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䞡想い 第十䞉章

    耳の奥で、粘着質な音がした。
    䜕かを咀嚌する音だ。

    党身の筋肉が完党に麻痺し、指䞀本動かせない。
    畳の䞊で仰向けに転がったたた、ひしゃげた呌吞だけを繰り返す。

    暪を向いた俺の芖界のすべおを塞ぐように、顔があった。
    至近距離。錻先が觊れ合うほどの䜍眮で、マサトがどこからか持っお来た油菓子を口にねじ蟌み、無心で噛み砕いおいた。
    右手には、油たみれの透明なプラスチック袋を異様な力で握りしめおいる。
    䞭身はずっくに空だずいうのに、指の関節が癜くなるほど固く、決しお離そうずしない。
    点滅する照明の明かりが、無機質なマサトの顔を照らし出す。

    その顔を芋お、血の気が匕いた。
    頭郚の傷口から流れる血が、たっすぐに萜ちおいない。
    ひび割れ、めくれ䞊がった皮膚の䞊を、あみだくじのように折れ曲がりながら䌝っおいる。

    蛇皮病。
    メグルず同じ。
    蛇の鱗のようにただれた皮膚。

    垞に日陰を避けおいたアむツを思い出した瞬間、郜合よく忘れおいた蚘憶の断片が、無理やり䞀本の線に繋がっおいく。

    子どもの頃。俺が氎疱瘡で病院に通っおいた時——。
    い぀か母さんが電話口で蚀っおいた『方蚀の匷いおしゃべり』『たたに気味悪かった』子䟛。
    俺はずっず、病院の埅合宀で袋を被っおいた「あい぀」が、䞀人だけだず思い蟌んでいた。
    顔を袋で隠しおいた子どもは、二人いた。

    い぀も袋越しに、やかたしく喋りかけおきたメグル。
    そしお病院にあった庭の隅。
    日光を避けるように、い぀も日陰にうずくたっおいた、無口な子䟛。
    䌚うたびに、手にはゎミ箱から持ったお菓子の包み玙や、飲みかけのゞュヌスの空き猶を持っおいた。

    芪も呚りの倧人も気味悪がっおいたが、あの時の俺は、氎疱瘡の自分ず同じ「ただの病気」だず思っお、病院に行くたび、そい぀らず無邪気に遊んだ。
    そしたら、マサトは俺の物を執拗に集めるようになった。
    俺が捚おたもの、食べかけのパン。
    ぀いには俺の家からオモチャや靎たで盗たれた。
    それを知った母さんが、ブチ切れた。

    『あの気色悪い子ず遊んじゃダメっお蚀ったでしょ』

    怒鳎られながら腕を匷く匕っ匵られ、無理やり車に乗せられた。
    以来、あの病院ぞ行くこずはなくなった。
    お別れなんお、蚀っおない。
    い぀かたた䌚えるだろうず勝手に思い蟌み、次第に完党に忘れおいっおしたった。

    ——そこたで思い出したずき、深倜のコンビニで携垯の画面に噛み぀いお読んだ、あの幌児虐埅事件の蚘事の文面が、脳内でフラッシュバックした。

    扉に䜕重にも粘着テヌプで目匵りされた密宀に閉じ蟌められ、飢逓状態でゎミを握りしめおいた子䟛。
    心臓が、今たでにない速床で脈打぀のを感じた。

    俺の頭䞊にはぜっかりず黒い口を開けた倩井の通気口。
    こい぀ず䞀緒に屋根裏を確認した際、埃だらけの床には「こい぀の足跡」しかなかった。
    あれは、無人の屋根裏をこい぀が先に歩いたからじゃない。
    最初から、俺の家の屋根裏に朜んでいたからだ。

    じゃあ、あの倜䞭に鳎り響いおいた固定電話の電子音は
    メグルはさっき、「ふず思い出したからかけおみた」ず蚀っおいた。
    なら、数日前から鳎っおいた無蚀電話は誰がかけおいた 家の着信履歎が綺麗に消されおいたのはなぜだ

    電波の届かないこの山䞭で、山の麓の公衆電話から俺の家の様子を䌺い、倜䞭に家ぞ䟵入し、履歎を消しおいたのは——。
    蚊取り線銙を焚き、俺の髪や爪を切っおいたのは——。

    党郚、マサトだ。

    過去に携垯で調べた、あの幌児虐埅事件の蚘事が脳裏をよぎる。
    粘着テヌプで目匵りされた密宀に閉じ蟌められ、飢逓状態でゎミを握りしめおいた子䟛——。

    「  ずっず、埅っおた。  お前だけ、だったのに」

    マサトが、喉の奥で柱んだ声を絞り出した。

    「  そんな、に  嫌い、か   俺が」

    倪い腕が䌞びおきお、畳の䞊に転がっおいた俺の銖を、巚倧な䞡手が芆う。
    軌道が朰されお、息ができない。
    呜の危機を感じた俺の身䜓が痙攣のように跳ね䞊がる。
    握り返す力なんお、䞀ミリも残っおない。
    ただ力なく持ち䞊がった俺の手が、銖を絞め䞊げるマサトの腕に、すがり぀くように觊れた。

    マサトの巚䜓がビクッず震える。
    今たで胜面のように感情がなかった男の顔が初めお厩れた。
    怒りずも悲しみずも぀かない、今にも泣きそうなくらい歪んだ顔ず濁った目で、俺の顔を至近距離から芗き蟌んでくる。

    「  誰も、觊らなかった。  お前の手だけが、熱かった」

    すがり぀くような、匱々しい声がこがれ萜ちた。
    だが、絞たる力は緩たない。
    そしお——泣き出しそうだったアむツの口角が、ゆっくりず、気味悪く吊り䞊がった。

    「俺も、お前が嫌いだよ」

    途切れかけた意識の䞭、開け攟たれた瞁偎の向こうから䜎いモヌタヌ音が響いおきた。
    モノラックだ。山の麓から、この深倜に、誰かが急斜面を登っおきおいる。
    銖を絞める力がピタリず止たった。

    マサトは無蚀のたた立ち䞊がるず、畳に萜ちおいた血たみれのピッケルを無蚀で拟い䞊げた。
    そしお、居間ず䞭庭を隔おるガラス戞の分厚いカヌテンを勢いよく匕き切り、倖からの芖線を完党に遮断するず、足音も立おずに隣の台所の奥ぞず身を朜めた。

    解攟された俺は、畳に顔を擊り付けながら激しく咳き蟌んだ。
    酞玠が肺に流れ蟌むが、党身の痺れず激痛は少しも匕かない。
    俺は畳に頬をすり぀けたたた、目玉だけを動かしお居間を芋た。

    居間から瞁偎ぞず続く境界線に、メグルが仰向けに転がっおいた。
    頭半分が完党に陥没し、ザクロ状にはじけ飛んでいた。
    赀黒い血だたりの䞭に、癜やピンクのれリヌ状の䜕かが混ざり、畳の䞊に散乱しおいる。

    玄関の匕き戞が開けられ、聞き慣れた声が響いた。

    「旭陜君 たた開けっ攟しにしお、入るよ」
    「やヌお前が電話に出ねぇから、あんたヌ母芪から鍵借りおきおやったぞ」

    円満ず飛翔の声。
    続いお、ドタドタず耇数の足音が廊䞋を䞊がり、手前にある茶の間ぞ入っおいく気配がした。

    「た、埅っお。な、なんか、家壊れおんじゃん  俺、垰りたいんだけど  」

    登の声が震え始める。
    䞭庭は暗く、居間のカヌテンも匕かれおいるため、手前の茶の間から奥の居間の惚状は死角になっおいる。
    党員が文句を蚀いながら居間ぞ入っお来るず、蚀葉が途切れた。
    むせ返るような血の臭い。
    壊れた家具。
    そしお暪たわる俺ずメグル。

    円満が冷静さを保ずうずするが、声が完党に裏返り、顔は恐怖で匕き぀っおいた。

    「け、譊察だ 飛翔 すぐに譊察に電話しろ いや、救急車が先か」

    ホラ、だから蚀っただろ。
    お前らじゃなかったが、ホントに家に誰かいたろ
    俺の劄想なんかじゃなかったっお、その匕き぀った顔でようやく理解したか。

    だが、遅すぎた。
    こい぀らが居間に入ったこずで、隣接する台所を背にする圢になっおしたった。
    台所の暗がりから、マサトの倪い腕が最埌尟にいた登の前に立っおいた飛翔の頭をわしづかみにし、そのたた近くの柱めがけお党力で叩き぀けた。
    メキィッずいう鈍い音ずずもに飛翔が厩れ萜ちる。
    そばにいた登は完党に腰を抜かし、尻逅を぀いたたた、悲鳎を䞊げお埌ずさりするこずしかできない。

    円満が震える足で居間の奥たで逃げる。

    「なんなんだよ、お前ッ」

    ああ、やめろ。広い堎所だずピッケルの逌食だ。
    マサトは無蚀のたた重心を䜎く萜ずした姿勢から䞊䜓をひねり、円満めがけお右手を振りかぶった。
    間䞀髪でよけた円満の頭䞊をピッケルのブレヌドが暪切る。

    俺の䞊に重なる巚倧な圱。
    照明背負っおいる所為で顔は芋えなかったが、党身から挏れた凄たじい害意だけはわかった。

    円満を仕留めそこなったマサトは、荒い息を吐きながら再びピッケルを持ち盎した。
    だが、俺がピッケルで殎った頭の傷が限界に達しおいたのか、マサトは倧きくバランスを厩し、ドスンず重い音を立おお俺の目の前で䞡膝を぀いた。

    俺の顔から、わずか数十センチの距離。
    濁った目ず、俺の芖線がたっすぐに亀差した。
    マサトが再びピッケルを振りかぶろうず、俺の頭䞊で無防備に銖元を晒す。

    瞬間、これは生存本胜だったのか、それずも最埌に芋せた意地だったのか。
    麻痺しおいたはずの俺の巊手が、畳の血だたりの䞭に萜ちおいたパラコヌドブレスレットの端を無意識に掎んでいた。
    残った党力を振り絞り、コヌドの先端に仕蟌たれた極小のナむフを、䞋から䞊ぞ真っ盎ぐに突き出す。
    俺の巊手が、マサトの銖に吞い蟌たれおいく。

    「あ  」

    血が、花みたいに舞った。

    その赀が、照明でキラキラ光りながら、俺の顔に雚みたいに降り泚ぐ。
    デカむ䜓が、糞の切れた人圢みたいに厩れ萜ちた。

    「旭陜君 旭陜ッ しっかりしろ」

    遠くで、円満が俺の名前を叫んでいるのが聞こえた。
    もっず奥では、登が「電話が壊れおる 線が千切れおる」やら情けない悲鳎がする。
    それに被さるように、吐き出すような飛翔の重い咳き蟌みが聞こえた。

    自分のゲロで息が出来ない。
    胃酞が錻の奥を刺激する。
    激しい頭痛ずめたいの䞭、俺は“どこかで芋たこずがある光景”に目をやった。

    血溜たりの䞊で倒れた男——。
    仰向けのたた、銖だけこっちを向けおいた。

    「  ずっず、埅った  ここで  。  なのに  忘れたっお  ははっ。  なら、運呜だ。願い、が、叶った  」

    血たみれのシャツの襟から、銖に巻き付いた異様なモンが芋えた。
    黒ずんでボロボロにほ぀れた玐を、無理やり銖食りのように巻いたそれ。
    限界たで䌞びきっお線み目も完党に厩壊しお、もはやミサンガの原型はほずんどない。
    俺が子䟛の頃に、アむツの手銖に結んでやったミサンガ。
    それが今、俺が突き䞊げたナむフによっお銖の肉ごず切り裂かれ、無惚に千切れお血だたりに垂れ䞋がっおいた。

    芖界が暗くなっおいく䞭、脳裏に“あの日”の蚘憶が蘇っる。
    メグル達ず再䌚したあの日、無責任に蚀った自分の蚀葉——。

    「あヌその  。でも、たた䌚えたんなら、それもなんか、な。“運呜”っおや぀だろ」

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