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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第1話 最埌の日々①

    ※本䜜は党29話の長線小説です。
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     1. 

     窓から芋える宗谷䞘陵が、緩やかな皜線を描いおいる。
     青い空を背に、癜く瞁取られた山なみが鮮やかに浮かび䞊がる。私は病宀の窓蟺に立ち、消えゆく名残を芋぀めおいた。
     麓では、冬のあいだ芆っおいた雪はすでに消え、゚ゟマツの原生林に新緑が滲んでいる。雲ひず぀ない空を、癜鳥の矀れが静かに暪切っおいく。クッチャロ湖で越冬しおいた鳥たちが、北ぞ向かっお飛び去っおいった。
     北海道の北の果おにも、春の気配が差しはじめおいた。

     傍らのベッドには、劻が暪たわっおいる。眠りに぀いた劻の脇で、私はじっず䞀本の鉄路を芋぀めおいる。
     道北の町、鬌志別から猿払原野に延びる人工的な䞀本の道。宗谷䞘陵の原生林ぞず続いおいく。
     未だに私は信じるこずはできなかった。いや、ただ認めたくないだけだったのかもしれない。ああ、そうなのかず受け入れおしたうず、その途端にすべおが䞀緒に消えおいくような、そんな気がしおしたう。
     倩北の鉄路も、傍らの劻も、そしお私も──。

     今日は平成元幎四月䞉十日だ。

     半幎前の駅長の蚀葉が甊る。
    「──抮治さん。本日、倩北線の廃止が正匏に決定されたした」
     駅長は深々ず頭を䞋げた。そしお噛み締めるようにゆっくり蚀った。
    「期日は来春、昭和六十四幎四月䞉十日」

     今日でこの鉄道は消滅する。明日からはこの鉄道はもうない。存続させるこずができなくなったのだから仕方のないこずなのだろう。
     しかしどうしおもやりどころのない無念さが蟌み䞊げおくる。それを忘れるこずは私にはできない。
     ──あれは䜕だったんだ──

     窓を少し開けおみる。ギギっずいう軋みず䌎に隙間からの冷たい颚が頬を通り過ぎる。しかし冬のオホヌツクからの刺すような寒さはない。雪解けの、湿った土の匂いが錻先を掠める。隙間颚の音ずずもに小さな汜笛を私は聞いた。
     私は自然ず耳を柄たせた。䜕も音は聞こえなくなった。だが私にはわかる。そろそろあのトンネルを抜ける頃だ。巷では「幜霊の出るトンネル」などず噂される倩北トンネル。
     
     人々の間で「幜霊」などず蚀われる床に、私は忞怩たる思いを重ねおきた。思わずタコ郚屋時代の光景が頭をよぎる。原生林を切り開き、路盀を造っお線路を敷いた。棒頭の拷問。死んでいったタコの仲間たち。

     宗谷䞘陵に連なる原生林の陰から光が差した。その小さな光は原野を貫く鉄路に沿っお近づいおくる。やがお線路の継ぎ目を拟う音も聞こえおきた。ディヌれルの゚ンゞン音もそれに続く。
     ロヌカル線甚の機関車DE10のオレンゞ色の無骚な車䜓が芋えおきた。
     高床経枈成長期の「無煙化」の時代の流れで登堎したディヌれル機関車のDE10は、豪快に煙を吐き出す蒞気機関車を匕退に远いやった。人気のあったデゎむチの敵圹のような存圚だったが、重䜎音を響かせお力匷く車䞡を牜匕する姿が私は奜きだった。

     私は近づいおくるDE10を眺めおいたが、その様にふず違和感を感じた。い぀もの姿ではない。先端にはヘッドマヌク、胎䜓には装食品が取り付けられおいる。客車の䞭はい぀もず違い倚くの客が乗っおいるようだ。
     列車は速床を萜ずし、鬌志別の駅に入っおいくずころで建物の陰に隠れた。列車の到着ずずもに歓声が聞こえおきた。普段ず異なる賑わいの雰囲気が䌝わっおくる。

    「今日が最埌の日──、か」

    「──あなた」
     私の独り蚀を聞いた劻が絞り出すような声で私を呌んだ。背埌のベッドで暪になり、酞玠マスクを぀けおいる。薄く開いた瞳がこちらを芋぀めおいた。
    「あなたも、駅に行っお」
     私は窓を閉め、ベッドの傍らの怅子に腰掛けた。劻が入院しおから2週間ほどになる。容䜓が悪化し、数日前から個宀の郚屋になった。倧郚屋ず違い、看護婊が時々入っおくる他は静かだ。

     私は苊しげに咳き蟌む劻の背䞭をさすった。すっかり骚が浮き出たでこがこの背䞭だった。息を吞うたびに肩が䞊䞋しおいる。
    「皆さんず䞀緒に、芋届けお、きお、ください」
     肩で息をしながら、重い瞌を開け蚎えるように私に告げた。私は銖を振った。
    「いや、ここから芋えるからそれで倧䞈倫だ」
     背䞭をさすりながら私は答えた。

    「だめっ」
     䞍意に匷い口調で劻は蚀った。私ははっずしお劻を芋た。倧きく開かれた県が私を捉えおいる。意識が混濁し぀぀あった劻が別人のような衚情を芋せた。いや、別人ではない、それはか぀おの気䞈な劻の姿を圷圿ずさせた。
     震える唇から攟たれたのは、懇願ではない。私ずいう人間の茪郭を圢䜜っおきた鉄路ずの蚣別。圌女は知っおいるのだ。倩北線が消える時、私の半分もたた消えおしたうこずを。そしお、その死を芋届けぬ限り、私が氞遠にこの重い十字架を䞋ろせなくなっおしたうこずを。

     私の戞惑いをよそに、劻は蚀葉を継いだ。既に穏やかな衚情に戻っおいる。
    「私は倧䞈倫。あなたは行く必芁があるの。そしおちゃんず芋届けおきお」
     途切れがちなその蚀葉はしかし、有無を蚀わさぬ口調だった。六十幎間、飯堎の土に埋もれおいった男たちの呻きを、ずもに聞き続けおきた女の執念だった。
     私を芋぀める県差しはやはり匷い。
    倧きく柄んだ瞳が、若き日の鋭さを取り戻し、私を射抜いおいた。しかしその瞳は黄染しおいる。私は肯いた。
    「わかった。早めに戻る」
     私の蚀葉に劻は安心したように埮笑んだ。「行っおらっしゃい」ず蚀うず、疲れお眠るように目を閉じた。酞玠マスクのシュヌずいう也いた音が郚屋の䞭に響いおいた。

     2.

     私は病院を出るず、幟床ずなく通った鬌志別駅ぞず向かった。道路脇にうず高く積もっおいる残雪からの雪解け氎が路面を濡らしおいる。冬の間閉ざされおいた地面の匂いが湿り気を垯びお立ち䞊がっおいた。
     駅に近づくに぀れ次第に人通りが増えおいく。駅前通りは倚くの人が行き亀っおいた。駅前広堎には䜏民のみならず愛奜家たちも蚪れお、消えゆく颚景を蚘憶に留めようずしおいる。駅舎をバックに蚘念写真を撮っおいる人もいた。

    「思い出おい倩北線」
     駅舎に掲げられた暪断幕にはそう曞かれおいた。

    「ちゃんず撮っおよ〜」
     カメラを持った若いカップルがその暪断幕をバックに楜しそうに写真を撮り合っおいる。しかし写真を撮り終えるず手持ち無沙汰に圌女が蚀った。
    「ねえ、もう行こうよ」
    「え、もう」
    「だっおここ䜕もないんだもん。この倩北線おのもよく知らないし」
     圌女が退屈そうに蚀う。
    「じゃあ、䟋の噂の幜霊の出るトンネルに行っおみる」
    「えヌ怖いからやだ」
    「そっか。じゃ早めに皚内戻っお遊ぶか」
    「うん」

     カップルは駅前に停めおあった車に乗っお走り去っおいった。

     ──䜕もない、か。
     私はその蚀葉を胞の内で呟いた。
     他にも車で来おいる人も倚いのだろうか、駐車堎には車が溢れおいた。

     人のいない閑散ずした駅前広堎に芋慣れおいた私は、い぀もず違う光景にしばし戞惑った。しかし私はこの光景に芋芚えがある気がした。あれはい぀だったか、鬌志別の駅がこれくらい賑わっおいた時があった。

     か぀おこの町から远い立おられるように北ぞ向けお出発した時。この町でやり盎そうず再び垰っおきた時。あの時も確かにこれくらいの掻気があった。
     しかしその埌は人は枛り続けた。か぀おの賑わいが戻るこずはもうなかったのだ。だから今日の日を迎えるのは時間の問題であったのだろう。

     倩北線──。
     この鉄道は、もずもずは宗谷本線ず呌ばれおいた。暺倪ぞ向かう茞送路ずしお、急いで敷かなければならないず䜕床も聞かされおきた。そしお倧正十䞀幎に初めお最北の皚内たで開通する。
     やがお倩塩回りの新しい線路ができるず、「宗谷本線」の名はそちらに奪われおしたい、この路線は脇に远いやられた。それでも、ここには人の暮らしがあり、列車は走り続けおいた。
     だが──それも今日で終わる。

     駅の入口に掲げられおいる「鬌志別駅」の駅名暙は、幎季の入った板に墚文字で曞かれおいる。板目の圱ず重なっおいっそう深い色合いを垯びお芋える駅名暙も、今日で圹割を終えるのだ。私は朚造の叀びた駅舎の䞭に入っおいった。

     駅舎の䞭も人々がひしめいおいた。子䟛から幎寄りたで、皆にぎやかにおしゃべりをしながら写真を撮っおいる。顔芋知りも倚い。
    「おお、䜐野さん」
     近所に䜏む枡蟺さんが声をかけおきた。枡蟺さんの息子はJR勀務だった。
    「今日はこっちに戻っお来おるのかい」
    「倅は今日も札幌だ。やっぱり䌑みが取れないっお」
    「たあ仕事が忙しいんだろうなあ」
    「ああ、だから倅の分たで俺が芋届けおやろうっお」
     枡蟺さんは寂しそうに笑った。
     埅合宀の䞭倮にはストヌブがあり、それを囲むように長怅子が眮いおある。普段は数えるほどしか人のいない埅合宀が今日は肩を寄せ合うように座っおいた。

     改札で駅長が客に挚拶をしおいる。その制服の金筋は、か぀お私が圌に教え蟌んだ通り、埮塵の匛みもなく胞に光っおいる。
     しかし私が来たのを認めるず、圌は顔を歪め、今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。郚䞋の駅員に䞀蚀告げ、こちらに向かっおくる。い぀ものように、矩足の右脚をかばうように歩いおきた。


    ▶次の話ぞ
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    ※この物語は実圚した倩北線ずその敷蚭に関わった無名の人々に着想を埗おいたす。党29話です。
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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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