
小説 「黒命」 最終話 黒命
亡くなったとされる小岸常山。
しかし、その事実はどこにも無く、常山の息子、芳郎も捜査の対象となった。
ところがである。芳郎はおろか、その妻美咲、長女美鈴、三人共が忽然と姿を消した。殺された妙子と同居していたその家はもぬけの殻。芳郎の勤め先を尋ねても、ずっと無断欠勤となっていることがわかった。
熊本の山中、地下施設にて、刑事金田を殺害、捜査中の警官数名への暴行、溜水の五体の遺体遺棄。
その容疑がかけられるは、山中、地下施設にて生存している可能性のある常山、同じくその場所に潜伏の可能性のある峯岸、妙子殺し容疑の花山、連続殺人犯の才川。
警察、検察の早急な焼き付けの対処で、4人を全国指名手配とした国家権力。
事件だけが明るみとなり、誰一人、身柄を押さえることのできない警察に、国民は苛立ちを覚えていた。
連日、週刊誌、新聞、ワイドショーなどは、様々な憶測で脚色し、武術が絡むそれは、どんなフィクションよりもドラマ化していく。
花山と才川は、光希のフィアンセ、真のその法曹の様々な特権と類まれなる能力によって、見事に警察の捜査網を掻い潜り、警察の手から何とか逃げ仰せている。
如葉会の真の顔を知り、事件の真相も知り、そして、花山の気持ち、本心を知り、才川の花山に対するわだかまりも、ほどけつつあった。
だが、そんな時間も、もう、一刻の猶予もないことは、誰もが感じるところである。
依然として、花山、才川、真、光希、は、山の中の管理小屋にいた。
「では、お義父さん、僕と光希は、一旦、戻ります。警察は、僕たちのことも疑ってますからね。
2,3日は、来られないと思ってください。
次来るときは、着替えや食料、持ってきますから」
「真くん、でも、こうして潜伏していても埒が明かない・・・」
「自首するにしても、タイミングがあります。例えば、峯岸が捕まって、妙子殺しの真相を警察が掴むとか、常山の身柄を捕らえて彼の企てていた計画を警察が知るところとなれば、そこから、才川さんの酌量も出てきます。だから、まだ、捕まるべきではない」
「わかった・・・」
花山は武術の達人とはいえ、疲労は限界を迎えつつあった。
山の管理小屋には、花山と才川の二人の時間があった。
「先生・・・先生の仰ったように、もう、我々の空手は・・終わりなのでしょうか・・・」
「まだまだ・・終わらない!・・と、云いたいところだが、君は、6人?7人?だったか・・・?殺してしまってる・・・極刑は免れんだろう・・。
俺は、妙子さん殺しの真相を警察が掴めば、お咎めなしだ。仮に、30年前の事件が明るみになったとて、もう時効が成立してる」
「では・・では・・私は・・」
言葉を詰まらせる才川に、花山が言う。
「 "生きるか死ぬかの選択に迫られた時は勇んで死を選べ"」
「・・・」
「これが、俺の教えだ。俺たちの空手の教えだ。
真血法 じゃなく、俺たちの空手から紡ぎ出た
教えなんだ!!」
花山が続ける。
「君は・・今、その時じゃないか・・?」
才川は暫く俯き、そして、半分頭を起こし伏せた目をしながら、
「・・では、私に・・死ねと、仰るのですね・・」
「ああ、そうだ・・潔くな・・・」
才川を見つめる花山。その眼には涙が溢れる。
身体も小刻みに震えていた。
才川は、眉一つ動かすことなく、固まっていた。
師匠から死ぬことを選べと通告を受けるには、まだ若すぎるのかもしれなかった。
置いてあったティッシュで、涙と鼻水を拭い、花山は才川に話しかける。
「だがな、才川くん・・・潔く死を選ばなければならぬのが俺たちに与えられた教えなら、この俺も、死ななきゃならん・・・」
「先生・・・」
「俺は、この花山は、死ぬのは何一つ怖くはない・・ずっと、その気持ちで、生きてきた。
生きてきたんだ・・・。
30年前・・・俺のヤクザ殺しを庇って、峯岸が、常山と共に、城入りした・・しばらくは、常山だけは時々、本部道場に戻ってきたりはしてたけど、峯岸は、二度と現れなかった・・常山に尋ねると、
<口にするな>
と叱られた・・。
常山は、俺に御教書を出したにもかかわらず、俺は条件を実行できず代りに峯岸がやったことで、俺に対する期待がなくなったようだった・・。
でも、正直、俺はホッとしていたんだ。それからは、常山、真血法を裏から支えられれば、そんな風にも考えていた。だから俺は、自宅横の祖父の離れだったところを道場に作り替え、常山の自宅と道場、その土地を売却して、その金を全部、熊本の常山に渡した。それと同時に、常山も死んだことにした。まあ、これも常山からの指示だったんだが。
そして、女将さんからの提言・・
<このまま、如葉会を空手道場として続ける>
というのも、常山は認めてくれた。・・・まあ、認めたというか、城入りできる人材を見つけるには、表向きは健全な空手道場の方が都合がいい。だから、認めたんだ。しかし、それを峯岸は腹立たしく思ったんだ。そりゃあそうだろう。
俺の殺人を庇って、自分は裏の住人になり、俺は表の明るいところで、皆と楽しく空手をやってるんだ。その上、結婚までして、娘まで生まれて」
「でも、それは、先生のせいではない・・」
「ああ、結局は、俺の選んだ事なんだが、だが、俺も君も死を選ぶとしても、常山と峯岸、この二人が、この先も生きていくのはおかしい。
明らかに彼らも、生きるか死ぬかの選択の渦中にいる立場だ。
だが、奴らが死んだという風も感じない。奴らはまだ生きてる・・それに、峯岸が常山といっしょにいるなら、妙子さんを殺したことをあいつは伏せてるってことだ。常山は妙子さんを大切に思っていたからな・・」
「才川・・・俺と一緒に来るか・・・?」
「先生と・・どこまでも・・一緒に行きます・・
そして・・・死にます・・」
二人は、最低限だけを持ち、小屋を後にして、山を出た・・・。
真と光希は、同棲するその真のマンションに戻る。
マンション前に止まっている覆面のそれから捜査員二人が駆け寄る。
「どちらに行っておられたんですか・・!?渡辺さん、弁護士事務所も休んでおられるでしょう!?」
「僕達が何処にいようが、警察には関係ないでしょう。僕達は何もやってないのですから」
マンションエントランスにスタスタと向かいながら、光希の肩にそっと手をやったまま、真は捜査員に淡々と応える。集合ポストに溜まっていた2〜3日分の新聞を手にすると、
捜査員は乗せず、そのまま、3階までエレベーターは上がっていった。
マスコミも、光希のフィアンセの住まいまではたどり着けずにいた。
光希は、大きくため息を吐き、ソファーに座る。
テレビはつけない、音楽もかけない、溜まっていた新聞の最新を手にし、一面に目をやる。
そこには、熊本の山中、洞窟施設の中で、襲われた捜査員の見出し。犯人はそのまま逃亡とある。
その風貌、容姿から、逃亡した犯人は、花山でも才川でもないであろうとする推測記事である。
「世間は、また、騒ぐだろうなあ。花山、才川のどちらでもない謎のツワモノの登場だ・・・。でも、お義父さんと才川さんにとっては、身の保全という観点からいけば、警察の捜査も世間の眼も分散して都合がよいかもしれない。吉と出るか凶と出るか・・だが」
「でも、このまま、ずっと逃げてるわけにはいかないし・・」
「それもそうなんだけど、ただ、僕も、小岸常山、峯岸、そして如葉会・・・こんなに闇が深いとは思ってなかった・・・。想定外だ・・・」
「真さん・・、本当にごめんなさい!真さんには、本来、全く関係のないこと・・関係ないことに巻き込んでしまって・・もし、これが原因で、真さんの弁護士資格がなくなっちゃったりしたら、私・・私・・」
涙を流す光希の横に座る真。
「こんなことぐらいで、弁護士資格が奪われるなら、僕は所詮、そこまでの男だったってことさ。僕達は、夫婦になるんだろ?もう時期、子供も生まれるんだ。僕達は、血を分けた兄弟よりも、濃い絆で結ばれてる。その、結ばれてる相手の父親は、僕の父親だ。それに、僕にとって、初めての父さんだからね。なんて言ったって僕はみなしご、孤児院育ち何だから(笑)」
光希に少し笑顔が戻る。
その時、真の携帯が鳴る。
それは、花山に渡したプリペイドのそれからだった。
真は、いるはずもない捜査員の姿がないことを部屋の中に確認する。
「もしもし・・・真です」
「真くん・・・、いろいろと世話になったな。
光希の事、頼んだよ・・・」
「お義父さん!まさか!?まさか?!死ぬ気では!?」
「いや、そうじゃない・・・これから才川と共に、武術家としての生き様を貫く、それだけだ・・。
真血法と決別して、俺達の、如葉会の空手を、昇華させる、それだけだ・・」
真は、内容には触れず、その真意を飲み込んだ。
「光希にかわります」
そう云うと、光希に携帯電話を、渡す。
「お父さん・・・お前は、幼い頃から、父さんの生き様を見てきて、わかってるはずだ・・。いや、わかってほしい・・私は無責任な親だ。親足らずとも・・ってやつだ。おまえは、花山光希たれ!だ。
頼むぞ」
父親、花山のこのような口ぶりのときは、決意決心が岩より硬い・・それを光希は、重々、承知していた。
「じゃあ、お父さん、また、会えるわよね・・」
「ああ、孫の顔も見たいしな・・」
そう言って、お互いは電話を切った。
花山、才川のいる牧一宮周辺は、事件解決しないまま、平穏を取り戻しつつあった。ブームが過ぎるかのように、人々も、あまり事件の事を口にしなくなった。人間とは、おかしな生き物である。
暫くは、麻痺しかけていた交通網も、日常のそれに戻っていた。
いつまでも、重大犯罪を犯した容疑者が同じところに留まるはずもないという警察の憶測が解決の糸口を見えなくさせていた。
路肩にハザードを焚いて、止まる車。
運転手は、自販機で煙草を買いに車外に出る。
別の男が、走り寄り、歩道から、車の天井部を滑り渡り、車道側に出ると、音もなく運転席側のドアを開け、いとも簡単に車を盗み発進させる。
花山だった。その100m先で、一旦止まると、才川が助手席に乗る。
ミラーを見れば、煙草を買った男が、手をバタつかせて走ってくるのが見える。
才川が助手席のドアを閉めると同時に、ミラーに写る男を吹っ切るかのように、走り去る。
花山はもう50も半ばを過ぎようとしているが、その、身のこなしはそれを感じさせない。
才川は、改めて、尊敬の目で助手席から花山を見ていた。
二人は、簡単に、町を出た。
コンビニエンス、スーパー、郵便局など、同じやり方で、誰も傷つけることなく、車を継いで盗み、
二人は、高速道路は使わず、2日間をかけて、下関まで来ていた。
「関門海峡を渡って熊本に入る。ラジオでも言ってたが、武館城の事件で、九州一体が、捜査網の網だらけだ。いいか、才川、もう誰も殺すな!死なせない程度にとどめろ!俺達の力があれば、警察ぐらいはどうってことない」
「・・・・・・」
「わかったな!!」
「押忍!!」
こうして、二人は熊本に入った。
車を、町中に離れ島のようにしてある藪の脇に乗り捨てた。
やはり、あちらこちらで、パトカー、制服警官、
その姿が確認できる。
才川は、その暫くの逃亡で身につけたスキルを使い、警察の網を簡単に抜けて行く。時折、花山の無事を見る。
「なんだ、才川くん、俺を年寄り扱いしてるのか?」
移動中の三階建のビルの屋上。
花山が笑いながら言った。
「いえ、先生、やっぱり花山先生はすごいな。
この私の後をきっちり付いてこられるんですから」
才川も笑う。
「で、先生、武館城は、この進む方角で合ってるんですか?」
「ああ、大丈夫、合ってる。武館城を再建する時、常山は、如葉会の最上本部道場にするんだと、僕に嘘を言ったんだ。僕と峯岸はそれをすっかり信じて、再建の作業を手伝った。手伝ったというか、ほとんど、僕たちの手でやったようなものだ。その時は、常山のことを尊敬でしか見てなかったから、そんな作業なんてさせられなかった。常山は、指揮するだけだったよ。毎週、2年ぐらい通い続けたからな。場所を忘れろと言われても忘れられないよ」
「そうだったんですね」
「ああ」
「でも、町中にもこんなに捜査の網が張ってあって、当然、武館城も警察の手にあるはずです。そんなところに、峯岸も常山も戻ってくるでしょうか?」
「必ず戻る・・・峯岸はどうだかわからんが、常山は必ず戻る。そう云う男だ」
そう云うと、花山は、屋上から見える武館城のあるとされる山を眺め見て、
「そこで、俺は、常山と決着をつける・・・。相手は年寄りだ。
たとえ常山、小岸常山・・真血法正統継承者とて、
歳には勝てない・・・この俺でも、いささかの勝機はあるはずだ!」
「そんなにまで、常山というのは、強いのでしょうか・・・?」
「ああ、何か、漫画か、ファンタジーのように聞こえるかもしれんが、俺もまだ知らない真血法の奥義が、幾つか残されてる。身につけていない技は、防ぎ方も身にはつかない。腕の一本、足の一本、なくすぐらいの覚悟で挑まねば、俺は負ける!」
花山のもと、数年の厳しい修行に耐えて強くなった才川だったが、その花山の話は、自分が全くをもってして武術を知らぬということを痛感していた。
二人は暫く身体を休めると、再び、歩みを進めた。
飛田は、熊本県警の捜査課にいた。
国立公文書館の警視庁資料、国事警察網書、
そして、古来古武術書、最近の空手事情、
手当たり次第の資料をデスクいっぱいに広げ、年齢から来る目のそれを補うため、虫眼鏡を片手に、まとめ上げていた。
牧一宮から、米川も戻ってきた。
花山、峯岸の身辺捜査から浮き出てきた様々な情報資料を持って。
そんな米川の傍らに、小柄な色白の男が立つ。
米川が飛田に紹介する。
男は、検察庁から来た、プロファイリングのエキスパートだった。
なんだか、冷酷な感じのする男だ。
男は、デスクいっぱいに広げた書物、資料を熱心に眺めている飛田に、
「もう、そんな事してもしょうがないですよ。
プロファイリングの結果は、出してありますから」
冷たい声で言い放つ。
「ほう・・じゃあ、聞かせてくれ。その・・プロなんとかで出た結果とやらを・・」
嫌味を交えて飛田は言う。
米川は、まあまあ、という顔をする。
「小岸常山は、例の洞窟施設に、近いうちに戻るでしょう。ただ、年齢的に考えると、付き添いが必要。
それが峯岸かもしれませんが、そうとも言い切れません。
花山への接触の時期を考慮すると、小岸妙子殺しにこの峯岸が関与してる可能性があり、それがそうだとすれば、小岸常山は、自分の妻の殺害に関与する峯岸と行動を共にするというのは考えにくい。
今現在も逃亡中ですが、これも、同じ理由から、峯岸とは違う人間の助けを借りて逃げてることになります」
「あのなあ、兄さんよぉ。もうそんなのは、こちとら、計算済みだしなあ、それになあ、おそらく、そうじゃねえなあってなことも考えてるんだよ。
奴らの殺しの手口、俺たちは生で見てるんだ。
プロハイリングだか、バイキングだか知らんがなあ、今回ばかりは、役に立たんぞ。奴らに、常識は通用しない。奴ら4人、揃ってみろ。
機動隊連れてっても、潰されちまうぞ、まあ、この事件は、俺たちに任せて黙って見てな!俺たちゃ、奴らを捕まえられればいいんだ。その後は、検察に回してやるから、な!」
男は、
「そうですか・・・まあ、ご自由にどうぞ」とだけ残し、部屋の外に出ていった。
その後を追おうとする米川を飛田が引き留める。
「どうせあれだろ?勝手に来やがったんだろ?」
「まあ、そうなりますね・・・」
「検察ってのは、いっつもそうだよ。いいとこだけ、持ってこうとしやがる!ほっとけ!あんなもん!」
「はい・・・」
「今、例のほら穴、どうなってんだ?」
「万一に備えて、テロ対策機動隊員を20名、
制服警官30名、待機のもと、捜査課の人間と鑑識で捜査を、進めています」
「テロ対策機動隊・・・相手はステゴロだってのに・・・情けねえ話だなあ」
飛田は、煙草に火をつける。
日が暮れてきて、花山と才川は、歩みを進めやすくなった。
「もうじき、山に入る為の道に出るが、その前に、腹ごしらえしておかないとな」
「でも、我々の面は割れてますよ。食堂もスーパーも、無理じゃないですか・・・?」
「なあに。何とかなるさ」
そう云うと、花山は、襷掛けしているバッグから、
カツラと縁の太い黒縁眼鏡を取り出す。
「ほら、つけ髭もあるぞ。真くんに、用意してもらってたんだ」
路地裏の自販機の明かりを頼りに、二人は、変装した。
お互いがお互いを見て笑う。
二人は、各々、タイプの違う黒縁の伊達メガネをして、花山は鼻の下、才川は、顎に髭をたくわえた。
「先生、以外に髭と眼鏡、似合いますね」
「以外とは何だ、以外とは(笑)」
楽しそうな二人。
「いいか、店に入ったら堂々としてりゃ大丈夫だ」
花山がそう云うと、元の通り、移動は、壁をや塀をよじ登る。建物の屋根を渡り歩くなどして、進んでいく。
雑居ビルの非常はしごから、そのビルの屋上に上がる。
二本先の広い通りに、ファミリーレストランの看板が見える。
「よし、行くぞ!」
常に先頭は才川だったが、その時は、花山が先に行く。
「ここにしよう」
花山がそう云うと、二人は店に入る。
ステーキを食べる二人。
才川は、泣きながら食べている。
花山と向い合せとなり、ステーキを食べる。
楽しかったあの頃のように・・・。
(おい、泣くんじゃない。怪しまれるだろ)
(はい、すみません・・・)
また、こうして花山とステーキが、食べられた喜びと、これが本当に最後の花山との食事かも知れないという寂しさが、才川の涙のわけだった。
二人は、ペロリと平らげ、食後のコーヒーまで嗜んで、店を出た。
才川は万感の思いだった。
それこそ、もう死んでもよい、そんな気持ちにさえなっていた。
才川にとっての、如葉会。
才川にとっての、花山。
夢中になった日々。
何もなかった青年に、ある日突然目の前に現れた
黄金の如き日々。
追われる身となった今、何を想うか。
それは、誰も知る由もなかった。
再び、二人は、武館城に向けて移動を始める。
武館城とその周辺には、テロ対策機動隊がそれはもはや、容疑者捕獲のそれではなく、
確認せ次第、総攻撃の司令が下っていた。
制服警官も、ホルスターの銃は、通常よりも、浅めにセットされ、中には、ハンマーを起こしている者もいる。
容疑の固まらぬ小岸常山であったが、
警察はその本人を確認せ次第、射殺の命令。
峯岸、花山、才川も、同様だった。
日本の警察には、珍しく攻撃的な態勢ではあったが、これまでの警察の捜査のあり方、姿勢が問われたこの期間、国民の警察への不信、警官の殉職、
それらすべてが、この攻撃的な態勢をとらせる元となった。
花山、才川の二人。
山が見えてくる。
そして、麓に立つ。
しかしそこは、警察の網も手薄な場所だった。
山へ入る箇所がない。
「先生・・ここからどのように・・・」
「大丈夫だ。武館城再建のときもなあ、人に見られぬよう、隠し道を拵えてあるんだ」
そう云うと、懐中電灯で花山は、一瞬だけ照らす。
網が手薄とはいえ、明かりを長く灯すのは危険だ。
だが、花山の勘は正しかった。
一瞬の確認で、その隠し道への通りを当ててみせた。
二人は、そこを入っていく。
後はずんずんと、なるべく足低く、落木の折れる音も憚りながら進む。
懐中電灯も点けず、よく道がわかるものと、才川は感心していた。
その時、一瞬の気配を感じる。
花山も才川も武術家である。それを逃さない。
花山の目の前にあるモチノキ。太い幹のその木の上方から、ザッと舞い降りる。
花山は、後ろにステップし、戦う姿勢をとる。
「花山・・・来ると思ったよ・・・」
「・・・・・・!!」
花山の前に割って出る才川。
暗くて、その顔が見えない。
「大丈夫だ・・・!才川くん・・・!」
「ほう、お前が才川か・・・」
才川は黙っている。
「行こうか・・・花山・・・」
「俺は、ケジメをつけにここに来たんだ・・あなたに、用はない!」
「宗家、殺しに来たか・・そうか・・フッ・・宗家はなあ、俺が殺す!そして、俺が宗家となる!」
才川はこの会話を聞いて、目の前にいるのが、峯岸だと悟った。
「花山・・・ちょっと顔貸せよ・・・お前を倒さんとな。俺も、正当な宗家には成れんからな・・・」
「・・・わかった」
そう云うと、花山は、踵を返す。
「才川、ついて来い!」
花山が強く言う。
その声から滲み出る武者の何たるかを感じた才川は、付いていく。
峯岸らしき男も、後列となり付いてくる。
少し開けた場所に出る。
端の方に、若干の盛土がある。
上には雑草が茂り、落ち葉が被っている。
花山が近づき、その、小山の端を蹴る。
丸く、隙間が空く。
その隙間に、花山が指を入れる。持ち上げる。
ちょうど、例えるなら、マンホールの蓋のようだ。
「俺について、入ってこい」
花山が才川に言う。
二人が入り、後から峯岸も付いてくる。
縄梯子がかけてあり、下る。
端に配電盤の様なものがあり、花山はスイッチを入れる。
さほどの明かりではないが、暗闇をずっと来たせいで、目が慣れるには、数秒かかった。
そこは、広く間取られた空間となっていた。
崩れてくるのを防ぐため、端々には基礎が建て付けてある。
「ここはなあ、城入りした内弟子たちの稽古場だ。ここも、俺と、その峯岸せんぱ・・・峯岸とで作ったんだ・・・」
「何だ、花山・・・次代の宗家に対し、呼び捨てはないだろう・・」
「・・・あなたは本気で、宗家になんかなりたいのか・・・?」
「お前にはわからんさ!30年もの間、俺は、ずっとここで修行してきた!小岸常山がそのうち全知全能の神となり、俺は、その下で、世界の支配者になる!そのためにだ!!だがな、実際は違った・・・
小岸常山にそこまでの力はなかった!!お前も、全然、兵隊をよこさない!!
あの爺さんと俺の二人で何ができる?!
俺はお前の罪を被り、何もないここで、ただのひたすら、奥義の習得と小岸常山からの洗脳・・・。
なに!?それで・・お前が宗家になるだと?
城入りもせず、真血法も継承せず、でたらめな空手をやるだと?!ふざけるな!!大体、あんな婆さんに何がわかる?!わかるわけないだろ!!
とにかく、俺は、俺はなあ、全てを殺す!!目の前にあるもの、全部殺す!!
そして俺が全知全能の神となる!!
わかったか!!
わかったら、さっさと俺と戦え!!」
文法も無茶苦茶に、その有様は峯岸の30年という時間に積もりし怨念に、才川は、恐怖を覚えていた。
洞内に、荒ぶる峯岸の鼓動と呼吸音が、静寂を乱す。
花山がゆっくりとした口調で話す。
「すまなかった、峯岸先輩。
本当にすまなかった」
予想外の花山の発言に驚いた様子の才川。
「先輩・・・先輩には俺は感謝してるんだ。本当だ。俺に最初に手ほどきしてくれたのは先輩だった。いつも、優しくそして厳しく教えてくれた。
あなたは、俺の憧れでした。
でも、あなたは、もう死んでいない・・・。
あの峯岸は、もう死んでいない。
あなたの真っ白だった命は、今、
黒いそれになった。
<真血法極めしもの、"黒命" に成り上がる>
と、教えられてきた。
だが、それは間違いだ。
間違いだったんです。先輩!!」
「いいから、準備しろ!!行くぞ!!」
才川はゴクリと唾を飲んだ。
もはや、峯岸を止める術はない。
才川の両手は、強く握られ、背筋も自然と伸びる。
花山の真剣勝負は初めて見る。
「いいでしょう。もう死んでるアンタだが、完全なるトドメを、俺が与える!!」
峯岸は、如葉会空手のその特徴ある立ち方をとる。
「三戦(サンチン)後屈立ち・・・お前も、そこの坊やも、如葉会でそう習ったろう・・。教えてやる。これは、派納立ち(はおうだち)というのだ・・真血法ではな・・」
そう云うと、さらに、5センチ身体を沈める峯岸。
「行くぞ・・・!」
先に仕掛けるは、峯岸。
貫手だ。そのスピードたるや、才川も目が追いつかない。
花山は躱すが、首の端を切る。
「グッ・・・」
身を反転しての後ろ回しの足払いを仕掛ける花山だが、それを飛び上がり、回避する峯岸。
飛び上がりの回避は、それだけで済まなかった。
三連蹴り。
一度の飛び上がりの中で、地に足つかず3回も蹴りを打ち込む。
そのうちの一発が、花山の顎を捉える。
少し当たりは浅かったか。
花山は尻もちをつくがすぐに態勢を立て直し、横にステップし、絞られ難くする。
またしても、峯岸の抜き手。
連続で来る。
下がりながら、躱す花山。
下がりながらも前蹴りを放つ。
決まる。
峯岸は、その苦しみに声も出せず、
膝をつく。
花山はトドメを刺せるが刺さない。
少し息の戻った峯岸が、
「なぜに、お前はここまで強いんだ・・・あんな町道場でタラタラ稽古してるだけのお前が、なんでここまで・・グフッ・・」
「では、先輩、峯岸先輩・・・これまで、ありがとうございました。しきたりに従い、私はここを立ち去りますが、先輩も、しきたりに従うことでしょう・・・」
「ああ・・・従うよ・・・フッ、ほんと、バカだよなあ、俺たちは・・・」
「行くぞ・・・!」
「え・・・?!」
あまりにあっけない終わり。
峯岸は簡単に負けを認め、何やらしきたりなるものに従うと、言い放ちながら、その顔は、先ほどまでとは違い、穏やかに、そして澄んでいた。
しかし、その
<しきたり>
が何たるかを知る花山は、
辛かった。
辛いが故に、足早にそこを去った。
花山は、一度だけ、振り返る。
泣いていた・・・。才川にも、それは確認できた。
地上に出た二人は周りを見回す。
何やら、山が騒がしい。
ヘリも飛んでいる。
警察と思わしき、声も近くで複数する。
「いかん!このままだと、警察と交戦せねばならん。一旦、戻るぞ!才川!!武館城は、また、日を改める!」
そう言って、二人は、警察の網を例の如く、くぐり抜け、山を出た。
暫く行き、花山は予感がし、
先ほどの山の喧騒を思い出していた。
襷掛けのカバンから、再び、伊達メガネと髭。
才川と二人、変装のそれになる。
目立たぬよう、大きめの飲食店を選び、入った。
テレビがあることが条件だった。
席につき、テレビを眺める花山と才川。
芸人の出ているバラエティが放送されてるが、
画面上に臨時の速報が出る。
そこには
<一連の連続殺人に関与と見られる小岸常山こと如葉会元代表が、警官により射殺されました>
とあった。
(宗家が射殺された・・あの宗家が、たかが警官に射殺・・)
花山は信じられなかった。
が、何か、大きな物が、時代が、花山の中で終わり、そして、心の中にあった何かが雲散霧消するかのごとく、澄んでいくのを感じ取っていた。
適当に、食べて、店を出る。
空腹に食べたはずが、何も覚えてはいない。
才川も、何か釈然とせず、ただ、何も言わず花山について歩く。
「終わってしまったな・・・」
「・・・・・」
「あっけないものだ。諸行無常とはこのことだ」
二人は、朝まで無言で歩き続けた。
そして、とある海の見える場所に出る。
一軒の平屋。
入りたての朝刊を拝借し眺める花山。
常山の射殺の見出しと、その下には、
身元不明の焼死体とある。
花山はその焼死体の身元が、誰であるか、知っていた。
花山も、峯岸も、常山の創始した如葉会に
結局はそのしきたりを全うすることで、尽くしたのだった。
新聞で、それを確認した花山は、
才川に声をかける。
「じゃあ、俺たちも・・・これで、幕引きとする」
「はい・・・先生、楽しゅうございました。ありがとうございました・・・」
「こちらこそだ。才川・・!!」
二人の目には溢れる涙。
そして、これが本当の最後。
小岸常山、射殺。
峯岸、焼死体となり発見。
あまりに謎を多く残した事件であった。
5年経った今、依然として花山と才川の身柄は行方が知れないままである。
武術の伝統の持つ特異性。
如葉会、真血法の持つその中でも奇異ともとれる特異性。
そこから、察することの、二人の自決は、
想像でき、花山の娘、光希は、
父、花山の弔いも、そろそろかと、思い始めていた。
才川の疎遠なる、父と母。
その心境たるや、何をどう思うのか。
才川のやってみせた、一瞬のうちの素手による人身殺害のそれは、一部、熱狂的なファンを生み、その父と母は、その狂的なシンパとマスコミに追われ、やはり、隠れて過ごすことを余儀なくされた。
ブラジル テフェーの、街の一角。
お腹が痛いと泣く男の子を連れた女が、小さな建物に入っていく。
「リーサン、ムスコ、ミテヤッテ」
「ドコガイタイノ?」
男の名はリー。中国人だ。
手をかざすだけで、不思議と身体の不調を取り直すと評判だった。
「アリガトー、リーサン!!」
わずかばかりのお礼をもらい、生計を立てている。
男は、時折、外に出て、その丸い背を伸ばしながら、遠くの空に目をやる。
向かえの婦人は、その様子をキッチンの窓から、たびたび見る事があった。
ソマリア沖、荒ぶる海賊船を、鎮圧する、フランス外人部隊。
その部隊員の一人、韓国人のイル。
彼の活躍には目を見張るものがある。
重火器の扱いも大したものだが、真骨頂は、敵陣のその内部からの破壊にある。
音もなく、心臓部まで忍び寄り、徒手格闘で、敵の頭を取る。
外人部隊現役隊員でありながら、訓練官としても活躍する。
複数年の勤務実績、戦闘実績から、彼はフランス国籍を与えられていた。
今日も、命がけの任務を遂行し、基地に帰る。
明日から彼は、三週間の休暇を取る予定だ。
国際電話をかける。
「あ、もしもし、イルです。
予定通り、そちらに向かいますから、
また、空港に着いたら連絡しますね」
「ああ、わかったよ。気をつけてこいよ。
じゃあな。」
電話の相手は、ブラジルのリー。
そして、なぜか二人の電話での会話は、日本語でなされていた。
黒命 完