだがきっと間違えられるだろう。
昨日も夕方に祖父のもとへ行った。名前間違えは常套であるが、さすがにちょっとびっくりする出来事があった。
病室で話をしていると看護師の方2名が部屋をノックし、「おしも取り替えますねー」と入ってきた。私は毎日通っている祖母と部屋を出て、廊下で談笑して待っていた。部屋の中からは祖父と看護師の話し声が聞こえていた。
数分後、看護師が扉を開け出てきた。
そして、「お孫さんですか?」と聞かれ「そうです」と答える。
続けて「えーっと、おいくつになられるですか?」と聞かれたので「22です」と答える。
すると看護師2人は顔を揃えて「おおー!合ってますね(笑)」と言った。
どうやら祖父が話していたことが正確かどうか答え合わせをしていたようだ。そして次の質問が、
「東大に通われているんですか?」
というものであった。
祖父の頭の中で私はどんな設定になっているのだろう。祖父には私の他にも孫がいるが、そんな人物はいない。特に私はそれに最も遠い人間だ。
いやー、なんというか、おどろかされる。おもしろかった。
少なくともあの時の祖父の頭の中で私は東大に通う学生だったのである。
いつどうなるか分からないが、会えるときは会おうと思う。
次、私は何者になるのだろう。