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【実体験心霊エッセイ】姫様と二人の従者

    某YouTubeチャンネルで紹介された、私の幼少期の不思議な体験談を、大幅に加筆修正した完全版です。

    「姫様と二人の従者」


    一、夢ではない夢


     少し前から「守護霊」という言葉をよく耳にする。
    全ての人の背後に、先祖などの因縁のある霊が憑いていて、導いてくれたり守ってくれたりする存在だそうだ。
     
     私たちの世代では、「うしろの百太郎」という漫画で、初めて知ったという人が多いのではないだろうか。主人公が悪霊に襲われた時、耳元で的確な助言をする。それはまるでこの世の理を熟知した高次元の存在のようにだ。主人公たちは、圧倒的な正しさの中、次々と敵を打ち破っていくのだ。
     
     こういったものに触れるたびに、私は「いいな~、こんな便利な存在がいればいいのに」と、ため息をつく。そして同時に、幼少期の出来事を思い出す、あの妙な生々しさを。

     
     私は幼少の頃、姫様と二人の従者が見えていた。

     二、三歳の頃、私は夜泣きの激しい子供だった。おとなしく寝ていると思って両親が安心した矢先、何の前触れもなく突然火が付いたように泣き出すので、両親は困惑するばかりだったようだ。
     
     その頃、六畳間に家族四人分の布団を並べて寝ていた。私は一番端っこで、いつも襖と柱を見ながら眠りに落ちていた。眠気に包まれて、ゆっくりと目を閉じた暗闇の中、いつものあの三人が現れる。

    「ああ、またあれが始まる」私はこぶしに力を入れて身構える。
     
     何もない暗闇、テレビの時代劇から抜け出してきたような、着物姿の三人が淡い光の中に立っている。

     真ん中に、姫様がいた。鮮やかな赤地に、金糸の刺繍を施した豪華な打掛を羽織っていた。丸い形の日本髪を結っているのだが、いつも機嫌が悪く横を向いているので、はっきりと顔が見えない。こめかみあたりに付けた髪飾りが、姫様が動くたびにキラキラ輝いて目元あたりを隠してしまっている。
      それでも、垣間見える小さな鼻先にはツンと気位の高さがうかがわれ、不機嫌そうに突き出した唇はぷっくりとして可愛らしい。

    「ここはイヤ!外に出たい!」少し甲高い声で彼女が怒鳴る。その声は、少女の甘さを含んでいた。まだ、とても若い姫様のようだ。

     彼女の左右に控えていた、二人の従者が飛び出してくる。右側には「風車の弥七」のような総髪で、町人風の服装の厳しい顔をした中年の男。左からは、裃姿にちょん髷の気弱そうな若い上品な男。

    「姫様、外は危険です」「お務めですので、無理でございます」

     二人の従者は、必死に姫様をなだめているのだが、彼女は腕を大きく振って怒っているようだ。ゆらゆら揺れる袖を見ながら、私の心がざわついてくる。「私がそばにいるから嫌なのかな」喉の奥あたりが熱くなってくる。

     やがて、姫様がふいに光の中から姿を消す。出て行ってしまったのだ。二人の従者は慌てだし右往左往している。
    「姫様がいなくなった!探せ!」中年の男が怒鳴りながら、慌ただしく光の中を出たり入ったりしている。

    「これは大変だ、ああ、どうしよう」若者はただオロオロと狼狽えている。

     幼い私にも「何か取り返しのつかないことが起きた」とわかり不安な気持ちがのど元をせり上がってきたが、すぐにもっと深いところから来た黒い気持ちに飲み込まれてしまった。

    「私は姫様に嫌われた、捨てられてしまったんだ」

     暗闇の中、一人ぼっちになってしまったと大泣きを始めるのだ。

     この出来事は毎晩起こっていた。多分、会話は毎回違っていたのだろうが、私は幼過ぎて判別がつかなかった。ただ、結末はいつも同じだった。

     これは夢ではなかったと確信している。私はこれが恐ろしくて仕方なかったので、三人が見え始めると反射的に目を開けた。目の前の見慣れた柱の模様を睨んでいるのだが、またうとうとと目を閉じてしまう。すると、すぐに「つづき」が始まる。何度、目を開けても私が大泣きを始めるまでこれは終わらなかった。まるで「見ることを強いられている」ようだった。

     当時、私はこの事を両親に話してはいけないと思い込んでいた。大泣きを始めた私を、父が抱き上げて「ほうら、どうした、どうした」と上下に大きく揺らしながらあやしたのだが、見上げた電灯が近づいたり遠のいたりする光景までも恐ろしかった。なにもかも恐ろしかったのだ。
     


    二、おかあさんといっしょ


     この夢ではない夢は、幼稚園に通う頃になると徐々に見えなくなっていった。

     近所の犬が怖い、はさみが怖い、幼稚園の先生が怖い、恐ろしい物が外に向かっていったからだろう。姫様たちの記憶も曖昧になり、昔見たテレビの一場面のような感触になっていた。

     だから五歳になった秋、姫様に再び会うことになるとは思いもしなかったのだ。

     その日のことはよく覚えている。少し肌寒くなってきた季節の午前中、朝から雨が降ったりやんだりするはっきりしない天気。私はおたふく風邪にかかり、真ん丸な顔になって寝こんでいた。幼稚園を休んで、居間に敷いてもらった布団の中から「おかあさんといっしょ」をテレビで観ていた。

     熱が高かったので氷枕に頭を置いていたのだが、ごつごつした感触がちょっと不快に感じて居心地は良くなかった。そろそろ歌の時間になるのを心待ちにしていたが、急におしっこに行きたくなってしまった。

     立ち上がろうとすると、居間がグルンと回って腰が抜けたように布団に倒れこんだ。熱が高いからとわかっているが、それでもやはり恐ろしくなって隣の部屋の母を呼んでみた。隣からは、当時でも珍しくなっていた足踏みミシンのカタカタという大きな音しか聞こえてこない。

    「このままだと漏らしてしまう。でも怖い。どうしよう……」

     涙ぐみながら布団を握りしめていた。

     その時、ふいに姫様が現れた。何の前触れもなく、気が付いたらそこにいたのだ。横たわっている私のお腹の上に立っているのだが、重みがないので、まるでお腹から生えているように見える。いつも暗闇の中にいた姫様が、明るい居間の中にいるのが不思議に感じていた。

     赤い打掛の中の白っぽい着物と金の帯が見えるが、一番驚いたのは姫様の顔を真正面から見たことだ。いままでは曖昧な横顔だけしか見ていなかったが、まともに見たその顔は思ったより幼く感じた。少し丸みの残る頬は、今でいう中学生くらいだろうか。

     やはり不機嫌に、眉根に深い皺を寄せているのだが、眉があったかどうか思い出せない。その下にあった瞳があまりに印象的だったからだ。

     スッと筆で描いたような切れ長の目の中から、黒目がちな瞳がこちらを見ている。キラキラと光を放つその瞳は、この切れ長の目の中では狭すぎると言わんばかりの輝きがあった。その下には見慣れた小さな鼻と不満げに膨らんだ唇、それは綺麗と可愛らしいの狭間の顔、そして少しの少女期特有の残酷さが宿っていた。

     くるまはゴー スポーツカー~

     テレビからは楽しげな音楽が流れている。

    「姫様はこの歌が聞こえているのかな?私のお気に入りの歌なんだけど……」

     私はおしっこのことなど忘れて、熱の中からぼんやりと姫様を眺めていたのだが。
     ふいに姫様は、持っていた扇子をこちらにビシッと向け

    「そこでしておしまいなさい!」

     はっきりと私に向けて命令してきたのだ。
     私は何も考える暇もなく、そのまま布団の中にお漏らしをしてしまっていた。

    「バチン!」

     突き刺すような鋭い金属音と同時に、頭をひっぱたかれたような衝撃が走った。視界の端を、氷枕の金具が弾け飛んでいく。その直後、肩のあたりから冷たい水が噴き出し、あっという間に全身がずぶ濡れとなっていた。

     慌てて起き上がって見ると、口を開けた氷枕から氷水が噴き出したようで、布団も、畳も、そして私自身も水浸しとなっていた。驚きと氷水の冷たさに体を震わせながら姫様の姿を探したが、もうどこにもいなかった。

    「いやいや、大変やわ!」
     大きな音に驚いた母が、隣の部屋から駆け込んできた。

     母は私を抱き上げ、ぐっしょりと濡れたパジャマを脱がしバスタオルで包むと、水浸しの部屋の中を片付け始めた。縁側に運び出されていく布団を眺めながら、「このまま黙っていればお漏らしのことはバレないのでは」と思ったが、それはとても悪い事だと思い直し、バスタオルの端をいじくりながら、

    「しっこもでた」と告白した。

    「しゃあないやん、しんどかったんやもんな」

     母は笑いながら、私の体をゴシゴシとバスタオルで擦って温めていた。

     結局、氷枕の金具がもう古くなっていたのだろうと言うことになり、居間を水浸しにしたこともお漏らしをしたことも、怒られることはなかった。おたふく風邪で顔をパンパンに腫らした私は、ほっとしたものの訳が分からないままだった。
     そして、それ以後は姫様と従者たちに会うことはなかった。


    三、アルバムの中


     高校生になった頃、母はやっと話し相手が出来たと、私相手に長い昔話を繰り返し聞かせるようになっていた。その日も、表装のボロボロになったアルバムを出してきて、祖母の話をしていた。

     母方の祖母の家系は、土佐藩の山内公に代々仕えた武士の家系だそうだ。祖母の祖父にあたる人が戊辰戦争で戦死をしたらしく、地元では称えるためにわらべ歌が出来たという。維新後も名家となっていたらしく、祖母自身も明治生まれの女性にしては珍しく女学校出だった。時に「ほら!cat,cat!」と英語交じりで話したりしたそうだ。

     そんな祖母を母は崇拝していた。

    「おかやんはとても賢くて、お嫁に来てからもいろんな事業を起こしたんよ」
     母は、祖母のことを語る時少し舌足らずな話し方になる。

     その事業もことごとく失敗し、財産を食いつぶし貧乏暮らしとなっていたことも聞いているが、「うんうん」と黙って話を聞くことにしている。しかも祖母はかなりの癇癪もちで、家族間の争いが絶えなかったそうだ。だが、十一人兄弟の末っ子の母は、そんな気性の激しい祖母に一番可愛がられたことを誇りに思っているのだ。

     祖母の写真を指差して、
    「ほらほら、おかやんはすごい美人だったんよ。切れ長の鈴のような目をしていて、上品できれいやったわ」母は愛おしそうに写真を撫でている。

     私は自分でも驚いたのだが、このとき不意に姫様のことを思い出していた。
    「ああ、そうか。あの瞳は”鈴のような目”と表現するんだ」
     切れ長なのに、瞳が鈴のように輝いている。

     祖母の写真の中に、もっと姫様の面影はないものかと探してみたが、粒子の荒いピントのぼけたモノクロ写真はそれ以上何も与えてはくれず、ただ祖母が怖い顔で睨みつけているだけだった。

    「この一族はみんな不機嫌な顔をしていたのか?」
     そう思いながら、ぼんやりと母の話を聞いていた。



     あれから時がたち、私もずいぶん年を取ってしまった。
     すっかり白くなった髪をかき上げ、眉間に刻まれてしまった不機嫌な皺をなぞりながら、時に姫様のことを思い出す。

     あれほど怖かった姫様たちのことも、今は微笑ましい気持ちになってくる。多分あれは助けてくれたのだろう、とても不器用だったが。いや、少し意地悪な気持ちもあったかもしれない。そんなものかもしれない。元は人間だったのだから、突然、聖人のようにはならないだろう。

     幼少時の私に寄り添ってくれていた人たち。今もいるのだろうか。説明はできないが、私は姫様たちは幼少期だけの役割だったのではないかと思っている。後ろにいる存在は年齢によって変わるという話を聞いたことがある。  この手の話は何が正しいのか皆目わからないが、何となくそうかもしれないと感じている。

     今も誰が背後にいるのだろうか。

     全く見ることはできないが、やがて私もそちら側の存在になるのだろう。  それも悪くない気分だ。

                     了


    #創作大賞2026 #エッセイ部門 #エッセイ #心霊体験 #不思議な体験

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    実体験エッセイを書いています。 心霊現象を日常として受け入れてきた家族。 私や身近な人が実際に立ち会った物語を、エッセイにしています。 怖い話も、笑える話も、すべては私たちの日常の延長線上に。 記憶の底に眠る不思議な世界を、楽しんでいただければ幸いです。

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