
見え方の途中
変わらない朝が、見え方を通して揺れ始める瞬間がある。
朝、その中にいて犬と散歩する。
同じ道のはずなのに、昨日とまったく同じにはならない。
光のさし方も、風の匂いも、少しずつ違っている。
犬は、ときどき立ち止まる。
鼻先を動かし、静かに止まり、また歩き出す。
そこに理由は残らない。
私はその少し後ろで足を止める。
気づけば、意味を探している。
なぜ止まったのか。
何を見ていたのか。
答えは、いつも遅れてやってくる。
出来事のあとに理由を置く癖がある。
そうしないと、目の前のことがつかめない気がしていた。
犬は振り返らない。
止まったことを、特別なものとして残さない。
ただ次の一歩へ移っていく。
その姿を見ているうちに、同じ朝が少しずつずれていく。
世界そのものが変わったというより、自分のほうが静かに揺れている。
私は長いあいだ、世界そのままを見ていると思っていた。
けれど今は、見ているのは外側ではなく、
これまでの中で重なってきた見え方のほうだったのかもしれない。
その見え方は、気づかないうちに増えていく。
積み重なるほどに、同じ景色が違うものに見えてくる。
犬は、それを持たない。
持たないというより、ただ残さない。
その隣にいると、少し遅れて静けさがやってくる。
理解する前に、感覚のほうが先に届く。
世界は変わっていないようで、変わっている。
変わっているようで、変わっていない。
その中間に、私はいる。
見え方は定まらないまま続いている。
途中という感覚だけが、静かに残る。
犬は今日も隣を歩いている。
何も問わないまま、歩幅だけがそこにある。
私はその横で、まだ途中にいる。
そして、ときどき思う。
世界はもともと静かだったのかもしれない。
静かではなかったのは、自分の見え方だったのかもしれない。
ー問い人 清明
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