朝、冷凍バナナを解凍する
「あー!!」
はじけるような声が耳元でします。
ゆっくり目を開けると、満面の笑みの息子がベッドのふちをぺしぺし叩いています。
「ほらいまオムツかえてるから待って!」
妻はオムツ片手に息子を抱き上げていきました。
初夏の朝はどうもちょうどよく部屋にささって、ちょっと目覚めにはまぶしすぎます。
「仕事かあ…」
こんな日の朝の最初の一言がこれじゃあ、せっかくのお天気ももったいないけれど。
こういう日の朝は、私も妻も家中のそこかしこに置いてある時計を何度もみます。
私が仕事に行くまで、妻が息子を保育園に届けてから仕事に向かうまで、あと50分。
もしかしたら30分くらい早くなってるんじゃないかって思いながら何度か見るけれど、
何度見たって時計は当たり前に決まったペースで時間が過ぎるのを示すだけ。
早かったり遅かったりするのは、いつだって私たちの方なんです。
妻が息子と追いかけっこしながらどうにか保育園の準備を進める中、私は朝ごはんの準備にとりかかります。
ご飯作りは、妻が妊娠中に動けなくなった頃からずっと私の担当です。
フライパンにクッキングシートを敷き、ちょっとだけ油をのせる。つもりで、ちょっと多めに出ちゃう。
ああまだ眠いや…と思いながら鮭を乗せ焼き始めます。ぱち、ぱちぱちと鮭の脂がはぜる音が、少しずつ寝ぼけ頭の歯車を噛み合わせていきます。
「ねぇ、この子のごはんできてる?」
妻が息子を食卓の椅子に座らせています。
息子は、漂う焼き鮭のにおいで、自分のご飯だと勘違いして目をキラキラさせています。
ごめんね、今日のあなたの朝ごはんは鮭じゃないんだ。
代わりに冷凍バナナをレンジで解凍して、ヨーグルトをかけて、じゃくじゃくかき混ぜて、
簡単に息子の朝ごはんの出来上がり。共働き夫婦の生き抜く術です。
「んまー!!」
妻に食べさせてもらいながら、息子はぱちぱちと手を叩いています。
ずいぶん嬉しい様子。
こんなすごい手抜きの朝ごはんなのに、私が食べさせてあげてるわけでもないのに、
こどもにごはんで喜ばれるのって、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
1年前、息子が生まれたばかりのあの日。
今と違って泣くか飲むかしかできない、ちっちゃくてつぶれちゃいそうな息子が、必死にミルクを飲み、やつれた顔の妻は優しく見守る…
その瞬間に私が立ち入ることはできないけれど、それでもなんだか嬉しい気持ちになっていました。
夕方、やっとお腹がふくれた息子が寝ている隙をみて、妻にちょっと寝ててと気休めを言いながら、私はそっと家を出てスーパーへ向かいました。
食品売り場で、ざっと数日分の食材を買い込んでいきます。
鮭、さば、豚バラ豚ロース、鶏もも、根菜…なんだかいつもより肉を多く取ってしまいます。
いつもの感じで買い物カゴに入れていくけれど、その日はどうもカゴがいつもよりパンパンで入りきりません。
目についた安い鶏肉も、いつもより大きめのナスやトマトも、カゴに入れる手が止められない。
結局レジに行くと、いつもの買い物の倍くらい、買い込んでしまっていました。
今や息子は、バナナヨーグルトを食べ終わった瞬間に家中をハイハイして次のいたずらを探し回っています。体もだいぶ大きくなって、あの頃の面影は、食卓に飾った当時の写真と見比べてもうっすらと残るだけ。
妻は、「ほら時間ないから!」と逃げる息子を捕まえて、急いで保育園へ向かいます。
2人の背中を見届けてから、私も急いで職場に向かいます。
きっと、冷凍バナナじゃ足りなくなる日が来るから。
