
葛藤③人目を気にしなくなるまで | つまらない優越感の手放し方
こんにちは。2歳のダウン症の息子、4歳の娘の母、あおいです。
息子のダウン症を受け入れるまでというテーマで連載中です。
葛藤①息子を愛せるようになるまで
葛藤②運命を受け入れるまで
葛藤③人目を気にしなくなるまで
今回は葛藤③です。
人と比べないこと。それは永遠のテーマですよね。
正直に言います。人目を気にすることは完全に0にはなりません。でも、みんなそうだよね。というレベルです。健常の子でも、ちょっとオシャレさせたり、外で泣いたときに人目を気にしたり、ママ友に褒められたら嬉しかったりしますよね。
その程度はあると思って読んでください⭐︎
葛藤③人目を気にしなくなるまで
可哀想だと思われたくない
葛藤①と②を経た私は、完全に息子のダウン症を受け入れた!もう大丈夫!と思っていました。
でも友達に「実はダウン症だったんだ。」と報告するときや、道端で「何ヶ月?」とか声をかけられたとき、平然を装いながらも強がっている自分がいました。
「ダウン症」と聞いた相手はきっと残念だとか、可哀想だとか思うんだろうな。そういう意識が少なからずありました。
やっぱり私は人からの評価を気にしている。なんかかっこ悪いと思っている自分がいる。そんな日々がしばらく続きました。
つまらない優越感
ある日、ネット上で、ある言葉が目に止まりました。
「他人と自分を比較することは、『無意味な劣等感』と『つまらない優越感』しか生まない」(郷ひろみ)
まさに自分のことだと思いました。私はもともと自己肯定感の低い人間です。息子が生まれる前から自分の中に価値を見出せないから、人と比べては、劣等感を抱いたり、優越感を得たり。
この言葉の中で一番響いたのは、「つまらない優越感」です。そう、私はこの「つまらない優越感」を頼りに生きてきたような人間だったんです。
その癖を振り返ったとき、なんてつまらない人生だろうと思いました。そして、この息苦しいプライドを手放すチャンスだとも思いました。その先に私が送りたい人生があると思ったんです。
その日から人と比べそうになっては、「無意味、無意味。」「つまらん、つまらん。」と思い出すようにしました。
息子がくれた自信
でもやっぱりついた癖を取るのは難しいもので、そもそも人と比べるのは私の自信のなさからでした。
そんな私に自信をくれたのは、息子と一緒に過ごす日々でした。
NICUにいた頃よりも一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、息子の存在がどんどんかわいくてたまらなくなりました。愛さなければと焦っていた頃が何だったんだろうと思うほどに。これまで理屈ばかり語ってきた私が言うのもなんですが、やっぱり我が子を愛すことに理由はないんですね。
愛せない苦しみを味わった私はこの愛情が何よりも大切なものだと身に沁みて感じられました。愛情が増すごとに、自分の人生を好きだと思えるようになっていったんです。
この愛情が自分の中の大きな価値となり、つまらない優越感でグラグラだった私の自己肯定感に、確かな核ができました。
それから徐々に人目に触れることが平気になり、
「この子、ダウン症なんです。(可愛いでしょ)←心の声」
と自信を持って言えるようになっていきました。
人と比べてばかりのつまらない人生が息子のおかげで少しずつ変わろうとしています。とはいえ、
つまらない優越感に浸りたくなることもまだまだあります。
人と比べないこと。
永遠のテーマですね…。
まとめ
「息子のダウン症を受け入れるまで」
長々と持論にお付き合いいただきありがとうございました。これは全て出産直後の私が必死に心を保とうと考えたことです。
今思えば、このとき必死に葛藤して自分の中で答えを出しておいてよかった。おかげで今はのほほんと生きています。
それでもダウン症の息子との日々は、新しい発見がいっぱいで、相変わらず私の頭の中は大忙し。そんな頭の中を整理すべく、今後もnoteを書いていきたいと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。興味を持っていただけたら、スキやフォローをよろしくお願いします。コメントもお待ちしています♡