
死してなお、美しくあれ│エッセイ
人は死してなお、
美しくありたいと願うものだろうか。
はるか昔、日本の都は奈良県の明日香村にあった。人々はこの何もない平地に集い、田畑を耕し、国を作り、そして身分の高い人が死ぬと古墳を作ることで弔った。それは実に1400年も昔の話だった。
当時の古墳には大抵、石棺が収められている。どこからどうやって持ってきたのか、巨大な石を切り出し、これまた巨大な石で蓋をされた冷たい石棺の中に、高貴な人々が埋葬された。
そんな石棺の中からは時折、死者の顔にかぶせるように鏡が置かれていることがあるらしい。一体なぜ、明日香の人々は死者の顔の上に鏡を乗せて埋葬したのだろうか。
多くの場合、顔を隠された人物は高貴なる女性であったと推測されており、そこに謎を解き明かすヒントがあるらしい。大学院生の夏、明日香村を訪れた私は、ひんやりと冷たい古墳の中で話を聞いていた。
「やはり高貴な女性ですから、身だしなみには気を遣っていたんじゃないでしょうか。死後も美しさを保てるようにと、鏡が置かれたんじゃないでしょうかね。きっと、息を呑むような綺麗な方だったんでしょう。」
ボランティアの壮年の男性がそう語ってくれた。自分の孫娘を褒めるように優しくて、自分のご先祖様を自慢するように誇らしげだった。
そうか、女性は死後も美しくありたいと願うものなのか。それに比べて、この私のなんとだらしないことか。髪の毛は伸び放題、よれた服を何年も着ている。私は自分を恥じた。
ある雨の夜、研究に行き詰まった私は窓をつたう水滴を眺めていた。少し目線を移すと、窓の水滴の向こうに映る自分と目が合った。ふいに、ボランティアの男性の言葉、あの日の続きの言葉が蘇る。
「あとは……、顔を見られるのが恥ずかしかったんじゃないですかね。1400年も経ってから、まじまじと蓋を開けて見られてしまうわけですから。」
あまねく大地に、夏の雨が降る。
田んぼにはやがて、1400回目の稲穂が実る。
「明日雨が止んだら髪を切って、新しい服も買いに行こう。」
私は照れくさく微笑んだ。
(2017年夏、ある日の手記より)