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レジリエンス、その先へ ― 泥をすすり、なお挑み続けた男の「失敗のチカラ」

    1. 土台は「克己」と「規律」

    力を正しい方向へ導く「三層の基盤」

    振り返れば、私の人生は決して一直線ではありませんでした。 レスリングから大相撲へ。さらに競技の世界を離れ、また戻る。外から見れば遠回りに映る選択の連続だったかもしれません。

    しかし、そのすべての土台にあったものがあります。 それが「克己」と「規律」です。

    私は10代を陸上自衛隊少年工科学校(現・高等工科学校)で過ごしました。 自衛隊という言葉から、厳しい軍隊教育や根性論を思い浮かべる人もいるでしょう。確かに訓練は厳しいものでした。しかし、そこにあったのは理不尽な強制ではありませんでした。

    訓練の中心にあったのは「克己」――自分を律する力です。

    意味のない無茶な負荷を課すことはしない。目的を達成するために、何が必要かを科学的に考える。個々の特性を見極め、適材を適所に配置し、最大の成果を引き出す。 この考え方は、後に私がスポーツ指導や企業研修に携わる中で何度も思い出す原点となりました。

    厳しさはありました。連帯責任もありました。若くして年長者を指揮する立場に立つこともありました。

    しかし、それらは感情的な統制ではなく、組織として機能するための規律でした。規律とは、人を縛るものではなく、力を正しい方向へ導く枠組みなのだと、私はそこで学びました。

    「与えられた目標」が培った克己心

    レスリングとの出会いもまた、この環境の中にありました。

    18歳で国体少年の部を制し、オリンピック出場の可能性見える位置にいました。指導してくださった服部助教のもとでのトレーニングは厳しいものでしたが、決して理不尽ではありませんでした。目標から逆算された、理にかなったメニューでした。

    私はレスリングを自ら志願して始めたわけではありません。与えられた目標でした。

    しかし、理にかなった目標とトレーニングは、人を納得させます。納得は継続を生み、継続は力になります。この時期に培われた克己心は、その後どんな環境に身を置いても揺らぐことのない芯になりました。

    ただし、後に私は気づきます。「与えられた目標」と「自ら見つけた目標」は違うのだということに。

    その気づきは大相撲との出会いによって訪れるのですが、それ以前に私の中にはすでに土台がありました。克己という土台があったからこそ、方向転換も、挑戦も可能だったのです。

    他律という土台の上に、自律を築く

    社会に出てから、私は「仕事の基本」を改めて言語化する機会を得ました。それは三つの要素に整理できます。

    規律、マネジメントサイクル、チームワーク。

    とりわけ重要なのが「規律」です。規律には二つの側面があります。「他律」と「自律」です。

    • 他律: 他者の意思や指示を理解し、それを受け入れること。盲目的に従うことではなく、理解し、納得し、実行すること。

    • 自律: 自ら考え、動くこと。そこには意欲、意識、行動という段階がある。

    多くの人は、自律こそが最も重要だと考えます。しかし、土台のない自律は単なる独りよがりです。

    まずは環境を受け入れ、与えられた役割を理解すること。その上に、自らの意志を重ねていく。他律が土台となり、その上に自律が築かれる。これは、少年工科学校時代に学んだ組織規律と同じ構造でした。

    私が大相撲でつまずいた原因の一つは、この他律が十分でなかったことにあります。自分の力を発揮する以前に、環境を正しく受け入れることができていなかったのです。

    克己とは、無理をすることではありません。規律とは、縛られることではありません。それは、自分を整え、力を最大化するための基盤です。

    遠回りに見えた私の歩みは、この土台があったからこそ、すべてが意味を持ちました。

    • 自分を律する力

    • 環境を受け入れる力

    • その上で自らを動かす力

    この三層構造こそが、私を支え続けてきた土台なのです。

    2. 失敗から学んだ「本質」

    枝葉の不満に魂を売るな。「幹(本質)」を見失った代償

    私の人生最大の挫折は、大相撲からの脱走でした。

    オリンピックを目指していたレスリングを辞め、自ら「やりたい」と思って飛び込んだ世界です。その挑戦が、わずか一年足らずで終わる。しかも自ら逃げるという最悪の形で幕を引くことになりました。

    なぜ、あのような結末になってしまったのか。今ならはっきり言えます。私は「問題の本質」を見失っていました。

    私の目標は明確でした。番付を上げ、十両以上に昇進すること。 そのために必要なことも明確でした。誰よりも稽古をし、結果を出すこと。

    しかし私は、その核心から目を逸らしてしまったのです。

    親方の弟子への接し方に疑問を抱き、心を乱し、感情に振り回され、自分の稽古に集中できなくなりました。相撲部屋は疑似家族のような共同体です。親方には親方の立場があり、考えがあったはずです。もし行き過ぎがあると感じたなら、相談という方法もあったでしょう。

    それにもかかわらず、私は自分の目標よりも、目の前の感情を優先してしまった。

    枝葉にとらわれ、幹を見失ったのです。

    不満にエネルギーを使い、パフォーマンスを落とす本末転倒

    どんな組織にも、不満はあります。上司や指導者に納得できないこともあるでしょう。

    しかし、本来の目的は何なのか。仕事で成果を出すこと。競技で結果を残すこと。それが本質です。

    不満にエネルギーを使い、自らのパフォーマンスを落としてしまえば、本末転倒です。私はまさにそれを体現してしまいました。あのとき私が向き合うべきだったのは、親方ではなく、自分の稽古でした。感情ではなく、番付でした。

    大相撲は、私がアスリートとして唯一「自分から選択した世界」でした。それだけに、悔いは深く残っています。

    気に入っていた四股名「香石」を世に出せなかったこと。本場所で「嬬恋村出身」と紹介してもらいたかったのに叶わなかったこと。自分の実力がどこまで通用するのかを見極める前に終わってしまったこと。それらは今でも胸の奥に残っています。

    辞めた直後は、相撲中継すら見られませんでした。しかし、不思議と「死にたい」とまでは思わなかった。何もなくなったという無力感の中でも、生きていかなければならない、という感覚だけは残っていました。

    視点を誤れば、正しい努力も道を外れる

    この挫折は、間違いなく私の人生最大の失敗です。しかし同時に、最も大きな学びでもありました。

    • 問題の本質を見定めること

    • 感情と目標を切り分けること

    • 枝葉ではなく、幹を見ること

    人は、正しい目標を持っていても、正しい努力をしていても、視点を誤れば簡単に道を外れます。

    失敗は消えません。後悔も完全にはなくなりません。しかし、本質を見抜く力は、失敗の中からしか磨かれないのだと思います。大相撲での挫折は、私にその力を教えてくれました。

    そして、このどん底から、私はもう一度立ち上がることになります。

    3. 「やった!」と「できた!」の違い

    「逃げない自分」を取り戻した2年間

    1987年6月。私は「自分で生計を立てながらカヌーを2年間やり切る」という目標を達成しました。

    レスリングも、大相撲も、中途半端に終わらせてきた私にとって、初めての「やり遂げた経験」でした。この体験は、今でも私の中に強く残っています。

    そのとき胸にあったのは、「やった」という感覚でした。この「やった」という感覚は、自分で決めたことを、自分の責任でやり切ったときに得られるものです。

    自分で働き、生活を成り立たせながら競技を続けることは簡単ではありませんでした。しかし私の目標は、競技で結果を出すことではなく、「2年間続け切ること」でした。つまり私は、――“継続”そのものをゴールにしていたのです。

    それは、妥当な目標でした。それまでの私は、最後までやり切った経験がほとんどなかったからです。

    まずは逃げないこと。投げ出さないこと。自分で決めた期間をやり切ること。それが、当時の私にとって最も必要な課題でした。そしてその達成は、確かな自信になりました。

    リスクを背負い、枠を超えた者だけが掴める「確信」

    しかし、後になって気づきます。「やった」のさらに上に、もう一段階の感覚があることに。

    それが、「できた」です。

    • 「やった」: やり切ったという達成感。

    • 「できた」: リスクを背負い、挑戦し、目標を超えたときに得られる実感。

    継続は重要です。しかし、継続だけでは越えられない壁があります。自分の限界に踏み込み、失敗の可能性を引き受け、それでも挑戦した先にあるのが「できた」という感覚です。

    私のカヌー挑戦は、再挑戦ではありましたが、人生を賭けたリスクを負う挑戦ではありませんでした。だからこそ「やった」ではあっても、「できた」とまでは言えなかったのです。

    この違いは、競技に限りません。勉強でも、仕事でも同じです。

    1か月でも、自分で決めたことを続ければ「やった」という自信は得られます。しかし、さらに一歩踏み込み、結果や責任を背負う挑戦をして初めて、「できた」という確信に変わります。

    継続は、次の大きな挑戦への準備期間

    私はいったん競技生活を引退し、社会人として働く道を選びました。それでも心のどこかで、「できた」という感覚を求めていたのだと思います。

    そして私は、再び競技の世界へ戻ることになります。その先に、オリンピック出場という結果が待っていました。

    遠回りのように見える道でしたが、カヌーでの2年間がなければ、その挑戦に踏み出す自信はなかったでしょう。人生は、いきなり大きな挑戦から始まるわけではありません。

    まずは「やった」を積み重ねる。その土台の上で、「できた」に挑む。継続は、挑戦への準備です。

    私にとってカヌーの2年間は、まさにその準備期間でした。逃げない自分を確認し、次のステージへ進むための基礎を固める時間だったのです。

    振り返れば、その過程で出会った人たちの存在もまた、私を支えてくれました。

    毎週、横浜から戸田漕艇場まで車で送ってくれた角守さん。多趣味で行動力にあふれ、やがて蕎麦職人として成功された姿は、「好きなことに本気で向き合う」生き方の一例でした。

    会社を退職し競技を離れた後も支え続けてくださった甲斐さん。指導者としての懐の深さと人間的な温かさは、私の大きな手本でした。2008年に他界されたときの喪失感は、今でも忘れられません。

    人は一人で継続できるわけではありません。挑戦の背景には、必ず誰かの支えがあります。

    「やった」と「できた」。この二つの違いを知ったことが、私のその後の挑戦する姿勢を形づくりました。

    継続が自信を生み、自信が挑戦を呼び、挑戦が次のステージを開く。

    私はこれからも、まずは「やった」を積み重ねながら、「できた」と言える挑戦に向かって歩み続けたいと思います。

    4. 目標設計と分を超える挑戦

    準備力における「計画の五段階」

    仕事でも競技でも、成果を左右するのは「計画」です。私はこれを「準備力」と呼んでいます。

    計画には、外せない五つの段階があります。

    1. 目的の把握

    2. 目標の設定

    3. 情報の収集・処理

    4. 行動方針(やり方)の列挙と選定

    5. 手順の確定

    この順番で思考すること。順序を飛ばさないこと。それぞれの段階は奥が深く、私の仕事の進め方にも、競技への向き合い方にも大きな影響を与えました。

    モチベーションが続かない人へ。目標を限界まで「数量化」せよ

    計画のなかでとりわけ重要なのが、目標設定です。目標は具体的で、数量的でなければなりません。

    少年工科学校1年生のときに与えられた目標は「オリンピックの金メダル」でした。大会を特定すれば期限も明確です。一方で、「強くなりたい」という言葉は願望であって、目標ではありません。

    また、目標は自律のステップにおける「意欲」を生み出します。モチベーションが続かない人は、もっと近くにゴールを設定すればよいのです。

    今日はどこまでやるのか。午前中に何を終えるのか。それで十分です。慣れてくれば、1週間、1か月という単位での目標も自然に描けるようになります。

    目的と目標は、入れ替えながら再設計する

    ここで、私自身の失敗を挙げます。2年間のカヌー挑戦です。

    期限は明確でした。しかし、「どこまで到達するのか」というレベル設定が曖昧でした。難易度が定まっていない目標では、精度の高い計画は立てられません。当然、結果にも結びつきません。

    ただし、目的は明確でした。それは「人生をフラットに戻す」こと。 スポーツの目的は「勝つ」ことだけではありません。当時の私は、カヌーを通して人生を立て直したかった。その意味では、目的は達成できたのです。

    計画の五段階は、固定されたものではありません。目標を一段引き上げ、目的に据え直すことで、中間目標や具体的な方法がより明確になることがあります。

    たとえば最初の設計では、

    • 目的:「できた」という感覚を手に入れること

    • 目標: カヌーでオリンピック出場

    次の思考では、

    • 目的: オリンピック出場

    • 目標: 代表選考会で2位以内

    このように段階を上げながら再設計していきます。

    読者の中には、「オリンピックに出場したのはボブスレーでは?」と思われた方もいるでしょう。その通りです。私の人生は、いつも一直線ではありませんでした。競技復帰を果たしても、まだ波乱が待ち受けていたのです。

    周囲を巻き込む覚悟が、分を超えた目標を現実にする

    競技生活を再開したのは1990年6月。ボブスレー日本代表に選出されたのが1991年9月。そして1992年2月、アルベールビルオリンピックに出場しました。

    年月だけを追えば順調に見えます。しかし実際は、カヌーで「日の丸」を背負うことを断念し、成り行きの中で出合ったボブスレーに活路を見出したというのが実情です。結果として代表になれた。だが、なぜそれが可能だったのか。

    「日本代表」は、当時の私にとって分を超えた目標でした。しかし私は、以前とは違っていました。支えられることを、目標達成に必要な要素として受け入れていたのです。

    研修の仕事との出会い。友人やトレーナー。所属企業の理解。多くの支えがありました。出会い自体は偶然かもしれません。しかし、その出会いを引き寄せる力は、自分の姿勢によって生まれるのだと私は感じています。

    分を超えた目標を掲げたとき、周囲との関係性に思いが至るかどうか。そこが分岐点です。

    競技生活の後半、私は確かに「日の丸」を背負いました。それは個人の努力の結晶であると同時に、周囲との関係性の中で実現した結果でもありました。

    目標は、自分の内側だけで完結するものではありません。設計の精度と、他者との関わり。その両輪がそろったとき、分を超えた挑戦が、現実になります。そして私の人生は、この後もまた、いくつもの「出会い」によって形づくられていくことになります。

    5. ゼロ理論とバランス感覚

    人生のトータルはゼロ。成長の種はすべて「マイナスの側」にある

    なぜ、あの挑戦は「結果オーライ」に終わったのか。振り返ると、その根底には、26歳のときに書き残した一つの考え方がありました。私は当時、こう記しています。

    ――トータルはゼロだ。
    人生には、常にプラスとマイナスがある。成果や喜びといったプラス。努力や節制、葛藤といったマイナス。
    どちらか一方だけが続くことはありません。バランスが崩れたとき、人間関係が壊れたり、自分の中に不安が募ったりする。
    だからこそ、全体として「ゼロ」に向かう感覚を持つことが大切だと。

    ここでいうプラスは、単なる幸せではありません。目標達成や遊び、甘えなど、多くは瞬間的なものです。一方のマイナスは、努力、工夫、節制といった「過程」にあたります。長い時間を費やすのは、むしろこちらです。

    重要なのは、プラス=良いこと、マイナス=悪いこと、という単純な図式ではないということです。

    人は誰でも、ストレスを解消しようとします。問題が起起これば解決しようとする。試合があれば努力や節制を重ねる。そうしてゼロに戻ろうとする。

    しかし、成長の源はどこにあるのか。それはマイナスの側にあります。

    負荷を避けるのではなく、自ら能動的に向き合う。そうすると、同じ出来事でも受け止め方が変わります。長い目で見れば、努力を重ねている自分を肯定できる瞬間が生まれる。余裕が生まれ、他者にも寛容になれる。

    ゼロとは、消耗ではなく、循環なのです。

    自分の枠を超える。他者の力を受け取るための「一人で完結しない勇気」

    私はさらに、こう考えました。大きな目標を達成するためには、「ゼロ」にもランクがある、と。

    自分の努力だけで清算できる目標もある。しかし、自分の持てるマイナス要素――努力、忍耐、知恵――をすべて動員しても届かない目標がある。そのとき初めて、他者のプラスを受け取らなければならない。

    ところが、バランス感覚を強く持つ人ほど、それが苦手です。「自分で何とかすべきだ」と考えてしまうからです。けれども、分を超えた目標を掲げるなら、周囲との関係性まで視野に入れなければなりません。

    私が競技復帰を決意したきっかけは、研修の仕事との出会いでした。そこにはすでに他者の存在がありました。ボブスレーへの挑戦でも、友人、トレーナー、会社など、多くの支えがありました。

    以前の私なら、結果が出たあとに「感謝」だけをしていたでしょう。しかしこのときは違いました。目標達成に必要な要素として、自ら周囲と関わろうとしていたのです。

    「日本代表」は、失敗続きだった私にとって明らかに分を超えた目標でした。それでも実現できた最大の理由は、周囲の存在です。服部助教や甲斐さんをはじめ、さまざまな出会いが私を支えてくれました。

    出会いそのものは偶然かもしれません。しかし、その出会いを引き寄せる姿勢は、自分でつくることができる。私はそれを、競技人生を通して体感しました。

    ゼロ理論とは、努力と成果を単純に差し引きする考え方ではありません。マイナスを恐れず、自分の枠を超える目標を掲げ、その実現のために他者の力を受け取る覚悟を持つこと。

    バランス感覚とは、一人で完結しようとしない勇気でもあるのです。そして私は、この後もまた、多くの「出会い」によって支えられながら、次の挑戦へと進んでいくことになります。

    6. 出会いと感謝

    一流と二流を分ける差。ツキや運を運ぶ「出会い力」の正体

    私の人生を振り返るとき、どうしても外せないテーマがあります。それが「出会い」です。

    レスリングを通して生きる指針を示してくれた服部助教。右も左も分からないカヌー挑戦のとき、仕事の時間を割いてまで関わり続けてくれた甲斐さん。トレーニングとコンディショニングの新しい世界を見せてくれた古谷院長。この方々は、私にとって師匠と呼ぶべき存在です。

    さらに、競技関係者だけでなく、仕事や私生活を通じても、数えきれないほど多くの人と出会ってきました。そして私は、その出会いによって何度も救われ、成長してきました。

    以前、「出会いは偶然だが、出会いを引き寄せる力がある」と書きました。では、その力の正体は何でしょうか。

    後になって気づいたのは、一流と呼ばれる人たちの生き方には、常に「他者」が存在しているということでした。言い換えれば、「感謝」という感情が自然にあるのです。

    私はよく、「感謝は経験からしか学べない」と話します。私の競技人生は失敗の連続でした。しかし、そのたびに誰かに救われてきた。だからこそ、感謝を学ぶことができました。

    そして、感謝の気持ちはプラス思考へとつながります。自分はきっと成功できる。次はうまくいく。そう信じられる人は、過去や環境、周囲の人々に対して感謝を抱いている人です。この「感謝」こそが、出会いを引き寄せる力なのではないかと私は思っています。

    一流と二流を分けるのは、才能ではなく「関わり方」の差

    私は、自分が一流のアスリートだったとは思っていません。それでも日本代表として海外遠征を経験し、オリンピックに出場し、その後はナショナルチームのヘッドコーチや監督、さらにはボブスレーの強化委員長も務めました。せいぜい「一流半」といったところでしょう。

    それでも二流で終わらなかった理由があるとすれば、ツキや運を運んでくるのは「周りの人」だと分かっていたことです。

    成功できない人が努力をしていないわけではありません。むしろ、人一倍努力している人が多い。しかし、自分一人の力で結果を出そうとしすぎている傾向があります。

    どれだけ努力しても、一人では限界がある。成功は、必ず誰かとの関わりの中で生まれます。一流と二流を分けるのは、才能の差ではなく、周囲との関わり方の差なのかもしれません。

    私がこのことを強く意識するようになったきっかけの一つは、女子陸上界のトップアスリートと関わる中で耳にした「感謝」の言葉でした。大きな成果を出している選手ほど、周囲への感謝を当たり前のように口にします。

    また、メンタル理論の著作に触れたことも影響しています。そこには、私が漠然と感じていた「成功する人の共通点」が、明確な言葉で示されていました。

    天才や成功者は、失敗しない人ではありません。失敗しても、感謝の気持ちを失わず、プラス思考で前へ進み続ける人です。

    私自身、深く考える前に動いてしまう性分もあって、数多くの失敗をしてきました。それでも腐らず、再挑戦を繰り返せたのは、多くの人に支えられたという実感があったからです。救われた経験が、感謝を生み、感謝が、次の行動を前向きにする。その循環の中で、結果的にツキや運を呼び込んでいたのだと思います。

    出会いは偶然かもしれません。しかし、感謝の姿勢は自分で選ぶことができます。自分の生き方の中に他者を置くこと。支えられていることを前提に挑戦すること。それが、私なりにたどり着いた「出会い力」の本質です。

    ★ あとがき

    この記事は、失敗と再挑戦を繰り返してきた私の人生の記録『失敗のチカラ』最終章を編集したものです。
    失敗のチカラ【改訂版】|RYOJI|note

    少年工科学校を辞めようとしたこと。相撲部屋から逃げ出したこと。カヌーで結果を出せなかったこと。長野オリンピックで裏方として価値観を共有できなかったこと。人事部長として志半ばで退職せざるを得なかったこと。さらに、20年間に及ぶNPO活動で結果を残せなかったこと。

    振り返れば、よくこれだけ失敗してきたものだと思います。それでも私は、自分を「挫折を繰り返した人間」とは思っていません。

    人生で“挫折”と呼べるのは一度だけ。相撲部屋を逃げ出した時です。

    あの時だけは心が折れ、人生をゼロに戻すために大相撲から逃亡してから二年の歳月を要しました。しかし、それ以外の失敗はすべて、方向転換のきっかけでした。

    失敗は、何度してもいい。むしろ、失敗できる人こそ挑戦を続けられる人です。失敗しないということは、挑戦していないということでもあります。

    私は研修や講演の場で繰り返し伝えています。 「失敗を恐れず、行動せよ」と。

    自律の最終段階は「行動」です。知っていることと、できることは違います。どれほど優れた考えも、行動に移さなければ成果にはつながりません。トップ選手ほど変化を求め、自らの行動を変えます。現状維持は後退であると知っているからです。

    現在、若い世代に接する中で、挑戦よりも失敗を避けることを優先する傾向を感じることがあります。しかし自信は、行動の結果からしか生まれません。

    今、失敗しているということは、挑戦している証拠です。失敗しても、自分を受け入れればいい。そして、次へ進めばいい。

    山﨑良次

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    私が経験から得た「失敗を力に変える考え方」を、企業研修や講演を通してお伝えしています。
    組織のレジリエンス向上、人材育成、セカンドキャリア、挑戦する組織づくりに関心のある方は、お気軽にご相談ください。👇

    また、この考え方に至るまでの歩みは、無料マガジン「改訂版・失敗のチカラ」で連載しています。
    マガジン記事一覧はこちら👇
    失敗のチカラ【改訂版】|RYOJI|note

    English version is available here👇
    Power of Failure|RYOJI|note

    #創作大賞2026 #ビジネス部門 #失敗のチカラ #レジリエンス

     
     

    RYOJI

     
     
    めずらしい経歴の元五輪選手。「失敗のチカラ」著者。レジリエンス、準備力などを発信。 An Olympic athlete with a rare career. Sharing my philosophy on "The Power of Failure" in English.

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