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小学5年生が泣きながら単身イギリス留学した話|第12話〜進級テストを白紙で提出!校長室に呼び出された小学生の運命は?〜

    ※これは1995年、今から約30年前の話です。まだインターネットも携帯電話も普及していなかった時代、英語を話せない10歳の私が、イギリスで奮闘した日々を綴ります。

    前回の話はこちら⬇︎

    突然ですが、1993年に大ヒットしたClass「夏の日の1993」のメロディに乗せてお読みください。それでは聞いてください、「夏の日の1995」

    1995
    下手をした Oh 五里霧中
    普通の子どもと思っていたけど
    Nope  勘違い Oh そうじゃないよ
    いきなり呼び出しくらったよ
    夏の日の午後に

    イギリスの曇り空のような、どんよりとした表情でMiss Buxtonは私を見つめていた。私は図書館の隣の小さな部屋で英語の補講を受けていた。

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    こんなにも英語ができない生徒は過去にいなかったのかもしれない。Miss Buxtonは困り果てた様子で絵本を開き、お城(castle)の絵を指さした。

    これなら知ってる!
    ディズニープリンセスで何度も見てきた!

    ついに私の英語力を発揮するときが来たかと、私は自信満々に答えた。

    キャッスル!!

    Miss Buxtonは深いため息をついた。そして言った。

    NO, NO, NO.

    それから口を大きく開けて発音した。

    カァ~ソゥ

    そんなバナナ。思わずおやじギャグが飛び出るくらいびっくりする。なんでなんでなんで?みんなキャッスルって言ってたよ?なんなら家に「おとぎの国のドールキャッスル」持ってたよ?ここはパラレルワールドですか?

    カァ~ソゥ

    私が発音できないと思ったのか、もう一度Miss Buxtonは繰り返した。
    み、みとめたくない、これがキャッスルじゃないなんて。

    しかし、私はカァ~ソゥの圧に屈した。私は繰り返した。

    カァ~ソゥ

    「キャ」ではない。強く、そして低めの「カ」。
    さらにクレソンのようにそっと添えられた「ソゥ」。
    最後の「ル」は、存在の耐えられない軽さ。
    どこいった?

    イギリス英語には絶対に「キャ」なんて言わないという強い意志を感じた。でも、それがまた妙にクセになるのだった。

    さぁ、みなさんもご一緒に?

    カァ〜ソゥ



    そんなふうに、まだほとんど英語ができなかった私。ある日、先生が生徒たちに紙を配り始めた。どうやらテストらしい。

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    当時の教室

    先生が言った。

    Write an essay.

    エッセイ?その言葉の意味すら分からない。どうやら文章を書くらしい。

    困った。

    私は英語の悪口やスラングなら少し覚えていた。でも文章は書けない。辞書で単語を調べても、それをどう並べれば文章になるのか分からない。

    何か書こう…

    そう思ってペンを動かそうとしたが、書けない。何も書けない。

    リスニング能力ゼロ。スピーキング能力ゼロ。ライティング能力ゼロ。英語力0.00%。ノンイングリッシュテイスト飲料オールフリーみたいな私。

    イギリスに来て数か月。自信を持って書ける単語といえば、せいぜい cat か dog くらい。何を書けばいいんだ。

    私はシャーペンに書かれた「MADE IN JAPAN」の文字をじっと見つめた。

    メカニカルペンシルって言うんだっけ、これ。日本の技術ってすごいなぁ。
    ああ、日本に帰りたいなぁ。

    日本から一緒に来てくれたシャーペン。日本製の物を見るだけで誇らしくて嬉しい気持ちになった。私は結局、一文字も書けないままテストを白紙で提出した。



    後日、私は校長室に呼ばれた。校長室に呼ばれるなんて人生初である。当時の私は知らなかったが、あれは進級に関わるテストだったらしい。

    イギリスの学校は9月始まり。夏休みが終わると学年がひとつ上がる。つまり私は、進級テストを白紙で提出したのである。オーノー。

    校長先生はダイアナ元妃のような人だった。高貴で気品があり、それでいて聖母マリアのような優しさがあった。

    テストは難しかった?

    そんなようなことを聞かれた。私は小さくYesと答えた。罪を告白して懺悔しているみたいだった。神父さま、どうかお許しください。


    校長先生は二、三質問しただけだった。そして、「もう行っていいわよ」と言って私を帰した。

    怒られる覚悟で来たので拍子抜けした。

    その後、両親のもとにはこんな手紙が学校から届いた。

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    ポタコは静かだけど、なんとかやってるよ

    よかった、私の悪事の数々は報告されていなかった。カップラーメンの賄賂が効いたのだろうか?

    英語力0.00%オールフリーみたいな私だったが、先生たちは何とか評価できる部分を探して書いてくれていた。絞りすぎて乾ききったぞうきんになってそうだ。

    それでも、あのときの私は確かに「なんとかやっていた」らしい。

    ※お詫び※
    カァ~ソルのくだりが長くなりすぎたため、予告していたお菓子の話までたどり着けませんでした。謹んでお詫び申し上げます。

    次回、勝手にランキング!好きだった英国のお菓子TOP5
    Maltesers、Time Out、Digestive Biscuit、Fizzy Cola Bottles…
    などなどお送りします。


    第一話はこちらから⬇︎


     
     
    小5で英語力ゼロのままイギリスのボーディングスクール→中学時代にはTOEIC850に。英国で転校や父の急死を経験。帰国後はマスコミ・Web業界を経て会社経営。二児の母です!

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