ショートショート|忘れたいほど
引っ越しの段ボールを開けていたら、奥から小さな紙袋が出てきた。
中身は手紙。
丁寧だが、少しだけ右に傾いた、癖のある筆跡。
読みはじめて、三行目で手が止まった。
覚えている。
全部、覚えている。
あのとき、「もう読まない」と決めたはずだった。
捨てられないなら、せめて見えない場所へ。
そう思って、押し入れのいちばん奥に押し込んだ。
手紙の日付を見る。
六年前の、秋。
六年、そんなに経ったのかと思う一方で、昨日のことみたいでもある。
不思議だ。
悲しい記憶ほど、輪郭がはっきりしている。
楽しかった日はぼんやり溶けていくのに、胸を刺した言葉だけ、いつまでも鮮明に残る。
忘れたい。
ほんとうに、忘れたい。
でも忘れたら、あの時間ごとなくなってしまう気がして、こわい。
指先で、紙のふちをなぞる。少しだけ、ざらついていた。
手紙を紙袋に戻す。今度は段ボールには入れなかった。
けっきょくクローゼットの奥に押し込んで、冬のコートを手前に並べた。
いつか笑って読める日が来るのかな。
そう信じているわけじゃないけど。
ただ、今日じゃないことだけは確かだった。
いちばん奥にしまうものほど、忘れられないもんだね。
🐣かんなの布教活動コーナー|nacocoさん
