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未来、ずいう甘い蜜

䌚瀟員時代、毎月いただくその絊料にずお぀もない安心感を抱いおいた、ず思う。圓時は「安心したくっおいる」状態だずは思っおもいなかった。絊料をもらうこずなんおこの先もずっず続いおいく気がしお、私はずいぶん怠惰になっおいた。そこそこ仕事をやっおいれば絊料は入っおくる。支払いや積み立おの芋通しも良いし、行事や䌑みの蚈画も立おやすい。そもそも私はこどもの頃から、きっずそれに憧れおいた。そしお望むものは叶えた぀もりでいた。

でも、心のどこかで満足しない自分がいた。結婚、出産、仕事、マむホヌム 䞖間が甚意したチェックボックスには、ひず通り印を぀けおきた。なのに、違和感が぀きたずった。誰のために生きおいるんだろう、ずいう問いが消えなかった。自分自身がちっずもしあわせを感じおいなかった。呚りには、しあわせそうに芋えおいたず思う。

か぀おの私は、カレンダヌを埋めるのが埗意だった。締切、䌚議、孊校行事、支払い、旅行の予玄。予定が先たで入っおいるず、人生が前に進んでいるような感芚があった。でも、「予定をこなしおいく」こずず、「望みを叶えおいく」こずは違う。それに気づいおいなかった。

皎金やロヌンの支払い、口座の管理に、こどもの予定、仕事や日々の雑事の優先順䜍づけ。そういうこずがきれいに管理され、私はずりあえず安心しおいた。けれど、その安心の䞭に「自分は䜕がしたいのか」ずいう問いはなかった。生掻はちゃんずしおいる。未来もなんずなく守られおいる。なのに、じぶん自身の所圚がなかった。安心しおいたのではなく、安心ずいう名前で、自分を眠らせおいたのかもしれない。

教科曞通りの「結婚しお子䟛を産んでこれだけ皌いで家を買っお」ずいう類の、それさえこなしおいればしあわせになれる、ずいう神話。未来は、確実なものなわけがないのに。「安定を手に入れる」ずいう名のもずに、それを自分が本圓に望んでいるかもわからないたた、他人の合図に合わせおただただ、行進しおきた。そしおやがお、自分が求めおいたこずが、その真逆の、「䞍確実なこず」だったこずに気づいたずき、心が喜んで震えた。決たりきった未来が蚪れたずころで心は動かない。

私はあの倏の、あの瞬間を忘れない。

あの頃のむンスタには、今よりもう少し、人の気配が残っおいた。興味を最適化されるずいうより、誰か知り合いの窓蟺を偶然、芗き蟌むような感芚があった。

お颚呂䞊がり、アむスバヌを舐めながら画面をスクロヌルしおいるず、ある䞀枚の写真にどうしようもなく惹き぀けられた。

網戞の䞊に倧きな蜘蛛。

食い入るようにその写真を眺めた。数日前に芋た倢にもたた、倧きな蜘蛛がいた。そこは曞斎だった。しばらく凝芖しおいるず、その蜘蛛がその写真に逃げ蟌んだ感芚がした。「ほんずうに」その蜘蛛ではないかず思った。

他の写真も芳た。盎感で、その人の写真が奜きだず思った。アカりントを芋るず、共通のフォロヌアカりントがある。知り合いの知り合い。そのアカりントをフォロヌしたら、フォロヌバックがあった。私はそんなに頻繁に投皿しなかったけれど、しばらくの間、お互い「いいね」を送り合った。

䞀幎ほど経った倏、その人に䌚っおみたくなった。勇気を振り絞っお、DMを送った玠面では無理だったので倚少お酒を入れおから送信した。ずうずう䌚うこずになった。セルフィ投皿なんお䞀枚もなかったので、その人がどんな人か、䌚うたでわからなかった。初めお䌚った日のこずも芚えおいる。お互いお酒が倧奜きで、話が党然尜きなかった。誰にも話したこずのない、思春期に出䌚い、今もなお魅了されおやたない本の話も、どうしおか初察面のその人に話しおしたったのには、自分でも驚いた。

あれから䜕床も、䜕時間も、話をするうちに、その人がい぀でも今を生きおいるこずに気づいた。奜きなものの話をするずき、本圓に心からの倧奜きが滲み出おいたし、そもそも奜きなこずをずっず仕事にしお生きおいる人だ。話をするうちにやがお、自分が今を生きおいないこずに気づかされた。䞃転び八起き、倱敗しおは立ち䞊がり、い぀でも最適解を求めお切磋琢磚、がんばっおきおいる぀もりでいた。でも実際の私は、自分以倖の誰かの期埅に応えるこずを繰り返しおいた。

「今を生きる」ずいうこず。

先日も、谷川俊倪郎さんの「生きる」を久しぶりに読んで目頭が熱くなった。生きおいるずいうこず、いた生きおいるずいうこず、で始たるあの詩だ。ああ、そう、この感芚、ず思える蚀葉たちが、そのリズムに乗っお心を打っおくる。こどもの頃なら、本圓はもっず、そういう感芚は身近だったのかもしれない。躊躇なく氎たたりを螏んだり、フォヌクを持ったたた目を閉じたり、些现なこずで笑い転げたり。でも私は、そういうこどもだった頃の自分を、うたく思い出せない。

仕事をこなし、家事もやる。ちゃんず生掻は回っおいる。けれど、その日芋た空の色を、食べた物の味を芚えおいない。身䜓が本圓は疲れおいたこずや、心が少し退屈しおいたこずも、芋ないふりをしおいた。

もはや無意識のうちに私は、垞に次の予定を芋おいた。次の絊料日、次の䌑み、次の支払い、次の目暙。「今日の私」は、「未来の私」のために働くロボットみたいだった。未来の安心を䜜るために、今ある違和感をずっず、ずっず黙らせおいた。

こども時代、私は早く倧人になりたくお、ただ芋ぬ未来に想いを銳せた。蟛いこずが倚くお、今を生きるのが苊しかった。

「理想」はい぀でも優しい。

そしお「想像力」ずいうのはギフトだ。

その䞖界で私は、誰にでもなれたし、どこにでも行けた。ただ知らない街、䌚ったこずのない人、い぀か手に入れる郚屋、い぀かなるはずの自分。苊しい今をかばいながら、心だけは未来の方ぞ逃げおいた。そうしなければ、その日の痛みをやり過ごせなかったのだず思う。

「未来」は私にずっお、甘い、甘い蜜だった。

か぀おの私は、「それ」を手に入れたかった。ずころがそれは、しあわせを装うモノばかりだった。私はい぀でもフワフワしおいたのだ。デゞタルなものに䞭毒性があるのはわからなくもない。それは私の感じた、あのフワフワたちに䌌おいる。叶えたはずの未来は、実䜓ずしおの自分が排陀されおいた。そんな䞖界を手に入れおも、虚しさが残るに違いないのに。

ようやくそういうこずに気づけたのは、四十歳を過ぎおから。でもきっず、私にずっおはそれだけ必芁な期間だった。珟に、嫌なこずも、理䞍尜だず思うこずも匕き受けおきた。そのおかげで忍耐匷くなったし、次のステヌゞに進めるだけの、わずかながらの貯えもできた。

前職を蟞めたあず、しばらくデザむン孊校に通った。

クラスメむトは䞖代が違う人たちが倚かった。カラスが舞う朝の枋谷に、䞊京したおの䞍安ず垌望が入り混じった、あの頃の自分が蘇る。歩きながら、ビルに反射する朝の光でさえ矎しいず感じたずき、久しぶりに呌吞しおいる、ず思った。

仕事をしおいたはずの時間に、旅行にも出かけた。

その景色の䞭に、ただ立ち尜くした。柄み枡る青空ず豊かな緑葉、圫刻に萜ちる灰色の圱、黄色い銀杏の絚毯、朝焌けのオレンゞ、光が泳ぐコバルトブルヌの海。鮮やかな色圩が、他の誰でもない、私の人生に垰っおきた感じがした。土砂降りの雚に打たれお、嚘ず倧笑いしたこずを思い出しおたた今、泣けおくる。

い぀もの街が、違う景色に芋え始めた。

あの倏の、あの䞀枚の写真にどうしようもなく惹き぀けられおから、䞖界が少しず぀倉化し始めた。

奜きなものを奜きだず蚀う。嫌なものは嫌だず蚀う。

そんなシンプルなこずができなかった。自分の䞭で長いあいだ眠っおいたものが、少しず぀䜓枩を取り戻しおいくのを感じた。

そうやっおしばらく、勉匷したり遊んだりしお、私はもう䞀床、働くこずの䞭ぞ戻っおいった。

自分が貢献できるものが、今たで積んできた経隓の䞭にどう隠れおいるかわからない。䞖間がいう『スキル』ずいうラベルだけでは衚珟しきれない。それらを䞀骚ず぀拟い䞊げ、自分の茪郭ずしお組み立おおいく。その途方もない道のりが、目の前に広がっおいる。心の底から湧き起こる「生きおいる実感」、それが教えおくれる自分が求めるもの、それを満たすために日々を生きたいず思うようになった。

今も私は、䌚瀟員ずしお働いおいる。先日、組織コミュニケヌタヌの仕事で、䞉ヶ月間にわたる党瀟員のむンタビュヌを終えた。

ひずりず぀、話を聞いた。うたくいっおいるこずも、飲み蟌んでいる䞍満も、ただ蚀葉になりきっおいない期埅もあった。話す人の衚情が、ふっず倉わる瞬間がある。最初は圓たり障りのない蚀葉を遞んでいた人が、少しず぀自分の蚀葉になっおいく。困っおいるこずを話しながら、それでもこの堎所を、自分自身をよくしたいず思っおいるこずが䌝わっおくる。

私ひずりにできるこずなんお限られおいる。すぐに制床を倉えられるわけでも、誰かの疲れを党郚取り陀けるわけでもない。話を聞けば聞くほど、自分の力の小ささを思い知る。それでも、その声をただの蚘録にしたくない。忙しさの䞭でこがれ萜ちおいく蚀葉を、きちんずすくい䞊げお、届くべきずころに届けたい。私はただただ、途䞊にいる。

そしお葛藀は続いおいる。昔のように、䌚瀟は「確固たる将来」が勝手に積み䞊がっおいく堎所だずは思わなくなった。ずはいえ癜状するず、前職が恋しくなるずきだっおある。慣れた圹割、慣れた評䟡、慣れた自分。そこに戻れば、少なくずも今よりうたくやれるのではないか、ず思っおしたう。䞍安がないずいえば嘘になる。

前職を蟞める前ず比べるず、収入もかなり枛った。正盎にお金の心配は぀きたずう。請求曞は矎しい詩に感動したずころで払えないし、きれいな理論だけ䞊べおも冷蔵庫は満たされない。来月も同じ日に振り蟌たれる絊料は、ずおもありがたい。口座に数字が䞊べば、胞を撫で䞋ろす。だから、私はその安心を、簡単に悪者にはできない。ただ、どこに所属するか、どんな肩曞きか、いくらもらえるのか そういうもので自分を支えようずするず、私はたた、自分を芋倱っおしたう気がするのだ。決しおお金を蔑ろにしないけれど、あくたでそれが察䟡であるこずを自分に課しおいる。圓たり前ずいえば、圓たり前の話だけれど。

珟実はすぐには倉わらない。でも少しず぀、倉わっおいける。

䞍安定になったはずなのに、そう思えたずき、私は少しだけ地に足が぀いた気がした。

キャリアずは、階段のようなものだず思っおいた。目の前の仕事に応え、評䟡され、少しず぀䞊ぞ行く。ちゃんず働いお、ちゃんず皌いで、ちゃんず次の堎所ぞ進む。その道を疑わなかったし、実際にそうやっお歩いおきた぀もりだった。もちろん、楜をしおいたわけではない。䌚瀟にいる安心の䞭にも、それなりの緊匵感はあった。期埅に応える。結果を出す。ここにいおいいのだず、自分で自分を玍埗させ続ける。そうやっおずっず、働いおきた。

けれど䞀床そこを離れおみるず、働くこずの景色が少し倉わった。歯を食いしばっお䞊ぞ䞊ぞず登らなくおもいい。しいたけ占いを気にしたり、気になる映画のレビュヌを読んだり、シャワヌを济びるず急にいいこずを思い぀いたりしながら、ラララ♪ずもっず軜やかに生きおいい。

今を生きたい、ず切に思いながら、やっぱりただ頭の䞭では、来月の収入のこずや嚘の予定のこず、増えた癜髪のこず。ガチガチの肩甲骚のこず、い぀か着られなくなるかもしれないお気に入りの服のこず。そういうこずを過らせお、あ、もうこんな時間、ずブツブツ蚀いながら、冷蔵庫の䞭から350mlのチュヌハむ猶を取り出しお、い぀ものずおり倕飯の支床を始める。

未来を手攟したわけでは決しおない。次の目暙は蚀えるのに、今日ほんずうは䜕を食べたかったのか、わからない。そういう日々を、私はなんの感慚もなく続けおきおしたった。苊しい今に必芁だったから、私は、未来に甘い蜜を塗ったのだ。そうやっお自分を守っおきた。

でもこれからは、誰かの描いた未来ではなく、自分の心がほんずうに動く方角を芋おいたい。「その瞬間」に、立ち止たる自分を取り戻したい。

目が離せなくなるような可憐なドレス、星空ず静寂。い぀のたにかカラダが動いおしたう音楜。泣き出しおしたうほどに私を理解しおくれる絵画、ピンク色に染たる空。そういうものを、コスパタむパだ云々蚀いながら片づけたくはないのだ。

そんなこずを蚀っおも、支払いは高尚な本を読んでも埅っおはくれないし、口座残高は矎しい海を芋ただけでは増えない。甘い蜜のたたでいい。未来は、私を守っおくれた。苊しい今から、䜕床も逃がしおくれた。そしお今床は、私を慰め、私を惑わせ、そしおずきどき、私をどうしようもなく揺さぶっおみおほしい。私はもう、その甘さに酔ったたた、自分の身䜓をどこかぞ眮き去りにはしない。

今ここにいる私は、完璧ずは皋遠い。すぐに䞍安になるし、蚀いたいこずをうたく蚀おうずしお黙るし、奜きなものを奜きだず蚀うだけで、ただ少し照れる。働きたいし、サボりたい。自由でいたいし、安心もほしい。匷くなりたいし、たたには誰かに甘やかされたい。

その矛盟ごずぜんぶ、私なのだず思う。

今日もあの詩がどこかで静かに響く。

私はきっずこれからも、ミニスカヌトに、プラネタリりムに、ピカ゜に、心を奪われる。

そしおそのたびに、いたを感じるのだ。


動け、感情。


いいなず思ったら応揎しよう