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ロジウラマスター #13 Side Story 「上書き」

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    「したいことがあるなら、若いうちにした方がいいよ」

    おでん屋のカウンターで、彼女は少し頬を紅くして笑った。

    彼女は、青年が仕事の昼休みに通う小さな書店の店員だった。
    青年より少し年上で、色白で物静かな印象の人だった。
    文芸誌の入荷を尋ねたことをきっかけに、少しずつ話をするようになった。

    「新刊のインクと紙の匂いが好きなの」
    そう話す彼女に、青年はいつしか好意を持っていた。

    ある日、脚立に上がる彼女のスカートから覗いた脚に、はがきほどの大きな痣を見つけた。
    彼女の白い内腿が痛々しく色付いていた。

    視線に気づいた彼女は笑う。
    「いつぶつけたのかしら。私って意外とドジだから」
    照れ隠しのような笑顔が、妙に胸に残った。

    その夜、初めて二人で飲みに来た。
    本屋からそう離れていないところに、評判が良いおでん屋が出来たので、青年は思い切って彼女を誘った。
    彼女は思っていたより酒が好きで、そして想像していたより話好きだった。
    青年の将来や恋愛の話を、年上らしく穏やかに聞いてくれた。

    「なんか暑くなってきちゃった」

    何杯目かの冷酒を口にしたとき、彼女は羽織っていたカーディガンを脱いだ。
    ワンピースの半袖の袖口から白い腕がのぞいた。
    半袖にちょうど隠れるくらいの白い肌にくっきりと朱色に縄の跡が浮かび上がっていた。

    青年は、その腕から目を離せなかった。
    誰が彼女を縛ったのだろう。
    彼女はそれを望んでいたのだろうか。
    それとも受け入れなければいけない立場だったのだろうか。

    想像するたびに、胸の奥がざらついた。
    知りたいのに、知りたくない。
    思い浮かべるたび、自分が蚊帳の外にいるような嫉妬だけが膨らんでいった。
    縄の跡を見ているはずなのに、その奥で静かに脈打つものばかりが気になった。

    「したいことがあるなら、若いうちにした方がいいよ」

    彼女はもう一度そう言って笑った。
    その瞬間、青年の胸に、恋とは違う感情が生まれた。

    噛みつきたい。

    彼女を傷つけたいわけではない。
    誰かが残した夜を、自分の痕跡で上書きしたかった。

    「ねぇ」
    彼女が少しだけ身体を寄せる。
    白い首がほんのりと紅く色づいていた。

    「そんな顔する人、初めて見た」
    青年は何も答えられなかった。

    青年の頭の中には、身動きが取れなくなった自分の知らない彼女がいた。
    そして、彼女のうな垂れた白い首が浮かんだ。

    彼女の腕の跡は、店を出る頃には見えなくなっていた。
    消えなかったのは、自分の中に残ってしまった欲望だけだった。

    その夜以来、女性の肌を見ると最初に目がいく場所が変わった。

    首筋だった。


     
     
    路地裏のBAR「ロジウラ」の夜。 看板のないBARに集まる、 秘密を抱えた人たちの話。 夜と匂いと会話をテーマにした、 少しフェティッシュで 大人向けな 短編連作小説を書いています。 Threadsでは作者のコメント、 XではBARマスターの呟きも 投稿してます。

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