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Photo bypasteltime

次は私の番かもしれない。

    胸の奥に、まだ少しだけ重さが残っている。

    先日、私は仕事でミスをしました。
    委託先から届いたメールには、こう書かれていました。
    最終確認は私の会社が文面で行っているため、委託先に責任はないこと。
    そして、工程数の関係からリカバリーは難しいこと。

    …確認ミスは、私の責任です。
    それは間違いありません。
    それでも、これまで何度も話し合ってきた内容が、
    文面に反映されていなかったことに、
    どこか納得しきれない気持ちもありました。

    どうにかしてほしい。
    でも、自分のミスでもある。
    その間で揺れて、立ち尽くしていました。
    本当に泣きそうでした。
    その状況を知った上司が、静かに言いました。
    「最終責任はこちらにある。
    その上で、どうするかを考えよう」
    少し間を置いて、続けました。
    「仕事は、間違い探しの連続。気づけないことはあるよ。
    気づけなかった経験は、たぶん私の方が多いと思う」

    そして、最後に、ぽつりと。
    「お互いに“ごめんね”と言いながら、対応を考えられるといいよね」
    すぐには、言葉が入ってきませんでした。
    ただ、責められていないことだけは、分かりました。

    ーーふぅ…っと、大きく息を吐くことができた。

    誰も責めない。 でも、現実からは目をそらさない。
    その空気の中で、ようやく前を向けた気がしました。
    その後、上司や同僚と相談しながら対応を考え、
    結果として、なんとか事なきを得ました。

    けれど、強く心に残っているのは、
    結果よりも、あのときのやり取りです。
    ミスは起こる。
    そして、それは誰にでも起こる。
    頭では知っていたことを、初めて実感として受け取れた気がします。
    もしあのとき、責める言葉が先にあったなら。
    私はきっと、「次は怒られないようにする」ことばかりを考えていたと思います。
    でもあの日は違いました。
    「どうすればいいか」を、一緒に考えられた。
    それだけのことが、こんなにも人を前に進ませるのだと、知りました。

    あの日の言葉は、たぶんこれからも、ふとしたときに思い出すと思います。

    次は、私の番かもしれない。


     
     
    つむぎ|産業保健師 「健康がしんどい」をテーマに、 不健康の権利、心の揺れ、小さな幸せを書いています。 正しさより、生活。 頑張れない日の健康も、大切にしたい。 産業保健/働く人のメンタル/健康行動心理 取材・寄稿・企画歓迎

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