
ベルガモット〜ふたりのはは〜
「わたし、あなたのパパの元カノなの」
それが、彼女に私が発したはじめての言葉だった。
彼女は特に驚きもせず、ただ静かに私を見つめていた。
まぁ、それはそうよね。
「会ったらまず初めに、きちんと言うね」という前置きを出会うやりとりの中で私がしていたからかもしれない。
「彼女」というのだから、性別は女性だとお分かりだろう。
これがもし「彼」だったら、私はこの道を選ばなかったと思う。
*
元カレの妻が亡くなった。
それを知ったのはカレからではなく、共通の友人からの伝聞だった。
その時、私の胸を占めたのは、カレ自身への同情よりも、残された高校生の娘のことだった。
気づいた時にはSNSでカレに連絡を取り、半ば強引に、彼女と会う算段を取り付けていた。
そして、カフェのテーブルを挟んで私が開口一番に放ったのが、その言葉だ。
高校生の女の子らしく、彼女は落ち着いていた。
心の中はどうだか分からないけれど、少なくとも私には、何かパパ絡みの面倒なことでも始まったのだろう、と達観しているように見えた。
私は、自分が思っていることを飾らずに、正直に話した。
あなたのママのことは何も知らないこと。
パパは私と別れてだいぶ経ってからママと出会って結婚したこと。
あなたが男の子だったら、私はこんな行動に出なかったこと。
そして――。
「あなたのパパのことが、やっぱり今でも好きなの。そのパパの力になりたい。でも、パパの娘であるあなたのことは、もっと力になりたい」
彼女は黙って聞いている。私は言葉を重ねた。
「私はあなたの母親にはなれない。だけど、男の人には絶対に話せないことが、女の子にはあるでしょ? 私はその聞き役になりたいの。パパがどう思うかより、あなたがこれからどうしたいかを教えてほしい」
一気に喋ると、喉が渇いた。
「ごめん、ワインを呑んでもいい?」
「いいよ」
彼女の承諾を得て、私は店員にワインを頼んだ。
彼女の分には、雰囲気を出すためにワイングラスにぶどうジュースを注いでもらう。
変なタイミングで、私たちはグラスを合わせた。
チン、と頼りない音が響く。
「なにしてる人?」
ワイングラスを傾けながら、彼女が尋ねた。
「文章を書いている人」
「それじゃあさ、どこでも仕事ができるっていうこと?」
「うん…、まぁそうね」
彼女はぶどうジュースを一口含むと、事もなげに言った。
「じゃあさ、ウチに来たらいいんじゃん?」
「へっ??」
なんとまぁ、間抜けな声が出た。私はてっきり、時々お喋りをする「不思議な近所のおばさん」くらいの立ち位置を提案しに来たつもりだったのだ。
それって、つまり、一緒に暮らすっていうこと……?
その後、私はワインのおかわりを何度も重ねた。
そうこうしているうちに、仕事終わりのカレが店にやってきた。
「あぁ、相変わらずやな」と呆れたように笑う顔を見て、やっぱり好きだわぁ、なんて薄れる記憶の中でにやけた。
ふたりに両脇を抱えられながらタクシーに乗り、私はそのまま、そこの住人になった。