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「容姿」という額縁から抜け出しコンプレックスで悩まないために

鏡をのぞき込む、誰かのために

私は自分の姿を鏡で見るのが嫌いではない。

かといって、特別に愛でているわけでもない。ただの豚だし、これが私の輪郭だ。それ以上でも以下でもない。

けれど、サングラス越しに世間を眺めていると、どうにも不思議な気持ちになることがある。

街を歩く人々は、みんな自分の輪郭を隠したり、装飾したり、あるいは必死に削り取ったりしているように見えるからだ。

頭の上で、黄色い羽の大福が忙しなく羽繕いを止めて、ふと窓の外の雑踏に目を向けた。

「ねえ、ロクさん」

「なんだい、大福」

「人間ってさ、どうしてそんなに自分の姿を気にするんだろうね。街の人、みんな鏡やショーウィンドウの反射ばかり見て、なんだかすごく苦しそうだよ」

大福のその言葉に、私は少しだけサングラスを指で押し上げた。

そう、大福の言う通りだ。多くの人間は、生まれ持った輪郭という名の「容姿」に、一生をかけて戦いを挑んでいるように見える。

「そうだね。私にはよくわからないけれど、みんな自分という形に、誰かの評価という名の名前を付けすぎてしまうのかもしれない」

「それって、なんだかすごく重たいね」

大福が私の頭頂部で、小さくため息をついた。

私自身は、自分の姿に何の不満もない。豚であることに誇りもなければ、恥じることもない。けれど、このサングラスの向こう側に、自分の外見を呪うような視線が溢れていることだけは、否応なしに届いてしまう。

もし今、自分の輪郭に囚われて、出口のない迷路を歩いている人がいるのなら。

この黄色い相棒と少しだけ、私の視点から見える「容姿という物語」の話をしてみようか。


輪郭を気にするのは、誰のため?

カフェの大きなガラス窓が、まるで街の人々の「悩み」を映し出すスクリーンになっている。

行き交う人々は、自分の髪型を整えたり、服のシワを伸ばしたり、すれ違うたびに誰かの視線を気にしている。

大福は私のサングラスの縁に器用に掴まり、その様子をじっと観察していた。

「ねえ、ロクさん。みんな、あんなに一生懸命自分を直しているけれど、それって何のためなの? 誰かに、『お前はそれじゃダメだ』って言われたのかな」

大福が首をかしげる。その黄色い瞳には、人間の抱える複雑な自意識が、どこか滑稽で、少しだけ哀れなものとして映っているのかもしれない。

「さあね。誰かに言われたのか、あるいは自分が自分を否定しているのか……。たぶん、その両方じゃないかな」

私はコーヒーをひと口飲み、サングラス越しに景色を眺めた。

「人間は、自分の『輪郭』を他人の目というフィルターで見てしまう生き物なんだろうね。本当の自分はここにいるのに、鏡の中に映る『誰かの視線に耐えられる自分』ばかりを作ろうとしている」

「それって、面倒くさくない? ロクさんなら、そんなことしないよね」

「もちろん。私は私だよ。この鼻も、重たい体も、サングラスの奥にある視線も、すべてが私だ。誰かがそれをどう評価しようと、私の価値が目減りするわけじゃない」

大福は「ふうん」と言って、私の耳元で小さく羽を鳴らした。

「でもさ、それって『自分に興味がない』わけじゃなくて、『自分をちゃんと自分で見ている』ってことだよね」

大福の何気ないひと言に、私は少しだけドキリとした。

そうか。私が容姿を気にしないのは、自分のことをあきらめているからではなく、自分が自分自身の一番の理解者であり、一番の観客だからなのかもしれない。

世間という「他人」に席を譲り渡して、自分の人生をジャッジさせる必要なんて、本来はどこにもないのだ。

レンズを外して、世界に触れる

大福は、私のサングラスのテンプル(つる)を器用にくわえて、少しだけ私の視界を揺らした。まるで、「ほら、もっとちゃんと見ろよ」と促すように。

「ロクさん、みんなさ、自分を『見る』ことばかりに必死だけど、『世界に触れる』ことは忘れてるんじゃないかな」

「世界に触れる、か」

「うん。例えば、僕がロクさんの頭の上で羽繕いをしているとき、僕は自分の姿なんて気にしてない。ロクさんの髪の温かさや、吹いてくる風の冷たさを感じている。……それだけで、僕という存在は満たされるんだ」

私は思わず、サングラスをゆっくりと外した。

先ほどまでのセピア色の世界とは違う、昼下がりの少し強い光が部屋に満ちる。視界がクリアになる分、自分の姿も周囲の状況も、容赦なく「あるがまま」に目に入ってくる。

でも、不思議だった。

鏡を意識していた時よりも、こうして意識を「外の世界」に向けている時の方が、自分の容姿に対する執着が驚くほど薄れていることに気づいたんだ。

「そうか。私たちは、自分の輪郭を『見すぎる』ことで、世界との境界線をどんどん分厚くしていたのかもしれないね」

「そうだよ、ロクさん。鏡の中の自分と戦うのに必死で、世界と混ざり合うのを忘れてる」

大福はそう言って、私の鼻の頭に柔らかい足でちょこんと乗った。

コンプレックスとは、鏡の中に映る自分だけを切り取って、孤独に閉じこもる作業のことなのかもしれない。

でも、世界の中に一歩踏み出し、風を感じ、誰かと温度を分け合えば、自分という輪郭はもっと曖昧で、もっと自由なものに変わる。

「……大福、今日の夕方は少し散歩に行こうか」

「いいね! ロクさんの顔なんて誰が見てようと、夕焼けは綺麗だよ」

私は深く息を吸い込んだ。

サングラスは、またいつでもかければいい。でも今この瞬間は、裸眼で世界と混ざり合ってみるのも悪くないと思った。

鏡を置くということ

夕暮れ時の街は、一日の終わりを告げる淡いオレンジ色に染まっていた。

私はサングラスをポケットにしまい、裸眼のまま歩いた。すれ違う誰かの視線が、時折私の豚という姿に止まるのがわかる。

かつての私なら、それを「評価」として受け取り、無意識に身構えていたかもしれない。

けれど、今は違う。

頭の上で、大福が満足そうに囀(さえず)っている。

「ねえ、ロクさん。今日の世界はどんな色に見える?」

「そうだな……。鏡で見ていた時よりも、ずっとずっと広い色が混ざっているよ」

コンプレックスを抱えるということは、自分という物語を、鏡の中という小さな額縁の中に閉じ込めてしまうことなのかもしれない。

でも、本当の人生は、その額縁の外側にある。

風の匂い、夕焼けの温度、誰かの笑い声、そして隣にいる大切な相棒との温もり。

もし今、あなたが鏡の中の自分の姿に苦しんでいるなら、まずは一度、その鏡を置いてみてほしい。

あなたが気にしている「その部分」を、世界は少しも気にしていない。世界は、あなたが今日何を感じたか、どんな景色を見たか、誰と心を通わせたか……そんなことの方をずっと大切にしているから。

完璧な自分でいようと頑張らなくていい。

不格好な輪郭のままで、世界の中に溶け出してみよう。

ほら、見てごらん。
鏡の外側には、こんなに広い夕焼けが広がっているよ。

ロクと大福の、なんてことのない一日。

私たちは明日も、私たちの輪郭の内側を愛しながら、ぼんやりと生きていく。

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豚のロクさんは、キャラクターではない、よ。 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。もし「よかったよ」の気持ちがありましたら、そっとチップを置いていただけるとうれしいです。いただいた応援を、次のエッセイを書く力にします。