
『Complicated』のアヴリル・ラヴィーンはなぜ「作られたアイドル」を拒み続けたのか?【エニアグラムで読み解く】
あなたは、アヴリル・ラヴィーンをどんな人だと思っていますか。
2002年、『Complicated』と『Sk8er Boi』が世界を席巻したとき、彼女はまだ17歳でした。ネクタイにタンクトップ、ダボダボのパンツ、スケーターシューズ。きらびやかなポップスターが並ぶ世界に、まるで近所のスケート場から間違って迷い込んだような女の子が現れた。「ポップ・パンク・プリンセス」。世界中の同世代が、その姿に自分を重ねました。日本でも、彼女に憧れた人は数えきれないでしょう。
強気で、反抗的で、誰にも媚びない女の子。
そういう言葉で語られるアヴリル・ラヴィーンを、私は少し違う角度から見ています。
きっかけは、デビュー当時の彼女が放った、こんな一言でした。
「もし私がレコード会社に作られた存在なら、髪を金髪にブリーチして、ブラをシャツ代わりに着てるはずよ」
この一言には、彼女の人生を貫く一本の芯が、まるごと詰まっていると私は思っています。今日はその見立てを、彼女自身の言葉と一緒に、ゆっくり読み解いていきます。
なお、この記事の後半では、彼女が2014年から数年間闘ったライム病にも触れます。先にお断りしておくと、闘病を「乗り越えたから強い」「だから偉い」といった評価をするためではありません。その時期に彼女が何を感じ、どう生きたか――その理解のためにだけ、慎重に触れます。
まず、立ち止まりたいこと――「反抗的な強い女の子」なのか
アヴリルを「反抗的で気の強い女の子」とだけ見ると、話はそこで終わってしまいます。でも私は、そこで立ち止まりたいのです。
たしかに、彼女の言動は強い。「あなたは頭の悪い金髪女だ」と言われたとき、彼女はこう返しています。「あら、ありがとう! 強くて自立した女を扱えない人への、いい平手打ちだと思う」。物おじしない、率直で、刃のある言葉。これだけ見れば、エニアグラムでいう挑戦者タイプ8――力で押し返し、誰にも支配されまいとする人――のように見えます。
あるいは、こうも見える。スケーターで、「散らかってるのが好き、うるさいのが好き、自分でいるのが好き」と笑い、近年は「とにかくロックして楽しみたかった」と陽気に原点回帰する。楽しさと刺激を追う、熱狂者タイプ7のようにも見えるのです。
でも、私はどちらでもないと思っています。8の強さも、7の明るさも、彼女の表面ではあっても、核ではない。
なぜなら、タイプ8の人の強さは「弱さを見せない・支配されない」ために使われます。ところがアヴリルは、自分の弱さ――病、死の恐怖、孤独――を、むしろ進んで歌とインタビューでさらけ出してきた人です。そしてタイプ7の人は、ネガティブな感情に長く留まることを苦手とします。ところが彼女の代表曲は、『Complicated』も『I'm with You』も『Head Above Water』も、孤独や痛みのバラードが核にある。彼女は、暗い感情の底に、誰よりも深く潜れる人なのです。
私はアヴリルを、エニアグラムのタイプ4(ウィング3)ではないかと推定しています。タイプ4は、「自分は他の誰とも違う、本物の自分でありたい」という願いと、「自分にはどこか決定的な何かが欠けている、どこにも属せない」という恐れの間で生きる人たちです。順番に見ていきます。
「作られたくない」――守り方が、逆だった
ここで、さっきの一言に戻ります。「私がレコード会社に作られた存在なら、金髪にしてブラをシャツ代わりに着てる」。
これは、ただの強がりではありません。タイプ4の核心が、はっきり出た言葉です。4の人にとって最大の恐怖は、「自分が、ありふれた、誰かに作られた量産品になってしまうこと」。アヴリルは10代にして、その恐怖と正面から闘っていました。
実際、デビュー作『Let Go』の制作では、レーベルが彼女のハードな曲を不安視し、制作チームがもっとラジオ向けの、当時流行りの大人っぽいバラード路線を提案したといいます。普通の17歳なら、大人たちの言う通りにするかもしれない。でもアヴリルは、それを退けました。「パンク・ロック寄りの曲がいい」と。後年、彼女はこう振り返っています。「20年以上、自分の望む方向へ行くために、常にレーベルと闘わなければならなかった。デビュー初日から、自分の曲を書くために闘ってきた」。
ここで、面白いことに気づきます。
多くの表現者は、「もう一人の自分」を作り上げることで本物を守ろうとします。派手な衣装、別人格、舞台用の仮面。きらびやかな鎧を一枚まとって、その内側に本当の自分をしまっておく。
アヴリルは、逆でした。彼女は、作られることそのものを拒むことで、本物を守ったのです。鎧を着るのではなく、鎧を着せられるのを振り払った。「ポップ界のお姫様」という型に押し込められそうになるたびに、ネクタイとスケーターシューズで突っぱねた。彼女にとって「パンク」とは、音楽ジャンルのことではありませんでした。本人がこう言っています。「パンクとは、自分自身でいること、そして反対意見を持つ奴に"知ったことか"と言う態度のことだ」。
同じタイプ4でも、仮面を作って本物を守る人と、仮面を拒んで本物を守る人がいる。アヴリルは、後者の、もっとも純度の高い例だと私は思っています。だから彼女は、こうも言い切れた。「私を私として好きじゃないなら、それでいい。でもあなたが手にするのは"ありのままの私"だけだから」。
退屈な小さな町から来た、よそ者の感覚
タイプ4の「自分はどこにも属せない」という感覚は、たいてい子ども時代に根を持っています。アヴリルの場合、それは育った場所そのものでした。
彼女が生まれ育ったのは、カナダの人口5,000人ほどの小さな町、ナパニー。彼女はこの町について、繰り返し「退屈で、何もすることがなかった」と語っています。そして思春期の彼女が書いていたのは、「片想い、フラストレーション、そして"よそ者である"という普遍的な感覚」でした。学校では、不安を感じていたといいます。
これは、4のコア恐怖そのものです。みんなが当たり前に馴染んでいる場所に、自分だけがうまく馴染めない。何かが足りない気がする。その埋まらない感覚が、彼女を歌詞へと向かわせた。『Complicated』が、世界中の十代の心を撃ち抜いたのは、偶然ではないと思います。あれは「あなたは、なんでそんなに複雑にするの? ありのままでいればいいのに」という歌。自分が本物でいられない世界への、いらだちの歌でした。よそ者の感覚を知っている人だからこそ、書けた歌なのです。
そして彼女は、こんな自己申告もしています。「私はヴィーガン食で、毎日ヨガをして、すごくスピリチュアル――今みんなが思ってる私と正反対なの」。世間が抱く「気の強いパンクの女王」という像と、内側の静かで内省的な自分。この「見た目と中身のギャップ」を自分から語るところも、私はとても4らしいと感じます。彼女は、誰かに貼られたラベルと、本当の自分との距離に、いつも自覚的なのです。
ウィング3――17歳で世界を獲った、もう一つの顔
ただ、アヴリルを「繊細なだけの4」と見るのは正確ではありません。彼女には、感情の人である4に、達成者タイプ3の力が乗っています。これがウィング3です。
考えてみれば、17歳で世界1,700万枚を売る、というのは、繊細さだけでは到底できないことです。彼女は「ポップ・パンク・プリンセス」という、誰にも真似できない自己像を打ち立て、それをブランドとして長く維持してきました。自分の方向性を貫きながら、ちゃんと売れる形にして世に届ける――そこには、現実を勝ち抜く戦略家の顔があります。
彼女自身、キャリアについてこんな言い方をしています。「この業界は厳しいけれど、自分に正直でいて、前進し続けて、他人にビジョンを決めさせなければ、長いキャリアを築ける」。「自分に正直でいる」という4の核に、「長いキャリアを築く」という3の達成志向が、きれいに組み合わさった言葉です。ただ本物でありたいだけなら、ここまで大きくはならなかった。本物であることを、世界に届く"形"にまでする力。それが、彼女のウィング3だと私は思います。
「頭を、水面の上に」――痛みの底に潜った人
2014年、アヴリルはライム病を発症します。風邪のような症状から始まり、正しい診断までに時間がかかり、彼女は2年以上、ベッドから出られなくなりました。
このときの彼女の言葉は、飾りがありません。「体が痛い、だるい、ベッドからまるで出られない。私、一体どうなってるの、って。2年間ずっとベッドにいた」。遠慮のない、率直なこの語り口。一見すると8の強さに見えるあの率直さは、こういう一番つらい場面でこそ、嘘なく出てくるのです。
そしてある夜、彼女は自分が死ぬと感じ、それをある意味で受け入れた、といいます。そのとき生まれたのが、『Head Above Water』でした。彼女はこう語っています。「あの瞬間、水の中で溺れていて、息をしようと水面に上がろうとしている感覚だった。文字通り、息の下で『神様、どうか私の頭を、水面の上に保たせて』とつぶやいていた」。
ここに、私は4という人の本質を見ます。タイプ7の人なら、こんなとき、痛みから目をそらして気を紛らわせようとするかもしれない。でもアヴリルは、その痛みと死の恐怖のいちばん深いところまで潜って、それを一曲の歌に変えた。苦しみを、作品に昇華する。これは、感情の底に潜ることを恐れない4だからできることです。
この闘病を経て、彼女の価値観は静かに変わりました。「いろいろ経験して、物事の優先順位が見えた。小さなこと――友人、愛、家族、ただ健康であること――が、一番大事だと分かった」。
エニアグラムでは、タイプ4はリラックスしているとき、タイプ1の方向――規律や、地に足のついた価値観へ――動くとされます。彼女が病を経て、ヴィーガン食や毎日のヨガといった規律ある生活に向かい、「健康と、身近な人」という確かなものに価値を置き直したのは、この1の方向への動きと重なります。これは「良くなった」「成長した」という話ではありません。痛みをくぐった人が、自分にとって本当に確かなものを、選び直しただけのことだと私は思います。
まとめ
アヴリル・ラヴィーンは、「作られること」を拒み続けた人です。
きらびやかなお姫様の型にはめられそうになるたびに、ネクタイとスケーターシューズで突っぱねた。レーベルと闘い、流行りの路線を退け、「あなたが手にするのは、ありのままの私だけ」と言い切った。その強さは、誰かを支配したいからではなく、誰よりも「本物の自分」を守りたかったから。よそ者の感覚を知る、繊細なタイプ4の女の子が、本物でいるために選んだ闘い方が、あの反骨だったのです。
そしてそんな彼女が、いちばん深く愛してくれた場所の一つが、日本でした。「Hello Kitty」をわざわざ東京で撮り、時間の半分を日本で過ごすと言い、何度も「日本が大好き」と公言してきた。型にはまらない彼女を、型にはめずに丸ごと受け入れた国。その相性の良さも、彼女という人を考えると、どこか腑に落ちる気がします。
あなたは、アヴリル・ラヴィーンのどの言葉に、自分を重ねましたか。
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