
その願いの奥には、何があるのだろう。
セッションをしていると、人は、いろいろな願いを話してくれます。
もっと自由に生きたい。
人の役に立ちたい。
どれも自然で、大切な願いです。
でも私は、その願いを聞くたびに、心に浮かぶ問いがあります。
その願いは、その人にとってどんな意味を持っているのだろうか。
例えば、
「人の役に立ちたい。」
という願いがあります。
その願いは、純粋に誰かの力になりたいという思いから生まれているのかもしれません。
あるいは、子どもの頃から、
「人の役に立つことが大切だ。」
と教えられ、
その価値観を大切にしながら生きてきた人もいます。
同じ願いでも、その意味は、一人ひとり違っています。
そして、その意味の奥には、自分でも気づいていない思いが、静かに重なっていることがあります。
私たちは、願いを叶えようと努力することはあっても、
なぜ、その願いが生まれたのか。
そこに目を向けることは、あまりないように思います。
でも、その願いは、自分にとってどんな意味を持っているのだろうか。
そう問いかけてみると、
「だから私は、そう願っていたのか。」
そんな小さな気づきが生まれることがあります。
その気づきは、
今まで当たり前だと思っていた、
自分の見方を見つめ直すきっかけになります。
すると、
今まで一つしかないと思っていた世界に、
別の見方や、
別の選択肢が見えてくることがあります。
その願いが、自分にとってどんな意味を持っていたのか。
そこを見つめていくことは、
自分が見ている世界を理解していくことでもあります。
少しずつ選べる世界が広がっていく。
私は、そこに自由を感じます。
願いは、叶えるためだけにあるのではなく、
自分が見ている世界を知る入り口でもあるのかもしれません。