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『残響』④ チャランゎ、䜕 第1郚完結

    第六章 チャランゎ、䜕

    その頃の僕は、赀いアワむペ柄のチャランゎケヌスを持っお、毎日のように日吉キャンパスを歩いおいた。

    今考えるず、かなり浮いおいた。

    日吉には、倧孊生らしい持ち物ずいうものがあった。

    黒いリュック。
    トヌトバッグ。
    ノヌトパ゜コンの入ったカバン。
    テニスラケット。
    たたにギタヌケヌス。

    その䞭で、赀いアワむペ柄のチャランゎケヌスは、明らかに説明を必芁ずする物䜓だった。

    䞀般教逊のクラスでも、䜕床か女子に聞かれた。

    「それ、䜕」

    「チャランゎ」

    「チャ、䜕」

    「チャランゎ」

    「ギタヌ」

    「たあ、小さいギタヌみたいな」

    僕は䜕床もその説明を繰り返した。

    最初は少し恥ずかしかった。
    でも、そのうち聞かれるたびに、少しだけ埗をしたような気分になった。

    「チャランゎっおいうねん」

    そう蚀うだけで、䌚話が䞀぀生たれた。
    それたでの僕には、そういう䟿利な持ち物があたりなかった。

    たずえその説明が「小さいギタヌみたいなもの」ずいう、かなり雑な嘘だったずしおも。

    昌䌑みが苊手だった。

    最初の頃、僕は食堂に行かない理由を「混んでいるから」ず説明しおいた。

    実際、混んでいた。
    だから嘘ではなかった。

    ただ、空いおいる時間に行っおも萜ち着かなかったので、混雑だけが原因ではないこずは薄々分かっおいた。それでも僕は、しばらく「混んでいるから」ずいう䟿利な理由を䜿い続けた。

    日吉の食堂は、僕には少し眩しすぎた。

    陜キャのクラスメむトたち。
    匷者感溢れる體育會の人たち。
    倧きな声。
    笑い声。
    垭を探す人の矀れ。

    食堂には、昌ごはん以倖のものが倚すぎた。

    僕はそこで、自分がどこに座ればいいのか分からなかった。
    空いおいる垭はあっおも、そこに座るための人栌が足りなかった。

    食堂ずは、䞀皮の瀟亀戊堎であった。

    そこではカレヌや定食だけでなく、友人関係、恋愛可胜性、クラス内の立ち䜍眮、そしお「倧孊生掻をうたくやれおいる感」たでが同時に売られおいた。

    僕は昌ごはんを食べたいだけだった。
    しかし食堂に入るず、どうしおもそれ以䞊のものを泚文させられる気がした。

    どの垭に座るのか。
    誰ず食べるのか。
    䜕を話すのか。
    食べ終わったあず、䞀緒に次の授業ぞ向かうのか。

    昌食に付随する人間関係のカロリヌが高すぎた。

    そのため僕は、ラテ研に出䌚っおから、塟生䌚通入口で匁圓を買い、逃げるように郚宀ぞ向かうようになった。

    匁圓はい぀もサッず食べた。

    味わうずいうより、補絊だった。

    食べ終わるず、すぐにチャランゎを出した。

    郚宀には、昌䌑み特有の静けさがあった。

    授業の合間だから、誰もいない日も倚かった。
    窓のない地䞋の郚屋に、譜面台ず叀い怅子ず、誰かが眮いおいった楜噚ケヌスだけが残っおいた。

    地䞊の食堂では、誰かが誰かを呌び、垭を取り、笑い声が重なっおいた。
    地䞋では、チュヌナヌの小さな電子音だけが鳎った。

    その差が、僕にはちょうどよかった。

    食堂で友達を増やす代わりに、僕は十本の匊ず向き合っおいた。
    それが健党な倧孊生掻だったのかは分からない。

    でも、少なくずも僕にずっおは、食堂の真ん䞭で笑い方を探すより、塟生䌚通の郚宀でチュヌニングを合わせる方がずっず楜だった。

    最初は、食堂から逃げるために郚宀ぞ行っおいた。

    匁圓を食べお、少しだけ匟いお、次の授業ぞ行く。
    その぀もりだった。

    けれど、い぀の間にか僕は、次の授業よりも昌䌑みの郚宀の方を埅぀ようになっおいた。

    授業䞭に時蚈を芋る時も、終わったあずにどこぞ行くかはもう決たっおいた。

    食堂ではない。
    図曞通でもない。
    友達のいるベンチでもない。

    塟生䌚通の地䞋だった。

    チャランゎを買っおから、僕は毎日匟いた。

    授業が終わるず郚宀ぞ行き、郚宀が閉たるず家で匟いた。䌑日は、朝から觊っおいるこずもあった。気づけば䞀日六時間くらい緎習しおいた。

    䜕かに取り憑かれおいたのだず思う。

    ただし、取り憑かれおいたわりには、党然うたくならなかった。

    それでも、䞍思議ず嫌ではなかった。

    チャランゎを匟いおいる時間だけは、日吉の明るさも、食堂のざわめきも、駅から遠い郚屋のこずも、少しだけ遠くなった。

    うたくなりたかった。

    その「なりたい」は、東倧に行きたかった時の「なりたい」ず少し違っおいた。

    東倧に行きたいずいう気持ちには、い぀も誰かの芖線があった。先生、同玚生、瀟䌚、そしお䜕者かになりたかった自分自身。

    でもチャランゎがうたくなりたいずいう気持ちは、もっず小さかった。

    昚日より少しだけ右手が動く。
    昚日より少しだけ音が揃う。
    昚日より少しだけ、曲らしきものに近づく。

    その皋床のこずが嬉しかった。

    先茩に耒められるず、信じられないくらい嬉しかった。

    「よくなっおるじゃん」

    䜐䌯さんにそう蚀われるだけで、その日は少し救われた。

    僕はその䞀蚀を、たぶん必芁以䞊に倧切にしおいた。

    䜐䌯さんは、い぀もの調子で䜕人にも同じようなこずを蚀っおいただけかもしれない。
    それでも僕は、自分だけに出された蚱可蚌みたいに受け取っおいた。

    âž»

    第䞃章 旅人の曲

    春の定期挔奏䌚は、倧孊の教宀ではなく、地域のホヌルで行われた。

    関東のいろいろな倧孊のフォルクロヌレサヌクルが集たる挔奏䌚だった。
    それたで僕にずっおフォルクロヌレは、塟生䌚通の地䞋ず、䜐䌯さんの䞋ネタず、埡茶ノ氎の狭い楜噚屋に存圚するものだった。

    でもその日、ホヌルには同じような楜噚ケヌスを持った孊生たちがたくさんいた。

    ケヌナを持぀人。
    サンポヌニャを抱える人。
    ギタヌを背負う人。
    そしお、チャランゎを持぀人。

    こんなにいたのか、ず思った。

    日本のあちこちに、わざわざ南米の音楜を遞んでしたった倧孊生たちがいる。
    その事実は、少しおかしくお、少し心匷かった。

    衣装は私服だった。

    だから、ステヌゞにはどこか文化祭の延長のような空気があった。
    でも、楜噚を持぀ずみんな少しだけ真剣な顔になった。

    僕たちのグルヌプは、䞀孊幎八人だった。

    八人ずいう人数は、少なすぎず、倚すぎもしなかった。
    ひずりで立぀には怖すぎるステヌゞも、八人いれば少しごたかせる。
    そう思っおいた。

    けれど本番前になるず、やはり怖かった。

    コヌドが鳎らなかったらどうしよう。
    ストロヌクがずれたらどうしよう。
    自分だけリズムから萜ちたらどうしよう。

    僕は䜕者にもなれなかったうえに、初心者向けの曲でも足を匕っ匵るのかもしれなかった。

    曲が始たった。

    笛が鳎った。
    倪錓が入った。
    そしお僕は、必死でチャランゎを鳎らした。

    必死すぎお、少し速くなった。

    緎習の時から、緊匵するず走る癖があった。
    自分では萜ち着いおいる぀もりなのに、右手だけが勝手に未来ぞ行こうずする。

    隣の同期が䞀瞬こちらを芋た。
    その目が「速い」ず蚀っおいた。

    僕は慌おお戻ろうずした。
    戻ろうずするず、今床は少し遅れた。

    音楜ずいうものは、ただ匟けばいいのではなく、みんなず同じ堎所にいなければいけないのだず、その時初めお少し分かった。

    それでも、楜しかった。

    めちゃくちゃ楜しかった。

    間違えながら、走りながら、戻りながら、僕は音の䞭にいた。

    音の䞭にいる、ずいう感芚があった。
    自分の音だけでは䜕もできないのに、八人で匟くず、どこかぞ進んでいく。
    そのこずが䞍思議だった。

    東倧には自分ひずりで萜ちた。
    けれどこの曲は、ひずりでは進たなかった。

    それが嬉しかった。

    挔奏が終わるず、僕は汗をかいおいた。
    たぶん笑っおいた。

    䜕者かになったわけではなかった。
    でも、䜕者かになれなかった自分のたた、ステヌゞに立぀こずはできた。

    本圓の本番は、その埌だった。

    挔奏䌚が終わるず、打ち䞊げがあった。

    いや、正確には、打ち䞊げこそが本番だったのかもしれない。

    居酒屋を貞し切っお、関東のいろいろな倧孊のフォルクロヌレサヌクルの孊生たちが集たった。東倧、筑波、専修、日倧、名前を聞いたこずのある倧孊も、あたり知らない倧孊もあった。

    けれどその堎では、倧孊名にほずんど意味がなかった。

    少なくずも、僕がずっず囚われおいたような意味では、意味がなかった。

    誰かがケヌナを吹き始める。
    誰かがギタヌを持぀。
    誰かがテヌブルを叩く。
    誰かが歌う。

    居酒屋の座敷のあちこちで、勝手に挔奏が始たった。

    知らない曲が倚かった。

    僕はただ、そこで流れる曲のほずんどを知らなかった。
    スペむン語の歌詞も分からなかったし、コヌドも远えなかった。

    だから最初は、少し離れたずころで芋おいた。

    でも、知っおいる曲が始たるず、急いでチャランゎを取り出した。

    最初に習った曲。
    緎習で少し觊れたこずのある曲。

    完璧には匟けなかった。
    途䞭で分からなくなるずころもあった。

    それでも、暪に座った他倧孊の先茩が笑っお、コヌドを教えおくれた。

    「そこ、G」

    僕は慌おおGを抌さえた。
    盞倉わらず難しかった。

    でも、そのGは郚屋でひずりで抌さえおいたGずは違った。

    居酒屋のざわめきの䞭で、知らない倧孊の人たちず䞀緒に鳎らすGだった。

    受隓の䞖界では、倧孊名はそれぞれ別の棚に眮かれおいた。
    でもその倜は、みんな同じ居酒屋の座敷で、同じ曲を探しおいた。

    偏差倀の順番ではなく、曲を知っおいるかどうかで茪に入れる。

    それは、かなり倉な䞖界だった。
    そしお、かなり救われる䞖界だった。

    打ち䞊げでは、先茩たちが耒めおくれた。

    「よかったじゃん」

    その䞀蚀で、僕は䞀週間くらい生きられる気がした。

    他倧孊のチャランゎの先茩ずも少し仲良くなった。
    その人は僕よりずっず自然にチャランゎを匟いおいお、楜噚の抱え方にも、右手の動きにも、倉な䜙裕があった。

    「䞀幎生」

    「はい」

    「初めおにしおは、よかったよ」

    その蚀葉だけで、僕はすぐにその人を信甚した。

    「でも、ちょっず走っおたね」

    やはり信甚できないかもしれないず思った。

    先茩は笑った。

    「チャランゎっお、小さいから焊るず党郚バレるんだよ。右手に性栌が出る」

    僕は自分の右手を芋た。
    そこには東倧に萜ちた男の性栌が、きっず盞圓うるさく出おいたのだず思う。

    「でも、楜しそうだった」

    先茩はそう蚀った。

    その䞀蚀は、うれしかった。

    うたいず蚀われるより、少しだけ深いずころに届いた。

    この楜噚には、ただ先がある。

    塟生䌚通の地䞋よりも、埡茶ノ氎の店よりも、日吉ず綱島の間の叀いアパヌトよりも、もっず広い堎所に、この小さな楜噚は぀ながっおいる。

    その倜、僕は初めおそんなこずを思った。

    打ち䞊げが終わる頃には、倖はすっかり倜だった。

    居酒屋の倖に出るず、さっきたでの笛やギタヌや歌声が、急に遠くなった。知らない倧孊の先茩たちは、それぞれの駅ぞ散っおいった。東倧も、筑波も、専修も、日倧も、さっきたで同じ座敷で同じ曲を探しおいたのに、倜の道に出るずたた別々の名前ぞ戻っおいった。

    僕は赀いアワむペのケヌスを抱えおいた。

    䞭には、十䞇円のチャランゎが入っおいた。

    ただAmもGもCもE7も、きちんず鳎らせない。
    緊匵するず走る。
    初心者向けの曲でも、僕には十分むずかしかった。

    それでも、劙に軜かった。

    東倧に萜ちたこずも、慶應に銎染めないこずも、昌䌑みに食堂ぞ行けないこずも、その倜だけは少し遠くにあった。

    最初に芚えた曲は、旅人ずいう意味だった。

    その時の僕は、ただどこにも行っおいなかった。

    ただ、埡茶ノ氎の狭い店で聞いた「アむキレ」ずいう名前だけが、なぜか頭の隅に残っおいた。

    赀いアワむペのケヌスを抱え盎すず、䞭で匊がかすかに鳎った。

    僕はその音を聞きながら、倜の駅ぞ歩いた。

    第八章 自分の道を行け

    春の定期挔奏䌚が終わるず、僕は少しだけ匟けるようになった気がしおいた。

    もちろん、今思えばほずんど䜕も匟けおいなかった。

    ただ、AmずGずCずE7を抌さえ、右手を動かし、どうにか䞀曲の䞭に混ざるこずはできた。それだけで、圓時の僕にはかなり倧きかった。

    春定のあず、郚員が芚えるべき曲は十五曲ほどあった。

    どの曲も、ラテ研の䞭では䞀皮の共通語のようなものだった。誰かが匟き始めた時、黙っお聎く偎にいるのか、途䞭からでも音を足せる偎にいるのか。それが少し倉わる。

    僕は、その十五曲を倏䌑みたでにほずんど芚えおしたった。

    才胜があった、ずいう話ではない。

    単に、緎習しすぎたのだず思う。

    授業のあずに匟き、昌䌑みに匟き、家に垰っおも匟いた。日吉ず綱島の間の叀いアパヌトで、隣の郚屋の歌声ず新幹線の音に混ざりながら、同じ曲を䜕床も匟いた。

    十五曲を芚えたからずいっお、うたくなったわけではなかった。

    音はただ薄かった。

    右手はよく走った。

    コヌドは鳎ったり鳎らなかったりした。

    Gは盞倉わらず、抌さえるたびに少しこちらを詊しおくるようだった。

    でも少なくずも、曲の䞭で完党に迷子になるこずは枛った。

    打ち䞊げで誰かが匟き始めおも、前より少しだけ反応できるようになった。知らない曲ばかりだった座敷の䞭で、知っおいる曲が増えるず、䞖界の入口が少し増えたような気がした。

    ずころが、少し匟けるようになるず、今床は䜕を緎習すればいいのか分からなくなった。

    初心者の頃は、できないこずが倚すぎお迷わなかった。

    コヌドを抌さえる。

    リズムを芚える。

    右手を動かす。

    曲に぀いおいく。

    それだけで䞀日が終わった。

    けれど倏になる頃には、できないこずがただ山ほどあるのに、どこからできないのかが分からなくなっおいた。

    できないこずが倚すぎる時、人は逆に迷わない。

    党郚できないからである。

    しかし、少しだけできるようになるず厄介だった。自分が䞋手なのは分かる。けれど、䜕をすれば次ぞ進めるのかが分からない。

    僕は郚宀でチャランゎを抱えたたた、よく同じずころをぐるぐる匟いおいた。

    その時、䜐䌯さんが蚀った。

    「じゃあ、シゲやっおみたら」

    「䜕ですか、それ」

    「曲」

    「それは分かりたす」

    「Sigue tu Camino、自分の道を行け、みたいな意味」

    䜐䌯さんは、たた䜕でもないこずのように蚀った。

    自分の道。

    その蚀葉は、十九歳の僕には少し倧げさだった。

    僕はただ、自分の道どころか、日吉の食堂でどこに座ればいいのかも分かっおいなかった。

    「難しいんですか」

    「䞀幎生にはたあたあ難しい」

    「じゃあ無理じゃないですか」

    「無理な曲をやるからうたくなるんだよ」

    「雑ですね」

    「だいたい合っおる」

    䜐䌯さんはそう蚀っお、暪でチャランゎを鳎らした。

    その曲は、それたで芚えおきた曲ずは少し違っおいた。

    ただ勢いで突っ切る曲ではなかった。明るいのに、どこか陰があった。前ぞ進んでいるのに、埌ろを少しだけ芋おいるような感じがした。

    途䞭に爪匟きがあった。

    それが、やけにきれいだった。

    䜐䌯さんの指は、匊の䞊を軜く通り過ぎおいく。軜いのに、音はちゃんず残った。小さい楜噚の䞭で、现い道が䞀本ず぀照らされおいくようだった。

    僕が真䌌するず、たったくそうはならなかった。

    音はぜろぜろ萜ちた。

    指は匊の䞊で迷子になり、次の音を探しおいるうちに、曲の方が先ぞ行っおしたう。远い぀こうずするず右手が硬くなる。䞁寧に匟こうずするず、今床は音が小さくなる。

    曲の圢は芋えおいるのに、自分の手だけがそこぞ行けなかった。

    「これ、本圓に䞀幎生がやる曲ですか」

    「やっおる䞀幎生は芋たこずないね」

    「なんで勧めたんですか」

    「顔がもう、初心者曲で満足しなさそうだったから」

    「そんな顔しおたした」

    「しおた。面倒な顔」

    倱瀌な話だった。

    ただ、少し圓たっおいた。

    僕は初心者だった。間違いなく初心者だった。けれど、初心者でいられる時間が、もう少しず぀物足りなくなっおいた。

    それは成長ずいうより、厄介さの始たりだったのかもしれない。

    初心者歓迎ず曞かれた堎所に入っおきたくせに、少し慣れおくるず、今床は初心者扱いされるこずが物足りなくなる。

    人間ずは本圓に勝手なものである。

    Sigue tu Camino。

    その頃の僕にずっお、それは人生の蚀葉ではなかった。

    ただ、難しくお、なかなか匟けなくお、それでもなぜか緎習しおしたう曲だった。

    郚宀で匟いた。

    家で匟いた。

    授業の合間にも、机の䞋で右手を少し動かした。

    爪匟きのずころになるず、い぀も指が急に他人のものみたいになった。さっきたで自分の手だったはずなのに、そこだけ急に初察面の手になる。人間関係なら、もう少し段階を螏んでほしかった。

    僕は䜕床も同じずころを匟いた。

    䜕床も匟くず、だんだん匟けるようになる。

    これは本圓だった。

    ただし、匟けるようになる頃には、今床は別のずころが気になり始める。

    爪匟きが少し通るようになるず、前埌のストロヌクが雑に聞こえる。ストロヌクを敎えようずするず、爪匟きに入る前の呌吞が足りない気がする。呌吞を意識するず、曲党䜓が遅くなる。

    䞀぀盎すず、別のずころが顔を出す。

    曲ずいうものは、できないずころだけでできおいるのではなかった。できるず思っおいたずころたで、少しず぀疑わしくなっおいく。

    それでも僕は、その曲を緎習した。

    倏䌑みの郚宀は、春より少し静かだった。

    新歓の熱も、春定の緊匵も、少し遠くなっおいた。郚宀にいる人数も日によっおたばらだった。誰かが来お、少し匟いお、どこかぞ行く。誰かはバむトぞ行き、誰かは垰省し、誰かはたぶん普通の倏を過ごしおいた。

    僕は毎日地䞋にいた。

    窓のない郚屋で、倖の暑さがよく分からないたた匟いた。

    ずきどき地䞊ぞ出るず、日吉の光が匷すぎお驚いた。䞖の䞭はちゃんず倏だった。半袖の孊生たちが歩き、蝉が鳎き、コンビニには冷たい飲み物が䞊んでいた。

    僕の倏は、地䞋で匊を抌さえおいた。

    それが寂しかったのか、楜しかったのか、圓時はよく分からなかった。

    たぶん䞡方だった。

    孊祭で、僕はその曲を䜐䌯さんず䞀緒に匟くこずになった。

    人前で匟けるほど仕䞊がっおいたのかず蚀われるず、かなり怪しい。

    途䞭の爪匟きでは盞倉わらず指が慌おたし、右手は固かった。緎習ではできた気がするずころも、本番になるず急に知らない顔をした。

    それでも、䜐䌯さんが暪で匟いおいるず、曲は䜕ずか前ぞ進んだ。

    䜐䌯さんは、普段だけ芋おいるず、どうしおこの人が郚長なのか少し䞍安になる人だった。

    でもチャランゎを持぀ず、少しだけ別の人に芋えた。

    いや、別の人になるわけではない。

    い぀もの䜐䌯さんのたた、ちゃんず音だけは前ぞ進んでいく。

    それが少し䞍思議だった。

    孊祭の空気は、春定ずは違っおいた。

    ステヌゞの呚りには、音楜を聎きに来た人ばかりがいるわけではなかった。たたたた通りかかった人もいた。焌きそばを持った人もいた。䜕かの出し物ぞ向かう途䞭で足を止めた人もいた。

    僕たちの音は、その人たちの間を通っおいった。

    Sigue tu Camino。

    自分の道を行け。

    その意味は、ただ分からなかった。

    ただ、䜐䌯さんの暪でその曲を匟いたこずだけは、䜓に残った。

    曲が終わるず、䜐䌯さんはい぀もの調子で蚀った。

    「たあ、ええんちゃう」

    「本圓ですか」

    「うん。爪匟き、途䞭で若干迷子になっおたけど」

    「芋えおたした」

    「芋えおた。指が遭難しおた」

    嫌な蚀い方だった。

    でも、僕は少し笑った。

    できたずころも、できなかったずころもあった。

    それでよかった。

    いや、本圓はよくなかったのかもしれない。

    もっずちゃんず匟けた方がよかった。もっず音がきれいで、もっず䜙裕があっお、もっず䜐䌯さんの暪に䞊べるくらい匟けた方がよかった。

    けれどその時の僕には、難しい曲を枡され、それを緎習し、人前で䜕ずか最埌たで匟いたずいう事実が、少し倧きかった。

    初心者歓迎の堎所に入っおきた僕は、い぀の間にか、初心者には少し難しい曲を匟こうずしおいた。

    それは、小さな倉化だった。

    倖から芋れば、ほずんど分からない。

    倧孊䞀幎生が孊祭で䞀曲匟いた。

    それだけのこずだった。

    でも、僕の䞭では䜕かが少し動いた。

    倏に枡された曲には、自分の道を行け、ずいう意味があった。

    その頃の僕は、自分の道がどこにあるのかも分かっおいなかった。

    ただ、難しい曲を䞀぀枡されお、それを匟けるようになりたいず思っおいた。

    倧げさな意味は、ただなかった。

    でも今思えば、あの曲は少しだけ先に、僕の人生の方を芋おいたのかもしれない。

    第1郚〜完〜



    最埌たで読んでくださっおありがずうございたす。
    続きも読んでみたいず思っおいただけたら、スキやフォロヌで応揎しおもらえるず嬉しいです。
    その反応が、次の䞀話を曞く力になりたす。
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    チャランゎ奏者 🇯🇵🇧🇎2024幎Aiquileチャランゎ囜際コンクヌル優勝🏆 Los Kjarkas Jr.系グルヌプで掻動埌、2026幎垰囜。アンデス音楜・ボリビア・南米旅の情報を発信

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