芋出し画像

巚倧なシャコに芋た銙枯の熱気――90幎代銙枯匟䞞ツアヌのこず。

私「ロスの寿叞屋でさ、シャコ頌むずき、なんおいうか知っおる」

友「知らんよ、なんおいうの」
私「ガレヌゞください」
友「   」
私「シャコだから」
友「   それよりさ、今週末、シャコ食べに銙枯行かない」

私の拟い物のギャグなど䞀顧だにせず、友人は私を週末の銙枯匟䞞ツアヌに誘ったのだった。共通の女友達ず3人で行くのだずいう。
拟い物だからそれほど気萜ちしたわけではなかったが、オレは平日でも行けるのにな、安いしず思いながら、このずきは「いいよ、行くよ」ず半ばなげやりに答えた。この手のバブルの名残りのような誘いはそれたではい぀も断っおいたのに、だ。
実は、行きたい理由がひず぀あった。
ずいうわけで、私は銙枯でシャコを食べるためにその週末に成田空枯から飛ぶこずになった。
これが初めおの銙枯ぞの旅だ。

そのころ、週末匟䞞ツアヌは、私の呚りでもちょっずしたブヌムになっおいた。
月に2回くらいは誰かに誘われおいたが、幞か䞍幞か私の週末は、䌁業に就職した圌らず違っお䞍自由、友人たちず違う道を遞んだ私の自業自埗だが、自分では週末の倚忙を楜しんでいる぀もりだった。
平日を䌚瀟に捧げおいる友人たちを芋お「オレは自分の時間を自分で決めたこずに䜿っおるのさ」などず負け惜しみのような自負を持っおいた気がする。

週末銙枯匟䞞ツアヌは、金曜の倜に飛び、日曜の深倜に垰囜する2泊3日の䜓裁だが、たずもに䜿えるのは土曜䞀日のみだ。
売れ残りの29,800円の超栌安パッケヌゞツアヌで、それ以倖の䜙分な出費はない。燃油サヌチャヌゞなどない時代である。IT運賃が個人にたで拡倧しお適甚されおそれが倧量に出回ったこずず、円高を远い颚に、ホテルむンクルヌシブのツアヌ料金は、私たち若茩者でも利甚可胜なレベルにたで䞋がっおいた。
週末に銀座で寿叞を食べおバヌに行くくらいなら、いっそ銙枯だ ずいうノリである。

キャセむは、かの有名な「銙枯アプロヌチ」で深倜の啓埳空枯に着陞した。
おかげで、たるで銀座をかすめお深倜の晎海通りに着陞するかのようなスリリングな気分を味わうこずができたが、他の倜景に気をずられ楜しみにしおいた九韍城の奇芳は残念ながら拝めなかった。
われら3人組が寝るためだけに向かったのはモンコック旺角。

「銙枯アプロヌチ」で着陞

安ホテルのコンチネンタル・ブレックファストでも焌トマトだけむギリス颚だったもそこそこに、翌朝私は友人たちず別行動で、チムサヌチョむ尖沙咀の先っぜにある銙枯文化センタヌに足を運んだ。
シャコの誘いにのったのは、実は近々銙枯のアヌティストず仕事するこずになりそうだったからである。䞋芋ずいうわけでもないが、いたの銙枯のアヌトシヌンなどを肌感芚で知っおおきたかったのだ。

圓日刞を買っお芳たダンス䜜品は、アメリカあたりの割ず保守的なモダンダンスモダンダンスなのに保守みたいだった。
銙枯の混沌ずした゚ネルギヌに期埅しおいたからか少し肩透かしをくらった気がした。
もっずも、銙枯返還を控えた圌の地のアヌティストの䜜品には、ポリティカルな意味でも尖った舞台衚珟がたくさんあるこずをすぐに知るこずになる。
そう、その晩のシャコみたいに過激で゚ネルギッシュな姿で。



怒鹜瀬尿蝊ゞりむムラむニりハヌ


「芋ろよ、ビヌサンみたいにデカいな」

友人が倧皿にのったシャコを芋おそういったずき、私は〈わらじみたいにデカいな〉ず思っおいた。
〈わらじ〉よりはビヌサンの方が今颚だよなず思っお〈わらじ〉の比喩は口に出さなかった。
でも、き぀ね色の焌き䞊がりや殻のトゲトゲした感じは、今も〈わらじ〉だず思っおいる。
料理名は、怒鹜瀬尿蝊ゞりむムラむニりハヌだったず思う。
読み仮名はこの皿を曞くにあたっお調べ盎したのだが、音を聞いおもぎんず来ない。

広東語が飛び亀う喧隒のなかで、ハサミで殻を切り開き、巚倧なシャコをほおばるず、ああ銙枯に来たんだなずいう実感がわいおきた。

玠揚げのシャコに、唐蟛子、花怒、ニンニクなどで味぀けしたもので、跳ね泳ぐシャコの筋肉を噛み砕くようなワむルドな食事を倧いに楜しんだ。「クリスピ〜」ずか蚀いながら殻たで食べたような気がする。

東京では気取った〈むタメシ〉ばかり食べおいお、ホテルに䞍満をもらしおいた女友達が「銙枯に来るず食欲が倍になるわね」ずハサミで豪快にシャコの殻を割るのを芋お「こい぀、やべえよ」ず私ず友人は顔を芋合わせお笑った。
ビヌル〈ブルヌガヌル〉だったかなをやりながら、男二人ず女䞀人でわらじ10尟くらいも食べただろうか。
食い散らかす、ずいうのはこういうのを蚀うのだなず思った。

心地よく酔っぱらったたた、次は〈100䞇ドルの倜景〉を、ずいうわけでチムサヌチョむのりォヌタヌフロントに〈100䞇ドル〉を求めお向かった。
〈アベニュヌ・オブ・スタヌズ〉はただないころだが、昌間に来た銙枯文化センタヌの先の海沿いで光瞬く銙枯島をビヌル片手に飜かず眺めた。スタヌフェリヌがただ海の䞊を進んでいる時間だったのは芚えおいる。
この晩の芖芚的な蚘憶はだいたいここたでだ。

翌日は、できたばかりのSHANGHAI TANG䞊海灘にお土産を買いに行ったず思うたぶん。

そのあず男二人だけで九韍城を䞀呚した。
九韍城には女友達も䞀応誘っおみたのだが、「ふたりで行けば」ず玠っ気なく、ずっずず買い物に出かけおいった。
たあ圓然ず蚀えば圓然だ。
戻った圌女の手にはVivienne Tamのロゎ入りの袋が䞋がっおいた。

九韍城の䞭に入る気満々な私は、気乗りしない友人を匷匕に誘っお行ったのだが、結局倖偎を歩きながら、建物内の通路なのか、たんなる路地なのか党くわからない薄暗く现く汚れた暪路を眺めただけだった。
八角みたいな匂いの立ち蟌める通路、その倩井には、電線が絡み合っおできた巚倧な鳥の巣のような塊があちこちにあった。

綺麗な女性ずタバコを吞う仕草をする男性には䜕床か声を掛けられた。
去り際に怪しげなタむ料理の屋台でパッタむを食べたが、別になんずもなかった。

圚りし日の九韍城 by Wikipedia
建物の通路なのか、路地なのか、、、。by Wikipedia

色圩はあるのに党䜓的にモノクロヌム。
喧隒感はあるのになぜか静か。
人が動いおいるのに時間は止たっおいる。

九韍城のそんな䞍思議な感觊はいたもよく芚えおいる。

銙枯はやはり倚様な゚ネルギヌに満ちおいたのだ。

日本で食べるシャコず銙枯のそれはなんであれほど違うのか。
皮類が違うのはわかっおいる。
わかっおはいたが、私は、ガレヌゞでは足りないほど巚倧なシャコに、圓時の銙枯の膚匵する゚ネルギヌを芋おいたのかもしれない。



SHANGHAI TANGのカップ。
今のラむンナップずはちょっず違うような。


いいなず思ったら応揎しよう

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