
結局決めるのは「AIではなく自分」
私はまだ仕事でAIをフル活用しているわけではありません。
理由はシンプルで、所属している組織が業務においてAI活用に積極的ではないからです。
一方、プライベートではGoogleが開発したAI「NotebookLM」を積極的に活用しています。本を読み込ませて要約させたり、まとまっていない自分の考えを整理してもらったり。まるで知的な壁打ち相手と会話しているような感覚を得られます。
このおかげで、自分一人ではなかなか到達できない論点がAIを通じて浮かび上がってくることに大きな満足感を覚えています。
そして密かに、AIの覇権を握るのはChatGPTを運営するサム・アルトマン率いるOpenAIではなく、Googleの親会社であるAlphabetを率いるピチャイ氏なのではないかと思っています。
NotebookLMの魅力
「NotebookLM」の最大の魅力は、一冊の本にとどまらず、複数の書籍から得た知識を横断的に整理して提示してくれる点にあります。
これまで自分が読んできた本を業者に依頼してすべてPDF化し、そのデータをNotebookLMに読み込ませ学習させています。そして、生成された要約をもとに「問い」を立てることを繰り返しています。
例えば教育について「親の教育と属性、どちらが子どもに影響するのか?」という問いを立てると、遺伝要因と環境要因を数値的に分解した上で、「本を読む子は思考力が鍛えられる」といった示唆を返してくれるのです。
これは、ChatGPTに見られる単なる要約や概要を超えており、「知的な壁打ち相手」「知的な話し相手」に近い存在と言えます。
仕事の成果への影響
AIが私の仕事に直接貢献しているかと問われれば、現状は「限定的」と答えるにとどまります。その理由は2つあります。
理由1:AIは方向性を決めてはくれない
目的や行動する意思、情熱がなければ、どれほど優れた分析や知識をAIが提供しても活用のしようがありません。
理由2:経験に基づく実践は代替できない
「カボチャを作る」と決めればAIは方法論を提示してくれます。しかし、実際に手を動かすプロセスは人間が担わざるを得ません。
つまりAIは「成果創出の直接要因」ではなく、「思考効率化と意思決定支援のインフラ提供者」に近い存在だと考えています。
AIが浮き彫りにする人間の役割
AIを利用することで、人間の役割がより明確に見えてくると感じています。
体系化と分析はAIに委ねられる一方で、創造と実践は人間に残る領域です。特に「曖昧さを抱えながらの意思決定」や「ゼロからの創造」は人間固有の強みだと考えています。
NotebookLMを使っていて「なるほどな」と感じるのは、同じ文章を読んでも「AIと私」はすぐ理解し合えるのに、「他者と私」では噛み合わないことがある点です。
これは知識そのものよりも、前提や解釈のプロセスに人間差が大きいことを示しています。
今後のAIと人間の未来
今後5年、10年でAIはスマートフォンと同じレベルでシームレスに生活に統合されるでしょう。
現在「検索」として行っている行為は、自然言語による対話に置き換えられることは間違いありません。つまりユーザー体験は「音声アシスタント」に近づくと確信しています。
その未来においても人間に残る役割は明確です。
クリエイティブ領域(ゼロから新しい価値を生む)
対人領域(他者に直接価値を提供する)
これらはAIが模倣しにくい領域であり、AIの普及が進むほど差別化要因として浮かび上がるでしょう。この二つを得意とする人こそが「未来の優秀な人」と定義されると感じています。
結局決めるのはAIではなく「自分」
現時点でAIは成果を直接もたらす存在ではなく、「思考の摩擦を減らすインフラ」として機能しています。
そのうえで重要なのは、人間自身が「どの方向へ進むか」「何をして生きたいか」を決めることです。成果を決めるのはAIではなく、人間の意思と実践にかかっています。
だからこそ、求められるのは「AIを使えること」ではなく、「AIをどこに組み込み、何を自らの強みとして残すか」という戦略的視点だと考えています。
私が今、気になっているテーマ
現在、私が関心を持っているのは「事業承継」というテーマです。事業承継者が不足している現状の中で、自分なら勝ち筋が見える事業をどう継承し、どう成長戦略へと接続するか。ここにはAIを組み込む余地が大きいと感じています。
ただし、AIが担えるのは「過去の蓄積の体系化」と「意思決定の支援」にとどまります。「未来をどう描くか」という問いには、私たち人間が向き合わざるを得ません。
結局、どれだけAIの能力が優れても、最後は私たち自身が「本当にそれをやりたいのか」という強い意思に回帰していくのだと感じています。