
次は私の番かもしれない。
胸の奥に、まだ少しだけ重さが残っている。
先日、私は仕事でミスをしました。
委託先から届いたメールには、こう書かれていました。
最終確認は私の会社が文面で行っているため、委託先に責任はないこと。
そして、工程数の関係からリカバリーは難しいこと。
…確認ミスは、私の責任です。
それは間違いありません。
それでも、これまで何度も話し合ってきた内容が、
文面に反映されていなかったことに、
どこか納得しきれない気持ちもありました。
どうにかしてほしい。
でも、自分のミスでもある。
その間で揺れて、立ち尽くしていました。
本当に泣きそうでした。
その状況を知った上司が、静かに言いました。
「最終責任はこちらにある。
その上で、どうするかを考えよう」
少し間を置いて、続けました。
「仕事は、間違い探しの連続。気づけないことはあるよ。
気づけなかった経験は、たぶん私の方が多いと思う」
そして、最後に、ぽつりと。
「お互いに“ごめんね”と言いながら、対応を考えられるといいよね」
すぐには、言葉が入ってきませんでした。
ただ、責められていないことだけは、分かりました。
ーーふぅ…っと、大きく息を吐くことができた。
誰も責めない。 でも、現実からは目をそらさない。
その空気の中で、ようやく前を向けた気がしました。
その後、上司や同僚と相談しながら対応を考え、
結果として、なんとか事なきを得ました。
けれど、強く心に残っているのは、
結果よりも、あのときのやり取りです。
ミスは起こる。
そして、それは誰にでも起こる。
頭では知っていたことを、初めて実感として受け取れた気がします。
もしあのとき、責める言葉が先にあったなら。
私はきっと、「次は怒られないようにする」ことばかりを考えていたと思います。
でもあの日は違いました。
「どうすればいいか」を、一緒に考えられた。
それだけのことが、こんなにも人を前に進ませるのだと、知りました。
あの日の言葉は、たぶんこれからも、ふとしたときに思い出すと思います。
次は、私の番かもしれない。