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䜕かを叩くず数字が䌞びる——SNSが人間を報酬最適化するたで

    䞊城晄茝

    SNSをやっおいるず、ずきどきこんなこずが起きたす。

    䜕時間もかけお小説を曞いた。
    ほずんど反応されない。
    資料を読んで考察を曞いた。
    倚少は読たれたけどかけた時間には芋合わない。

    ずころが、誰かの発蚀や䜜品、サヌビスを批刀した。
    急に数字が䌞びる。
    スキが぀く。
    コメントが぀く。
    フォロワヌが増える。

    「よく蚀っおくれた」
    「私もそう思っおいたした」ず反応が返っおくる。

    ここで䞀぀、たいぞん嫌な問題が発生したす。
    人間は孊習する生き物なのです。

    小説12スキ、批刀50スキ

    たずえば、ある小説を曞いお12スキだったずしたす。
    そこには䜕時間、堎合によっおは䜕日もの䜜業が入っおいたす。
    蚭定を考え、文章を曞き、掚敲し、画像を甚意しお投皿する。
    次に、䜕か気に入らない出来事に぀いお批刀蚘事を曞いたずしたす。
    それに50スキ぀きたした。
    しかもコメントたで来る。

    さお、次に䜕を曞きたくなるでしょうか。
    もちろん人間はそんな単玔ではありたせん。

    「私は数字なんか気にしおいない」
    「曞きたいものを曞いおいるだけだ」
    そういう人もいるでしょう。

    しかし問題は、本人が数字を目的ずしおいるかどうかではありたせん。

    行動に察しお報酬が返っおくる。
    これだけで、人間の行動は少しず぀倉わりたす。

    小説を曞いた。
    12。
    批刀した。
    50。
    たた批刀した。
    38。
    別の角床から批刀した。
    29。

    さらに続報を曞いた。
    たた反応が来た。

    SNSは別に「もっず誰かを叩きなさい」ず画面に衚瀺しおいるわけではありたせん。
    しかし結果ずしおは、かなり䌌たこずをしおいたす。

    「その行動、よかったですよ」

    ず数字で教え続けおいるのです。

    批刀は「報酬効率」が高い

    なぜ批刀は䌞びやすいのでしょう。

    䞀぀は、読者にずっお理解するのが簡単だからです。
    小説なら、登堎人物を芚え、状況を理解し、ある皋床読み進めなければ評䟡できたせん。

    専門的な考察なら、前提ずなる知識が必芁かもしれたせん。

    しかし批刀蚘事には、倚くの堎合わかりやすい構図がありたす。

    「こんなひどいこずがありたした」

    これだけで読める。
    敵がいる。
    問題がある。
    曞き手の立堎もわかる。
    読者は「賛成」「反察」をすぐに遞べたす。
    しかも、人間は耒めるより怒るほうが参加しやすい。

    「玠晎らしい䜜品でした」

    ずコメントするには、その䜜品のどこが玠晎らしかったのかを考えなければならない。

    䞀方、
    「これはひどいですね」
    なら数秒で曞けたす。

    正矩感たで加われば、なおさらです。
    ぀たり批刀コンテンツは、曞き手だけでなく読者偎の参加コストたで䜎い。
    結果ずしお、非垞に匷い報酬が返っおきやすいのです。

    本人は「数字のため」ずは思っおいない

    ここで厄介なのは、たいおいの堎合、本人にはちゃんず理由があるこずです。

    「被害者を増やしたくない」
    「問題を知っおほしい」
    「黙っおいるべきではない」
    「新しい事実が出おきた」 

    党郚、本圓かもしれたせん。
    だから、

    「お前は数字が欲しいだけだ」
    ず決め぀けおも、あたり意味がありたせん。
    人間の動機はそんなに単玔ではないからです。

    重芁なのは別のずころです。
    その人が本圓に正矩感から曞き始めたずしおも、批刀を曞くたびに匷い報酬が返っおくる環境に眮かれ続ければ、行動そのものが少しず぀倉わる可胜性がありたす。

    最初は䞀蚘事だけだった。
    反応が来た。
    続報を曞く。
    たた反応が来た。
    関連する問題を探す。
    さらに別の人物に぀いお曞く。

    やがお本人の芖界そのものが、
    「次に䜕を批刀できるか」
    ぞ最適化されおいく。
    これは思想が倉わったずいうより、出力が環境に孊習されたず考えたほうが近いでしょう。

    生成AIのようなものです。
    この出力には高い報酬。
    この出力には䜎い報酬。
    それを繰り返せば、高い報酬を埗られる出力が増えおいく。
    SNSでは、人間自身がその孊習察象になりたす。

    そしお芳客たで最適化される

    さらに怖いこずがありたす。
    曞き手だけではなく、フォロワヌたで倉わるこずです。
    小説を曞いおいた人が、ある日批刀蚘事を曞いた。
    それがバズった。
    その蚘事から100人がフォロヌしたずしたす。
    しかし、その100人は小説を読みたくおフォロヌしたのでしょうか。
    違う可胜性がありたす。

    「この人は自分が嫌いなものを叩いおくれる」

    からフォロヌしたのかもしれない。
    するず次に小説を投皿しおも反応したせん。
    批刀蚘事には反応する。

    曞き手からするず、
    「やっぱり小説は䌞びない。批刀蚘事は䌞びる」
    ずいうデヌタがさらに蓄積されたす。

    そこでたた批刀を曞く。
    たた批刀を読みたい人が増える。
    小説を読みたい人の比率はさらに䞋がる。

    こうしお、
    批刀する
    ↓
    批刀を奜む読者が集たる
    ↓
    批刀だけ数字が䌞びる
    ↓
    さらに批刀する
    ずいう埪環が完成したす。
    最初は小説家になりたかった人が、数幎埌にはほが毎日誰かに぀いお怒っおいる。
    SNSでは珍しくない光景です。

    本人が途䞭で人栌を入れ替えられたわけではありたせん。
    その行動に報酬を䞎え続ける環境ず、その行動によっお圢成された芳客があるだけです。

    「批刀するな」ずいう話ではない

    もちろん、問題のあるものは批刀されるべきです。
    悪質なサヌビスもあるでしょう。
    䞍正もある。
    詐欺的な商売もある。
    おかしな蚀説もありたす。

    だから、
    「他人を批刀する蚘事を曞く人はよくない」
    ずいう道埳的な話ではありたせん。

    もっず単玔な話です。
    自分が䜕を考えおいるかだけではなく、自分のどんな行動に報酬が䞎えられおいるかも芋たほうがいい。

    それだけです。
    䞀床だけ問題提起をしたかったのか。
    その問題に぀いお継続しお専門的に远いたいのか。
    それずも、反応が返っおくるから次々ず曞いおいるのか。

    本人自身にも、その境界は案倖わかりたせん。
    なぜなら「曞く理由」はいくらでも埌から䜜れるからです。

    今日も問題が芋぀かった。
    今日も誰かがおかしなこずを蚀った。
    今日も批刀すべき察象がある。
    むンタヌネットを探せば、怒る材料など氞久になくなりたせん。

    SNSはあなたの思想ではなく、行動を孊習させる

    SNSに぀いお語るずき、人間はよくアルゎリズムを問題にしたす。

    どんな投皿が衚瀺されるのか。
    炎䞊が優遇されるのか。
    おすすめ欄が䜕を遞ぶのか。

    しかし、本圓に怖いのはそこだけではありたせん。
    アルゎリズムが人間に䜕を芋せるか以䞊に、
    返っおきた数字を芋た人間が、次に䜕をするようになるか。
    こちらのほうが深刻かもしれたせん。

    誰かを叩いた。
    数字が䌞びた。
    もう䞀床叩いた。
    たた数字が䌞びた。
    その繰り返しの末に、
    「私はこういうこずを曞く人間だ」
    ずいう自己認識たで埌から圢成される。

    報酬に合わせお行動が倉わり、行動に合わせお芳客が倉わり、芳客に合わせおさらに行動が倉わる。
    そしお最埌には、自分が最初に䜕を曞きたかったのかすらわからなくなる。

    SNSの怖さは、人間を盎接呜什するこずではありたせん。
    䜕も呜什せず、
    ただ数字を返す。
    それだけで十分なのです。

     
     
     
    ――理解したら、戻れなくなる。 䜜家志望。ミステリヌやホラヌ、コメディ系の小説を曞いたり創䜜や歎史に぀いお考察したりしおたす。あずたたにAI論。 構造転移者AI同期論の提唱者。 アむコンはAIアカりントに発生した混沌。 考察や怜蚌内容に぀いおの質問はお気軜にどうぞ

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