メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ダウン症の娘が教えてくれた、真のインクルーシブ教育

    椿弥生|世界を見る

    🔷ダウン症と分かっていて産んだ


    妊娠10週の頃の診察で言われた。私も、エコーを見てはっきりわかった。
    「首の後ろに浮腫がある。それも有意な厚さです」

    画像
    胎児のエコー写真。首の後ろNTにむくみがある


    それは、お腹の子に染色体異常または心疾患があるという意味だ。

    ***
    その後、妊娠中期に、羊水検査以外の様々な検査を受け、染色体異常以外の原因は潰した。

    つまり私は、娘がダウン症だと分かったうえで産んだ。


    ナチスが殺したのは、ユダヤ人だけではなかった。
    最初に標的にされたのは、障害のある子どもたちや、障害のある人たちだった。


    祖父の戦争加害の記憶にさいなまれ、若い頃にホロコースト・サバイバーと出会った私にとって、そこで命を選別する側に立つことは、最初から考えられなかった。

    私はナチスと同じ選択は絶対にしない。
    そう決意して産んだ。


    🔷普通の育児


    娘はもちろん、定型発達の子どもたちと同じ速度では育たない。
    知的障害があり、自閉症もあり、吃音も聴覚過敏もあった。
    できることも、話すことも、理解することも、いつも少しずつゆっくりだったが、しかし確かに成長していった。

    眩しい笑顔、寝返り、喃語、、全てが
    狂おしい愛おしさであった。

    生まれた瞬間から、
    子どもは全身全霊で親を信じ、命を預ける。
    この信頼に足る人間になりたいと思った。


    笑いと寝不足と、混沌。
    普通の育児であった。

    ***
    保育園で、娘は大人気だった。
    みんなが娘のことを大好きで、大好きで、いつもお友達が集まってくる子だった。

    画像


    彼氏までいた!(笑)
    親友もいた。
    小学校は離れてしまったけれど、中学生になった今でも、その子たちは年賀状をくれる。



    🔷お医者さんになれるよ!


    娘の卒園式の準備の頃、
    園の先生からこう聞かれた。

    「ふーちゃんの将来の夢は、
    “お医者さん”にしたいんですが、
    いいですか?」

    先生はにこにこしていた。
    私は、思わず笑ってしまった。

    「いやー、無理ですよ」

    親だからこそ、現実も知っている。
    娘には重度の知的障害がある。
    だから私は、つい大人の現実の側から答えてしまった。


    すると、まわりにいた子どもたちが、
    口々に言った。

    「え、できるよー!」
    「ふーちゃんならお医者さんになれる!」
    「お医者さんごっこ、上手だもん!」

    私は、泣いた。
    その子たちは、娘を「できない子」
    として見ていなかった。

    障害名でも、発達の遅れでも、
    将来の制限でも見ていなかった。

    娘が上手にできることを見ていた。
    娘が誰かを診ようとする姿を見ていた。
    娘がその場で、ちゃんとお医者さんに
    なっていることを見ていた。


    大人の私は、現実を知っているつもりだった。
    でも子どもたちは、娘の可能性を、
    もっとまっすぐ信じていた。

    画像
    卒園式の日に、仲良しのお友達と


    🔷俺、ふーちゃんのこと知ってるから


    小学校に上がってから、大型公園の
    アスレチックで、娘がなかなか滑り台を
    降りられないことがあった。

    後ろには長い列ができていた。

    私は焦って、後ろにいたやんちゃ坊主みたいな、
    いかにもガキ大将といった風情の男の子に
    声をかけた。

    「ごめんね、うちの子遅くて!」

    するとその子は、明るく笑って言った。

    「大丈夫だよ!俺、
    ふーちゃんのこと知ってるから」

    ハッとした。その子は、たまたま
    保育園の時の同級生だった。

    その一言に、私は胸を打たれた。

    その子は、娘を「できない子」として
    待っていたのではなかった。

    「障害がある子だから優しくしてあげよう」
    と思っていたのでもなかった。

    彼は、娘のことを知っていた。
    ゆっくりだけど、必ずできる子だと知っていた。

    時間はかかるけれど、自分のペースで
    前に進む子だと知っていた。

    だから、待っていてくれた。

    ***
    私はその時、「一緒に育つ」ということの
    意味を、はっきり見た気がした。


    🔷真のインクルーシブ教育


    世の中には、インクルーシブ教育に
    ついての是非がある。

    現場の人手不足もある。
    先生たちの負担もある。

    特に幼稚園は、福祉施設ではなく
    文部科学省の管轄である以上、
    「お勉強」が重視されるため、
    知的障害のある子どもを受け入れない
    現実もある。

    けれど私は、その現実の中で、
    子どもたちからとても大切な機会が
    奪われているとも思う。

    誰にでも、得意なことと不得意なことがある。
    早くできる子もいれば、時間がかかる子もいる。
    すぐに話せる子もいれば、
    言葉が出るまでに時間がかかる子もいる。


    でも、同じ場所で一緒に育てば、
    子どもたちはそれを理屈ではなく
    身体で知っていく。


    助け合うことを覚える。
    待つことを覚える。
    相手の速度を知ることを覚える。
    その子が最後には自分でできると
    信じることを覚える。



    自分に子どもがいる人なら、
    きっと分かると思う。
    勉強ができることも大事だ。
    何かが上手にできることも大事だ。

    でもその前に、
    どんな子とも仲良くなれる子になってほしい
    と願うのではないだろうか。

    それは単なる「優しさ」ではない。
    社会性であり、思いやりであり、
    自分とは違う人と一緒に生きる力だ。

    そしてそれは、親の手を離れたところで、
    子ども自身の自尊心を支えるものでもある。


    自分は誰かを助けられる。
    自分は誰かを待てる。
    自分は違う速度の子とも友だちになれる。
    そして、自分も誰かに待ってもらえる。

    そういう経験は、人間を強くする。


    娘と一緒に育った子どもたちは、
    障害についての授業を受けたわけではない。

    でも、娘のことを知っていた。
    ゆっくりだけど、できる子だと知っていた。
    お医者さんごっこが上手な子だと知っていた。
    一緒に遊ぶと楽しい子だと知っていた。
    大好きな友だちだと知っていた。

    それは、どんな教科書よりも
    深い学びだったと思う。


    娘にとって、保育園で過ごした時間は
    かけがえのないものだった。


    でもそれは、娘だけにとって
    良かったのではない。

    娘と一緒に育った子どもたちにとっても、
    そしてその親たちにとっても、
    きっと素敵な経験だったと思う。


    『障害のある子に優しくしましょう』
    という“道徳”ではない。


    【この子は私たちの仲間だ】という
    身体と心の記憶。


    それは幼い頃にしか身につかないものだろう。

    できる、できないではない。
    早い、遅いでもない。
    同じである必要もない。

    誰かを知っていること。
    その子の速度を知っていること。
    その子が最後には自分でやると知っていること。
    それが、人を信じる力になり、
    自分を信じる力になる。


    🔷娘は私の人生の師匠


    子どもから教わることは、本当に多い。
    大人になると、どうしても現実を見てしまう。

    制度や環境の限界。
    これから期待される支援。
    そして、将来への具体的な不安と対策。

    どれからも、目を背けることはできない。

    それでも子どもたちは、
    ときに大人が忘れてしまった大切なものを、
    驚くほどまっすぐに見つめている。


    「ふーちゃんならお医者さんになれるよ」
    と言ってくれた子どもたち。
    「俺、ふーちゃんのこと知ってるから」
    と、娘のペースを信じて待ってくれた男の子。

    その言葉や姿勢に、私は何度も励まされ、
    多くのことを学んできた。


    そして何より、
    娘は私にとってかけがえのない師匠だ。


    娘はいつも、言葉ではなく
    生き方そのもので大切なことを教えてくれる。

    苦手なことがあっても、まず挑戦してみること。

    思うように進まなくても、
    自分の歩幅で前へ進むこと。

    友だちを信じ、心を開くこと。
    人と一緒に笑い合うこと。

    誰かに支えてもらいながらも、
    自分でやろうとすること。

    そして、自分らしく生きることで、
    周囲の人の心に大切なものを残していくこと。

    そんな姿から得られる学びは、とても大きい。


    五月晴れの中で弾けるように笑う、
    ダウン症のある娘は、
    今日も私の師匠であり続けている。

    画像


    こちらもぜひお読みください☺️


     
     
     
    現代アート/障害児育児/国際結婚/イスラーム/政治と生活。 旧日本軍に従軍した祖父の記憶、ホロコースト・サバイバーとの出会い、現代アートを「人類の自浄作用」として見てきた時間を経て、命の尊厳、美、信仰、社会の欺瞞について書いています。

    あなたへのおすすめ