埼玉「白いところ」土地の子_第十一話
わたしは猫です。名前はすねこ。年は、まあ、聞かないでください。
群馬から南へ下って、埼玉に入りました。昭和二十一年の十二月です。
埼玉の大宮のはずれに、盆栽ばかりの町があります。
二十年ほど前、東京が地震で焼けたときに、鉢を抱えて逃げてきた人たちが作った町です。この一帯は土がよく、水はけがよく、井戸を掘れば水が出ました。木を置くのに向いていたのです。
その町には、決まりがありました。
二階を建てない。隣の家の木に、影が落ちるからです。塀を作らず、垣根は生垣にする。門は開けておく。
それから、盆栽を十鉢以上持つこと。持っていない者は、住めません。
ですから、通りを歩くと、どの家の木も見えます。よその家の木が枯れていることも、見えます。
その日、一軒の庭先に、小さな者がいました。
頭に小さな松の鉢を載せて、桃色の衣を着ています。しゃがんで、枯れた枝を、細い刃物で削っていました。人の目には映りません。映るのは、わたしのような者だけです。
名を聞くと、ぼんりん、と答えました。盆栽のぼんりん、この土地の子だから、と言って、手は止めませんでした。
切ってしまえばいいのに、と言いました。枯れているのですから。
ぼんりんは、削りながら、こう言いました。
枯れたところは、切らないの。
※
その家は、預かりものの木を並べていました。
この町の商売です。自分の木を売るだけでなく、よその人の木を預かって、水をやり、土を替え、形を直します。持ち主は東京の人が多かったそうです。
戦争が始まってから、預けたきりになった木が増えました。
取りに来ません。手紙も来ません。
その家には、父親がいませんでした。母親と、十三の娘がいました。
冬でした。燃料がなく、井戸のふちが凍りました。手入れの要る木が、庭に百鉢ほど並んでいました。
※
この土地では、十二月になると、雑木林に行きます。
落ち葉を掻くのです。熊手を持って、家じゅうで出かけます。子どもも連れて行かれます。掻いた葉を積んで、寝かせて、次の年の土にします。
畑の土が、もともと痩せているのです。関東ロームという赤い土で、そのままでは作物が細ります。だから毎年、林の落ち葉を運んで、土を作り直してきました。三百年ほど続けているそうです。
盆栽の土も、これで作ります。
落ち葉を掻く子どもは、たいてい嫌がります。寒いし、いくら掻いてもきりがありません。手が真っ赤になります。
その年も、娘は熊手を持たされていました。
※
その家に、一鉢だけ、別のところに置いてある木がありました。
五葉松です。樹齢三百年と言われていました。
根が岩を抱くように張って、幹が半分ねじれて、そこから上が横に流れています。枝の先は、人の手のひらほどの高さに揃っていました。三百年ぶん、誰かが揃えつづけたのです。
持ち主は東京の人でした。前の年の春、家ごと焼けて、亡くなったそうです。
この木は、持ち主のほうが先に死ぬ木です。三百年のあいだに、何人もの持ち主を見送ってきました。そういうふうにできている木です。
ただ、今度は、送るはずのほうも一緒に傷みました。
※
その冬は、長く冷えました。
鉢の土が、芯まで凍りました。何日も溶けませんでした。
春になっても、その木は芽を出しませんでした。
五月まで待ちました。六月まで待ちました。夏に、葉が赤茶けて、触ると落ちました。
根を掘ると、黒くなっていました。指で押すと崩れました。
母親は、その鉢を庭の隅に寄せました。
垣根が生垣なので、通りからも見えました。町の者は、通りかかると足を止めて、しばらく見て、それから行きました。何を言うでもありません。あの冬は、どこの家も何かしら枯らしていました。
娘は、鋸を持ってきました。
ぼんりんは、その鉢の縁に座っていました。娘には見えていません。
わたしのほうを見て、こう言いました。
枯れたところは、切らないの。
※
町でいちばん年寄りの職人が、垣根の外から見ていました。
入ってきて、娘の手から鋸を取り上げました。それから、鉢を回して、幹の裏側を見ました。
指を当てて、ここだ、と言いました。
幹の裏に、指一本ぶんの幅で、樹皮の色が違うところがありました。
水吸い、と言うのだそうです。根から先まで、水を上げている道です。木は、幹のぐるり全部が生きている必要はありません。一筋通っていれば、生きています。
残りは、枯れています。
その枯れたところは、切りません。削って、白く晒します。幹のものを舎利、枝のものを神といいます。
枯れた部分は腐りますが、削って晒しておくと、腐らずに白いまま残ります。生きている一筋と、白い八割とが、並んだままで一本の木になります。
年寄りは、そう説明したわけではありません。削れ、とだけ言いました。
娘が、どこまで削るのかと聞きました。
白くなるまでだ、と年寄りは言いました。
※
削るのは、一日にほんの少しです。
生きている一筋を傷つければ、そこで終わりです。刃物の先を寝かせて、枯れた繊維だけを起こしていきます。
娘は、毎日削りました。
土を入れ替えました。前の年の冬に、林で掻いた葉が、庭の隅で寝かせてありました。手が真っ赤になった、あの葉です。それが黒い土になっていました。
その土を、三百年の木の根元に入れました。
枯れて落ちたものが、土になって、生き残った一筋を持ち上げるわけです。
その年の冬も、娘は熊手を持って林に行きました。嫌がりませんでした。
※
四年ほどかかりました。
幹の八割が白くなりました。日に当たると、骨のように白く見えます。裏側の一筋だけが、樹皮のまま茶色く、そこから枝が二本出て、緑がついています。
三百年ぶんの枝は、戻りませんでした。持ち主も戻りません。返す先がないので、その木は、その家に置いたままになりました。
町の者が、見に来るようになりました。
白いところがいい、と言うのだそうです。
ぼんりんは、その鉢の前に座っていました。
わたしに、こう言いました。
枯れたところは、切らないの。
でもね、と続けました。
枯れたところが、いちばん白いの。
※
大宮の盆栽の町は、いまもあります。
二階を建てないという決まりは、もうありません。それでも、塀のかわりに生垣にしている家が、まだいくつも残っています。通りから木が見えます。
樹齢何百年という木も、いくつも残っています。いまも、持ち主のほうが先に代わります。人が代わっても、水は毎日やらなければなりません。
ぼんりんもいます。背は伸びていません。あの子たちは伸びないのです。
この前会いに行ったとき、ぼんりんは白い幹の木の前に座っていました。
その木か、と聞きました。
「うん」
白いところが、前より広くなっていました。
「削ったんじゃないの。年が経つと、生きてるところも、だんだん減るの」
それでも枯れないのか、と聞きました。
「一筋あればいいの」
ちなみに、この土地には、いまでも冬に落ち葉を掻くところがあります。
三百年続けてきた畑が、そのやり方のまま残っているのです。熊手を持たされた子どもは、やはり嫌がるようです。
あれが土になるまでには、一年か二年かかります。掻いている子には、たいてい、何のためなのか分かっていません。
——猫は、手を貸しません。けれど、ちゃんと覚えています。
次回 第十二話 千葉 落花生のらっかりん
その土地の子が語る外伝もあります。
https://note.com/ron_stories/m/m121cdb6e8a22
この連載に出てくる四十七人は、グッズやスタンプにもなっています。
あなたの県の子は、こちらから。
イラスト・グッズ・LINEスタンプ
https://note.com/ron_stories/n/n04f9dceccf2b
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ありがとうございます。猫が三日ぶんの魚を買えます。 