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【道標は、】現在地のまなざし日本の新進作家 vol.21 東京都写真美術館

    薪

    実は前回vol.20を見逃している。
    こういうのはなるべく毎年ちゃんと追っていたく、この展示そのものよりその後を追いたくなる。気になる。

    「写真新世紀」も2021年に公募終了をした今、東京都写真美術館は新進気鋭の作家をちゃんと見つけ続けてくれるのなら、その役割はちゃんとあるんだろう。

    気になった作品

    大田黒衣美|Otaguro Emi


    猫の背中が絨毯ようだ。

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    でかいな


    画面いっぱいにモケモケしている。
    なんだろうな、ちょっと金色の草原っぽくもある。猫の背中なんだけど。
    実物よりかなり大きく拡大された猫。
    なんか「フフフ」と笑ってしまう。


    かんのさゆり|Kanno Sayuri


    震災後の風景を撮っていくこと
    90年代にホンマタカシが撮った郊外の開発風景とは似て異なるが「開発」風景の写真である。
    元に何か、生活があった場所を「再開発」なのか。「復興開発」なのか。

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    一定の速度で通り過ぎたような感覚
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    車の窓から見た感覚
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    チョコレートケーキみたいだな
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    フェンスのズレは実物のズレ。
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    こういうの、子供の頃見てたな


    「開い」て、「発展」させる、で開発で良いのかな。
    そうなるとこの場所は自然の力によって「開かれ」てしまった所を人が新たに発展させているのか。

    開発の語源を調べてみると

    もとは仏教用語で、仏性を開き発(ほっ)せしめること。かいほつ

    あぁ諸行無常の世界だな。
    移りゆく風景を写真に残す。ただその風景がずっと続くとは限らない…まさに諸行無常。


    金川晋吾|Kanagawa Shingo


    私的な写真と共に綴られる「解説」の様な「エッセイ」の様な、「お断り」の様な、「言い訳」の様な。面白い文章だ。
    展示室にA4ペライチの文章が置いてあるので読むのがおすすめ。

    常識や観念なんてトレンドの様なもので、その時代時代を色濃く反映する。
    「不確か」こそ確かだな、と。
    いわゆる一般的な人には認めてもらえないだろう貞操観念だけれども、理解はして欲しい。そんな感情が文章から薄っすら透ける。

    しかしそもそも、「貞操観念」というもの自体が宗教的観念を女性に対して強く言い出したこと、だけであるのにな。
    なのであれば「日本の常識」って近代以降の諸外国からの影響を受けて育っただけの常識であって、そこまでとらわれる必要は無いのかも、と思わせる。

    宗教を道徳としている国と、哲学的に捉えている国ではズレが起きるだろう。禅の思想だって禅宗としてではなく哲学っぽく見せたから、ジョン・ケージを始め宗教の違うアーティストにも受け入れられたのだろうし。

    百瀬文氏の言う「私の体は私のもの」と言うのは当たり前なんだけど、でも当たり前を実現出来てないよね、の再提示なんだと思う。

    人の感情だけの問題なら、本来当事者間で決めれば良いものの、世間体や観念、常識、非常識にとらわれ始めるとややこしくなる。

    そしてそれを人に押し付け始めると、窮屈になる。
    他人に干渉してくる人間の声がデカいと、それが「常識」と思われる。
    深い思慮なんてなくてもな。
    干渉的な視点なだけなのに。
    さらに干渉が好きな人間もややこしいけれどいる。

    「はぁ〜」と思いながら目の前の部屋の中の写真を見ると、生活が剥き出して、その生活から垣間見える「埃」をみつけ、(あぁここ、掃除しにくそうだなー)とか思っている。この3人の誰が掃除するんだろ?とか気になり始めていた。

    写真としては不穏さのない、明るい光の写真が多い。(写真は撮ってなかったので、ない)

    このあと千葉市美術館の作りかけラボのワークショップにも参加をする機会があったが、写真を撮る、撮られるってどういうことだろう、と考えている写真家なのだろう。

    そして最後。

    原田裕規|Harada Yuki


    行き場をなくした写真の山は思わず手に取って色々眺めてしまった。
    解説には「古い写真」とあったが、パッと年代を見るとほぼ90年代、平成年間の写真で自分が構えていた昭和の写真はあまり無いことに小さな衝撃を受けた。

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    古いアルバムの中に〜♪と歌えるような状況じゃない。
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    古い、写真の概念とは。


    古い写真、と言われて1970年代〜を思い浮かべてしまったが、古い写真って1980年代〜だった。自分の中で「古い写真」認識のブレを感じてドッと疲れが出た。

    しかし、ここをピークに写真そのものは遺品として減少していくのだろう。2008年辺りを過ぎた辺りからデジカメ、スマホが主流になっていくと、残される写真プリントというのは減っていくのかも。

    ひところ、インターネット廃墟なんて言葉があったけれど某SNSの追悼アカウントまとめ、とか、出来てしまうのか。
    昨年急逝した往年の元アイドルの最後の投稿がルイーズ・ブルジョワ展の写真と感想投稿だったことがずっと胸に引っかかっている。彼女が撮った写真はずっと残り続けるのだろうか。


    唸りながら速度の遅いエレベーターに乗る

    「数人の写真家の作品」を見ただけでこれだけ目眩く気持ちになってくる。言葉が溢れてくる。
    展示室はワンフロアだけなのに。展示点数もそんなに多くないのに。
    写真美術館、お見事。

    追記

    ※もう書き留める力は残っていないが、千賀健史|Chiga Kenjiの柄特殊詐欺の作品も凄かった。高齢の親を持つゆえ他人事ではないのだけど。あれなんか注意喚起に使えんかね。


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    薪

     
     
    主に美術鑑賞記録用。自分の視点で自分の感じたことを書き連ねる用。好き: 赤瀬川原平 現代美術 日本美術 B'z 服 県立美術館を地道に訪問中 80年代に千葉市で生まれ92年〜現在都内で生活中 。中3と小6男子の親。仕事はアパレル業界を経てデジタルマーケ業務。女子美服飾科卒

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