メインコンテンツへスキップ
見出し画像

私はパンを焼いていたつもりだった

    私はパンを焼いていたつもりだった。

    でも本当は、発酵する自分を観察していた。

    ⸻

    気づいたのは、三度目の捏ねのときだった。

    シナモンロール、ベーグル、中華まん…

    料理が得意なわけでも、パンが特別好きなわけでもない。むしろパン作りやお菓子作りにはまるで興味が無かった。
    なのに気がつくと、最近よく生地を捏ねている。

    なぜだろう、と思ったとき、
    自分が楽しんでいるのはパンの完成ではなく、
    発酵を待っている時間だと気がついた。

    ⸻

    酵母は、見えない。

    でも生きている。

    温度と時間を与えると、自分で動き出す。

    急かしてもダメ。
    命令してもダメ。

    ただ、環境を整えて待つしかない。

    その間、外からは何も起きていないように見える。

    でも内側では、確実に何かが変わっている。

    ⸻

    酵母の香りが好きだ。

    パンの香りではなく、発酵中の、まだパンになっていないときの香り。

    完成された香水のような人工的な匂いではなく、
    「いま何かが起きている」ことを感じさせる、あの気配。

    生命と時間の匂いがする。

    ⸻

    考えてみると、私の写真も似ている。

    完成された絶景より、朝食の前の静かなテーブル。

    誰かが去ったあとの椅子。

    差し込む光。

    湯気。

    読みかけの本。

    何かが起きている途中、あるいは起きたあとを、
    気づけばいつも撮っている。

    到着より、途中の方が記憶に残る。

    旅でも、移動中に見た景色や、偶然入ったカフェの方が、目的地そのものより鮮明だったりする。

    私はずっと、結果ではなく気配に心を動かされてきたのかもしれない。

    つまり私は、結果ではなく気配を撮っている。

    ⸻

    酵母の香りが好きなのは、
    その香りの中に未来が含まれているからだと思う。

    まだパンではない。

    でも確実にパンになろうとしている。

    その途中の時間に、なぜだか心が落ち着く。

    ⸻

    退職してからの時間も、発酵に似ている。

    会社員ではなくなった。

    でも次の形はまだ定まっていない。

    肩書きも、事業も、まだ途中だ。

    以前なら、その曖昧さを不安に感じていたと思う。

    でも今は少し違う。

    外から見ると何も起きていないようでも、
    内側では確かに、何かが動いている。

    それがわかるから、酵母の香りに安心する。

    「まだ途中でいいんだよ」と、
    誰かに言ってもらっているような気がして。

    ⸻

    発酵は急げない。

    生地を眺めながらコーヒーを淹れる。

    窓の外を見る。

    何も起きていないようで、
    生地の中では何かが起きている。

    たぶん、人も同じだ。

    私はパンを焼いていたつもりだった。

    でも本当は、
    発酵する自分を観察していた。

    あなたへのおすすめ