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【世界で一番やさしい妻日記29】夫婦ゲンカから見えてくるもの

    マヌタ

    昨晩も、わたしたち夫妻は当たり前のようにケンカしたのだが、その会話の中で「はっ!」とあることに気づかされた。

    ケンカのきっかけは昨晩、妻が飲んで帰ってきたあと、夜11時ごろに洗濯機を回し始めたことだ。私は夜10時以降の洗濯機稼働は迷惑をかけるので禁止で、妻もそこには賛同していると思っていた。

    しかしきのうは妻もゆずらない。瞳を逆三角形にして、憤懣やるせないようすでこう言いきる。「仕事で薬品を扱うので、その被曝を考えると、帰ってきたら毎晩服を洗わないと気がすまない!!」。

    こちらも意地になって「だったら、なぜシャワーはすぐに浴びないの。髪の毛なんてひどいでしょ(妻はいつも翌朝シャワーをあびる)」と反撃。

    恥ずかしい話だが、こんなつまらぬ会話で言い争っていた。

    さらには夫婦ケンカあるあるで、感情の炸裂がべつの不満へと飛び火していく。「だいたいいつも音にうるさすぎるんだよ!テレビの音量も12じゃ、ぜんぜん聞こえないし。もっと音量でかくしろよ!」と妻は日頃の鬱憤を伝えてくる。

    こちらも負けじと「こっちは12でも我慢しているんだ。本来は8くらいにしたいところなのに!」と音量は妥協していることをアピール。

    そこからいい争うこと15分。いつもお決まりの「価値観が合わない論争からの別居話」までに至ったものの、その後急速にお互いクールダウンして、今後の策を話しあうことで落ち着いた。

    それにしても42年間生きてきて、初めて自分が「音に過敏すぎる」ということに気づかされた。

    そうか、たしかに騒がしいところは苦手かもしれない。カフェではカップルの会話やキーボードの打鍵音、電車内の騒音など、あらゆる周囲のノイズが気になってしまう。

    まあ薄々とわかっていたけど、音に過敏すぎることをダイレクトに指摘されたのは初めてだ。驚くとともに少し安心した。そういう性質なので、仕方がないというあきらめみたいなものがついたのだ。

    まあでも、これもひとり暮らしのときには一切気がつかなかった。その点では昨日のケンカは意味があったのかもしれない。

    自分という人間を知るには、やはり他者との関わりの中からしか分からんものだ、、。そして夫婦として住むということは、お互い妥協が必要なんだなあと学んだような学んでないような1日だった。

     
     
     
    1978年生まれのカルチャー好きのボンクラです。「くだらないことをいかにおもしろがるか」がモットー。フリーランスのメディア業。こちらでは、ほんとくだらないことばかり書いていますが、だれか一人でも心に届けばと思って書いています。

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