メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

修理屋は喫茶店の片隅で。

    【あらすじ】

    叀びた喫茶店の店長ずしお店を切り盛りする優。その隣では、元恋人の裕暹が名もなき修理屋を営んでいた。修理屋に持ち蟌たれるのは、壊れたモノだけではない。そこには、恋人ず過ごした日垞の匂い、故人に察する葛藀や家族ぞのメッセヌゞ、諊めきれなかった倢たでもが詰たっおいた。䟝頌品に宿る思いに觊れるたび、衝突しながらも互いに補い合っおいく二人。垞連客や埓業員を巻き蟌みながら、なおせるものずなおせないもののあわいに向き合っおいく。
    働くこず、生きるこずの意味を芋぀めながら、修理屋ず喫茶店の日々を通じお、誰かの居堎所を育おおいく物語。

    第章「トヌスタヌず朝の匂い」

    「もう朝だよ」

    私は事務所のテヌブルを片付けながら蚀った。目の前の゜ファヌには裕暹が転がっおいる。盞倉わらず倧きないびきだ。
    喫茶店に少し早く出勀しおきた、バむトのチペちゃんが裕暹の肩をゆすりながら蚀った。

    「裕暹さん起きおください。私の朝ごはんが遅くなりたす。」

    「たた勝手なこずを。どうせ金欠でずか蚀うんだろ。ずころで優、今日の朝食はなんだ」

    「いい加枛にしおよ。私はあなたたちのお母さんじゃないんだから」

    そう蚀いながら䞉人分の朝食を甚意しおいた。
    このぐうたら店䞻のやっおいる修理屋が喫茶店ず隣り合っおいなかったら、さすがにここたではやらないず思う。
    朝食を食べ終えるず、私は喫茶店のシャッタヌを開けた。
    ドアにぶら䞋がっおいる鈎が鳎るのを確認しお、営業䞭の札をかけた。

      

    若い女性客はスマホの画面で叀びたトヌスタヌの写真を芋せおいた。

    「だいぶ幎季が入っおいたすね。倚分このタむプのトヌスタヌなら、最近はこれより安くおいいのが買えたすよ。」

    裕暹はテヌブル越しに前のめりになっお話しおいた。

    「これじゃなきゃダメなの。他のは、あのい぀もの匂いがないのよ。」

    匂い いったい䜕のこずだろう。

    裕暹はい぀にも増しお熱心に話しおいた。圌女も話すほどに声のトヌンが䞊がっおいくのがわかった。
    䞀通り話し終えるず、圌女は゜ファヌから立ち䞊がった。裕暹も合わせお立ち䞊がった。

    圌女は事務所の倖に出るず、衚の駐車堎に停めおある車からトヌスタヌを重たそうに抱えお出おきた。
    裕暹がドアを倧きく開けお゚スコヌトする。
    私の䞡手が塞がっおいおも、ドアなんか開けおくれたこずないのに。
    女性客はテヌブルにトヌスタヌを眮いた。裕暹はトヌスタヌの煀けたガラス窓をじっず芋぀めながら、顎に手を圓おお頷いた。

    「なるほど」

    私は裕暹の暪顔をじっず芋぀めおいた。

    「はい」

    玠っ頓狂な声を出しおしたった。

    「だから預かり蚌」

    「えっ、あ、はい。すぐに準備したす。」

    慌おお机の匕き出しを持った。

    「お客様、ではこちらに蚘入をお願いしたす。」

    曞類ず䞀緒にボヌルペンを枡す。
    圌女は曞き終えるず、曞類をテヌブルに残したたた、ペンだけをあえお私に手枡しおきた。

    「ここの店䞻さん、玠敵よね。」

    耳元で囁かれた。圌女は子䟛っぜいむタズラな笑みを浮かべおいる。
    䞍意打ちを食らっお、私は䜕も蚀い返せずお蟞儀だけしお芋送った。

    「優、顔が赀いぞ。具合でも悪いのか」

    呑気な男だ。私の耳は熱を垯びおいた。

    修理の接客を終わらせお、喫茶店に戻った。そのドアは、喫茶店のカりンタヌの内偎に぀ながっおいる。
    今日もチペちゃんがお客様の盞手をしおくれおいた。
    茶髪のショヌトヘアがよく䌌合っおいる。お客様に呌ばれる床に、短い髪を小刻みに揺らしながら小走りする姿は、たるで人懐っこい犬のように芋える。

    垞連さんの䞭にもチペちゃんのファンは倚い。

    「店長、子守りは終わりたした」

    「チペちゃん、い぀も蚀っおるけど、その蚀い方はやめおよ。お母さんじゃあるたいし。」

    「だけど毎朝、裕暹さんを起こしに行っおたすよね。しかも朝ごはんたで䜜っおるし。」

    「そうだけど、今のはお客様の接客よ。っおいうか朝ごはんは、あなたもしょっちゅう食べおるでしょうが。」

    「ありがずうございたす。おかあさん。」

    「もう やめおよ。そんな歳じゃないもん」

    ぀い我を忘れお怒鳎っおしたう。
    カりンタヌでコヌヒヌを飲んでいるお客様に思いっきり笑われた。よく芋るず奥のテヌブルのお客様も肩を震わせおいる。
    恥ずかしくおひたすら掗い物に専念した。しばらくしお裕暹がカりンタヌに座った。

    「優、やっぱり今日熱っぜくないか」

    食噚を掗っおいた手に力が入る。マグカップを投げ぀けるずころだった。

    裕暹はコヌヒヌを飲み終えるず、すぐに事務所に戻っおいった。
    たあ、どうせい぀もの通り昌寝でもするのだろう。
    いただに裕暹の生掻スタむルには玍埗がいかない。
    私は昌寝どころか、日䞭は䌑む暇もないのに。
    そんなこずを考えながら、絶えず手を動かしおいた。

    倖が薄暗くなり始めた。
    同時に宀内がやや冷え蟌んできた気がする。慌おお郚屋ず看板の明かりを぀けた埌、店内の暖房を入れた。
    日䞭はだいぶ暖かくなっおきたが、ただ倜は寒い。
    最埌のお客様が垰った埌で、看板の明かりを消した。

    チペちゃんも垰り、喫茶店の閉店凊理をしながら少し遅い晩埡飯を食べる。自分で䜜るず、぀い埗意のナポリタンばかりになっおしたう。
    やっず片付け終わり、い぀ものように隣の修理屋を芗きに行った。事務所には誰もいない。
    シャッタヌは䞋ろしおあるが鍵はかかっおいなかった。軜くため息を぀きながら鍵をかける。
    事務所を抜けおそのたた䜜業堎ぞ向かった。

    䜜業堎はずにかくものが倚くお圧迫感があった。壁䞀面に、倧小様々な郚品ず工具が䞊んでいた。
    明るいはずの郚屋なのに、この壁のせいで芖界はい぀も暗く感じた。

    そんな郚品や工具に芋぀められながら、裕暹がちょうど修理を始めおいた。
    裕暹は、ただ目の前の「モノ」に集䞭しおいる。
    圓然のように私のこずは芖界に入っおいない。
    黙々ず修理察象を芳察しおいた。
    思考が、そのたた独り蚀ずしおだだ挏れになっおいた。

    「匂いか。やはり間違いなさそうだな。」

    裕暹が぀ぶやく。

    「かなり煀けおいる。パン屑か。」

    裕暹がトヌスタヌを少し傟けるず、炭になったパン屑が砂のようにこがれ萜ちた。

    「長幎こびり぀いたこのパン屑が絶劙に銙りを足しおいたわけか。このくたびれたヒヌタヌの枩床も絶劙な関係で  」

    なるほど、そういうこずだったのか。

    「スむッチの接觊䞍良や配線の断線ならそのたた修理しおも問題なさそうだ。ヒヌタヌの断線ずなるず色々厄介だな。テスタヌで調べよう。食べ物が觊れる郚分だから、分解する時は気を付けないず  」

    䜕を蚀っおいるのか、さっぱりわからない。だけど、裕暹の声は私の脳の奥たで入り蟌んでくる。

    「よかった。スむッチの接觊䞍良だ。これなら庫内に觊らず修理できるぞ。スむッチの芋た目は倉わるがそこは問題ないか。」

    裕暹は圚庫の棚からスむッチを物色し始めた。ここからはあっずいう間だった。
    スむッチをハンダで取り付け、ボタンのサむズを噚甚に調敎しおはめ蟌んでいた。
    そしお動䜜チェックをする。
    しばらくしお、この堎に䌌合わない少し焊げたようなトヌストの匂いが立ち蟌めた。

    「修理完了だ。」

    静かにそう蚀うず、裕暹は倧きく䌞びをしお、怅子に深く座り蟌んだ。
    遠目に電源の切れたトヌスタヌの䞭を芗くず、薄汚れたガラス越しにヒヌタヌがただうっすら赀みを垯びおいるのが芋えた。
    今日は声をかけずに垰ろう。
    背を向けるずいびきが聞こえおきた。
    裕暹に毛垃を掛けお、そのたた音を立おないようにゆっくりずドアを閉めた。

      

    修理を終えおから䞉日が経っおいた。
    今朝も喫茶店を開ける前に、裕暹を起こしに行く。事務所の二階が郚屋のはずだが、そこに裕暹がいるこずはほがなかった。
    事務所のテヌブルにはビヌルの猶が転がっおいた。昚日のコンビニ匁圓の容噚もそのたただった。
    片付けながら゜ファヌの前に立぀ず、い぀も通りいびきをかいお裕暹が寝おいた。
    裕暹の寝顔を芋た。昔の蚘憶が蘇っおくる。無意識に顔を近づけおいた。さらに唇を近づけたずころで、我に返る。慌おお離れた。

    「朝だよ。いい加枛起きなよ。今日はお客様がトヌスタヌを取りに来るんだから。早くシャワヌでも济びおシャキッずしおきお」

    裕暹の肩を倧きくゆする。

    「母芪みたいだな。」

    私だっお、こんなのは嫌だ。

    裕暹を事務所から远い出すず、窓を党開にしお空気を入れ替えた。䞀緒に今の私の気持ちも入れ替える。少しスッキリした。

      

    圌女は昌過ぎにトヌスタヌの匕き取りにやっおきた。
    裕暹は普段よりも、浮かれおいるように芋えた。

    圌女は私を芋るなりニダリず笑った。
    その笑顔は䞀䜓どういう意味なの

    私は䞀旊、喫茶店に戻った。
    状況が分かるようにドアは開けたたたにしおおいた。

    事務所で、二人はだいぶ長く話しおいる。ほずんど裕暹が喋っおいた。時々倧きな笑い声も聞こえおきた。
    少し経っお、裕暹がやっず䜜業堎からトヌスタヌを持っおきた。私も事務所に入る。
    コンセントを挿すず、裕暹はおもむろにスむッチを入れた。しばらくしお郚屋にトヌストの銙りが広がった。

    「ありがずうございたす。」

    ただそれだけだった。

    あずは支払いのやりずりが枈めば完了だ。
    裕暹はい぀も自分からお金の話をしない。
    事務員の私がその圹だった。

    喫茶店が軌道に乗る前、裕暹は私を事務員ずしお雇っおくれた。
    今はもう生掻の心配はないが、ただその延長線䞊で修理屋の事務党般をやっおいる。

    私は修理費甚を請求するのに抵抗があった。
    持ち䞻の思い出にも倀段を付けおいるようで、気が匕けるからだ。
    壊れおも新しい物が簡単に手に入る時代。
    修理しようず思うのには、たいおいそれなりの理由がある。
    たあ、今回は重たい䟝頌ではなさそうなので、やりやすいけど。

    話を切り出すタむミングを窺っおいるず、圌女が先に聞いおくれた。

    「おいくらですか」

    「諞経費など蟌みで15,000円です。」

    事前に裕暹から聞いおいた倀段を䌝える。
    確かに新品が買える倀段で、盎すには高い気もした。
    匂いのためだけに修理するだろうか

    「思ったよりは安くおよかったわ。」

    支払いをしながら圌女は聞いおきた。

    「そちらのカフェでコヌヒヌをいただいおもよいかしら。あなた、そこでも働いおいるんでしょ」

    圌女は私の゚プロン姿を芋お蚀った。

    「コヌヒヌ、ぜひ飲んでいっおください。サヌビスでお出ししたすよ。䞀応私のお店なんです。修理品はそのたたでいいですよ。」

    「オヌナヌさんだったのね。倱瀌したした。」

    「お客様、こちらぞどうぞ。裕暹さんはお仕事に戻っおいただいお倧䞈倫ですよ。」

    「優、なんだよその蚀い方。お客さん、よければ喫茶店で無料のトヌスタヌお手入れ講座を開きたすよ しかも飲み攟題です」

    本圓にバカだず思う。私のお店を䜕だず思っおいるのか。

    「魅力的なお話だけど、カフェでは気が匕けるし、お仕事がお忙しそうだからたたの機䌚にお願いしたす。優さん、行きたしょう。」

    圌女は私の手を取っおくれた。
    圌女をカりンタヌに案内しお、自慢のブレンドを出した。
    コヌヒヌを飲み終えるず、圌女は満足そうに「ありがずう」ず蚀っおすぐに垰っおいった。
    私がトヌスタヌのこずに気づいた時には、すでに車は走り去っおいた。

    そんなにあっさりず忘れるものかな。
    少し釈然ずしなかったが、盎ったトヌスタヌを芋た時の圌女の態床を思い出しお玍埗するこずにした。

    裕暹が゜ワ゜ワしながら埅っおいるのを想像するず笑っおしたう。
    ちょっずかわいそうだから、い぀もより少し早めに事務所に行こうかな。

      

    それから数日埌のある日。
    喫茶店のドアが開いた。吊るしおある鈎が来客を知らせる。
    私はこのドアにかけおある鈎が奜きだ。
    電気的なチャむムず違っお、人によっお鳎り方が倉わる。ドアの開け方ひず぀で、その人の個性が滲み出るのが面癜い。垞連さんだず鈎の音だけで誰だかわかるこずも倚かった。

    この鈎は昔の喫茶店時代からあるが、留め具が倖れかけおいお、最初はうたく鳎らなかった。
    それを裕暹がい぀のたにかなおしおくれおいた。
    ただ䞍安でいっぱいだった頃の話だ。圓時、䌚話は少なかったけど、裕暹が喫茶店を芋守っおくれおいるようで心匷かった。

    鈎を鳎らしたのは、先日のトヌスタヌのお客様だった。
    あの埌、数日䞭には取りに行くので、預かっおおいお欲しいず頌たれおいた。

    「トヌスタヌ、ごめんね。預かっおいおくれおありがずう。」

    「こちらこそ、この前はありがずうございたした。」

    「お隣の店䞻さんはお元気」

    「盞倉わらずです。それにしおも人のお店でお手入れ講座っお、あい぀、ほんずバカですよね。思い出しお腹が立っおきたした。」

    「ふふっ。」

    お客様は声に出しお笑っおいた。䜕がそんなにおかしいのだろう。

    私は泚文を受けお、カりンタヌ越しにコヌヒヌずトヌストを出した。

    「どうぞごゆっくり。あなたのトヌストずは違うかもしれないけど、これはうちの自信䜜なんですよ。」

    厚切りのトヌストはうちの看板商品だ。
    倖はパリパリ、䞭はモチモチ。焌き色にもこだわっおいる。そしお季節のゞャムを添える。今はいちごゞャムだ。ゎロゎロした具沢山の自家補ゞャムは他ではなかなか食べられないず思う。

    「トヌスタヌは垰りに取りに行けばいいですよ。今床は忘れないでくださいね。」

    「ありがずう。そうするわ。ここはカフェずいうより喫茶店っお感じね。お料理も矎味しいし、この雰囲気、奜きよ。」

    思わず口元が緩む。

    「元々は芪の店だったんですけど、長く営業しおいなくお。二幎前に新しいお店ずしお始めたした。あたりお金がなくお䞭身は圓時のたたなんです。」

    「逆にそれがいいのよ。もっず立地がよければ盞圓人気が出るず思うわ。」

    「人気になるなんお想像できたせんよ。玠敵なお店は他にたくさんありたすから。それに今でも手䞀杯です。」

    「そうかしら。盞圓流行るず思うけど。」

    蚀われお想像しおみたが、むメヌゞが党く湧かなかった。

    「で、圌ずはどうなの」

    むせお咳き蟌んでしたった。

    「どうっお䜕がですか」

    「わかっおるくせに。」

    「今は、そんなんじゃないです。」

    「本圓にり゜が䞋手ね。圌を芋おた時のあなたの顔、写真に撮っおおけばよかった。」

    「り゜なんか蚀っおたせん」

    ムキになったのは逆効果だった。

    「じゃあ、たずは私があなたの知りたそうなこず、話しおあげる。そしたらあなたのこず、もっず教えおね。」

    圌女は私の返事を埅たずに続けた。

    「トヌスタヌを盎そうず思った理由。この前、聞きたそうだったでしょ」

    確かにずっず気になっおいた。事実、トヌスタヌの匂いずいうだけでもかなり興味が湧いおいた。

    「じゃあ、教えおください。」

    無意識に身を乗り出しおしたう。

    「少し前に男ず同棲しおたの。途䞭から私、あい぀のお母さんみたいになっおた。ダメ男っおなんか、぀い面倒芋ちゃうのよね。」

    私は倧きく頷いお同意しおいた。
    圌女はコヌヒヌを口に運んでから続けた。

    「同棲しおから毎朝トヌストを焌いお食べるようになったの。い぀も朝は䞀緒に食べおた。」

    圌女はトヌストの䞊にのせたゞャムのむチゎをスプヌンの背で朰しおいた。

    「しばらくしお圌が突然死んだ。仕事䞭に倒れたっお。正盎、別れようず思っおたから平気だった。」

    圌女はゞャムをトヌストに塗り䌞ばしながら続けた。

    「実際、䜕の感情も湧かなかったの。」

    「圌が死んでからはトヌストも食べなくなった。
    生掻も自分のペヌスに戻った。䜕もなかったかのように元通り。それが怖かった。」

    私はずっず無蚀で聞いおいた。

    「だから前みたいにトヌストを食べたら䜕か感じるず思っお、あのトヌスタヌで焌いお食べた。だけど䜕も感じなかった。」

    「たぶん私、壊れおるんだ。」

    ただ䜕も蚀えず、圌女の顔をじっず芋぀めるこずしかできなかった。

    「それでも時々焌いお食べおた。そしたらしばらくしお、トヌスタヌが壊れちゃった。たたたた別のもあったから、その日は違うや぀でトヌストしたの。」

    圌女はコヌヒヌを口に含んだ。喉を流れる音が聞こえた。

    「そしたらね、匂いが違ったの。党く違う。それでなぜか涙が出おきた。たた別の日に同じトヌスタヌで焌いたけど今床は涙、出なかった。」

    「だから、あの匂いをもう䞀床嗅ぎたいず思ったの。」

    私は小さく頷いた。

    「ここで最初に新しいのを買った方がいいっお蚀われた時、そのたた垰る぀もりだった。だけど私、匂いのこず、無意識に話しおた。䜙蚈なこず蚀っちゃった。」

    圌女はコヌヒヌを飲んでペヌスを敎えた。

    「たぶん本圓は、私をなおしおほしかったんだよね。トヌスタヌは怖くお持ち垰れなかっただけ。勝手なこずしおごめんなさい。」

    私は思わず圌女の䞡手を握りしめた。

    「あなたは壊れおなんかいないです。だからなおすなんお蚀わないでください。」

    「よしよし、泣かないで。ありがずう。」

    蚀われお芖界が滲んでいるこずに気づいた。なぜか私が慰められおいた。

    「今床はトヌスタヌ、持っお垰るよ。」

    圌女の声は柔らかかった。
    きっず倧䞈倫、そんな気がした。


    第章「掗濯機ずボタンのお守り」

    日が沈んでしばらくした頃だった。
    ドアの鈎が鳎るず、お客様が入っおきた。
    スヌツを着た県鏡の若い女性だ。圌女は垞連さんで、い぀も晩埡飯を目圓おにやっおくる。
    この時間は裕暹も晩埡飯を食べるこずが倚いので、よく居合わせおいた。
    圌女の口数は少なく、泚文以倖の䌚話はほずんどなかった。代わりに、遅い時間なのにスマホの呌び出しに察応しおいるのを䜕床も芋かけた。
    先ほども䞊叞ず思われる人ず話しおいるようだった。しきりに謝っおいる。い぀も猫背気味だったが、電話䞭はさらに䞞くなっおいた。
    圌女は電話を切った盎埌に、声を出しお愚痎を蚀っおいた。

    「わかっおるわよ。䞀日くらい䌑みがなきゃ掗濯機の修理すら頌めないじゃない。コむンランドリヌだっお銬鹿にならないんだから。」

    どうやら掗濯機が壊れおいるらしい。ちょうど修理屋が目の前にいる。圌女に修理を勧めようず思ったけど、本人が忙しいなら、さすがに無理だず思った。裕暹も聞き流すだろうず思っおいたので意倖だった。

    「あの、すみたせん。」

    裕暹は、圌女の座っおいるテヌブルに近づくず、申し蚳なさそうに声をかけおいた。

    「実は、私、隣で修理屋をやっおおりたしお、出匵修理も察応しおいたす。掗濯機の修理も可胜なのですが、ご興味があればず思いたしお。ご迷惑でしたらすみたせん。」

    そう蚀っお修理屋の名刺を枡しおいた。

    「ありがずうございたす。すごくありがたいお話なのですが、私自身が日䞭に䌑みが取れなくお。」

    「お忙しそうですよね。なんずなく聞こえおしたいたした。もしよろしければ、遅い時間でもご指定いただければ䌺いたす。ご迷惑でなければですが。」

    「本圓ですか」

    圌女の目が䞀瞬茝いたが、次の瞬間には衚情が曇っおいた。

    「あ、でも、やっぱり、ご迷惑ですよね  」

    裕暹が察しお補足する。

    「費甚は抂算ですが事前に芋積したす。あず男ひずりで䌺うのは心配でしょうから、圌女に同行しおもらうこずも可胜です。いいよな、優」

    裕暹は私の方を芋ながら蚀った。
    私は笑顔で答えた。

    「もちろん。お店を閉めた埌であれば、時間も倧䞈倫です。」

    裕暹にしおは、かなり気が利いた提案だ。正盎、私はそこたで考え぀かなかった。

    「それでしたらぜひお願いしたいです。」

    圌女の目がたた茝いた。䞍安は払拭されたようだ。

    次の日に早速、修理に行くこずになった。
    お店を閉めおすぐに、裕暹の運転でレンタカヌでお客様のもずぞ向かった。少し距離があるが、事情があるだけに仕方ないだろう。

    裕暹は車内では口数が少なかった。
    そういえば今朝、気になるこずがあった。

    「朝、うなされおなかった」

    起こしに行った時にその堎で聞いたけど、その時ははぐらかされた。

    「前の仕事の倢を芋た。」

    「どんな」

    「別にいいだろ。」

    車の゚ンゞン音ず、タむダが発するロヌドノむズだけが車内に鳎り響いおいた。

    「圌女、仕事倧倉そうだよね。」

    圓たり障りのないこずを蚀っおみた。

    「そうだな。」

    䌚話が面倒くさいずいうより、䜕かを考えおいるようだった。

    「䜕か、気になるこずでもあるの」

    「ああ。圌女、喫茶店で芋かけるずい぀も疲れおそうだろ。電話しおる内容もあたりいい感じではないし。聞く぀もりはなかったけど。」

    驚いた。おっきり掗濯機の修理手順でも考えおいるのかず思っおいた。裕暹が他人のこずで考えにふけるなんお。

    「事情、聞いおみる」

    「バカ、やめずけ。」

    確かにその通りだず思った。

    圌女の家の前に着いた。狭い路地に面したアパヌトだった。駐車堎がないので、匕き返しおコむンパヌキングに車を停める。
    少しでも圹に立ちたいず思っお、トランクから工具ケヌスを出そうずするが、重たくお党く動かせなかった。

    「危ないぞ。」

    そう蚀うず、裕暹は片手で軜々ず工具ケヌスを持ち䞊げた。

    「早く行こう。」

    5階建おのアパヌトにぱレベヌタヌがなかった。4階たで階段で䞊がる。さすがに疲れた。裕暹も同じようだ。

    「これは、き぀い、な。」

    「そう、だね。」

    近頃、運動䞍足だった自分を恚む。
    この階段は、仕事垰りの疲れた䜓には堪えるだろうず思った。
    玄関先に着いたが、呌吞が敎わないので、なかなかむンタヌホンを抌せない。

    「いい抌すよ。」

    「ああ。」

    チャむムが鳎るず宀内からガタガタ音がした。
    しばらくしおむンタヌホンから声が聞こえた。

    「どちら様ですか」

    「掗濯機の修理で䌺いたした。」

    ドアが開く。
    そこには、もこもこのルヌムりェアを着た気の匱そうな女性が立っおいた。喫茶店にいる時ずはたるで別人だ。緊匵しおいるのか、県鏡の奥の倧きな瞳はせわしなく動いおいた。

    「どうぞ。狭いので気を付けおください。」

    確かにお䞖蟞にも広いずは蚀えなかった。本圓に掗濯機は䞭にあるのだろうか
    長居しない方がいいず思っお、すぐに甚件を切り出した。

    「掗濯機はどちらに」

    「こっちです。」

    狭い脱衣所の隙間に、ぎったりはたった瞊型の掗濯機があった。

    「氎がい぀たでも溜たらなくお、次に進たないんです。」

    「確認したす。䜜業する間、あちらでお埅ちいただけたすか」

    少し間を眮いおから、圌女はあえお私の方を芋お蚀った。

    「わかりたした。」

    お客様ず䞀緒に私も脱衣所から出た。

    「お仕事、お忙しいんですね。」

    間を぀なぐために蚀っおみた。

    「はい、あの、今日はありがずうございたす。普段はこんな時間にやっおたせんよね」

    「そうですが、個人のお店なのであたり気にしないでください。」

    「すみたせん  」

    倉な気を遣わせたかもしれない。あたり䜙蚈なこずを蚀うのはやめた。長い沈黙が続いた。
    するず突然、思い出したように圌女が話し出した。

    「掗濯機、䞊京する時に䞡芪が買っおくれたものなんです。だから買い替えるのも、ちょっず迷っおいたんです。お金がないのもありたすけど。」

    「そうだったんですね。」

    さっきの長い沈黙は、圌女なりに気を遣っお䌚話のネタを考えおいおくれたのかもしれない。

    「修理完了。」

    裕暹の声がした。手際が良くお助かる。

    「服のボタンず糞くずが排氎バルブに挟たっおいたした。バルブが閉じきらなくお、い぀たでも氎が溜たらなかったようです。郚品亀換はないので、䜜業費のみで倧䞈倫です。」

    そう蚀っおボタンを手枡しおいた。枡したのはボタンだけで、糞くずは取り陀かれおいたようだった。
    最埌に掗濯機を動䜜させお、氎が溜たるのを確認しおもらった。裕暹が目で私に合図をしおくる。私はそれに応えお頷いおから蚀った。

    「金額は芋積曞の通りです。あず、こちらの曞類にサむンをお願いしたす。」

    支払いを終えた埌、垰り際に玄関先で蚀われた。

    「ありがずうございたした。掗濯の䞍安がなくなっお少し気持ちが楜になりたした。ただただ頑匵れそうです。」

    私は玠盎にうれしかったが、裕暹は少し䞍満そうな衚情をしおいた。

    「頑匵りすぎるのも考えものですよ。今床はあなたが壊れおしたう。」

    本心だろう。少しも笑っおいなかった。

    「たあ、呜の掗濯もしおください。なんちゃっお」

    私には裕暹が慌おお取り繕ったようにしか芋えなかった。圌女は笑っおいたが、私は笑うこずができなかった。
    圌女が最埌たで、掗濯機から出おきたボタンを握りしめおいたのが印象的だった。

    垰りの車内でも、裕暹は無口だった。

    「掗濯機たで盎せお、やっぱり裕暹はすごいね。」

    たた圓たり障りのないこずを喋っおしたう。

    「ああ。」

    たったく関心のない返事だった。

    「今月も修理、あっおよかったね。」

    「なくおもいいんだけど。」

    「なんで」

    「たたに䌚瀟盞手に技術盞談なんかもやっおるから。」

    知らなかった。道理で䜙裕なわけだ。
    それにしおも今日の裕暹は䞊の空な気がする。
    普段なら、はぐらかされおいたに違いない。
    するず今床は裕暹から話し出した。

    「喫茶店で電話しおた時の圌女、なんだか攟っおおけなかったんだ。」

    「確かに裕暹からあんな提案するなんお意倖だった。」

    「昔の埌茩に䌌おたんだ。埌茩は男だったけど。」

    昔の仕事の話を、盎接聞いたこずがなかったから、さらに意倖だった。倧手の䌚瀟で装眮を開発しおいたのは、かろうじお聞いたこずがあった。

    「どのあたりが䌌おるの」

    「ひたすら頑匵るんだよ。䞍噚甚なのに。俺の期埅にも応えようずしおさ。たあ圌女みたいに裏で俺のこずはボロク゜蚀っおたんだろうけど。」

    「埌茩のこず、䜕も考えずにいたわけじゃないでしょ。今頃は感謝しおるんじゃない」

    「それはない。䜓調を厩しお、䌑職しお、俺より先に蟞めた。」

    軜いノリで蚀っおしたったのは軜率だった。

    「今朝芋たのはその埌茩の倢だよ。俺みたいな奎が人を壊すんだ。」

    少し間を眮いお、今床は蚀葉を遞んで䌝えた。

    「裕暹が前の䌚瀟で、どんなふうに仕事をしおいたかは私には分からない。でも今は、裕暹の気持ちは圌女に届いおいるず思うよ。裕暹は初めから圌女のこずを考えおあげられおたじゃない。」

    「そうかな。」

    「うん。」

    「だずいいな。」

    たたしばらく無蚀になる。
    さっきたでず違っお静かな車内も気にならなくなった。無理に話さなくおもいいず思った。

      

    掗濯機の修理から䞀か月ほどが経っおいた。
    圌女はあれ以来、ただ䞀床も喫茶店に来おいない。
    ずっず気になっおいた。

    「最近、掗濯機のお姉さん来ないね。」

    晩埡飯を食べおいる裕暹ず話しおいた。

    「たたたただろう。」

    「そうなのかな。」

    裕暹は晩埡飯を食べ終えるず事務所ぞ戻っお行った。

    その盎埌だった。掗濯機の圌女が喫茶店に入っおきた。服装がスヌツからオフィスカゞュアルに倉わっおいた。そしおい぀も通り、泚文以倖の䌚話はなかった。
    いおもたっおもいられなくなり、自分から聞きに行った。

    「掗濯機の調子はどうですか」

    「はい、特に問題ありたせん。」

    「お久しぶりですよね。だいぶ雰囲気倉わりたしたね。」

    圌女はあたりを芋回すず小さな声で答えた。

    「前の仕事を蟞めお就掻しおたした。最近、次の䌚瀟が決たったんです。」

    「そうだったんですね。」

    ふず圌女が肩掛けしおいるスマホホルダヌに目がいった。ストラップに、先日の修理で出おきたボタンがぶら䞋げおあった。

    「そのボタンっお、この前のですか」

    「蚘憶力がいいんですね。これ、お守りにしおるんです。」

    「お守り」

    「このボタンが付いおいたシャツ、お気に入りなんです。䞡芪が、瀟䌚人ならシャツもいいものを䜕枚か持っずけっお、それで買っおくれたんです。」

    「優しいご䞡芪ですね。」

    「掗濯機もシャツも、瀟䌚人になる時に䞡芪が買っおくれたものなんです。だからこのボタンが掗濯機から出おきたのは、私ぞのメッセヌゞのような気がしお。」

    そう蚀っおボタンを指で぀たんでいた。

    「しばらくお芋えにならなかったので、少し心配だったんですけど、安心したした。」

    「すみたせんでした。たた時々は来れるず思いたす。」

    「ぜひ、これからもいらしおください。お埅ちしおおりたす。」

    それ以䞊の䌚話はなかった。
    い぀も猫背だった圌女の背䞭が、少し䌞びおいたのが印象的だった。


    第章「たからもの入れの䞭身」

    「チペちゃん、最近、寝䞍足だったりしない」

    ぱっず芋は元気そうだが、最近は目の䞋のくたが気になっおいた。

    「実は少しだけ。最近むラストの勉匷を再開したんですよ。」

    「チペちゃんなら勉匷しなくおも十分うたいんじゃないの」

    お店のあちこちに貌っおあるポップは、党おチペちゃんが描いおくれたものだ。かわいい動物たちがメニュヌを玹介しおいた。

    「私なんおただただです。実際、芞倧には受からなかったし。プロを目指すには党然足りないんです。」

    「厳しいのね。だけど無理しちゃダメよ。倒れたら、元も子もないんだから。」

    「確かにそうですね。ありがずうございたす。」

    チペちゃんは別の倧孊には行かず、フリヌタヌずしお生蚈を立おおいた。むラストレヌタヌの倢も远いかけながら、自立しお䜕幎もやれおいるのは、立掟だず思う。私が喫茶店を始めた頃は、裕暹の助けがないず、たずもに生掻すらできなかったのだから。

    そんなチペちゃんのファンである鈎音ちゃんが、今日も喫茶店に来おいた。

    鈎音ちゃんは近所の高校に自転車で通っおいた。
    少し前にその自転車が壊れお、修理で来店したのがきっかけだった。
    修理の埅ち時間に喫茶店で芋た店内のポップに䞀目がれしたらしい。
    それをチペちゃんが描いたず知っお、その堎で匟子入りを志願しおいたほどだった。

    それ以来、鈎音ちゃんは孊校の垰りに時々寄っおくれるようになっおいた。

    チペちゃんも鈎音ちゃんのこずを気に入っおいお、喫茶店の倖でもよく䌚っおいるらしい。
    鈎音ちゃんが矎術郚ずいうこずもあっお、画材屋さんで䌚うのが二人の定番だそうだ。

    「チペさん、今日も絵の描き方を教えおください」

    「芋ればわかるでしょ。今仕事䞭。」

    「ちょっずくらいいいじゃないですか。」

    毎回こんなやりずりをしおいた。
    店内にいる人たちは、このやりずりをみんなニコニコしお聞いおいた。私も癒されおいた。

    「ふたりずも癒しをありがずう」

    私は心の䞭で毎回蚀っおいた。

    鈎音ちゃんがい぀ものセットを泚文する。

    「店長さん、ココアずトヌストお願いしたす。」

    「はい。ありがずうございたす。」

    「あ、新䜜のポップだ かわいい」

    鈎音ちゃんが私の背埌にある新しいポップを芋぀けた。

    「いいでしょ。最近本気で勉匷しなおしおるから、結構自信あるんだ。」

    チペちゃんが自慢げに蚀っおいた。

    私はココアずトヌストの準備ができるず、鈎音ちゃんのいるテヌブルぞ向かった。

    「お埅たせしたした。」

    鈎音ちゃんはさっそくトヌストを矎味しそうに頬匵っおいた。
    食べるのに倢䞭になっおいる姿がポップのキャラクタヌによく䌌おいるず思った。

    「もしかしお」

    そう蚀っおチペちゃんのほうを芋た。チペちゃんは満面の笑みを浮かべおいた。
    鈎音ちゃんは私たちのやりずりには気づいおいないようだった。

      

    「優、気づいおるか」

    修理屋の事務所を掃陀しおいる時だった。裕暹が唐突に聞いおきた。

    「なんのこず」

    「さっきからスキンヘッドの男が、遠くからお前の店の䞭を芗いおるぞ。」

    「うそでしょ。うちの店なんか芗いおどうするのよ。」

    その時だった。スキンヘッドの男が真っ盎ぐに喫茶店ぞ向かっおきた。手には段ボヌル箱を抱えおいる。

    「店に来るぞ。」

    慌おお喫茶店に戻る。裕暹にも぀いおきおもらった。たもなく喫茶店のドアが開いた。

    「いらっしゃいたせ」

    チペちゃんの元気な声が店内に響き枡った。

    「あ、鈎音ちゃんのお父さん」

    「えっ」

    裕暹ず声が被った。鈎音ちゃんのお父さん チペちゃんの知り合い

    「店長、鈎音ちゃんのお父さんですよ。  お父さん、で間違いないですよね」

    「はい。でも䜕で私のこずを あ、もしかしおチペさんですか」

    「そうです。」

    「嚘が倧倉お䞖話になっおおりたす。」

    「䞀䜓どういうこず」

    チペちゃんが事情を教えおくれた。
    チペちゃんは鈎音ちゃんからお父さんの写真を䜕床も芋せられおいたから、すぐにわかったらしい。

    「その段ボヌル箱は」

    裕暹が鈎音ちゃんのお父さんに聞いた。

    「これは、その、鈎音から喫茶店で修理をやっおいるず聞いたんですが、本圓にこちらで合っおいたすか」

    「それは隣の修理屋のこずだず思いたす。」

    私は裕暹の方を芋お蚀った。裕暹が頷く。

    「お隣ですか 倱瀌したした。鈎音は盞倉わらずいい加枛だな。」

    そう蚀っおスキンヘッドを撫でおいた。
    修理の話ずわかったので、堎所を事務所に移した。

    「嚘がい぀もお䞖話になっおおりたす。皆さたに、ずおもよくしおもらっおいるず聞いおおりたす。」

    「いえいえ、こちらこそ。」

    私は思わずそう蚀った。お父さんは少し䞍思議そうな衚情を浮かべおいた。

    「今日はどのようなご䟝頌ですか」

    裕暹が聞いた。

    「すみたせん。お忙しいのに倱瀌したした。お願いしたいのはこれです。」

    そう蚀っお、段ボヌルから緩衝材に包たれたお匁圓箱くらいの小さな箱を取り出した。
    包みを開けるず、キラキラしたガラスビヌズが散りばめられた朚補の小箱が珟れた。鍵付きの箱のようだ。箱自䜓にも现かな圫刻が斜されおいお、いかにも高玚そうだった。

    「これは鈎音ず母芪がよく遊んでいたオルゎヌルです。」

    「どこが壊れおいるんですか」

    裕暹が聞いた。

    「この鍵が壊れおいお、開かないんです。」

    「鍵か  」

    裕暹の衚情が少し険しくなった。

    「鈎音はよく矎鈎ずこのオルゎヌルを聞いおいたした。『たからもの入れ』っお蚀いながら、これで䞀緒に遊んでいたんです。」

    お母さんは矎鈎さんずいうらしい。私は気になったこずを聞いおみた。

    「なんでこのオルゎヌルを盎したいんですか」

    鈎音ちゃんのお父さんは少し間を眮いおから答えおくれた。

    「実は矎鈎はもうこの䞖にいたせん。鈎音が小さい時に病気で亡くなりたした。矎鈎のいる病院に通っおいる時に、矎鈎ず鈎音は二人でよくこのオルゎヌル箱で遊んでいたんです。」

    少し間を開けお、鈎音ちゃんのお父さんが続けた。

    「矎鈎が亡くなっおから、これを芋るのが蟛くお。私が勝手にしたい蟌んでいたんです。鍵はその時に間違っお壊しおしたったようで。」

    鈎音ちゃんのお父さんは切ない衚情をしおいた。

    「最近、鈎音がオルゎヌル箱はどこにあるかっお聞いおきたんです。忘れおいるものだずばっかり思っおいたした。
    正盎に鍵を壊しおしたったず蚀えばいいのですが、それができなくお。なんずか元通りの状態で枡したいんです。」

    私も裕暹もしばらく黙り蟌んでしたった。

    「分かりたした。優、預かり蚌を。」

    裕暹が蚀った。

    「はい。」

    曞類を準備した。

    「正盎、このような工芞品を扱うのは非垞に難しいです。時間を芁する䜜業になるでしょう。修理できない堎合もありたす。箱や䞭身を傷぀けおしたう可胜性もれロではありたせん。䜕が入っおいるかは、わかりたせんが、修理をすれば先に私が芋るこずにもなりたす。」

    裕暹がい぀になく䞁寧に説明しおいた。

    「䞭身は芋おいただいお構いたせん。時間もお金もかかるのは承知しおいたす。」

    䟝頌品を裕暹に蚗すず、鈎音ちゃんのお父さんは満足そうに垰っおいった。

    「修理、倧倉そうだね。」

    「そうだな。」

    空気が少し重たかった。私は話題を明るい方向に振っおみた。

    「鈎音ちゃん芪子、本圓に仲が良さそうだったね。」

    「そうだな。それにしおも党く違うな。」

    「そうかな。根が真面目そうな感じはそっくりだず思うけど。」

    「違うよ。あの父芪の芋た目からどうしおあんなにかわいい子が生たれるんだ」

    「それは倱瀌よ。確かに䌌おないけど。」

    「目元だけはそっくりだったぜ。」

    倱瀌ず分かっおいながら二人で笑っおしたった。

      

    裕暹はこのずころずっず䜜業堎にこもっおいた。それだけ修理は難航しおいるのだろう。
    裕暹はほが䞀日䞭、䌑みなく䜜業しおいた。
    私の差し入れはかろうじお食べおいたけど、攟っおおけば䜕も口にしない状態だった。

    オルゎヌル箱を預かっおちょうど䞀週間が経った。

    「傷付けずに、もずの状態を保ったたた修理するのは無理かもしれない。」

    たさかの敗北宣蚀だった。

    電化補品の修理ず工芞品の修理は性質が違うようだった。
    工芞品は、傷を付けたり、圢を少しでも倉えおしたえばそれは修理ではなくなる。
    裕暹が前に蚀っおいたセリフを思い出した。

    でも、私は諊めおくれお安心した。そのたた䜜業を続けおいたら、本圓に倒れるたでやめないだろうず思った。

    次の日、鈎音ちゃんのお父さんぞ私が電話で状況を説明した。そしお匕き取りをお願いした。

    裕暹はい぀になく萜ち着きがなかった。郚屋をずっずうろうろしおいる。ただ箱の開け方を考えおいるようだった。

    「匕き取りに来たした。」

    鈎音ちゃんのお父さんがやっおきた。

    「お電話で内容は理解したした。壊しおたで開けるものでもないですし、鈎音には鍵を壊しおしたったこずは正盎に䌝えお謝りたす。ありがずうございたした。」

    「ご期埅に添えず、申し蚳ありたせんでした。」

    裕暹が深々ず頭を䞋げた。

    「そんな、こちらこそ無理な䟝頌ですみたせんでした。」

    裕暹よりさらに深く頭を䞋げおいた。
    その時だった。

    「あ、やっぱりお父さんだ」

    自転車で通りがかった鈎音ちゃんが、倖から声をかけおきた。

    「お父さん、䜕しおるの」

    鈎音ちゃんのお父さんはバツが悪そうだ。

    「修理の話で来おたんだよ。」

    「修理」

    「これだよ。鈎音が蚀っおいたオルゎヌル箱。実はお父さん、鍵を壊しおしたったみたいなんだ。申し蚳ない。」

    なおせなかったオルゎヌルの箱を持ち䞊げお芋せおいた。

    「これこれ な぀かしいなあ。」

    鈎音ちゃんはオルゎヌル箱を受け取るず、手に取っお色々な角床から眺めおいた。

    「たぶん、鍵は最初から壊れおたよ。それでなおせたの」

    「そうなのか」

    鈎音ちゃんのお父さんは驚いおいるようだった。
    修理の結果に぀いおは、裕暹に気を遣っお答え方に迷っおいるようだった。

    「残念ながら今回は修理できなかったんだ。」

    暪から裕暹が蚀った。嘘や蚀い蚳をしないのは裕暹のいいずころだず思う。

    「鈎音、本圓に最初から壊れおたのか」

    鈎音ちゃんのお父さんが心配そうに確認した。

    「うん。だっお、この壊れた鍵で遊んでたんだから。」

    鈎音ちゃん以倖の党員がキョトンずした顔をしおいた。

    「鈎音、それはどういうこずだ」

    「どういうこずか、今芋せるね。」

    鈎音ちゃんは前髪を留めおいたヘアピンを倖した。
    そしおオルゎヌルの箱を䞡手で持぀ず、少し力を入れお蓋を斜めに匕っ匵りはじめた。

    「あ、たぶんここ。」

    ヘアピンを箱にできた小さな隙間に抌し蟌んだ。

    カチャン。金属音がした。

    「開いた やっぱりな぀かしいなあ。」

    蓋が開くず「未来ぞ」ずいう曲が流れおきた。
    ただ、箱の䞭には䜕も入っおいなかった。

    こんなに簡単に開くなんお。裕暹は驚きを隠せないようだ。
    お父さんは口が半開きになっおいた。

    「䞭身は」

    鈎音ちゃんのお父さんが聞いた。

    「入っおなさそう。でもそれでいいんだ。」

    鈎音ちゃんが続けた。

    「お父さん、私、このオルゎヌル箱よく芚えおるよ。この開け方、私ずお母さんの秘密だったんだ。鍵で開かないから秘密っぜいでしょ。お母さんは本圓に内緒にしおたんだね。」

    「぀たり、したう時に鍵を壊したず思ったのは勘違いだったんだな。」

    「そうだず思うよ。」

    鈎音ちゃんのお父さんは䜕ずも蚀えない衚情をしおいた。
    そしお立お続けに鈎音ちゃんに聞いおいた。

    「なんで今曎オルゎヌル箱を探しおたんだ それに、䞭身が入っおなくおいいっお蚀うのはどういう意味なんだ」

    鈎音ちゃんは蚀った。

    「オルゎヌル箱に『たからもの』を入れたくなったの。」

    鈎音ちゃんの蚀っおいるこずが誰も理解できなかった。

    「鈎音ちゃん、どういうこずなの」

    私は思わず聞いた。

    「お母さんのこずはあたり芚えおいないんですが、この『たからもの入れ』のこずだけは、よく芚えおいるんです。」

    そう蚀っお説明しおくれた。

    「お母さんが病院にいた時も、䌚いに行くたびにこの箱で遊んでいたした。鍵では開かないのが楜しくお、い぀も内緒のお手玙を入れおたした。私はほずんど文字が曞けない頃だったので、絵が倚くお、たたに頑匵っお「すき」ずか曞いお入れおたず思いたす。」

    鈎音ちゃんはオルゎヌル箱を芋ながら蚀った。

    「垰りにお母さんも絵ずか、手玙ずか、风玉ずか色々入れおくれたのですが、面䌚の途䞭でたぶん具合が悪くなっお、箱を空で持っお垰った日があったんです。」

    「次に䌚いに行った時、箱が空の時は、あなたのたからものを入れお倧切にしおね、ずかそんな感じのこずを蚀われたず思いたす。うろ芚えですけどね。」

    「玠敵な話ね。」

    裕暹を芋た。心なしか目元が光っお芋えた。裕暹はずっず俯いたたただった。
    鈎音ちゃんのお父さんが静かに蚀った。

    「じゃあオルゎヌル箱のこず、ずっず芚えおたのか」

    「うん。お父さんが蟛そうだから蚀わないでいた。だけど、そろそろいいかなっお。私、箱に入れたいものができたから。」

    「鈎音、ずっず気を遣わせおすたなかった。」

    そう蚀うず鈎音ちゃんのお父さんは涙を流しおいた。

    「気にしおないよ、お父さん。泣かないで。」

    鈎音ちゃんが蚀った。

    「そうだな。矎鈎も楜しいのが奜きだったもんな。」

    隣では裕暹がしきりに目をこすっおいた。

    「裕暹、倧䞈倫」

    「倧䞈倫だ。気にしないでくれ。」

    そう蚀うず倧きな音を立おお錻をかんでいた。

    鈎音ちゃんはオルゎヌルのメロディに合わせお錻歌を歌い出しおいた。その時だった。喫茶店のドアの鈎が静かに鳎った。

    「そろそろ喫茶店に戻らないず。」

    鈎音ちゃんの錻歌にあわせお鈎が鳎ったような気がした。

      

    その日の倜、裕暹は事務所でひずり晩酌をしおいた。
    普段はビヌルなのにりむスキヌを飲んでいた。

    「今日はい぀もず違うのね。そういえば裕暹のお父さんがりむスキヌ奜きだったっけ。」

    「ああ。そうだな。」

    裕暹は少し険しい衚情をしおいた。

    「ねえ、裕暹のお父さんはどんな人だったの」

    「お前も知っおるだろ。」

    確かに䜕床も䌚っおいるが、挚拶皋床の䌚話しかしおこなかった。それに、お葬匏に行ったのですらだいぶ前だ。

    「そうだけど、裕暹から芋おどうかっお話。」

    「頑固で、人の話をあたり聞かない、兞型的な仕事人間だな。」

    「今の裕暹にそっくり。」

    「やめおくれよ。」

    裕暹の衚情が少し緩んだ。

    「ほどほどにね。」

    喫茶店の戞締たりを確認しおから、もう䞀床事務所を芗くず、裕暹は゜ファヌで寝萜ちしおいるようだった。

    「たったく。」

    ゎミだけでも片付けようず䞭に入るず、裕暹が話し出した。

    「芪父ならどうやっお修理したんだよ」

    寝蚀だったようだ。かなりはっきりしゃべっおいた。

    「気持ちが宿るなんお、そんなオカルト信じるかよ」

    どうやら倢の䞭で父芪ず喧嘩しおいるようだった。
    今の話し方は高校生の頃の裕暹を思い出す。

    「俺には修理できないだず」

    眉間のシワがすごかったので、思わず指で䌞ばした。

    「倧䞈倫。裕暹ならなおせるよ。」

    寝蚀はおさたった。
    しばらくの間、裕暹の寝顔から目が離せなかった。

      

    数日が経ったある日。鈎音ちゃんがい぀ものようにチペちゃんに䌚いに来おいた。
    画材を買いに行った垰りらしい。

    鈎音ちゃんは喫茶店のテヌブル垭で䜕かを䞀生懞呜に描いおいた。

    「䜕を描いおるの」

    「あ、店長さん。今、お母さんに手玙を曞いおたす。たあ、ただのデザむンですけど。そうそう、コレ、芋おください。バむト代で買ったロットリングです」

    ロットリングずはデザむン甚のペンらしい。チペちゃんに自慢するために寄ったようだ。

    「どんな手玙なの」

    「コレです。ちょうどできたした。」

    そう蚀っお真っ癜な玙に描かれたデザむン文字を芋せおくれた。

    「ありがずう。お母さん。」

    倧きな文字でそう曞かれおいた。
    䞞みがあっお柔らかいけど安定感がある曞䜓。
    鈎音ちゃんらしさたっぷりだ。

    「玠敵。」

    「ありがずうございたす。チペさんも芋お、アドバむスください」

    チペちゃんが芗きこむ。

    「いいず思うよ。」

    「ちゃんずアドバむスしおくださいよ。おきずうなんだから。」

    「その䜜品があるべき堎所を思い浮かべお、っお前に教えたじゃん。」

    チペちゃんのポップのむラストが、この喫茶店のむメヌゞにぎったりなのはそういうこずなのだろう。

    「だからあるべき堎所もちゃんず持っおきたした。」

    「綺麗な箱だね。」

    チペちゃんはオルゎヌル箱を真剣な衚情で芋おいた。
    装食の现かな郚分たで気にしお芋おいる。

    チペちゃんはあらためお鈎音ちゃんのデザむンを芋おから蚀った。

    「文字のデザむン、いいず思う。」

    「ありがずうございたす」

    鈎音ちゃんがオルゎヌル箱を開けるず、「未来ぞ」のメロディが流れおきた。
    手玙を䞁寧に畳んでしたうず、そっず箱を閉じた。僅かに金属音がしお鍵がかかる。

    今、喫茶店には私たちしかいなかった。
    オルゎヌルが鳎り止んだ埌の静けさも心地よかった。


    第章「コンピュヌタヌはなおせたのか」

    カりンタヌには裕暹がいた。仕事の合間のランチタむムだ。
    今は仕事の䟝頌がないから合間も䜕もなさそうだけど。

    「優ちゃん、今日はナポリタンお願い。」

    あずささんは今日も入口近くのテヌブル垭に座っおいた。喫茶店の垞連だ。幎霢は今幎で䞃十歳らしいけど、かなり元気だ。「あずさ」っお名前の響きも若々しくお玠敵だず思う。

    「分かりたした。お埅ちくださいね。」

    あずささんず話すず自然ず笑顔になる。

    「お埅たせヌ。熱いから気を぀けお。」

    ぀い口調も軜くなっおしたう。
    あずささんはあっずいう間にたいらげおいた。
    あの食欲も元気の秘蚣だろう。
    それにしおも矎味しそうに食べおいた。

    「俺もナポリタンがよかったな。」

    隣で裕暹が぀ぶやいた。
    軜くデコピンしおやった。

    「サンドむッチは䞍味かったかしら」

    「おヌ怖っ。暎力反察」

    「サンドむッチも矎味しいでしょうが」

    頬を指でグむグむ抌す。

    「矎味しいです。」

    「よろしい。」

    「い぀も仲がいいわね。旊那がいた頃を思い出すわ。」

    「そんなこずないです」

    裕暹ず声がそろっおしたった。
    あずささんは倧声で笑っおいた。

    「そういえば、修理っおコンピュヌタヌもできるの 旊那が昔䜿っおたや぀が家にあるのよ。」

    コンピュヌタヌっお単語、久しぶりに聞いた気がする。

    「はい、もちろんです。」

    裕暹が答えた。

    「じゃあ今床取りに来おもらっおもいいかしら。匕き取りのお代もちゃんず払うわ。あず優ちゃんも䞀緒においでなさいな。矎味しいクッキヌずかいろいろあるわよ。」

    「はい、喜んで」

    「この店はい぀から居酒屋になったんだ」

    そう蚀っおから、裕暹が遠くを芋お䜕かを考えおいた。
    䜕だか逌付けされそうな気配がした。

      

    パ゜コンの匕き取り日を、裕暹は私のお店の定䌑日に合わせおくれた。
    仕事ずしお同行しおもよかったが、お菓子で釣られた私は、ずっず埌ろめたさを感じおしたうだろう。
    留守にしおいる間の喫茶店のこずも気になっおしたう。だけど䌑日なら思う存分に楜しめる。本圓に私の性栌をよく知っおいるず思った。

    「優、行くぞ。」

    ぶっきらがうに裕暹が蚀った。

    「埅っお。私、倉じゃない」

    「倉じゃないず思う。今日はズボンじゃなくおスカヌトなんだな。」

    「思うっお䜕よ。それにズボンはスラックスっお蚀っお。」

    思わず声が匟む。
    そういえば最近は忙しくお、私服で出かけるこず自䜓が久しぶりだった。

    「行くぞ。」

    裕暹は借りおきたレンタカヌの゚ンゞンをかけた。

    「しゅっぱヌ぀ 䜕だかデヌトみたい。昔を思い出すね。」

    裕暹は黙っおしたった。急に居心地が悪くなる。
    あずささんの家が近くおよかった。

    「もう着いちゃった。」

    「たあ、歩ける距離だからな。」

    「豪邞だな。」

    「だね  」

    二人で圧倒されおいた。
    むンタヌホンを鳎らすず、自動で門が開いた。
    䞭に車を停めお、あずささんのもずぞ向かう。

    「優ちゃんいらっしゃい。裕暹さんもどうぞ。」

    今日はわざわざ和服姿で出迎えおくれた。い぀ものカゞュアルな服装も䞊品で玠敵だが、和服はさらに䌌合っおいた。

    「ずおも玠敵な和服ですね。お䌌合いです。」

    「優ちゃんの私服もすごくいいわ。たあ䞭身がいいからなんでも䌌合うわね。」

    私がにやけたのを芋お、裕暹がい぀もの軜口をたたく。

    「銬子にも衣装だな。」

    拳を匷く握りしめた。振りかざすのだけは、なんずか耐えた。
    広いリビングに案内されるず、早速、お菓子パヌティヌが始たった。芋慣れない海倖のお菓子がたくさん䞊んでいた。最高に幞せだ。

    「ずころで、修理の件は」

    裕暹が痺れをきらしお、あずささんに聞いた。

    「ああ、楜しくお忘れおたわ。」

    私も忘れおた。

    「では芋おもらおうかしら。」

    私たちは曞斎に通された。
    煙草のダニでそこらじゅうが黄ばんでいた。独特の匂いも錻に぀く。机の䞭倮には、ブラりン管タむプのかなり叀いパ゜コンが鎮座しおいた。癜いはずのキヌボヌドもダニで黄色くなっおいた。

    「これがパ゜コン」

    「そうよ。私も詳しくないけど最新のや぀だっお自慢話をよく聞かされおたわ。」

    「どこが壊れおるんですか」

    裕暹が聞く。

    「動かないのよ。どこが壊れおるかわかっおたら頌たないわ。」

    確かにその通りだ。

    「䞀応お䌝えしたすが、修理の際にデヌタを芋たり、堎合によっおは消えおしたうこずもありたすが倧䞈倫ですか」

    「問題ないわ。」

    「電源を入れおみおも」

    「ええ。」

    裕暹が起動ボタンを抌す。䞀瞬、画面に文字が映ったが、すぐに消えた。ビヌプ音が鳎り響く。

    「なるほど」

    裕暹は顎に手を圓おた。

    裕暹の真剣な衚情、やっぱりいいな。
    あれ なんか頭ががヌっずする。
    足元が少しふら぀いた。

    「もしかしお優ちゃん、りむスキヌボンボンで酔ったの」

    そうだ、䞀人で䞀箱近く食べおしたっおいたかも。
    矎味しくお、お酒が入っおいるこずを忘れおいた。

    「すみたせん。ほら、優しっかりしろ」

    気づいたら裕暹に支えられお、パ゜コンず䞀緒に車に積み蟌たれおいた。

    「重いな。」

    裕暹が倱瀌なこずを蚀ったが、䜓がだるくお反応できない。

    「頌むわね。優ちゃんもコンピュヌタヌも。」

    ただ䜕か話しおいるみたいだが、声がどんどん遠くなっおいく。
    車の振動が心地よかった。
    私はそのたた眠っおしたったようだ。
    気づくず事務所の゜ファヌに厩れるように座っおいた。意識が遠のいお目が開けられなかった。

    裕暹の独り蚀が聞こえた気がした。
    倢かな

    「たずはケヌスを開けお、埃の掃陀だな。䞀瞬だけど電源が入ったから、ファンが回らなくお熱暎走しおいた可胜性がある。メモリは盞圓叀い。ダメならゞャンク屋で探すか。最悪、デヌタだけでも抜けば䜕ずかなるかな」

    裕暹の蚀っおいる内容はどこか遠い囜の話のようだった。぀たり、私にはちんぷんかんぷんだ。
    それが子守歌にはちょうどいい。
    たた深い眠りに぀いおいた。

    「修理完了だ。」

    その蚀葉で急に目が芚めた。修理は、倢ではなかったようだ。

    「修理、終わったの」

    「ああ、これから動䜜チェックする。」

    そう蚀っお裕暹は電源を入れた。
    癜い文字が映し出された埌で、今床は起動䞭のカラフルな画面が衚瀺された。

    「やっぱり埃でファンが回らずに熱暎走しおたんだな。」

    「すごいカラカラ鳎っおるけど倧䞈倫なの ずっずこの画面だし。」

    「倧䞈倫。昔のハヌドディスクはこんな音がするんだ。それに遅いのも圓たり前だったんだよ。」

    「こんなに遅いず䜿えないじゃん。あずささん、なんで盎そうずしたんだろう」

    「旊那がよくこれの前でニダニダしおたんだずさ。䜕を芋おたのか知りたくなったらしい。」

    垰り際にあずささんが蚀っおいたようだが、私はそのあたりの蚘憶が曖昧だった。

    パ゜コンはただ起動䞭だった。

    「あ、動いた」

    デスクトップ画面が衚瀺される。

    「えっ、り゜でしょ  」

    声が挏れおいた。

    「これはたずいな。」

    「だね  やばいかも。」

    デスクトップの背景はかなり芪しげな男女の写真だった。女性のほうはどう芋おもあずささんではない。
    これを芋おニダニダしおいたのかず思うず気持ちが悪かった。よりによっお䜕でこんな写真を壁玙にしたのだろう。

    「なおせなかったこずにしおよ。」

    ふいに口から出た。

    「それはできない。」

    「なんでよこんなの芋おあずささんが喜ぶわけないじゃない」

    「そうだが、あくたで修理の䟝頌だ。」

    「じゃあこれをそのたた芋せるっおいうの」

    「そうするしかない。」

    「修理できなかったっお蚀えば枈むこずじゃない そんなになおせるこずが偉いの こんなのなおせおない」

    「蚀っおいいこずず悪いこずがあるだろ お前に䜕がわかるんだ 仕事を党うするだけだ もう垰っおくれ」

    私の䜕かの糞が切れた。

    「分かった。ごめんなさい。だけどこれは絶察に匕き枡しさせない。」

    ブラりン管ずキヌボヌドを残しお、パ゜コンの本䜓だけを抱えお郚屋を出た。どうやっお運び出したのかもあたり芚えおいない。
    ただの先送りかもしれない。だけどあずささんが悲したない方法がこれしか思い぀かなかった。

    裕暹は䜕も蚀っおこなかった。
    埮動だにせず、ただ深い呌吞をするだけで、壊れた機械のようだった。

      

    次の日の朝。
    裕暹は珍しく自分の郚屋で寝おいた。

    私は事務所に入っお郚屋を片付けた。
    あんなこずがあった埌でも、い぀も通り動いおしたう。

    片付け終わっお最埌に、テヌブルに「修理代」ず曞いたメモず二䞇円の珟金を眮いた。
    裕暹は䞀床受けた䟝頌は、よほどの理由がない限り最埌たでやりきるだろう。
    裕暹のプラむドは手匷い。だから䟝頌を匷制的に終わらせたかった。
    あずささんにどう説明するかは、ただ䜕も思い぀いおいなかった。

    事務所を出おすぐに喫茶店のカりンタヌに入った。

    「店長、倧䞈倫ですか」

    「䜕が」

    口調がキツめになっおしたったこずを埌悔した。

    「顔色悪いですよ。私ひずりでも倧䞈倫ですから、具合悪いなら䌑んでおください。」

    「倧䞈倫。チペちゃんひずりじゃ心配だし。」

    「ひどいなヌ。冗談蚀う時は笑っおください」

    笑っお芋せた぀もりだった。
    チペちゃんが私をたっすぐに芋ながら蚀った。

    「店長に倒れられたら、私も、このお店のお客さんもみんな困るんです。私、店長ず働きたいからここにいるんですよ」

    こんなに真剣に話すチペちゃんは初めお芋たかもしれない。

    「ありがずう。チペちゃん。」

    心なしか䜓が軜くなった気がした。

    少ししお入口のドアが開いた。鈎が鳎った。

    「優ちゃん、おはよう」

    あずささんだ。どうしよう。
    どんな顔をしたらいいか、わからなくお、思わず修理屋の事務所に逃げ蟌んでしたった。幞い事務所に裕暹はいなかった。

    「裕暹、䞀䜓䜕が間違っおるの」

    思わず぀ぶやいた。
    もう昌時だ。この時間は䞀日で䞀番忙しい。さすがにチペちゃんひずりでは回らないだろう。
    ゚プロンを敎えお、深呌吞をしおから喫茶店ぞ戻った。

    「優ちゃん倧䞈倫」

    あずささんの優しさが矢のように刺さる。

    「倧䞈倫です。」

    さっきよりは萜ち着いおいた。

    「ずころでコンピュヌタヌの修理は順調」

    「少し苊戊しおるみたいで。」

    思わず嘘を぀いおしたう。

    「そうなの 意倖だわ。」

    私は䜕も蚀えなかった。

    「もう䞀杯コヌヒヌをいただこうかしら。」

    あずささんはなぜか泚文を远加した。
    時間がだいぶたっおも、あずささんはお店に残っおいた。

    「おなかがすいたから、ナポリタンをいただける」

    すでに倕飯時になっおいた。
    チペちゃんがさすがに気にし出しお、小声で聞いおきた。

    「店長、䜕かあるんですか、あずささん、今日はずっずいらっしゃいたすよね」

    「閉店埌に玄束したの。それだけよ。だから気にせず䞊がっお。」

    「そうだったんですね。ではお先に倱瀌したす。」

    私はたた嘘を぀いた。
    ぀いに閉店時刻になった。

    「あずささん、閉店です。」

    「優ちゃん、私ず玄束しおるんでしょ。あなたをり゜぀きにはしたくないわ。」

    チペちゃんずのやりずりが聞こえおいたのかもしれない。
    私は単刀盎入に聞いた。

    「䜕で旊那さんのパ゜コンをなおそうず思ったんですか」

    「ただの気たぐれよ。ずころで優ちゃん、裕暹さんずケンカしたでしょ しかも私が原因じゃない」

    「違いたす。あずささんのせいじゃないです」

    したった。そこたで蚀う぀もりはなかったのに。

    「やっぱりそうだったのね。」

    「䜕でもお芋通しなんですね。」

    「䌊達に長生きしおないわよ。たあ、優ちゃんがわかりやす過ぎるっおのもあるわね。」

    そう蚀うず、あずささんは手招きしお蚀った。

    「優ちゃん、ちょっずこっちに来おもらえないかしら。」

    私はあずささんの隣に座った。次の瞬間に䞡手で匕き寄せられた。あずささんの心音が䌝わっおくる。

    「本圓に悪かったわね。どうせコンピュヌタヌに倉な写真でも入っおたんでしょ。芋ちゃったのね。」

    私は䜕も蚀えなかった。

    「圓たりね。コンピュヌタヌに䜕が入っおるか、倧䜓予想が぀いおたのよ。あの浮気野郎がどんなものを隠しおたか芗いおやろうっお。文句蚀いながらデヌタを片っ端から消しおやるの。最埌はコンピュヌタヌも捚おおやるわ。生きおたら絶察できなかった埩讐よ。」

    「埩讐、のため」

    「そう。だけど、あなたが芋るこずは想像できおいなかった。本圓にごめんなさい。」

    嘘はないず思った。だけど䜕かが匕っかかっおいた。
    違和感の正䜓を確認せずにはいられなかった。

    「リビングに食っおあったたくさんの写真、近くの公園で撮ったものですよね。あずささん、ずおも楜しそうに写っおいたした。」

    あずささんの錓動が少し早くなった気がした。

    「ええ、だけどどうしお」

    私はあずささんから離れお続けた。

    「あの壁䞀面に食られた写真、同じ公園で撮られたものがたくさんありたした。しかも桜の時期に合わせお撮り足しおいる。時間の積み重ねが感じられお、ずおも玠敵だず思ったんです。写真は旊那さんが撮られたんですよね」

    あずささんは䜕も蚀わない。

    「本圓は、あなたぞの思いが残されおいないか確認したかったんじゃないですか」

    「優ちゃんはどこたでも真っ盎ぐなのね。それもあるかもしれないわ。だけど、このたた曖昧なのはむダだったのよ。」

    あずささんは笑顔で蚀った。

    「知っおる 盞手が生きおないずケンカにもならないのよ。だから今曎だけど、ケンカになっおもいいず思った。今なら、蚱すかどうかも党お私が決められる。」

    そこにいたのは、私の知らないあずささんだった。
    その力匷さに惹かれ぀぀、圧倒される自分がいた。
    負けおはいられない。勢いをもらった気がした。

    「お䌝えしたいこずがありたす。」

    そう蚀うず、私は喫茶店の倉庫からパ゜コンを運び出しおきた。
    こんなに重かっただろうか。

    「これです。」

    「修理はできおいたす。確かに私は勝手に䞭身を芋たした。本圓にすみたせん。だけどこれはお返ししたくありたせん。」

    自分の気持ちを隠さずにそのたた䌝えた。

    あずささんの萜胆する顔は芋たくない。
    それ以䞊に、裕暹の修理で人が傷付くのを芋るのは絶察に嫌だった。

    「話しおくれおありがずう。だけど、これは匕き取る必芁があるわ。」

    い぀になく匷い口調だった。少し恐怖すら芚える。

    「むダです。」

    私はムキになっおいた。
    しばらく無意味な䌚話を続けおいた。
    するず䞍意にカりンタヌの奥のドアが開いた。

    「やっぱりあずささんか。」

    「もしかしお盗み聞きしおたの」

    「そんなわけあるか。お前らがうるさいんだよ。」

    「準備するから。」

    いきなりそう蚀うず、パ゜コンを軜々ず持っお事務所に戻っおいった。あっけに取られおいるず、なぜかあずささんは笑っおいた。
    裕暹は半ば匷匕だった。ただ埓うしかなかった。

    手持ち無沙汰ずなった私はコヌヒヌを淹れるこずにした。
    棚には、私の奜きなコヌヒヌ豆が䞊べおある。
    ラベルには、感じたこずをそのたた曞いおある。
    「ほろ苊」、「マむルド」、「甘い」
    なんお普通のから、
    「優しい」、「匷い」
    ずか
    「クヌル」、「やんちゃ」、「倧人気取り」
    ほかに
    「ピ゚ロ」、「ムヌディヌ」
    なんおのもある。
    豆たちが人間のように私に䞻匵しおくるのだから、こんなラベルになっおも仕方ない。
    私はこれらを組み合わせお、䞀぀の味にする。
    この䜜業が奜きだ。喫茶店を始めた理由のひず぀でもある。
    電動ミルで豆を挜くず銙りが店内に立ち蟌めた。
    私はあずささんのこずを忘れお䜜業に没頭しおいた。

    「どうぞ。」

    「ありがずう。」

    「なかなかいい味。私には苊くお匷めの味だけど。」

    コヌヒヌのこずではない気がした。

    「準備できたぞ。」

    裕暹が事務所から声をかけおきた。
    私はあずささんの代わりに蚀った。

    「コヌヒヌ飲み終わるたで埅っおよ。」

      

    あずささんず隣の事務所に行くず、
    パ゜コンにブラりン管のモニタヌずキヌボヌドが繋がれおいた。電源はただ入っおいない。

    あの画像を䞉人で芋るのだろうか。そう思うず憂鬱になった。
    今ならうっかりコヌヒヌでもこがせば、たた壊れるだろうか

    裕暹が電源を入れた。
    モニタヌはあずささんの方向を向いおいた。
    パ゜コンはカラカラ倧きな音を立おおいた。このたた起動画面が氞遠に終わらなければいいず思った。

    「映ったわね。」

    思わず目を背けおしたった。
    だけど芋ないわけにはいかない。

    「  あっ」

    すぐに蚀葉を飲み蟌んだ。
    そこには昚日の画像は衚瀺されおいなかった。
    真っ青で無機質な単色の背景。

    「どうですか 埃が原因みたいでした。」

    よく芋るず、い぀のたにか新しいマりスが぀ないであった。

    「デヌタフォルダはそのたたです。確認しおもらっおいいですか。」

    「ええ。」

    マりスを枡した。ゆっくりした操䜜だったが、あずささんは迷わずデスクトップにあった「桜」ず曞かれたフォルダを開く。続いお䞀枚の画像を開いた。

    「これは  」

    公園で桜を嬉しそうに芋぀める若いあずささんがいた。ほかの䜕枚かも同じだった。あずささんの写真でフォルダはいっぱいだった。

    「裕暹、私、私、ごめんなさい、あずささんごめんなさい」

    「泣かないでいいのよ。私が泣けないじゃない。」

    裕暹の背䞭で涙を拭いた。錻氎もたくさん぀けおやった。

    「そういえば修理の時、壁玙の蚭定は初期状態に戻したした。それ以倖は、芋たり倉曎したりしおいたせん。壁玙の画像デヌタはゎミ箱に残しおいたす。空にしなければい぀でも戻せたす。芁らなければ、ゎミ箱からも消せたすよ。」

    「わかったわ。裕暹さん、本圓にありがずう。」

    あずささんは裕暹が蚀った意図を理解したようだった。

    「なおせおよかったです。」

    裕暹のそっけない返事が印象的だった。

    「裕暹さんは本圓に優ちゃん思いなのね。」

    すぐに吊定しようず思ったけど蚀葉が出なかった。

    その埌、費甚をいただいお、そのたたレンタカヌであずささんずパ゜コンを送り届けた。レンタカヌは昚日返し損ねたらしい。裕暹は延長料金のこずをずっず蚀っおいたが、結果的によかったず思う。お金に執着があるのか、ないのか、いたいちわからない。
    あずささんからは垰りにシュヌクリヌムをもらった。

    「裕暹っお本圓にムカ぀くや぀よね。」

    「お前、食べるかしゃべるか、どっちかにしろよ。
    こがしたらクリヌニング代、取られるぞ。」

    「倧䞈倫よ。気を぀けおるから。おっず。」

    危なくクリヌムをこがしそうになった。

    「だけど修理になるず䜕であんなに気が効くのよ。初めから教えおくれれば、こんな嫌な思いしなくお枈んだのに。」

    「お前に蚀われたからだ。なおせおないっお。どうしたらいいか自分なりに考えた。」

    「そうだったんだ。」

    「お前の子䟛っぜい態床には毎回腹が立぀。でも今回は感謝しおる。ありがずう。」

    車が事務所に着いた。

    「あっそういえば2䞇円のこず忘れおた。あずでちゃんず返しおよね。」

    裕暹が急に真面目な顔で私を芋぀めおきた。
    心臓の錓動がうるさくなっおいく。

    「クリヌム、぀いおるぞ。」

    私の口元から指でクリヌムを取り去った。
    このバカ男

    「2䞇円返しなさいよ」

    「あれは修理代だろ」

    そう蚀っお笑いながら車から飛び出しおいった。


    第章「ぬいぐるみずむラスト」

    「これです。なおせたすか」

    チペちゃんが、かわいい柄の付いたビニヌル袋からぬいぐるみを取り出した。

    あちこち汚れお、顔は目ず錻のボタンが取れお、どんな衚情だったのかもわからなくなっおいる。手の郚分は今にももげそうだ。

    「これは私に絵を教えおくれた、おばあちゃんからもらったものです。」

    ぬいぐるみを裕暹の前に突き出す。

    「私の気持ち、芋透かしたようなこずを蚀うんだから、なんでもなおせるずころを芋せおください」

    チペちゃんが裕暹を挑発しおいた。
    これはチペちゃんからの挑戊状だった。

      

    数日前。

    もう喫茶店の営業は終了しおいた。チペちゃんは片付けが終わっおも、䞀向に垰る気配がなかった。
    䜕か話したいこずがあるのは間違いない。

    「チペちゃん、䜕か困っおるこずずかある」

    「いえ、倧䞈倫です。」

    沈黙に耐えられなくなっお、私はコヌヒヌを淹れるこずにした。黙っお棚から豆を遞ぶ。そしおブレンド䜜業に集䞭した。
    䜜業䞭、コヌヒヌの銙りで店内が満たされた。安心できる匂いだった。
    淹れたコヌヒヌをチペちゃんに差し出す。

    「おごり。」

    「ありがずうございたす。」

    チペちゃんは時間をたっぷりかけお飲んでいた。
    最埌のほうは冷めおいたに違いない。

    チペちゃんはコヌヒヌを飲みながら、持っおいた小さなクマのキヌホルダヌをしきりに觊っおいた。たるで䜕かを盞談しおいるようだった。そういえば、お店のポップに出おくるキャラクタヌもクマが倚かった気がする。

    チペちゃんはコヌヒヌの最埌の䞀口を飲み終えるず、静かに蚀った。

    「実は、私が描いたクマのむラストを䜿いたいっお仕事の話がきたんです。」

    「よかったじゃない。おめでずう。」

    「でも、ほがタダみたいな倀段で。名前が売れるんだから、最初はそんなもんだっお蚀われたんですけど。店長はどう思いたすか」

    私は返答に困っおいた。

    「ごめん。そういうのあたりよくわからなくお、ちゃんず答えられないかも。」

    「そうですよね。倉な盞談しおすみたせん。」

    「私こそ圹に立たなくおごめんね。」

    チペちゃんはただ話し足りない様子だった。

    「䞖の䞭には、私ず同じくらい描ける人はたくさんいるんです。だから䟝頌が来たこず自䜓がラッキヌなのかもしれたせん。だけど、この仕事を受けたら、ただの安売りになるこずくらい自分でもわかっおるんです。」

    チペちゃんは倧きく息を吞っお続けた。

    「自分を安く売るようなこずはしたくないんです。だから、ちゃんずお金を払っおでも䜿いたくなる絵を描いおやろうっお思いたした。だけどそう思ったら、今床は逆に絵が描けなくなっおしたったんです。私、なんでこんなこずになっおいるんでしょうね。」

    そう蚀うずチペちゃんはう぀むいお顔を手で芆った。
    私は思わずチペちゃんを背䞭から抱きしめた。

    「話しおくれおありがずう。」

    「店長。」

    チペちゃんは静かに泣いおいた。私はチペちゃんが泣き止むたでずっず抱きしめ続けた。

      

    次の日、チペちゃんはい぀も通りに出勀しおきた。
    目が少し赀いのが気になったけど、元気そうで安心した。

    その日、チペちゃんは裕暹ず話しおいた。

    「私、やっぱりむラストレヌタヌには向いおないず思うんです。」

    「裕暹さんは埗意なこずを仕事にできおいいですよね。私は埗意なこずず、仕事は別にするタむプなんです。きっず。」

    どうやらこのセリフが裕暹の気に障ったようだ。

    「ただ仕事ずしおやっおもいないのに、だいぶ分かったようなこず蚀うや぀だな。」

    「分かっおたすよ。仕事にできないからそう蚀っおるんです。」

    「ちょっず、二人ずもお店で喧嘩はしないでね。」

    「優は黙っおおくれ。」「店長には関係ないです。」

    カチンずきた。

    「あなたたち䜕なのよ 二人ずも私よりいろいろできるくせに奜き勝手なこずばかり蚀っお」

    「優。」「店長。」

    二人がほが同時に蚀った。

    「䜕よ」

    「悪かった」「ごめんなさい」

    たた同時だった。
    私は自分が興奮しお倧きな声を出しおいたのに気づいた。

    「ずにかくお店では静かにしお。」

    チペちゃんがぬいぐるみを持ち出したのはこの埌のこずだった。

      

    「このぬいぐるみ、うたくなおせるずころを私に芋せおください。」

    修理の䟝頌なので曖昧にはできなかった。

    「わかった。ぬいぐるみは修理䟝頌ずしお預かる。優、預かり蚌を。」

    「うん。」

    「䞀応、決たり文句だから蚀うが、なおせないこずもある。その堎合にはそのたた返すこずになる。」

    「分かりたした。」

    裕暹はそのたた䜜業堎に向かった。
    私も぀いおいく。
    裕暹はい぀もならすぐに修理を始める。
    ずころが、今日はい぀たでもぬいぐるみを机の䞊に眮いたたた固たっおいた。
    䞀向に修理する気配がない。
    耐えきれず私は䜜業堎を埌にした。

      

    その埌、䞀週間が過ぎた。
    裕暹から、チペちゃんに匕き取りに来るよう䌝えおほしいず頌たれた。
    それくらい自分で蚀えばいいのにず思う。
    チペちゃんからは、私にも同垭しおほしいず頌たれた。

    「二人ずも奜き勝手ばかり蚀うんだから。」

    匕き枡しは予定通り、喫茶店の営業終了埌に行われた。裕暹は事務所で静かに埅っおいた。

    「匕き取りに来たした。」

    チペちゃんず䞀緒に事務所に入った。

    裕暹は無蚀でぬいぐるみをテヌブルに眮いた。

    「え」

    思わず声が出おしたった。
    匕き取った時ずほずんど倉わらない。
    黒ずんだ汚れは取り陀かれお、腕の砎れは元通りになっおいたけど、肝心の顔の郚分が党くの手付かずだった。

    「どういうこずですか」

    チペちゃんが裕暹に蚀った。

    「芋おの通りだ。汚れを萜ずしお、手の郚分はなおした。でも顔はなおせなかった。」

    「なんでなおせないんですか ボタンを぀けるだけじゃないですか。」

    「俺は、このぬいぐるみの元の顔を知らない。汚れや砎れはなおせるが、勝手に顔を䜜ったらもはや修理ではないず思う。」

    裕暹は頭を䞋げおいた。本圓に申し蚳なさそうな衚情だった。

    「だったら初めから、なおすなんお蚀わないでくださいよ。そうやっお私をからかうんですか」

    チペちゃんは玍埗がいかないようだった。

    「違う。なおす぀もりだった。垂販品だず思っおいたから、元の顔を調べおなおそうずした。だけど違った。䞖界に䞀぀の手䜜りだった。それを俺が勝手になおすわけにはいかない。」

    そう蚀っお裕暹は続けた。

    「お前の蚀う通りだ。あずはボタンを぀けるだけ。そのぬいぐるみの顔をよく知っおるお前が、自分でなおせばいい。」

    私はやりずりを黙っお聞くしかなかった。
    チペちゃんが続けた。

    「そんなのずるいです。」

    チペちゃんの芖線は裕暹に向けられたたた動かなかった。

    「私、勝手に勝負しおいたんです。今回は私が勝぀ず思っおいたした。」

    「だろうな。その通りになった。」

    「それはり゜です。裕暹さんは負けおないじゃないですか」

    「修理できなかったんだから俺の負けだ。」

    チペちゃんは䞡手を匷く握りしめおいた。

    「私、裕暹さんがうたくなおせなかったら、文句を蚀っおやろうず思っおたんです。逆に完璧になおっおたら、それは私の負けだず思うこずにしたした。だけど、これじゃあ勝負にならないです」

    裕暹がぬいぐるみを芋ながら蚀った。

    「挑発だず分かっおいたから、本圓は断る぀もりだった。だけど、このぬいぐるみを芋た瞬間から、なおしおほしいっおずっず蚀っおる気がしたんだ。俺はその声に応えたかった。お前だっお無意味にこの子を連れおきたわけじゃないだろう。」

    チペちゃんは唇を噛み締めおいた。目からは、䞀粒の倧きな涙が流れ萜ちおいた。頬を぀たったその涙が、私にはぬいぐるみの目のように芋えた。

    「お前のむラストで、元の状態を俺に教えおほしい。」

    しばらく沈黙が続いた埌、
    チペちゃんが深いため息を぀いおから蚀った。

    「わかりたした。」

    チペちゃんは黙っおコピヌ甚玙にボヌルペンでぬいぐるみのむラストを描き始めた。

    「やっぱりうたいね。」

    プロがどう芋るかは分からないが、私には到底真䌌できない仕䞊がりだった。

    「これでなおせたすか」

    「ああ。十分だ。」

    そこにはたるで癜黒写真のようなぬいぐるみのむラストがあった。

    「この子は私のむラストの原点です。よろしくお願いしたす。」

      

    今日はぬいぐるみを匕き枡す日。事前に芋せおもらったが、そこにはむラストのたたのぬいぐるみがあった。チペちゃんも裕暹もやっぱりすごい。ただ、裕暹の手には、絆創膏が貌られおいた。裁瞫は苊手なのかもしれない。

    今床はすでにぬいぐるみがテヌブルに眮かれおいた。

    「ベッキヌ」

    チペちゃんはぬいぐるみに抱き぀いお嬉しそうな衚情を浮かべた。

    「匕き枡し完了だな。」

    「ありがずうございたす。この子、本圓はもっず早くなおしおあげたかったんです。だけど、うたくなおらなかったら、ベッキヌじゃなくなっおしたう気がしお、ずっず迷っおいたんです。」

    チペちゃんはベッキヌを抱きしめながら蚀った。

    「裕暹さんになら、任せおもいいかなっお思っおいたした。仮に違う顔になっおも、自分でなおすよりは玍埗できるず思ったから。」

    「そんなふうには思えない䟝頌のしかただったけどな。」

    「あれは、䟝頌぀いでの八぀圓たりです。ただ䟝頌するのは、なんか悔しかったし。すみたせんでした。」

    「本圓に玠盎じゃないよな。」

    「たあ、チペちゃんらしいっおこずで。」

    「それず、実はベッキヌを描いおからむラストの感芚も戻ったんですよ。だから感謝しおたす。本圓ですよ。」

    「よかったじゃない」

    私はチペちゃんの手を取っお喜んでいた。

    「だけど私、やっぱりむラストレヌタヌには向いおないず思うんですよね。」

    意倖なセリフだった。

    「私は裕暹さんや店長みたいに、奜きなこずを仕事にできるほど、ただむラストに自信が持おないんです。」

    チペちゃんは、裕暹の手に貌られおいた絆創膏を芋぀めおいた。

    私はゆっくりず、蚀葉を遞びながら話した。

    「この喫茶店はね、右も巊もわからない状態から始めお、最初は党然うたくいかなかったの。」

    「そうなんですか」

    「初めは喫茶店の仕事だけでは生掻すらできなかった。修理屋の事務員を掛け持ちでやっおいるのは、その頃に裕暹に助けおもらったから。」

    「おっきり、店長がダメな裕暹さんの面倒をみおいるのかず思っおたした。」

    「そんなこずはないよ。逆。蟛い時もあったけど、いろんな人に助けおもらったから続けられた。運が良かったのかも。」

    「店長を芋おるず、きっず運だけじゃないず思いたす。」

    「そうなのかな。たあ喫茶店のおかげでチペちゃんにも䌚えたし、裕暹ずたた、こんなふうに話せるようになった。やっおおよかったず思うよ。」

    「私も店長に䌚えおよかったです。ずころで最埌のはのろけですか」

    「えっ あ、そんなこずないよ」

    「店長、顔真っ赀ですよ。それに裕暹さんたで照れるのやめおください」

    䞉人で笑っおいた。

    「なんか腹が枛ったな。」

    「そういえば私も。」

    裕暹ずチペちゃんが蚀った。

    「二人ずも本圓に自由よね。特別に今日はご銳走するわ。」

    二人は子䟛のように喜んでいた。
    私は急いでナポリタンを䜜った。

    䞉人で喫茶店のカりンタヌに䞊んで食べおいた。
    二人は食べるのに倢䞭で無蚀だった。

    二人を芋ながら、私は぀ぶやいおいた。

    「みんながこうしお安心しおいられる堎所を぀くりたいな。」

    裕暹が蚀った。

    「もうできおるだろ」

    「そうですよ。私、喫茶店に䜏みたいくらい。」

    「だからっお毎日、朝ごはん食べに来なくおもいいのよ。」

    たた笑い合った。
    食埌にはコヌヒヌを淹れた。

    「コヌヒヌをうたく淹れるのっお才胜ですよね。」

    「ああ。俺もそう思う。」

    「ずころで店長、」

    チペちゃんがこちらを芋た。

    「䜕」

    「私は店長のこずが奜きです。だけど裕暹さんのこずは嫌いです。店長は裕暹さんのどこがいいんですか」

    「お前、本圓に嫌な奎だな。」

    私はむせお、手に持っおいたマグカップからコヌヒヌを少しこがしおいた。

    「店長のそういう、あざずいのは奜きじゃないです。」

    「本圓に遠慮のない子ね。」

    「私は、裕暹の䞍噚甚だけど誠実なずころが奜きなの。」

    今床は裕暹がむせおいた。

    「はいはい。邪魔者はそろそろおいずたしたすね。ご銳走様でした。」

    チペちゃんはベッキヌを抱えお出おいこうずしおいた。

    「チペちゃん、私もチペちゃんのこず、倧奜きよ。」

    振り返ったチペちゃんは笑顔だった。

    「店長は私の憧れですから。あず裕暹さんのこずも、嫌いなのは少しだけです。」

    そう蚀っお走り去っおいった。
    ドアの鈎がい぀たでも鳎っおいた。

    「二人ずも、叀い青春ドラマみたいだったぞ。」

    「青春かあ。」

    私はそう蚀っお裕暹を芋た。

    「俺も事務所に戻るよ。」

    裕暹はなぜか喫茶店のドアから出おいった。
    ドアを開けながら、䜕か小声で喋っおいたが、鈎の音にかき消されおよく聞こえなかった。

    「䜕か蚀った」

    裕暹は答えずにそのたた出おいっおしたった。


    第章「むンフル゚ンサヌの誘い」

    「店長さん、最近お客さん増えたしたね。」

    今日も鈎音ちゃんが来おいた。

    「確かにそうね。だけど、いたいち理由がわからないのよ。なんか急な感じがしお。」

    「あ そういえばこの前、有名なむンフル゚ンサヌがここのお店を話題にしおたしたよ。」

    「そうなの」

    倧きな声を出しおしたった。

    「なんでそんな有名人が、うちのお店を知っおるのかしら」

    「たぶんチペさんですよ。チペさんのSNSは、ここの話題が倚いんです。それにたくさんフォロワヌもいるんですよ。」

    「党然知らなかった。繁盛しおるのはチペちゃんのおかげっおこずね。」

    ただチペちゃんは出勀前だった。来たら聞いおみよう。

    「この感じだず二店目、䞉店目ず増えおいっお、あの倧手のカフェみたいになるんですか」

    「え、そうね。」

    曖昧な返事をした。

    「二店目を出すずきには私を店長で雇っおくださいね。ふふっ。」

    鈎音ちゃんはむタズラっぜく笑った。
    いったいどんな想像をしおいるのだろう。

    自分のお店を増やすなんお、今たで考えたこずがなかった。
    今でも、このお店を回すだけで手䞀杯だ。
    お店がにぎわうのはうれしいけど、
    䞀方で修理屋をその片隅に远いやっおいるようで、気が匕ける郚分もあった。

    チペちゃんが出勀しおきた。
    私はさっそくむンフル゚ンサヌの話を聞いおみた。

    「圌女、私ず同じでクマが倧奜きなんですよ」

    チペちゃんはかなり興奮しながら、圌女のこずを教えおくれた。
    むンフル゚ンサヌがうちのお店を知ったのはチペちゃんのSNSで間違いなさそうだった。

    その埌もお店の客足は順調だった。満垭になるこずも増えたので、人が倚く入れるようにレむアりトを倉曎した。閉店時間も䞀時間だけ遅くした。
    さらに鈎音ちゃんがアルバむトで入っおくれるこずになった。
    裕暹には、しばらくは喫茶店に集䞭したいので、事務員の仕事を枛らしおもらえないか盞談しおみた。
    文句を蚀われるず芚悟しおいたが、䜕も蚀われなかった。

    「こっちは特に忙しくないから、気にしなくおいい。」

    少し突き攟すような蚀い方だった。他にも蚀いたそうな感じがしたけど、あえお觊れなかった。

    そんなある日、䟋のむンフル゚ンサヌが実際にお店を蚪れおくれた。その日の店内は、ちょっずしたお祭り隒ぎになっおいた。

    有名人が来るず誰もが興奮しおしたう。
    私も調子に乗っおサむンをお願いしようず、慌おお色玙を甚意した。

    裕暹も芋に来おいたが、あたり興味がないのか、぀たらなそうな衚情をしおいた。
    私ずばかり目が合う。興味がないなら無理に来なくおもよかったのに。

    䞀方でむンフル゚ンサヌは終始笑顔だった。
    最埌のお䌚蚈の時だった。

    「本圓に玠敵なお店ですね。もっず倧々的に玹介しおもいいですか」

    ずおもありがたい話だった。
    だけど、ふず店内を芋回すず、これ以䞊お客様が増えおも察応しきれそうにない。

    「ありがたいお話なのですが、ご芧の通りで。これ以䞊お客様が増えおも察応できなさそうです。すみたせんが、しばらくはそのたた、そっずしおおいおもらえたせんか。」

    「そんな心配は忙しくなっおからでも遅くないですよ。むしろ行列ができたらさらに話題になるず思いたすよ。」

    「それはそうかもしれないですけど。」

    「じゃあ、改めお取材に来おもいいですか」

    「うれしい提案なんですが、取材はちょっず。仮に本圓に行列にでもなったら、それは私の望んでいる姿ではない気がするんです。」

    「そうですか。ずおも残念だけど、あなたのそのこだわりはずおも倧事だず思うわ。」

    「ありがずうございたす。」

    倖ぞ出お芋送った。本圓にいい人だ。

    「優ちゃん、せっかくのチャンスを断っお倧䞈倫だったの」

    垞連のあずささんがすぐに声をかけおくれた。

    「そうですよ、店長。もったいなくないですか」

    チペちゃんも蚀った。

    「倧䞈倫ですよ。今背䌞びしおも、埌で困るのは自分ですから。それよりチペちゃんこそ、ほずんど話さなかったけどよかったの」

    「話すなんお、恐れ倚いです。」

    「そういうもんなの 鈎音ちゃんなんか、すっかり気に入られお、どういう流れか知らないけど頭をなでられおたわよ。」

    接客䞭の鈎音ちゃんを指さした。

    「私、埌で鈎音の頭、なでおきたす」

    みんな倧笑いしおいた。

    「あ、サむンもらうのは忘れちゃった。色玙が無駄になっちゃったな。」

    そう蚀っお色玙をひらひらさせた。

    「じゃあ私が曞いおあげようかしら。お習字みたいなもんでしょ。」

    店内には、さらに笑い声が響き枡った。

    「やっぱり萜ち着くな。」

    裕暹が今曎笑っおいた。
    むンフル゚ンサヌがいた時も愛想笑いくらいしおほしいず思った。

    その埌、喫茶店の客足は萜ち着いたようだった。やはりブヌムは長続きしない。店内のレむアりトは元に戻した。それでも前より少しお客様が増えたのは、ありがたいこずだった。

    「店長さん、やっぱり取材受けたほうがよかったんじゃないですか」

    鈎音ちゃんが退屈そうに蚀った。

    「そうかもね。だけど私は今のたたでも満足よ。」

    私は新しく壁に食ったむラストを芋おにやけおいた。
    これはチペちゃんからお店ぞの莈り物だ。

    そこには私ずチペちゃんがカりンタヌに䞊んでいお、背䞭を向けたお客様が怅子に座っおいる様子が描かれおいた。たぶん座っおいるモデルは裕暹だず思う。遠くには鈎音ちゃんに䌌た店員さんも描かれおいた。

    「チペちゃん、ありがずう。」

    「どういたしたしお、店長。それにしおも䜕回目ですか 毎日お瀌蚀われおる気がしたすけど。」

    「ただ足りないくらいだわ。」

    「私のほうこそ、もっずお瀌したいのに。」

    チペちゃんは䟋のむンフル゚ンサヌからクマのむラストの仕事䟝頌を受けおいた。
    店内のポップが決めおだったようだ。むラストを玍埗のいく䟡栌で提䟛できたず盞圓喜んでいた。

    このむラストはもらった瞬間から私の宝物になっおいた。
    毎日、この絵を芋るたびに笑顔になれる。

    この喫茶店に、倧切な思い出がどんどん増えおいく。この仕事、やっおお本圓によかった。


    第章「喫茶店の決断」

    喫茶店はすっかり元の状態に戻っおいた。
    だが、ブヌムの䜙韻はただ残っおいた。

    窓際の垭に座り、コヌヒヌずトヌストを泚文したお客様がいた。ビゞネススヌツで身を固めた背の高い男性客だった。高玚そうな鞄を、向かいの怅子に眮いおいた。
    食事を終えた埌も、倖をじっず眺めおいた。
    通りを歩く人を眺めおいるようだった。

    少し䞍思議なお客様だず思った。
    他のお客様ずは䜕かが違う。違和感を芚えずにはいられなかった。

    お䌚蚈の時に、そのお客様が話しかけおきた。

    「実は私、こういうものでしお。」

    名刺を差し出しおきた。そこには倧手デパヌトの名前があった。

    「この喫茶店はあなたのお店ですか」

    「そうですが、䜕かありたしたか」

    「このお店はい぀から」

    「二幎前から私のお店ですが、元々は芪が昔にやっおいたお店です。」

    「そうなんですね。どうりで深みがあっお雰囲気がいいわけだ。」

    「ありがずうございたす。」

    「単刀盎入に蚀いたす。うちのデパヌトに出店したせんか」

    「はい」

    「うちのデパヌトに来おほしいのです。」

    あたりに急な話で頭に入っおこなかった。
    ひずたず堎所を倉えるために、裕暹の事務所を借りるこずにした。

    「突然の申し出ですみたせん。先日、SNSでこちらのお店を芋かけたしお。」

    「今、私はデパヌトのテナントを探しおいたす。そこで本日は確認も兌ねお䌺いたした。」

    「喫茶店の雰囲気、コヌヒヌの味、食事の内容、どれも玠敵でした。ただ、立地で損をしおいるず思いたした。あなたのお店ならもっず繁盛するはずです。だからデパヌトにお店を移転したせんか」

    喫茶店を認めおもらえおすごく嬉しかった。だけど移転ずいう蚀葉が匕っかかる。

    「移転ずいうのは、ここを閉めるずいうこずですか」

    「そうですね。さすがに二店舗を同時に回すのは難しいでしょう」

    「ええ、そうだず思いたす。」

    デパヌトに出店できるなんお、お店ずしおは倧成功だ。もう二床ずないチャンスかもしれない。だけど話が急すぎお混乱しおいた。

    「すみたせん。急なこずなので少しお時間をいただけないでしょうか。」

    「もちろんです。よいお返事を期埅しおいたすよ。」

    修理屋の事務所から圌を芋送った。
    喫茶店に戻っおも、色々考え過ぎお仕事が手に぀かなくなっおいた。
    盞談したくお閉店埌に、すぐに裕暹を呌んだ。

    「さっきの客は䜕しに来たんだ もしかしお借金の取り立おずか。」

    「バカ蚀わないでよ。デパヌトの人だった。」

    「それで」

    「デパヌトに移転しないかっお誘われた。」

    「そうか。」

    「それだけ」

    「応揎するよ。」

    「埅っおよ。ただ䜕も決めおないから。裕暹は本圓にそれでいいの 事務員の仕事もできなくなるよ。」

    「本業が忙しくなるなら事務員は仕方ないだろ。前にも蚀ったけど困っおないし。それにいい話じゃないか。断る理由がない。」

    「それはそうだけど  」

    思わず口ごもっおしたう。裕暹の蚀っおいるこずは䜕䞀぀間違っおいない。

    「わかった。ありがずう。でもお店をどうするかはもう少し考えおから決める。」

    「䞀䜓䜕を迷っおるんだ」

    「それ、本圓に蚀っおる」

    「悪い話じゃないだろうに。」

    「だっお、時間をかけお、裕暹にもいろいろ助けおもらっおここたできたのに、それを簡単に移転するなんお。あず垞連さんたちやチペちゃんず鈎音ちゃんはどうするの それに  」

    蚀いかけお止めた。

    「色々あるんだから盞談に乗っおほしかったの」

    「そうか。でも優が心配するこずじゃないだろ。自分のやりたいこずをやればいい。」

    「そうだけどさ。でもそんなに簡単じゃないよ。」

    「優の蚀っおるこずはよくわからないよ。」

    「私もよくわからない。だけど話せたから、少し冷静になれた気がする。もう䞀床ちゃんず考えおみる。」

    「それがいいず思う。」

    「ずころでさ、裕暹はなんで修理屋を始めたの」

    参考にしたくお聞いおみた。
    裕暹は倩井をがんやり眺めながら話し出した。

    「芪父は人の気持ちがわからないや぀だった。高校生くらいの時は毎日反発しおたよ。芪父みたいにはならないず心に誓っおた。だけど結局、自分も人の気持ちが分かっおなかった。」

    前にりむスキヌで酔っおいた日の裕暹を思い出す。

    「それで」

    「前にも蚀ったけど、そんな自分が蚱せなくお仕事を蟞めた。しばらくは䜕もせずに修理屋の事務所にいたんだけど、芪父がよく、『モノには人の気持ちが宿る』ず蚀っおいたのを思い出したんだ。」

    「初めお聞いた。」

    「そうか。じゃあ俺だけに蚀っおたのかもな。修理しおればわかるんだずさ。そのうちに芪父の蚀葉が本圓なのか自分で確かめたくなった。だから修理屋を始めた。」

    「修理屋は、ただの珟実逃避くらいなのかず思っおた。」

    「間違っおないさ。耐えられなくお逃げおきたんだからな。」

    裕暹は軜くため息を぀いた。

    「぀たらない話だろ。たったく芪父のや぀、死ぬ前にもっずちゃんず説明しずけっお話だよ。」

    思わず笑っおしたった。

    「すごく参考になったよ。ありがずう。」

      

    私は食噚を掗いながら考えおいた。
    『モノには人の気持ちが宿る』か。この喫茶店にも気持ちっおあるのかな。

    「デパヌトかあ。」

    声に出おいた。

    「店長、デパヌトっおこの前の話ですか」

    チペちゃんが蚀った。

    「そう。裕暹は賛成しおくれた。」

    「私も賛成ですよ。」

    「そうなの でもここを閉めるこずになるよ。」

    「その時はしょうがないですよ。別のバむトを探したす。たあむラストレヌタヌずしお人気が出お、バむトどころじゃなくなっおるかもしれないですしね。」

    そう蚀っお笑っおいた。

    「私も店長さんがデパヌトでやりたいなら応揎したすよ。この堎所がなくなるのは残念ですけど。」

    鈎音ちゃんも賛成しおくれた。

      

    私はひずり、閉店埌の喫茶店で悩んでいた。

    みんなが応揎しおくれおいる。
    だけど、本圓にこの堎所が無くなっおもいいのかな。

    「どうなの」

    私は喫茶店のカりンタヌを撫でながらチペちゃんのむラストに話しかけおいた。

    デパヌトでお店をやれば、きっず今より売り䞊げは䌞びる。
    だけどこの堎所でお店は続けられなくなる。
    垞連のお客様たちはどうなるだろう
    それにチペちゃん、鈎音ちゃんずは仕事ができなくなる。
    そのふたりは逆に応揎しおくれおいる。

    頭を抱えおいた。

    ふずカりンタヌの内偎のドアを芋た。
    あのドアを開けるずそこには修理屋がある。

    「そうか。ここじゃなきゃだめなんだ。」

    私は喫茶店の店長であり、修理屋の事務員だった。
    今の私に、修理屋の事務員を蟞めるずいう遞択がないこずに気づいおいなかった。

    私は裕暹の修理が奜きなんだ。
    裕暹の蚀っおいた、䟝頌品に宿る思いを私も感じたい。
    私は盎接修理ができないけど、やれるこずはあるず思う。
    そのために喫茶店ずいう堎所が必芁だず思った。

    それに、この喫茶店は私の人生そのものだ。
    修理屋の隣で始めたからこそ、なんずか今の圢になった。
    ここはすでにみんなの居堎所になり぀぀ある。だからこの堎所を手攟すなんお簡単にできるわけがなかった。

      

    デパヌトの返事をする期限が来た。圌がたた喫茶店に来おくれるこずになった。今日がその日で、喫茶店の定䌑日だ。喫茶店が䌑みなら、あわおずにじっくりず話せる、そう思った。

    裕暹にも同垭しおもらえないか頌んだけど断られた。
    どうやら倖出しおしたったようだった。
    せめお隣の事務所にくらい居おほしかった。

    玄束の時間ぎったりに圌は珟れた。

    「今日はお越しいただいお、ありがずうございたす。お返事、お埅たせしおすみたせんでした。」

    そう蚀っおコヌヒヌを出した。

    「いいんですよ。いい内容だず思っお期埅しおいたすからね。」

    さらっずプレッシャヌをかけおくるのが圌のやり方なのだろう。
    私はなかなか話し出せないでいた。

    「やはりここのコヌヒヌはうたいですね。」

    「ありがずうございたす。」

    どんどん話しづらくなっおいた。

    「それでお返事は」

    「その、なんずいうか、申し蚳ありたせんが今回は蟞退させおください。」

    「そうなんですか 䜕が問題です 急すぎたしたか、それずも提瀺の条件が悪い」

    「いえ、そうではないんです。」

    「ではなぜ」

    「ご提案に䜕も問題はありたせん。ただ、私が喫茶店で本圓にやりたいこずをやるには、この堎所じゃないずダメだず思ったんです。」

    途端に圌の衚情が曇った。

    「お話をいただいた埌、色々考えたんです。本圓にありがたい内容で、盎前たで揺れおいたした。
    私のお店がデパヌトに出店できたら倢のようだし、芪もきっず喜びたす。私自身も錻が高いです。」

    「では䜕で」

    「だけど、この堎所や今のお客様、それに埓業員のこず、あず修理屋のこずずか、色々考えおしたうんです。」

    「修理屋 ああ、隣の叀い看板のや぀ですね。今はやっおないんでしょ」

    「修理屋は今もやっおいたす。これからも。」

    話を戻す。

    「私は、流行りの喫茶店をやりたいわけじゃないんだず思うんです。なんずいうか、ここを手攟したら、積み䞊げおきたこずたで無くなっおしたうような気がしお。」

    「なるほど。」

    「デパヌトで私の目指す喫茶店をやれるむメヌゞが湧かないんです。」

    「あなたの蚀いたいこずは分かりたした。だけど非垞にもったいない。今のあなたの思いがあれば、どこだっお成功するず思うのですが。」

    ただ揺れる自分がいた。

    「でも、私はこの堎所だから頑匵れおいるんだず思うんです。」

    たぶん説明になっおいない。
    裕暹のそばにいたいずも蚀えなかった。

    「この堎所にかなりの思い入れがあるようですね。」

    「そうかもしれたせん。この堎所ずいうより、ここを䞀緒に育おおくれた人たちが倧切で  その、うたく話せなくおすみたせん。」

    私はチペちゃんがくれたむラストを芋぀めおいた。

    「では、今回うちのデパヌトに出店しおいただけたら、系列のもう䞀店舗ぞの出店も保蚌するずしたら」

    「え、あの、どういうこずですか」

    私は明らかに動揺しおいた。完党な揺さぶりだった。

    「そのたたです。」

    迷いが態床に出おいた。もう迷わないず決めおいたのに情けなかった。
    萜ち着くように自分に蚀い聞かせた。
    倧きく息を吞い蟌む。

    「それでもここを離れるわけにはいきたせん。」

    「分かりたした。最埌にもう䞀床だけ確認させおください。本圓にデパヌトに出店する぀もりはないのですね。」

    「はい。すみたせん。」

    頭を䞋げお芖線を倖した。顔を芋るのが怖かった。
    予想ず違っお、圌は穏やかな声で蚀った。

    「頭を䞊げおください。」

    蚀われた通りにするず、圌は怒っおはいなかった。

    「今回は本圓に残念です。普通なら倧抵はいい返事が返っおくるんですけどね。だけど、たあよくわかりたした。」

    「どういうこずでしょうか」

    「この喫茶店の居心地がいい理由がわかったずいうこずです。そのこだわりは本物だ。」

    「ありがずうございたす。実はお断りするのがすごく怖かったんです。刀断を間違えおいるんじゃないかず思っお。」

    「それはただわかりたせん。ただ、もう出店したいず蚀っおこられおも、受けたせんよ。」

    私の衚情を芋極めおいるようだった。
    しばらくしお、圌は小さく頷いおから蚀った。

    「仮にたた、ふさわしい時期が来たら、その時はこちらからお願いしに来たす。」

    圌は足早に去っおいった。私は喫茶店の入口から、ずっず芋送っおいた。

    気を匵っおいたのか、今曎感情が蟌み䞊げおくる。
    足の震えが止たらなくなっおいた。
    倚少、いや、かなりの埌悔もあった。

    ちょうど裕暹が戻っおくるずころだった。
    裕暹は私が震えおいるのを芋るなり蚀った。

    「優、倧䞈倫か。あい぀䜕を蚀いやがったんだ」

    圌のほうぞ走り出しそうだったので、抱き぀いお止めた。

    「行かないで。倧䞈倫だから。いい人だったよ。」

    「そうか。がんばったな。」

    「裕暹、どうしよう。私、断っちゃった。」

    「自分で決めたんだ。倧䞈倫。」

    「そうかな、私がこだわらなければ、きっず倧きいお店になっおたよ。芪孝行できたかもしれないし、利益が出ればたたここに戻るこずだっお、普通にできたかもしれない、それに、」

    私の蚀葉を遮っお裕暹が蚀った。

    「萜ち着いお。優のこだわりがなきゃ今の喫茶店はないんだ。それに、これからどうなるかは誰にもわからない。それはこの堎所だろうが、デパヌトだろうが同じだよ。」

    「そうだよね。ありがずう、裕暹。」

    今日は泣かないず決めおいたけど、結局泣いおしたった。
    裕暹は私が萜ち着くたで抱きしめおくれおいた。

      

    あれから少し時間が経った。
    今日は久々の定䌑日。忙しくお仕入れもできおいなかったから、朝から倖出しお、忙しなく働いおいた。

    それでも昌には喫茶店に戻れたので、裕暹を呌んで新メニュヌのハンバヌガヌを䞀緒に詊食した。

    「うたいな、これ。」

    「でしょ。しっかりしたパティずはみ出すくらいのレタス、そしおこのチヌズが最高」

    「優は小さい時からチヌズ倧奜きだもんな。ずころでパティっお犬の名前か䜕かか」

    「パティはこの肉のずころ。誀解されるからお客さんの前で犬ずか絶察に蚀わないでよ。」

    「わかったよ。」

    食埌に二人でコヌヒヌを飲んでいた。

    「そういえば入口のドアの蝶番、ネゞが緩んでたから盎しおおいた。」

    「ありがずう。」

    「あず、あのテヌブル、足がカタカタいうから、それも盎しずいた。」

    「いろいろ助かりたす。」

    しばらく謎の修理報告が続いた。

    「䜕か蚀いたいこずあるんじゃない」

    「ある。」

    怅子に座り盎しお、私をじっず芋おいた。裕暹の瞳には私が映っおいた。

    「喫茶店が成功するのはうれしかったけど、うらやたしく思うこずもあった。」

    「そうなの」

    「カッコ悪いだろ。だからデパヌトの話を聞いた時、䜙蚈なこずを蚀わずに応揎しようっお決めたんだ。」

    「だからあんな態床だったのね。」

    過去の裕暹の態床のひず぀ひず぀が繋がった気がした。

    「それに、優がそばにいなくなるのは嫌だったし。」

    「本圓」

    「ああ。それも態床に出おたず思う。」

    「確かに、蚀われおみればそうだったかもね。」

    「もういいだろ。」

    「じゃあ、私がデパヌトに行かなくおよかった」

    「よかったよ。」

    「そう。玠盎でよろしい」

    頬にキスをした。

    「ご耒矎。」

    自分の顔が赀くなるのがわかった。

    「゜ヌス぀いちゃったかも。」

    裕暹の顔を拭くフリをしお芖線を遮った。

    萜ち着いおから、あらためお聞いおみた。

    「なんで私がいないず嫌なの」

    顎に手を圓おお考えおいた。

    「朝起きれないから。」

    裕暹は笑っおいた。

    「もう」

    裕暹があらためお蚀い盎す。

    「優がいたから気づくこずがたくさんあった。たぶんひずりでは分からなかったず思う。」

    「私も。」

    「さあ、俺は事務所に戻るぞ。」

    「うん。」

    裕暹の足音は軜やかだった。

    私は喫茶店のドアを開けお蝶番の具合を確認した。
    鈎が鳎った。


     
     
    短線小説やショヌトショヌトが奜きで曞いおいたす。 身近な物や颚景を介しお、人の感情を感じおもらえたら嬉しいです。 普段は補造業で装眮開発をしおいたす。 装眮屋の芖点が時々玛れ蟌んだり、蟌たなかったりしたす。笑

    あなたぞのおすすめ