メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bynoouchi

二度と帰れないわたしの帰りたい場所②

    以前の記事に載せた、大好きだった亡き祖母の話。

    祖父を早くに亡くしてしまった祖母は20年も一人暮らしをしていた。高齢者を狙った怪しい勧誘なんてしょっちゅう。でも決して騙されることはなく、証拠になりうるものは全部記録してむしろ成敗してやる!ととにかく頭がキレる(めちゃくちゃ気も強い)人だった。社交的で友達も多くおしゃれが大好き。流行にも敏感で話も面白く、そんな祖母が大好きだった。

    私からすると1人でなんでも出来るかっこいいおばあちゃんだったのだが「1人で生きるのは大変なんだから。おばあちゃんは凄いんだから。」とよく言っていたのを思いだす。半分冗談、半分本気。私自身も一人暮らしを経験したが、祖母の大変さを身に染みて感じた。あの頃強く見えていたおばあちゃん、心の奥底ではとても怖く寂しかっただろうな。

    そんな祖母とはメールのやりとりをしていたのだが、徐々に絵文字を使わなくなりネガティブな発言が目立つようになった。誤字脱字も増えたが、携帯の調子が悪い、と毎回最後の文に添えられていたので特に気にしていなかった。が、ちょうどその頃に認知症を発症していたらしい。祖母からのSOSに気付けなかった。ごめんね。

    ヘルパーさんが入り祖母の生活を手伝ってくれていたが、ずっと一人暮らしをしてきた祖母にとって他人が自分の家に上がり自分の世話をする事は受け入れがたく断固拒否。デイサービスに行ったり施設に入るなんてもっての外。それでも火を付けっぱなしにしてしまったり、行きつけのお店で沢山化粧品を買ってきてしまったり、、、1人では暮らせない状況で結局施設に入った。でもずっと家に帰りたい、早くここから出たい、と口にしていた。表情は暗くあの頃の祖母とは全く人が変わった。私の名前も忘れてしまい、仕方ないと思いつつもとても悲しく、でも何も出来ない自分が虚しかった。

    医療学生だったのに祖母のSOSに気付けなかった自分、今の私だったらもっと何かしてあげられたんじゃないか、せめてもっと寄り添ってあげられたんじゃないか、と悔しく今でも泣きそうになる。

    祖母とのメールは保存してあり、万が一消えてしまったら嫌だからスクショ済み。笑
    ネガティブな発言が増えても対私への言葉は全てポジティブで、そこに温かさと愛情を感じていた。大丈夫、自信持って、頑張っているね、応援しているよ、、、大事なテストの前日や辛い実習中などのやりとりが多く、私は無意識に祖母からのポジティブな言葉を欲していたのかもしれない。

    祖母と私は似ているところが多い、とよく母に言われる。あれほどのかっこよさは持ち合わせていないけれど、意外と気の強いところや頑固なところ、感情的なところ(いい意味で?)などなど。祖母からもらった服やアクセサリーが不思議と似合ったり。そんな似ている部分をちょっと誇りに思っていたりする。祖母は昔も今も私の自己肯定感を高めてくれる存在だ。

    そして私は今偶然にも認知症の方と関わる仕事をしている。(正直意図してこの職に就いたわけではないが)
    当たり前に嫌なこともあるけれどあの頃の自分と祖母を心に留めて仕事に励んでいる。

    天国から見守ってくれていたらいいなぁ、なんて。

     
     

    uri

     
     
    都内住みの30代女。 日々感じたことを少しずつ記録できたらいいなぁ。

    あなたへのおすすめ