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木曜日の処方箋|#7 眉レッスン〈身だしなみの境界線〉

    〜毎朝、鏡に映る納得のいかない顔。
    プロの手を借りて、ついに長年のプチストレスを解消する話〜

    ここ数年、わたしにはプチストレスがある。
    慢性的な睡眠不足と朝の化粧。
    特に眉毛との折り合いは最悪だ。

    YouTubeは何本も見て、研究した。
    眉マスカラなんて微妙な色違いで3本もある。
    ただでさえ、朝はバタバタして時間ギリギリなのに、何が悪いのかさっぱりわからない。



    …はぁ。
    おかげで今日も朝から洗面台の鏡に、機嫌の悪い顔が映っている。


    …とにかく!
    今朝も眉間に力が入って、余計にうまく描けないということには気づかなかったことにする。
    補正効果のある日焼け止め、眉毛、色つきリップをいつもの流れで終わらせて、家を飛び出ればいつも通りだ。



    電車や、街ですれ違う方々をこっそりと観察し、小さく溜息をつく。

    社会人として、不審者にならず、トラブルに巻き込まれない程度に清潔感があればいいだけなんだけどなぁ。
    なんだったら、化粧にかける時間は寝ていたいんだけどなぁ。


    そこそこ長文の文句を頭の中で、溜息と一緒に一気に吐き出す。
    結局、最悪とは言えないけれど、どうしたいのかすら言葉にできない嫌な気分のまま、午前中の仕事をこなした。


    よし、ひとまず終わった!
    小さなガッツポーズを頭の中でし、引き出しから弁当を取り出し、休憩室へ向かう。
    ジップロックに圧縮して詰めた、ギチギチ弁当は、最近の自分のヒット作だ。

    食べ終わる頃、遅れて昼休憩に入ったチームリーダーから声をかけられる。
    長引く話かと身構えたけれど、有休を消化するように、という話だった。



    いつも通り、10分で食べて、仮眠を取ろうと席に戻った。
    いそいそと、ひざ掛けや小さなクッションを取り出しながら考える。

    最近のスケジュールなら、半休は取れるかも。
    半休取れたら、1人になれるし、何をしたら1番楽になれるかな。
    久々にマッサージへ行って、ゆっくり眉毛でも整えてみようか。


    予約アプリを立ち上げると、お気に入り登録をしていた眉サロンが出てきた。
    そう言えば、憧れのインフルエンサーが通っていることをSNSで知って、登録だけしたことを思い出した。

    何気なく予約画面を開くと、1ヶ月後に眉レッスンのキャンセルが出ていた。
    レッスン料は、びっくりする位にたっっっっかいけれど、同時に自分自身に予約をとって良い理由を探し始めていた。


    「この半年、仕事と家のこと以外に何もしていない、過去半年に使わなかった予算がある、今回のマッサージ代も使えば、お金は確保できそう。あとは時間だけ!」


    朝の電車と同じくらいの勢いで、頭の中で捲し立てて、決めた。
    これは今まで毎朝、どこにもぶつけられない戦いをしてきたわたしへのご褒美だと。

    昼休みに眉サロンを予約し、夕方に有休申請を出した。
    帰りの電車は信じられないほど軽やかな気持ちだった。



    そして迎えた、木曜日の午後。
    少し緊張しながら訪れたサロン。
    モデルのように美しく、肌も髪も化粧も服も、一部の隙もないオーナーに迎えられる。

    帰りたい…。
    別世界の住人のような佇まい、モデルハウスみたいなサロンに気圧された。
    美魔女を目指そうかな、なんて冗談で言った何かしらの罰なのだろうか?

    どうでもいいことを考えている場合じゃない。
    お金を振り込んだから、飛び込むしかない。
    そして、カウンセリングを受け、ついにレッスンが始まった。

    貸し出された道具の中に、持っているものと同じものを見つけて、やっと安心した。
    レクチャーを受け、その通りにやってみようと挑戦する。
    やったことのない動きに手元がプルプルして、オーナーのように手際よくできない。
    だけど確実に眉の厚みが整って、スッキリしていくことに夢中になった。


    結局、整え方の時間では不器用過ぎて片眉しかできなかった。
    オーナーが仕上げのために、私の眉に触れた瞬間、ふっと体の余計な力が抜けた。

    驚くほど、優しくて、丁寧な描き方。
    皮膚に、肌に少しでも負担をかけないように配慮されている。

    あぁ、私は毎朝こんなに丁寧に扱っていただろうか。
    むしろ化粧を始めてから、一度でもこの優しいタッチで充分だと知るタイミングはなかったのだろうか?


    オーナーのプロの技に感動しながらウトウトと気持ちよくソファに沈んでしまった。

    終わったと声をかけられ、スッキリした頭で眉の仕上がりをチェックするよう促された。
    そこには理想の眉が出来上がっていて、言葉を失っていると、職場用や休みの日用の眉カラーの提案をしてもらう。

    感動で頭に入ってこなかったから、オススメのコスメを写真に撮らせてもらった。
    明日から朝の身支度が楽になる、と感動を伝えると、しばらく雑談が続いた。


    「うちも朝が弱くて、毎日子どもと戦いですよ」と、オーナーが、ふっと笑った。


    その一言に、一気に現実に戻される。
    美の権化、もしくは美魔女のオーナーが、わたしと同じように生活をし、時間に追われる一人の女性なのだと知って、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなる。


    まだまだ練習という名の修行は必要だけれど、初めて自分でどうにかできる可能性が見えた。
    何より明日から眉毛が伸びるまで、毎朝のプチストレスがゼロになることが、とんでもなく嬉しい。


    明日はどの眉マスカラを選ぼうか、なんて考える心の余裕は初めてだ。
    「美容費」なんて、オーナーを思い浮かべると恐れ多くて言えない。
    だけど、「身だしなみ費用」くらいなら、アリ…なのかもしれない。


    【今日の処方箋】
    🌱成分:鏡| 整えられた輪郭| 美容のプロ
    🌱用法:自分の手に負えなくなったとき
    🌱おまけ:お気に入り登録だけしていたお店の空き状況を、眺めてみませんか。


    ふっと何かが軽くなったら、「スキ」で教えてもらえると嬉しいです。
    今日もお疲れさまでした💊

     
     

    ねむ

     
     
    「仕事に、生活に、少しだけ疲れてしまったあなたへ。」  「何かしらの文字に毎日触れていたのに、急にどうしても読めなくなったいつかのわたしへ。」  読み終わったあと、少しだけ呼吸が深まり、ゆっくり夜を過ごせますように。

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