欲望のグランドピアノ~失恋から始まった、私とピアノの4年間~
2021年、コロナ禍。人生で最大の失恋をした。
8年も付き合い、もう大丈夫だとすっかり安心しきっていた恋人に、突然梯子を外された。
それから1年、どのように生きていたのか、記憶がない。
極度の鬱状態のなか、生きるための最低限のことだけして、ただただ生きていた。
なんの楽しみも、喜びもなかった。
最初はどんなきっかけだったのか覚えていない。
ふと部屋を片付けてみる気になった。
古い電子ピアノの上にある大量の書類を片付け、ピアノを綺麗にした。
なんとなくピアノを弾いてみた。当然、指は動かない。でも、ハノンや、ショパンのワルツを弾いているうちに、少しずつ楽しくなってきた。
そのとき私はまだ知らなかった。このピアノというものが、まるで情熱的な恋人のように、私を虜にし、その後の人生を変えてしまうことを。
電子ピアノで弾いていたころ
私は1995年に大学進学のため上京した。電子ピアノを買ったのはこのときだ。だから私の電子ピアノはかなり古く、タッチも軽く、キーボードのような感じだった。
ヘッドフォンがついていたので、私は毎日ヘッドフォンをつけて練習した。一日2時間くらい弾いていた。
25年ぶりにピアノを再開し、最初は全然弾けなかった曲がちょっと練習するとどんどん弾けるようになり、私は次第にピアノに夢中になっていった。
なにより、指が覚えていてくれたことがうれしい。
昔弾けた曲が一曲、また一曲と弾けるようになるころには、もう昔の恋人のことなどすっかり忘れていた。
半年も経つと、もう電子ピアノでは飽き足らなくなり、たまにスタジオに通ってグランドピアノで練習するようになった。当然だが電子ピアノとグランドピアノは全然違う。家でも生ピアノで練習したい、という欲望が抑えられなくなっていった。
ピアノのために防音マンションに引っ越した
都内で賃貸マンションに住んでいる以上、生ピアノは無理だと思っていた。が、防音マンションなるものがあることをたまたま知った。24時間演奏可能だという。もちろん家賃は嘘のように高い。でも、そこに引っ越して、アップライトピアノをレンタルして弾くことができたら。そんなことを思いついてしまった。
私は派遣社員をしており、収入は低い。が、そのころは副業もいくらか入っていた。この副業が継続して入ってくれるなら、なんとかやっていけるのではないだろうか。副業が継続して入ってくる保証などどこにもない。でも私の頭のなかは、もう「防音マンションで毎日生ピアノを弾きたい」という欲望でいっぱいになっていた。
私はどこまでも自分の欲望に忠実だった。これまでの人生で、やりたいことは全部やってきた。やりたいことができない人生など無意味だと思っていた。
かくして私は、無理やり引っ越しを決めた。やりたいことをやるために。お金がなくなったら、そのときに考えればいい。今すぐ行動して、夢を実現させるんだ。
そしてグランドピアノ購入へ
防音マンションに引っ越し、アップライトピアノをレンタルして毎日弾けるようになった私は、有頂天だった。このころ先生についてレッスンもはじめ、ピアノライフは充実していた。どんどん難しい曲にもチャレンジするようになっていった。
そして私は、自分がどこまでも欲深い人間であることを痛感するようになる。レッスンでグランドピアノを弾いていると、家でのアップライトピアノとのタッチの違いに悩むようになった。先生に相談したところ、なんと先生はあっさり「だったら、グランドを買えばいいじゃないですか」と言うではないか。私は心底驚いた。私がグランドを買う?
物事はシンプルに考えたほうがいい。家にグランドピアノがあること。それは私の夢だった。でも、夢で終わらせてしまっていいのか? 私はグランドを欲している。それなら、どんなことをしてでも手に入れればいいじゃないか。
私は今の部屋にグランドを置くことができるかどうかを真剣に検討しはじめた。テーブルやテレビを処分すれば、置くことはできる。そして、グランドを買えるだけの貯金もぎりぎりある。将来のためにと貯めていたお金だが、あるかどうかわからない将来のためではなく、今この瞬間の欲望のためにお金を使おう、と思った。
結局私は、先生に「グランドを買えばいいじゃないですか」と言われてからわずか3週間で、新品のグランドピアノを購入した。自宅でいつでもグランドピアノを弾ける。この贅沢な日々はすっかり私を虜にし、私はよりピアノにのめり込んでいった。
あるとき急にピアノへの熱が冷めた
気がつくと、ピアノを再開してから3年の年月が流れていた。その間私は恋人もつくらず、友人とも深く付き合わず、ただただピアノと向き合っていた。
私は昔から、つねに夢中になれるものを欲していた。あるときは仕事に、あるときは恋愛に、あるときは観劇にのめり込んだ。そして今、ピアノという最高に夢中になれるものを見つけた。私は一生夢中でピアノを弾いていくだろう。そう思っていた。
が、私はもともと、熱しやすく冷めやすい性格だ。私のことをよく知る友人には、「そのうちピアノにも冷めるよ」と言われていた。私は「なにをバカなことを」と思っていた。こんなに情熱を持って取り組んでいるピアノに、私が冷めるわけがないじゃないか。しかし、友人の言ったことは現実化する。
再開4年目、私はベートーヴェンの『告別』に取り組んでいた。私にはとても難しい曲だが、手応えがあった。が、いざ舞台で弾いてみると、さっぱり弾けなかった。私は一気に自信を失った。私はどんなに練習しても、舞台で難曲を弾くことができない。これまではどこかで「努力すれば上達できる」と信じていた部分があった。けれど、『告別』を舞台で思うように弾けなかったとき、私は初めて自分の限界に気づいたのだった。
それまで人生の中心だったピアノが、人生のすべてではなくなった。すると、毎月高い家賃を払って防音マンションでグランドピアノを弾いている今の生活が、悪い冗談のように思えてきた。ピアノとともに年老いていければそれが幸せだと思っていたのに、私は外に目を向けるようになった。友人と遊び回り、何日もピアノに触れないことすらあった。今までなら考えられなかった。私はつねにピアノ中心の生活をしていた。が、それが変わりつつある。
ピアノは穏やかなパートナー
自分の心変わりに、一番戸惑っていたのは私だった。あんなにピアノに情熱を注いでいて、ピアノが恋人のように思っていたのに。けれど、年月とともに人は変わる。変わった自分を受け入れようと思った。
とはいえ、毎日毎日何時間も弾き込んだ自分のグランドピアノは、やはり愛しい。手放したくない、と思う。防音マンションでの今の生活も、お金が続く限りは続けるつもりだ。
今でも毎日ピアノを弾いているが、以前のように何時間もは弾いていない。ただ楽しく弾いている。それで十分、幸せだ。
恋人だったピアノは今、家族となった。ピアノは今日も穏やかに私を見守ってくれている。
