
ナナとユイともう一つの名前 5

第五章「冬」
十二月。
町は雪に埋もれ始めていた。
昼を過ぎても空は薄暗く、夕方の四時にはもう夜みたいになる。
道路脇には、黒く汚れた雪が積み上がっていた。
ユイは制服のポケットに手を突っ込みながら、
駅前を歩いていた。
吐く息が白い。
ガラケーが震える。
【今日どうする?】
ナナからだった。
ユイは少しだけ立ち止まる。
本当は、最近ずっと嫌な予感がしていた。
理由は分からない。
でも、空気がおかしい。
みんな少しずつイライラしている。
カズの周囲でも、揉め事が増えていた。
金。
女。
薬。
誰かが泣いて、誰かが怒鳴って、
次の日には何事も無かったみたいにまた集まる。
その繰り返し。
まるで、壊れた遊園地みたいだった。
夜十一時。
ユイ達は、古いカラオケ店の駐車場にいた。
雪が静かに降っている。
カズは車にもたれながらタバコを吸っていた。
「寒っ……」
ナナが肩をすくめる。
ユイは何となく周囲を見渡した。
道路。
街灯。
白い雪。
誰も居ない。
なのに、見られている感じがした。
「どうした?」
カズが笑う。
「いや……別に」
「顔死んでるじゃん」
「眠いだけ」
嘘だった。
本当は、最近ずっと怖かった。
でも、何が怖いのか説明できない。
その夜、珍しくカズがイライラしていた。
携帯を何度も開いては閉じる。
「また揉めてるの?」
ナナが聞く。
「んー……まぁ」
「金?」
「そんな感じ」
カズは舌打ちした。
その瞬間、ユイは少しだけゾッとする。
カズが怒る時は、声を荒げない。
静かになる。
それが逆に怖かった。
深夜一時過ぎ。
三人は、山道に近いコンビニへ移動した。
駐車場には大型トラックが数台停まっている。
店内から流れる、古いJ-POP。
レジ横の肉まんの匂い。
ユイは温かい缶コーヒーを握りながら、
窓の外を見ていた。
すると、一台の白いワゴン車が入ってくる。
中から降りてきた男を見た瞬間、
カズの表情が変わった。
笑顔が消える。
男もカズを見て止まった。
一瞬だけ、空気が凍る。
「……行ってくる」
カズはそう言って外へ出た。
雪の中、二人の男が何か話している。
距離が遠くて聞こえない。
でも、途中から明らかに揉め始めていた。
「ヤバくない?」
ナナが小声で言う。
ユイは黙っていた。
白い息。
揺れる街灯。
雪。
遠くの怒鳴り声。
全部が妙に現実感を失っていた。
数分後。
カズが戻ってくる。
無言だった。
車のドアを強く閉める。
「帰るぞ」
低い声。
ナナも空気を察したのか、何も言わない。
車は雪道を走り出した。
誰も喋らない。
タイヤが雪を潰す音だけが響く。
しばらくして、ユイのガラケーが震えた。
知らない番号。
メールだった。
【レイってどっち?】
その一文を見た瞬間、ユイの背中に冷たいものが走る。
「……なに?」
ナナが覗き込む。
ユイは画面を隠した。
「いや、間違いメール」
でも、本当は分かっていた。
何かがおかしい。
そして、その “おかしさ” は
もう戻れない所まで来ている気がした。
その夜、ユイは眠れなかった。
窓の外では、雪が降り続いている。
静かな町。
誰も居ない道路。
遠くで救急車のサイレンが鳴った。
ユイは布団の中で、ガラケーの画面を何度も見つめる。
【レイってどっち?】
たったそれだけの文章。
なのに、その短い一文が、
妙に頭から離れなかった。
