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クマ見た?

「クマ見た?」
公民館の集まりで、近所のおばさんにそう聞かれた。
まるで「あのニューオープンのお店、もう行った?」くらいの気軽さで。

「いや……まだ見てないです。」
そう答えると、
「あの人の家の前に座っとったわ。ほら、これ。」
そう言って、スマホの写真を見せてくれた。

思っていたよりずっと近い場所だったので、
「写真なんて撮っていて危なくなかったんですか?」と思わず聞くと、

「山のクマはね、のんびりしとる。 街へ出るクマはね、きっと情緒不安定になるんやろ。」
そう返ってきた。
確かに写真のクマは道路のど真ん中に座って、ボケーっと空を眺めているように見える。
おばさんの言葉に、なるほど、と妙に納得してしまった。

山のクマは、自分のホームにいる。
慣れた景色の中で、いつもの匂いをかぎ、いつもの道を歩く。だから必要以上に慌てることもないのかもしれない。

一方、町へ出てきたクマはアウェイだ。
車の音、人の声、アスファルト、明るい街灯。見たこともない景色の中で、どちらへ行けばいいのか分からず、緊張しているのかもしれない。

もちろん、本当の熊の気持ちは分からない。
けれど、人も動物も、慣れない場所では少し落ち着きをなくすものだ。

ホームでは穏やかな人でも、慣れない職場や知らない土地では緊張する。
いつもなら優しい人が、余裕をなくしてきつい言い方をしてしまうこともある。

そう考えると、山でクマに出会ったときよりも、町でクマに出会ったときのほうが、お互いに驚き、お互いに怖がっているのかもしれない。
それとも、町の喧騒や次々と飛び込んでくる刺激に飲まれて、クマも落ち着きをなくしてしまうのかもしれない。

子どもの頃、たまに街へ出ると胸が躍った。
きらびやかな店先、人の多さ、美味しそうな匂い。あちこちからいろいろな刺激が飛び込んできて、心がふわふわと浮き立ったものだった。

そう思うと、人も山では穏やかだ。

もちろん山にもいろいろある。それでも周りは緑に囲まれ、夜は真っ暗で、耳に入るのは風や鳥の声、虫の音くらい。刺激はずっと少ない。

「ちょっとコンビニ行ってくるわ」が歩いて四十分。
だから、この辺では「畑できゅうり採ってくるわ」のほうが、よほどコンビニエンスなのである。

話はそれたが、クマのこと。 
息子の小学校では歌いながら帰ることを推奨されているらしい。
「みんな歌ってて楽しそうだねぇ。」と私が息子に言うと
「クマ対策でしょ。」と返ってきた。

熊鈴は学校から支給される。それだけでも驚いたのに、歌まで歌うのか、とさらに驚いた。

子どもたちは楽しそうに歌いながら歩いていく。 人が歌い、クマは山で暮らす。
人もクマも、お互いが安心して暮らせる場所があればいいな、とふと思った。

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