
友情はシュウマイの形をしていた
「転んで右手を骨折した」
友人から届いたLINEは、映画の約束の日の朝だった。
通院を勧めて、私は一人で映画館に向かった。
彼女は一人暮らし。
右手が使えず料理もできないと聞き、シュウマイを作って持って行った。
フォークで食べられると思ったから。
「映画、楽しみにしていたのに、ごめんね。元気になったら、必ず挽回させて」
そいう彼女に、私は言った。
「しんどい思いをしたのは、あなたなのだから、そんなものはいらないよ」。

彼女は、少し痩せて、元気がなかった。
食欲が落ち、何もする気がないと言う。
「リハビリをがんばっているのに、なかなか治らない。転んだだけで骨を折ったのも、なかなか治らないのも、歳のせいだね」と彼女は笑った。
でも私は、転んだことよりも、その言葉が少し寂しかった。
料理や掃除もしてあげたかった。
でも世話を焼かれるのが好きではない人だから、話をしただけで帰った。
三ヶ月後にまた訪ねると、彼女の右手はかなり良くなっていた。
今度は彼女が料理をご馳走してくれて、私が持参した赤ワインで乾杯した。

その時彼女が言った。
「SNSにあのシュウマイのことを書いたよ。来てくれてうれしかった。
あれからシュウマイ作りにはまってる」。
私のシュウマイは不格好だ。
皮はひらひら。
グリーンピースもない。
彼女は言った。
「こんなんでいいんだって思えた」
その言葉が、胸に残った。
大げさなことは苦手な彼女にも、
不格好なシュウマイに込めた気持ちはちゃんと届いていた。
友情はシュウマイの形をしていた。