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我が家の独裁者

     我が家には、独裁者がいる。灰色の毛をまとい、くりっとした目で国民を見下ろしている。国民は二人しかいない。

     その独裁者の正体は猫だ。

     我が家には、民主主義が存在しない。話し合いは行われないし、多数決もない。人間側の意見が尊重されることなんて皆無だ。リビングのどこに座るか。布団のどの部分を使うか。そういった生活に関わる重要事項は、すべて猫の気分によって決定される。

     我が家にも憲法はある。ただし、人間のためのものではない。

     第一条、帰宅した人間は、ただちに猫へ挨拶しなければならない。

     第二条、人間が撫でたいとき、猫にはこれを拒否する権利がある。

     たいへん不平等な憲法だ。こちらの基本的人権は、あまり守られていない。いや、正直に言えば、猫によってこちらの人権が守られない場面は多々ある。足がしびれても動けないし、眠りたくても布団の真ん中を占領され、仕事をしたくても足元で鳴かれる。

     それでも誰も革命を起こさない。あまりにも支持率が高すぎるからだ。

     家に帰ると、手を洗って、すぐに猫を撫でる。それは決まりごとだ。帰宅してすぐに荷物を置く権利も、本来なら人間にはあるはずだ。けれど我が家では、それらの権利は猫への挨拶より下位に置かれている。

     玄関を開けると、部屋の奥にどこか不満そうな顔が姿を現す。

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     今日も遅かったではないか。

     もちろんそんなことを猫が言うわけではない。けれど、あれは確実に言っている顔だ。こちらを見上げる目の角度、尻尾の動き、短く鳴く声。そのすべてが我が家の王様への挨拶がまだ済んでいないことを告げている。

     だから、全身誠意を持って猫を撫でる。

     ただいまと言う。猫は少しだけ目を細める。満足したようにも見えるし、当然だと思っているようにも見える。いや、たぶん後者だ。こちらが外で何をしてきたかなど、猫には関係がない。いい仕事ができた日も、何もうまくいかなかった日も、玄関で求められることはひとつだけだ。

     まず猫を撫でる。それを怠ると、猫による猫のための抗議が始まるのだ。

     鳴く。とにかく鳴く。かわいい声というより、はっきりとした主張のある声で鳴く。あれは要求であり、抗議であり、場合によっては演説だ。こちらが撫でるまで、猫は鳴くのをやめない。鳴きながら歩き、鳴きながらこちらを見る。その姿はまるで家臣たちの怠慢を国中に知らしめているかのようだ。

     我が家の王様にご挨拶がないとは何事か。

     そう言われている気がして、こちらは毎回少しだけ反省する。

     不思議なことに、こちらが撫でたいときには、猫はたいてい撫でられたがらない。仕事の合間にふと猫の姿を見つけて、かわいいなと思う。近づいていて、名前を呼ぶ。すると、猫はこちらを一瞥して、すっとどこかへ行ってしまう。その背中には、いまではない、という強い意志がある。こちらの愛情など、まるで野党の質問のように軽く受け流される。

     それなのに自分が撫でられたいときには容赦がない。机に向かっていると、足元にやってくる。最初は静かに座っているだけなので、こちらも気づかないふりをする。すると、少しずつ圧が強くなる。視線を感じ、見下ろすと、猫がこちらを見ている。何も言わない。けれど、その沈黙がいちばん怖い。

     撫でますか。撫でませんか。いや、はやく撫でろよ。

     そう言われている気がする。

     こちらが仕事を続けていると鳴く。さらに無視をすると、どこかへ走っていったり、戻ってきたりする。わざと音を立てることもあるし、パソコンの前を横切って、ここにいますけど?とアピールしてくる。こちらの集中力というものを猫は信じていない。信じていないからこそ、簡単に壊せると思っているのだろう。

     猫の前では、人間の都合などたいしたものではない。大事な原稿を書いている途中でも、猫が鳴けば手が止まる。猫はそれをわかっているのだと思う。人間が最終的に自分へ従うことを、まるで疑っていない。

     独裁者に必要なのは、権力そのものよりも自分が従われることへの疑いのなさなのかもしれない。その点、猫は完璧である。猫は命令しない。ただ存在するだけで、こちらの行動を変える。けれど、憎めない。

     ソファの真ん中で寝ていれば、人間は端に座る。ベッドの真ん中で丸くなっていれば、人間は身体を曲げて眠る。膝に乗ってくれば、トイレに行きたくても我慢する。猫が気持ちよさそうに寝ているというだけで、人間の自由は簡単に制限される。

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     猫が膝に乗った瞬間、移動の自由は失われる。水を飲みに行く権利も、トイレへ向かう権利もない。スマートフォンが少し離れた場所で鳴っていても、手を伸ばすだけで精一杯だ。不当逮捕だと訴える先はない。

     なぜならこの国の最高権力者が猫だからだ。

     それでも不満はない。いや、正確に言えば、すこし不満はある。足がしびれるし、仕事は進まないし、服には毛がつく。夜中に大運動会が始まることもある。たまにお腹を踏まれ、こちらは目を覚ます。それでも猫は運動顔をやめない。何か見えてはいけないものが見えているのではないかと思うほどの勢いで、部屋の端から端まで駆け抜ける。

     けれど、その不満はどこか甘い。

     困ったと思いながらもちゃんとうれしい。猫に振り回されている自分を、どこかで許している。誰かのために予定が狂うことを、いつもなら面倒だと思うのに、猫に関してだけは仕方ないと思ってしまう。仕方ないという言葉が、こんなにやわらかく響くことはあまりない。

     たぶんこの政権が倒れない理由はそこにある。政策は強引であり、説明責任も果たされないし、予算案も提出されない。食費と家賃、医療費もかかるし、毛玉対応にも手間がかかる。人間側の負担は決して軽くない。

     それでも支持率は高い。

     その理由は生きているだけでかわいいからだ。こんな乱暴な理由で政権が維持されていいのかと思う。けれど、それでいいのだ。毎日猫が健やかに過ごしているだけで、昨日までの不満はだいたい棚上げされる。あの小さな体が目一杯生きているというだけで、不満というデモは鎮圧されてしまう。まったく恐ろしい統治能力だ。

     猫は、こちらに合わせない。人間同士で暮らしていると、どうしても相手の顔色を見る。けれど、猫は顔色を見る側には回らない。見るのはいつも、こちら側だ。猫の耳の角度。尻尾の動き。鳴き声の長さ。それらを読み取って、国民は今日も政策判断をする。

     いま撫でるべきか。放っておくべきか。ごはんを求めているのか。ただ退屈しているだけなのか。その判断を誤ると、すぐに抗議活動が始まる。鳴き声によるデモ行進。廊下を走るパフォーマンス。おもちゃをくわえて運ぶ無言の要求。猫の政治活動は、いつも具体的である。

     けれど、猫のその単純さにぼくはときどき救われているのも確かだ。

     撫でてほしければ鳴く。ひとりになりたければ離れる、眠ければ寝る。お腹が空けば訴え、こちらの事情を細かく読み取ろうとはしない。猫は自分の欲求をあまり隠さない。その姿を見るたび、ああ、生きものは本当はこれくらい素直でいいのかもしれない、と思う。

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     ある夜、仕事が思うように進まず、机の前でぼんやりしていた。画面には書きかけの文章があり、カーソルだけが点滅していた。何を書いても違う気がして、何も書けない時間だった。

     すると猫が足元に来た。

     いつものように鳴くのかと思ったら、その日は鳴かなかった。ただ、ぼくの足元に座っていた。しばらくして、そっと身体を預けてきた。軽い重みが足首に触れる。ぼくは手を伸ばして、頭を撫でた。猫は目を細めた。

     その瞬間、書けないことが少しだけどうでもよくなった。明日になれば、また書けばいい。そう思えた。猫は何も励ましていない。ただ、自分の撫でられたいタイミングでそこに来ただけだ。けれど、その勝手さに救われることがある。

     我が家の独裁者は、今日も自由奔放だ。気まぐれで、わがままで、こちらの都合をほとんど考えない。撫でたいときには逃げ、撫でてほしいときには逃がしてくれない。家に帰れば挨拶を要求し、眠る場所を勝手に決め、人間の生活を少しずつ猫仕様に変えていく。

     それでもぼくはこの独裁政権を支持している。支持率は100%だ。たぶん、今後も下がらない。理由は簡単だ。猫がいるだけで、家に帰る理由がひとつ増えるからだ。玄関の向こうに、自分を待っているかどうかよくわからない存在がいる。待っていないふりをして、たぶん少しだけ待っている。そんな気配が、日々の終わりを少しやわらかくしてくれる。

     今日も帰ったら手を洗って、猫を撫でる。王様への挨拶を怠るわけにはいかない。こちらにはこちらの用事があるけれど、我が家には我が家の憲法がある。そしてその第一条には、おそらくこう書かれている。

     すべての人間は、帰宅後ただちに猫を撫でなければならない。

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     ぼくは靴を脱ぎ、鞄を置き、しゃがみ込む。猫は少しだけ鳴いて、当然のように頭を差し出す。その小さな頭を撫でながら、また今日も静かに政権の存続を認める。この国に、政権交代は起きない。そして、人間都合のすべての要求は猫によって却下され続けるのだろう。

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    フリーランスの編集者・ライター|企業の採用広報・インタビュー記事・社内報・取材など、組織の言葉を整える仕事をしています。noteでは毎日更新を続け、日常のわずかな揺れや感情の影をすくい取るエッセイを書いています。

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