
【シャミ猫の談話室】感情の否定は無意識下の発露の恐怖
こんにちは。シャミ猫です。
私は昔から、自分の頭の中で悪感情(誰かに対する悪口とか、環境に対する不満とか)を抱いてしまうことに強い罪深さを感じ、そう思うことに対して否定をしてしまいます。
他のnoterさんの記事を読んでいて、自分の気持ちを大事にしたほうがいい、といったような言葉を時折目にします。
それは正解というか、想像は自由だし、感じたことをなかったことにはできないし、それこそが自分を作るものなのだとは思います。
ただ、どうしても、特に人に対する悪感情を抱く自分を許せないんです。
それを面と向かって本人には言わないし、陰で言うわけでもありません。
感情に気づいた瞬間に、そういう考えを持つこと自体に罪を感じてしまうのです。
最近になって、そういう、ある種の自己否定も精神的に負荷がかかるんだろうと思うようにはなりました。
ただ、だからといって、まだ自分を許す気にはなれないのです。
こうした気持ちの抑圧が溜まりに溜まって夢で怒鳴ったりするんだろうと思いますが、もしそれを寝言とかで口にしたら?起きている時でも自分が思っていることを無意識に言ってしまったら?と考えると、怖くなります。
しかも、私はたぶんわかりやすいタイプの人間で、思ったことがバレてしまうことが多いです。
となると、もはや思った時点で罪と認識してしまいます。
そんなこと考えたくない、良い面を見ることがあるべき姿だ、と自分の頭の中まで対外的に律してしまいます。
そういう意味では、かなり不器用な人間なのかもしれません。
周りに頭の中を覗かれているような恐怖から逃れて、自分の感情を自分が許してあげられる日は来るのでしょうか。
〜おまけ写真〜
重い話は綺麗な写真で誤魔化しちゃおうね。
この間のシャミ猫の中庭で紹介しきれなかった日比谷公園の写真たちを置いておくので、気持ちを浄化して帰ってね。



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