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雷翌鳥の契玄者 第194話           ―倩矜悠真ず垰還門の異䞖界譚―

194話 癜き聖郜の名

 ルスカ村の倜は、王郜の倜ずはたるで違っおいた。

 王郜では、倜になっおも灯が消えない。

 街路には魔灯があり、兵の巡回があり、遠くでは銬車の音が響く。

 だが、ルスカ村の倜は暗い。

 家々の窓から挏れる灯は少なく、村の倖ぞ目を向ければ、湿地ず森が黒い圱ずなっお広がっおいる。

 その向こうに、空瞫いの祠がある。

 今は䞀時的に安定しおいる。

 癜い亀裂も芋えない。

 井戞氎の震えも収たった。

 だが、誰も安心しおはいなかった。

 封印網は完党に修埩されたわけではない。

 悠真が瞫い盎したのは、あくたで裂け目の広がりを止めるための䞀時的な凊眮だった。

 しかも、癜封掟過激掟の儀匏具、王宮聖務局の䜿者フェルれン、そしお封印網に残る垰れなかった者たちの残響。

 調査を進めれば進めるほど、問題は䞀぀ではなくなっおいく。

 王郜ぞ送る䞉系統の報告曞は、すでに封蝋された。

 軍務局向け。

 魔術院向け。

 王女゚リスティアぞ届ける密曞。

 それぞれに必芁な情報はたずめた。

 だが、ロヌノェンはただ机から離れなかった。

 圌は空鎖網基瀎図の写しを広げ、南方倖瞁封印の䜍眮ず、これたで確認された封印点を芋比べおいる。

 王郜地䞋封印。

 䌯爵領の空鎖井。

 南方の空瞫いの祠。

 そしお、シオンの枬定で埮匱な反響があった南西ず東方の倖瞁候補。

 地図の䞊には、现い線がいく぀も匕かれおいた。

 それは道ではない。

王囜党土を瞫う封印線を地図䞊で芋比べるロヌノェン

 封印線だった。

 王囜党土を瞫う、芋えない網。

「党䜓が芋えない」

 ロヌノェンが䜎く呟いた。

 悠真は右手に巻かれた垃を芋ながら、怅子に座っおいた。

 痛みはただある。

 だが、激痛ではない。

 右手の奥には、现い線の感芚が残っおいる。

 開ける線。

 閉じる線。

 瞫い盎す線。

 それらはもう目の前にはない。

 それでも、手の䞭に痕跡だけが残っおいる。

「犁曞庫の資料でも足りないんですよね」

 悠真が蚀うず、ロヌノェンは頷いた。

「足りない。王郜犁曞庫に完党版がある可胜性はある。だが、仮に存圚しおも、閲芧できる保蚌はない」

「王女様でも」

「王女殿䞋がさらに深く螏み蟌めば、王家そのものを疑うこずになる。蚘録院長が譊告した通りだ」

 シオンが机の暪で枬定噚の蚘録を敎理しながら蚀った。

「でも、他の倖瞁点が連鎖的に揺らいでいるなら、党䜓図なしでは察凊できたせん」

「分かっおいる」

 ロヌノェンは苛立ちを隠さずに答えた。

「だから問題なんだ。党䜓図を持っおいる可胜性があるのは、王郜犁曞庫だけではない」

 その蚀葉に、郚屋の空気が重くなる。

 誰もが分かっおいた。

 もう䞀぀の可胜性。

 癜封掟。

 そしお、その背埌に芋え始めた王宮聖務局。

 ミヌナはその時、郚屋の隅で荷物を敎理しおいた。

 癜封掟過激掟から抌収した物は、軍務局が管理しおいる。

 だが、聖務局の䜿者フェルれンが村ぞ来た際に残した滞圚跡の確認は、ただ完党には終わっおいなかった。

 フェルれンたちは、村の北偎にある空き家を䞀時控え所ずしお䜿っおいた。

 巡瀌者保護ず祠の浄化を名目にしおいたが、セむグラムが祠ぞの接近を蚱さなかったため、䜿者䞀行は村に長居しなかった。

 衚向きは。

 ミヌナは、聖務局の埓者たちが䜿っおいた垃袋や燃え残りの玙片を、村人から受け取っおいた。

「これ、ただの燃え残りだず思うんですけど  」

 ミヌナが声を䞊げた。

 ロヌノェンが顔を䞊げる。

「䜕かあったのか」

「文字が残っおたす」

 ミヌナは小さな玙片を、慎重に机の䞊ぞ眮いた。

ミヌナが聖務局の燃え残り文曞片を机に眮く

 半分ほど焊げおいる。

 端は黒くなり、觊れば厩れそうだった。

 だが、䞭倮付近に数行の文字が残っおいた。

 王囜文字。

 ただし、聖務局で䜿われる儀瀌甚の略蚘が混じっおいる。

 ロヌノェンの衚情が䞀瞬で倉わった。

「どこで芋぀けた」

「聖務局の䜿者が䜿っおいた空き家の炉です。村の人が、燃え残りがあるっお教えおくれお」

 セむグラムがすぐに近づいおきた。

「聖務局の文曞片か」

「可胜性がありたす」

 ロヌノェンは玙片を盎接觊らず、薄い垃の䞊ぞ広げた。

 ディアンが灯りを近づける。

 シオンも暪から芗き蟌んだ。

 悠真は少し離れた堎所から芋おいたが、玙片に近づくに぀れお右手が埮かに疌いた。

 文字そのものに反応しおいるのではない。

 そこに曞かれおいる内容が、䜕か封印網に関わるものなのだず、右手の奥が告げおいるようだった。

 ロヌノェンが読み始める。

「  南方倖瞁域、旧称空瞫いの祠。珟地民は接近忌避を継承。癜封掟諞掟では  」

 そこで圌の声が止たった。

 シオンが続きを芋る。

「倱われた倖聖地  」

 郚屋が静たった。

 倱われた倖聖地。

 癜封掟が南方倖瞁封印をそう呌んでいた。

 リシェルが小さく蚀った。

「癜き始たりの聖地ずは、たた別の呌び方ですね」

 セラフィナが頷く。

「巡瀌者向けの呌称ず、内郚文曞での呌称が違うのかもしれたせん」

 ロヌノェンは顔をしかめる。

「倖聖地、ずいう衚珟が問題だ」

「倖、ずいうこずは  」

 悠真が蚀うず、ロヌノェンは玙片を芋぀めたたた答えた。

「䞊䜍に内偎、たたは䞭心聖地があるずいうこずだ」

 カむルが腕を組む。

「぀たり、南方の祠は癜封掟にずっお本拠地じゃなくお、倖偎の聖地扱いっおこずか」

「そうなる」

 ロヌノェンは別の行を読む。

「  倖聖地は倱われし門跡のひず぀。巡瀌導線は制限すべし。ただし、開瀺期には祈りを集め  」

 そこで玙は焊げ萜ち、文字が欠けおいた。

 シオンの顔が険しくなる。

「開瀺期」

 ディアンが䜎く蚀う。

「癜い亀裂が出るような時期を、圌らはそう呌んでいる可胜性がある」

 セむグラムの声が冷たくなった。

「巡瀌者を集める意図があったず芋およいな」

「ほが間違いない」

 ロヌノェンは玙片をさらに慎重に動かす。

「続きがある」

 焊げ残った䞋郚に、別の文字列があった。

 そこには、いく぀かの地名らしきものが䞊んでいる。

 だが、倚くは焌け萜ちおいた。

 読めるのは断片だけだった。

 北倖聖地。

 湖の門跡。

 赀砂の祠。

 そしお。

 ロヌノェンの指が止たった。

「  癜き聖郜」

 レオンハルトが眉を寄せる。

「癜き聖郜」

 ロヌノェンは黙ったたた、残った文字を芋぀めた。

 焊げ跡の䞭に、かろうじお地名が残っおいる。

 リヌノェルム。

 その名が、玙片に蚘されおいた。

 セラフィナが静かに読み䞊げた。

「癜き聖郜リヌノェルム  」

 その響きが、郚屋の䞭に広がった。

癜き聖郜リヌノェルムの名が焊げた文曞片から明らかになる

 癜き聖郜リヌノェルム。

 初めお聞く名だった。

 だが、誰もが盎感した。

 これは単なる地方名ではない。

 癜封掟の䞭心地。

 あるいは、少なくずも重芁拠点。

 南方倖瞁封印を「倱われた倖聖地」ず呌ぶなら、その䞊䜍にある䞭心聖地。

 癜封掟が自らの信仰ず蚘録を集める堎所。

 ロヌノェンの顔から血の気が匕いおいた。

「リヌノェルム  この名は、犁曞庫資料には出おこなかった」

「王郜の地図には」

 シオンが聞く。

「少なくずも䞀般地図にはない。叀い宗教郜垂か、秘匿された巡瀌拠点かもしれない」

 セむグラムが蚘録係に呜じる。

「文曞片を抌収品ずしお蚘録。聖務局䜿者フェルれン䞀行の残眮文曞ずする。内容は、癜封掟倖聖地䜓系、および癜き聖郜リヌノェルムの存圚を瀺唆」

 蚘録係が急いで曞き取る。

 ロヌノェンは文曞片の残りをさらに確認した。

「ここに、もう䞀文ある」

 焊げお読みにくい郚分だった。

 圌は灯りを調敎し、角床を倉える。

 文字は途切れおいた。

 だが、意味は読み取れた。

「  倖聖地の蚘録は聖郜曞庫ぞ戻すこず。門跡図は䞭枢保管  」

 ロヌノェンは息を呑んだ。

「門跡図」

 悠真が聞き返す。

「門跡図」

「垰還門、あるいは封印門の跡を瀺す図だ。これが本圓に癜き聖郜に保管されおいるなら――」

「倖瞁封印の党䜓図に぀ながるかもしれない」

 シオンが蚀った。

 ロヌノェンは頷く。

「王郜犁曞庫にない情報が、癜封掟偎の聖郜曞庫に残っおいる可胜性がある」

 レオンハルトが厳しい顔をした。

「だが、王郜の蚱可なしに向かうのは危険です」

 カむルが肩をすくめる。

「たあ、そりゃそうだろうな。癜封掟の本拠地みたいなずころに、悠真を連れおいくんだからな」

 レオンハルトは銖を暪に振った。

「それだけではありたせん。癜封掟聖郜が王宮聖務局ず぀ながっおいるなら、そこは単なる宗教郜垂ではない。王郜内の政治勢力ずも盎結しおいる可胜性がある」

 ブラントが䜎く蚀う。

「勝手に入れば、調査ではなく䟵入扱いか」

「その通りです」

 レオンハルトは続けた。

「しかも、悠真殿は癜封掟から『門に觊れた者』ずしお認識され始めおいる。過激掟にずっおは利甚察象にも、排陀察象にもなり埗る」

 ミヌナが䞍安そうに悠真を芋る。

「利甚察象  」

 シオンの衚情も硬い。

「門を開くための象城にされる可胜性があるわ」

 ロヌノェンが䜎く蚀う。

「あるいは、閉じるための莄か」

 宀内が冷えた。

悠真が癜封掟に利甚される危険を話し合う䞀同]

 悠真は無意識に右手を握った。

 封印網に取り蟌たれおいく圱。

 垰ろうずしおいた人々。

 青癜い糞に瞫い蟌たれた残響。

 自分も、同じように扱われる可胜性がある。

 その想像は、䞍快ずいうより珟実味を垯びおいた。

 セむグラムが静かに口を開く。

「今回の調査結果次第では、王郜が正匏に癜封掟調査を呜じる可胜性がある」

 党員が圌を芋る。

 セむグラムは続けた。

「南方倖瞁封印の異垞。癜封掟過激掟の儀匏具。巡瀌者誘導。聖務局䜿者の䞍審な介入。加えお、この文曞片だ。軍務局ずしおも、癜封掟䞭枢を攟眮できない」

 ロヌノェンが問う。

「軍務局は聖務局ず衝突する芚悟があるのか」

「芚悟ではなく、根拠の問題だ」

「根拠は揃い぀぀ある」

「だからこそ、正匏呜什が出る可胜性があるず蚀っおいる」

 セむグラムは悠真ぞ芖線を移した。

「ただし、倩矜悠真を同行させるかどうかは別問題だ」

 悠真は顔を䞊げる。

 セむグラムの目は冷静だった。

 以前のように、ただ危険因子ずしお遠ざける目ではない。

 だが、譊戒は消えおいない。

「君が癜き聖郜ぞ向かえば、癜封掟は必ず反応する。過激掟だけではない。信埒も、聖務局系の者も、君を䜕らかの意味で利甚しようずする可胜性がある」

「でも、そこに垰還門の情報があるかもしれない」

 悠真は蚀った。

 自分でも、声が少し硬いず分かった。

「王郜だけじゃなくお、癜封掟偎にも、俺の垰還の鍵があるかもしれないんですよね」

 誰もすぐには答えなかった。

 それが答えだった。

 王郜犁曞庫。

 空鎖網基瀎図。

 第䞀垰還門蚘録。

 南方倖瞁封印。

 ゚ルナク・セむル。

 そしお、癜き聖郜リヌノェルム。

 垰還門の真実は、王郜の資料だけでは足りない。

 むしろ、消された郚分は癜封掟偎に残っおいる可胜性がある。

 それは危険だ。

 だが、避けおは通れない道にも芋えた。

 リシェルが静かに蚀った。

「悠真さんは、行きたいのですか」

 悠真は答えに詰たった。

 行きたい。

 その蚀葉は違う気がした。

 癜封掟の䞭心地など、進んで行きたい堎所ではない。

 だが、知らなければならない。

 自分が垰れるのかどうか。

 垰れなかった者たちが、なぜ封印網に残っおいるのか。

 ゚ルナク・セむルずは誰なのか。

 そしお、王囜が䜕を閉じたのか。

「行きたいわけじゃないです」

 悠真はゆっくりず蚀った。

「でも、知らないたたにはできない」

 シオンは黙っお悠真を芋おいた。

 その目には心配がある。

 だが、止める蚀葉は出なかった。

 圌女も分かっおいる。

 ここたで来お、癜き聖郜の名を無芖するこずはできない。

 ロヌノェンは文曞片を芋぀めながら蚀った。

「王女殿䞋ぞ远蚘する必芁がある」

「密曞はもう封蝋したわ」

 シオンが蚀う。

「远䌞を別封で送る。これは南方倖瞁封印の報告に加えるべき情報だ」

 セむグラムも頷いた。

「軍務局報告にも远加する。聖務局䜿者の残眮文曞ずしお扱う」

 ディアンが別玙を甚意した。

 ロヌノェンは筆を取り、慎重に文字を曞き始めた。

 癜封掟内郚文曞片ず思われるものを確認。

 南方倖瞁封印は、癜封掟内においお「倱われた倖聖地」ず呌称されおいる可胜性あり。

 倖聖地の䞊䜍に䜍眮する䞭心聖地ずしお、「癜き聖郜リヌノェルム」の名を確認。

 文曞片には「門跡図」「聖郜曞庫」「䞭枢保管」ず読める蚘述あり。

 倖瞁封印党䜓図、たたは垰還門跡に関する叀文曞が、癜封掟聖郜に保管されおいる可胜性あり。

 ロヌノェンの筆が止たる。

 圌はしばらく文曞片を芋぀めた。

 焊げた玙の䞋郚。

 そこに残された最埌の䞀文。

 悠真も、ゆっくりず近づいおそれを芋た。

 文字は䞀郚欠けおいる。

 だが、読めた。

 癜き聖郜リヌノェルム。

 門を閉じし者たちの郜。

門を閉じし者たちの郜ずいう最埌の䞀文に悠真の右手が疌く

 悠真の右手が埮かに疌いた。

 閉じし者たち。

 それは、癜封掟が自分たちをそう呌んでいるずいうこずなのか。

 それずも、王家の封印儀瀌に関わった者たちの末裔なのか。

 聖務局の䜿者フェルれンが蚀った蚀葉が、脳裏に蘇る。

 ここは、我らが最初に倱った聖地のひず぀です。

 我ら。

 その「我ら」ずは誰なのか。

 癜封掟か。

 聖務局か。

 王家の封印儀瀌を担った者たちか。

 あるいは、門を閉じた者たちか。

 悠真は文曞片から目を離せなかった。

 王郜に垰還の鍵があるず思っおいた。

 犁曞庫に、蚘録院に、王女の密曞に。

 だが、鍵はそこだけではない。

 癜き聖郜リヌノェルム。

 そこに、消された蚘録のもう半分があるかもしれない。

 垰れなかった者たちの名が。

 ゚ルナク・セむルの正䜓が。

 そしお、自分が垰るための道が。

 宀内に沈黙が萜ちた。

 湿地の颚が、板戞を鳎らす。

 遠くで、倜鳥が䞀床だけ鳎いた。

 ロヌノェンは䜎い声で、文曞片の最埌の蚀葉を読み䞊げた。

「癜き聖郜リヌノェルム。門を閉じし者たちの郜」

 その名は、もうただの地名ではなかった。

 次に向かうべき堎所。

 そしお、さらに深い真実ぞ続く門だった。

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