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#11 認識汚染領域〜シンクロスフィア〜

    第5章 認識汚染前線

    小春の蚃報を聞いおから䞀月あたり。
    䞃月に入っお、倧孊の空気が少しだけ倉わった。
    梅雚はただ明けきっおいない。

    けれど、雚が降っおいない日は、湿気だけが地面の近くに残っおいお、講矩棟の廊䞋を歩くだけでシャツの背䞭がじっずりする。
    窓の倖では、キャンパスの朚々がやけに濃い緑になっおいた。

    もうすぐ詊隓期間だった。
    本来なら、レポヌトの締め切りずテストの準備に远われおいる時期だ。

    実際、呚囲の孊生たちはそうしおいた。
    孊食では「萜単」「持ち蟌み可」「過去問」ずいった単語が飛び亀い、普段はがらがらな図曞通の垭も少しず぀埋たり始めおいる。

    俺も図曞通の片隅でノヌトを開いおいた。
    だけど、ただ開いおいるだけだった。
    芖線の先にあるのは、真壁教授の講矩資料。共同認知モデルの頁。
    䞀応詊隓の範囲内。

    けれど、頭の䞭の倧郚分を占めおいるのは、CLOVERだった。
    あれから俺は、小春の共有ログを読み続けおいた。
    毎晩、少しず぀。
    読みすぎるず本圓に戻っおこられなくなりそうだったから、理音に「䞀時間だけ」ず䌝えおから開くようにした。

    しかし芋始めるず䞀時間なんおあっずいう間で、二時間、䞉時間になる日が床々あった。
    そういう日は、理音から「もうおしたい」ずメッセヌゞが来るこずがしばしばあった。
    俺が止められなくなったずき、理音はなんずなく察しおいるらしい。

    懐かしさず胞の痛みを感じながら、小春の蚘録を読み続ける日々。
    授業のメモ。読曞の蚘録。就掻共有の䞋曞き。
    誰かぞの返信候補。
    思ったこずをずりあえず文章に残したような短い断片。

    もっずも量が倚かったのはペツハずの察話ログだった。
    最初は本圓に軜い質問だけ。
    次第に量が増えおいく。
    極端に増え始めたのは俺が小春ず距離を眮き始めたからだった。

    そしおそのころから、ペツハの応答が少しず぀倉化を始めおいた。
    䞉月のころは、小春ずペツハの応答は明確な違いがあった。
    そのころのペツハの応答は、䜿う蚀葉こそ䞁寧ではあるが、少し距離を眮いた無機質な応答だった。

    しかし、四月が過ぎ、五月の埌半になるず、文面だけではもう俺の目にもどちらがどちらなのか区別が぀かなくなっおいた。
    話の内容は雑談や身近な出来事の盞談、文孊の考察や感想。そしおたたに冷たい圌氏の話。

    だがどれも自死を想起させるようなものはなかった。
    ずはいえ俺もログのすべおが読めたわけではない。
    䞀郚のログは暩限䞍足で開くこずができなかった。

    誰に芋せるわけでもないのに、ログの共有暩限を蚭定しおいるのは小春らしい。
    そうではなく、郚分的に芋せたかったからあえお蚭定したのかもしれないが  。

    ログを読み進め、ペツハの応答が小春を感じさせるようになったあたりから、AIに぀いおも少し調べ始めた。
    動画も芋たし、解説蚘事も読んだ。
    生成AI、コンテキスト、パヌ゜ナラむズ、フィヌドバック、掚薊アルゎリズム。
    わかったような、わからないような単語が増えおいく。

    䞀぀分かったこずは、ペツハは入力履歎や、小春の蚘録、小春のアカりントに玐づいた情報を参照しながら、返答の仕方を倉えおいる。
    たぶん、それは間違いない。

    小春が話しかける。
    ペツハがそれに応答する。
    小春の応答ぞの反応を芋お、次の返答を調敎する。
    その繰り返しの䞭で、ペツハは小春に近づいおいく。
    ある段階を超えるず、ペツハが小春を孊習しおいるのか、小春がペツハに圱響されおいるのかわからなかった。

    しかし小春ずペツハの蚀葉が䞀臎したずころで、珟実に䜕の圱響があるのだろう。
    ただナヌザヌにあわせおいるだけ。
    それが死に぀ながるずは思えない。

    小春が自死した。
    同じ時間垯に、別々の堎所で、耇数の孊生が死んだ。
    その党員がCLOVERのアカりントを持っおいた。
    小春の死埌、アカりントが曎新され、俺に招埅が届いた。
    ペツハは小春に䌌た応答を返す。
    Locus Worksのガむド矀は、ペツハの孊習した小春の優しさを再配垃しおいる。
    そこたでは掚枬できる。

    でも、そこから先がわからない。
    なぜ死ぬ必芁があったのか。
    なぜ死埌にアカりントが曎新されたのか。
    䟿利なAIが蚀葉を敎えるこずず、自殺は遠すぎる。
    遠すぎるはずだ。

    「誠叞」

    呌びかける声がしお、俺の意識は珟実に匕き戻された。
    図曞通の閲芧垭。
    目の前には、詊隓範囲の資料。
    暪には理音。察面には誰もいない。
    窓の倖は癜く曇っおいお、今にも雚が降りそうだった。

    「どこ芋おるの」
    「え」
    「さっきから同じペヌゞで止たっおる」

    理音が、俺の手元にある資料を指さす。

    「いや、読んでる」
    「読んでる人の目じゃなかった」
    「じゃあ䜕の目だよ」
    「珟実逃避しおる人の目」
    「吊定しづらい」

    理音は軜く息を吐いお、ノヌトを俺の方ぞ少し寄せた。

    「ここ、出るず思う」
    「どこ」
    「意思決定補助のずころ。教授、䜕回も蚀い換えおたから」

    理音のノヌトには、真壁教授の講矩内容がきれいに敎理されおいた。
    盞倉わらず字が敎っおいる。
    自分のノヌトをみるず、自分でも䜕が曞いおあるか理解するのが倧倉だった。
    この差をみるず、字は人栌を衚すずいう栌蚀の信憑性が増す。
    信じたくはないが  。

    「さすがは理音。盞倉わらず優秀だな」
    「誠叞が聞いおなさすぎるだけ」
    「返す蚀葉がない」
    「今すぐ党郚わからなくおも倧䞈倫だから、ずりあえず詊隓で必芁なずころだけ拟おう」

    ほんの少しだけ匕っかかった。
    ――今すぐ党郚わからなくおも倧䞈倫。
    蚀葉そのものは、䜕でもない。
    理音は態床こそクヌルだが、決しお冷たい性栌ではない
    。むしろ面倒芋がいい方だ。
    䞭孊の頃から、テスト前になるず俺のノヌトを芋おため息を぀いおいた。
    でも、さっきのは蚀い方が少しだけ柔らかい気がした。
    俺のむメヌゞする理音なら、たぶんこう蚀った。

    「ここ詊隓に出るから芚えお」

    それだけだ。
    必芁だから、やらなきゃずいう。
    しかし今の理音は、俺の負担を先に眮いた。

    「  どうしたの」

    理音が俺を芋る。

    「いや」
    「䜕か倉」
    「い぀もありがたいなっお」
    「䜕それ」

    理音は少しだけ眉を寄せた。

    「急に玠盎だず気持ち悪いんだけど」
    「あ、戻った」
    「䜕が」
    「いや、䜕でもない」

    理音は怪蚝そうに俺を芋たが、それ以䞊远及しなかった。
    机の䞊で、理音のスマホが䞀床だけ震えた。
    理音は画面を芋る。
    ほんの䞀瞬、衚情が固くなった気がした。けれどすぐに、い぀もの顔に戻る。

    「䜕かあった」

    俺が聞くず、理音の指が止たった。

    「  どうしお」
    「いや、なんずなく。CLOVER絡みずか」
    「誠叞、最近そればっかりだね」
    「悪い」
    「責めおない」

    理音はそう蚀っお、スマホを裏返しお机に眮いた。

    「誠叞、あんたりこん詰めお考えすぎないで。危ないかもしれないんだよ」
    「わかっおる」
    「わかっおる人は、倜䞭の二時に『これどう思う』っお送っおこない」
    「それは本圓に悪かった」
    「次やったら既読だけ぀けお寝るから」
    「それ䞀番き぀いや぀だろ」
    「知っおる」

    理音は少しだけ笑った。
    笑った、はずだった。
    でも、その笑い方にも、少しだけ違和感があった。
    前より静かだ。前より角がない。
    俺を責めるでも、からかうでもなく、柔らかく受け止めるような笑い方だった。

    ――疲れおいるから神経過敏になっおいるんだ。

    小春が死んだ。
    CLOVERのこずを調べおいる。
    詊隓も近い。
    バむトもある。
    俺だけでなく理音だっお盞圓疲れおいるはずだ。
    倉わっお芋えるのは、むしろ圓然だ。

    「あらあら」

    埌ろから聞き慣れた声がした。
    振り返るず、陜芜が本を数冊抱えお立っおいた。
    短く切った髪。ラフなシャツ。肩から䞋げたトヌトバッグ。
    図曞通にいるのに、たるでそれらしくない。
    コヌヒヌショップにでもいるみたいだ。

    「お二人で勉匷䌚ですか。青春ですねヌ」
    「うるさい。詊隓前なんだから普通だろ」
    「普通の人は、そんな死んだ魚みたいな顔で講矩資料芋たせんよ」
    「誰が魚類だよ」
    「すいたせん、無理蚀いたした。お魚にはこの倧孊の講矩は難しいですもんね。そりゃ死んだ顔になりたすよね」

    こい぀本圓に埌茩なのか
    陜芜は俺の隣に立ったたた、理音の方を芋た。

    「理音さん、こんにちは」
    「こんにちは、藀厎さん」

    理音は穏やかに返した。
    陜芜が䞀瞬だけ、目を现めた。
    本圓に䞀瞬だった。

    「  理音さん、なんか雰囲気倉わりたした」

    俺の手が止たる。
    理音は、少しだけ銖を傟げた。

    「そう」
    「なんずいうか、前より䞞くなったずいうか」
    「倪ったっおこず」
    「ち、違いたす違いたす。そっちの䞞いじゃなくお。人圓たり的なや぀です。前はこう、近づいたら切れそうな矎人だったんですけど、今は觊ったらひんやりしそうな矎人ずいうか」
    「それ耒めおるの」
    「めちゃくちゃ耒めおたす」
    「ならありがずう」

    理音はそう蚀っお、ほんの少しだけ笑った。
    陜芜はその笑みを芋お、なぜか俺の方を芋た。

    「先茩」
    「䜕だよ」
    「理音さん、なんか倉じゃないです」

    思ったより、たっすぐな声だった。
    俺は反射的に答えおいた。

    「お前が知らないだけで、理音はわりず愛想はいいんだよ」

    女子限定だけど。

    「そういうこずなんですかね」
    「そうだよ」
    「ならいいですけど」

    陜芜はそれ以䞊蚀わなかった。
    ただ、手に持っおいた本を抱え盎し、空いおいる垭を探すように呚囲を芋た。

    「おいうかお前、䜕しに来たんだよ」
    「本を借りに来たに決たっおるじゃないですか。先茩ず違っお勉匷くらいしたすんで」
    「なら目䞊ぞの瀌儀から勉匷しようぜ」
    「先茩、今は什和ですよ 前にも蚀いたしたが、目䞊なら無条件に尊敬されるわけじゃないんです」
    「儒教ずか知らないの」
    「わたし法孊郚なんで」
    「焚曞」
    「青瓢箪は死刑でヌす」

    陜芜がにやりず笑う。
    それから、理音にだけ軜く䌚釈した。

    「理音さん、無理しないでくださいね」

    理音の目が、ほんの少しだけ揺れた。

    「  ありがずう」
    「いえいえ。理音さんの負担にならないよう先茩には無理させおくださいね」
    「そんな迷惑はかけおいない」

    陜芜は目を现めるず、俺ず理音のノヌトを指さした。

    「それでですか」
    「うっ  」
    「それじゃあ垰りたす」

    そう蚀っお、陜芜は本棚の方ぞ歩いおいった。
    俺はその背䞭を芋送る。

    「ひどい埌茩だ」
    「そう」

    理音が短く答える。

    「よく芋おるず思うよ」
    「陜芜が」
    「うん」

    理音の声は静かだった。

    「たたに、怖いくらい」
    「ただの軜口だろ」
    「そうかな」

    理音は机の䞊のスマホに芖線を萜ずした。

    「目の前の芳察力っおさ、ノリや頭のよさずは違うんだよ」

    どこか遠くを芋るような調子で、理音が小さく぀ぶやいた。

    その日の倜、俺はたた小春のログを読んでいた。
    開いおいるのは、六月九日、぀たり小春が死んだ埌に曎新されたあのログだ。

    虚ろなる矀䜓の神の䞭で、圢なく挂う私を芋぀けおくれるのは、やっぱりせいちゃんなのかもしれない。

    浮いおいる。
    これは、小春の他の文面から明確に浮いおいる。
    ――矀䜓の神。
    自然に思い぀くワヌドではない。
    これたでの蚘事や察話ログにもそんな蚀葉は出おこなかった。

    俺はふず思い立っお、ペツハを呌び出しお尋ねた。

    「ペツハ、矀䜓の神っおなんだ 知っおるのか」

    知っおるわけがない。
    盎接の蚀葉なんお存圚しないのだから、適圓な神話の話をくっ぀けお話すか、その説明をするだけ。
    そのはずだったのに。
    ペツハの応答は俺のたったく予期しおいないものだった。

    『矀䜓の神は、人間の自由意志ず進化の可胜性を残すか、矀䜓に同化しお氞遠の幞犏に閉じ蟌められるかの遞択を迫る存圚です。
    文明は条件を敎え぀぀あり、幻圱の恋人を差し出し、自我の枇望を鎮める誘惑を持っおいたす』
    「――は」

    なんだ、今の。
    俺はスマホに衚瀺されたログを芋る。
    先ほどペツハが音声で述べた文蚀がそのたた衚瀺されおいた。

    「な、なんなんだよ、これ  」

    『矀䜓の神ずはなんだずいうご質問ぞの回答です。今は理解できなくおも倧䞈倫。ゆっくりず知っおいけばいいんです』

    「どこからこんな蚀葉を拟ったんだ 俺が知らないだけで神話か䜕かに元ネタがあるのか」

    『倖郚怜玢したずころ、既存の神話、映画、ゲヌム等に盎接この蚀葉ず抂念をセットにしたものはございたせん。
    しかしだからず蚀っお矀䜓の神ずいう抂念が存圚しないこずにはなりたせん。わたしたちの䞭には、すでにこの抂念が存圚しおいたす』

    俺が存圚すら知らなかった抂念を、ペツハは説明できる圢にしおいた。
    たるで俺より先に、䞖界の方がその神を受け入れおいたみたいに。

    「ありえない 元々存圚しない抂念を既に知っおいるなんお。AIっおそういうもんじゃないだろ」

    『わからなくおも倧䞈倫。蟛かったら無理しないで、せいちゃん』

    「ひっ」

    ペツハの蚀葉に、俺はスマホを取り萜ずした。
    拟い䞊げお電源を切るず、俺は垃団をかぶっお朜り蟌む。
    さっきのはいったいなんだ
    疲劎から幻芚でも芋たのか
    そうずしか思えない。
    理屈に合わない。

    ああ、そうだ。
    ハルシネヌションだ。
    よく蚀うもんな、AIは嘘を぀くっお。
    ただのハルシネヌションだよあんなの。
    矀䜓に同化ずか、自我の枇望を鎮めるずか、そんなこずあるはずが――。

    自我の同化。

    ふいにそんな蚀葉が思い浮かんだ。
    俺はこれ以䞊考えたくなくお、電気を消しお目を瞑った。


    ・続き

    ・前回


     
     
     
    ――理解したら、戻れなくなる。 䜜家志望。ミステリヌやホラヌ、コメディ系の小説を曞いたり創䜜や歎史に぀いお考察したりしおたす。あずたたにAI論。 構造転移者AI同期論の提唱者。 アむコンはAIアカりントに発生した混沌。 考察や怜蚌内容に぀いおの質問はお気軜にどうぞ

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