芋出し画像

人は、蟿れし物語ず共に旅ぞ出る

 肩を揺り動かされたらしく、芋䞊げるず栗色の髪の嚘さんが笑顔で立っおいた。
「バスタヌミナルですよ」
 あやばい。
 路線バスの䞭で、䞍芚にも眠りこけおいたらしく、圌女は心配しお芋知らぬ僕に声をかけおくれたらしい。長距離バスの発着するグラナダのバスタヌミナル前。
「ムチャス  グラシアス」 泚1
声をかけおくれたその嚘にお瀌を蚀っお飛び降りた。

サルヌ也杯🍻


 その日は、朝早くスペむン南郚のアンダルシア州マラガからバスに乗り、グラナダに着いたあず路線バスに乗り換え、アルハンブラ宮殿を目指しおいた。
 しかし、ペヌロッパ到着時からスマホのeSIM蚭定が䞊手くいかず、むンタヌネットでの地図怜玢も利甚できない状態であった。そのため、やむなく昔の旅に逆戻りしたかのように、ネットが䜿えない状態で旅を続けおいた。
 地図も持っおいないので、䜕凊で降りおよいかも分からない。ずりあえず街の䞭心郚近くたで行き、おおよその感芚でアルハンブラ宮殿ぞ向かっお歩き出す。
 途䞭、通りすがりの人に道を尋ねながら、坂を䞊っお行くず、写真を撮っおいた背の高い男性に出䌚った。道を尋ねるず、右だ巊だず説明しおくれるが、僕が理解できおいないず察知したのか、䞀緒に連れお行っおあげるず蚀う。 え もしかしたら、だたしおお土産屋などに連れお行こうずする人かも ず思ったが、しばらく雑談を続けおいるず、悪い人ではなさそうなので、䞀緒に行くこずにした。
 話によるず、若い頃、出身囜の北郚ペヌロッパからグラナダの倧孊に留孊しお、そのたたこの地に䞉十数幎䜏んでいるらしい。今日は仕事が䌑みなので、趣味の写真を撮っおいたずころだず蚀う。
 その埌、急募配の小道をゆっくりず䞊りながら、芳光客はあたり行かない宮殿呚りや、ロマ族ゞプシヌの人々が倚く䜏んでいる集萜などを散策。
 その日は気枩が高く、疲れ気味だったので、僕の方から、ビヌルが飲みたいね ず切り出した。するず、自分の知り合いのカフェが近くにあるので、ビヌルを杯おごるよ、ず笑った。ビックリであった。こちらがおごらなきゃならないのに。
 二人で、冷たいビヌルをクヌッずやっおいるず、通りすがりや車の䞭から圌に声をかけおくる。どうやら知り合いが倚いらしい。爜やかな颚ず気持ち良い安らぎの時間が過ぎる。
「この埌、行き぀けのバル居酒屋があるので、そこで䞀杯やろう」
ず声がした。
 しかし、・・・
 未だ疑いが残っおいたので、少しためらったあず、信じお䞀緒に行くこずにした。
 居酒屋では、再びビヌル片手に、サルヌ也杯 から始たった。
 圌が奜みだずいう地酒も泚文。䞀口飲んでみるず、なかなかいける。さらに、スペむン名物のタパス料理酒のアテの䞀品料理も幟぀か。
 流石に、この時点で疑いはずれ、二人ずもほろ酔いながら、それぞれの蟿れし人生の物語を、たさに旧知のアミヌゎのように語り合った。
 やがお、二人は居心地よかった居酒屋のカりンタヌを離れた。
「ここは俺におごらせおくれ」
僕は二人分を支払い、満悊な顔でドアを開けた。
 日差しがたぶしい。
 近くのバス停たで歩き、アディオス ず蚀っお別れた。
 そのあず、䞍芚にも、僕はバスの䞭で眠っおしたい、倱態を起こしおしたったのである。

 今幎の月初旬、21日間の䞖界䞀呚から無事に我が家に垰り着いた。旅が終わり、甊っおくるのは、人々ずの出䌚いや、その出来事が圧倒的に倚い。歳を重ねるに぀れお、珟地の人々ず話したり、その土地のこずを聞いたり教えおもらったりするこずが、芳光斜蚭などを巡るより、奜きになっおきたように感じおいる。
 旅では、予期せぬハプニングやトラブルが぀きものである。僕も類にもれず、それが突然おきるず、䞀時的に萜ち蟌むが、そこから抜け出すのに苊悩しながらも、出来るだけ早く、心や気分、又は考えや予定を切り替えるようにしおいる。
 今回の旅でもいく぀か遭遇した。その䞀぀に、アむルランドのダブリンからトロント経由でカルガリヌに行くフラむトが、予玄完了の半月埌、3時間おそい乗り継ぎ䟿に倉曎されおしたった。その為、カルガリヌでの宿の最終チェックむン、倜時迄に間に合わなくなっおしたった。あいにくず、その泊分は払い戻し金がれロの予玄条件。泊でも䞍泊たりやキャンセルするず、その分は返金されない。
 やむなく、チェックむンが分ほど遅れるので埅っお欲しい、ず宿ぞメヌルを送った。しかし、返信はノヌであった。宿の案内をみるず、倚少の遅れがおきた堎合、予め連絡いただければ察応したす、ず曞いおあったのに・・。
 しかたなく、その時間でもチェックむン可胜な宿を新たに探さなければならなくなった。翌日は珟地発着のツアヌを申し蟌んでいたので、この際、ツアヌの送迎地点から埒歩圏内で宿が芋぀かれば、連泊しおも良いかなず思った。
 予玄サむトで、うたい具合に連泊分の宿が芋぀かった。泊目だけは圓初の宿に泊たるこずにした。ノヌの返事をくれたその宿の雰囲気や、人を、行き先は違えど次回の旅ぞの参考の為に。远加の泊分は痛い出費ずなった。だが、良い方だけを芋るこずにしお、予玄を決断した。
 新しく予玄した宿は6人のドミトリヌ郚屋で、街の䞭心郚に近く、結果的に䟿利で楜しく過ごすこずができた。ただ、宿のたわりは路䞊生掻者が非垞に倚く、いたるずころにたむろしおいお、それにショックを受けたずいう同郚屋のスペむン人男性は、芳光に来たずいうのに、その人達ぞの炊き出しボランティアに行く、ず朝早く宿を出た。ドア近くの䞋段ベッドに寝おいたダバむ感じの若者は、芋かけによらず職業は歯医者で、垂内病院での甚事の為に長期滞圚䞭だずいう。たた、朝食を䞀緒にしたメキシコ人男性はアヌチストで、この街の倧孊から招聘されお来たのだず話しおいた。それぞれがここに来るたでの物語を持っおいた。圌らに䌚えお、いろいろ話ができただけでも、この宿に宿泊しお良かったず思った。たさに、灜い転じお・・である。

 人ずの出䌚いは本圓に䞍思議なものだ。䜕も旅しおいる時だけの話ではない。偶然ずか、奇跡的ずか、様々な蚀い方はあるけれど、䜕かネガティブなこずが起きた時に、ポゞティブな方角ぞためらわずに切りかえるず、新たな道が開け、新たな人々に出䌚い、最終的に、楜しかった、ずいう道筋になるこずが倚くある。
 グラナダのバルで䞀緒に飲んだ圌ずも、もし、僕のスマホのeSIMがトラブル無く䜿えおいれば、ネット怜玢で簡単にアルハンブラ宮殿たで歩いお行けたはずである。そうすれば、圓然、圌に䌚うこずもなかったに違いない。
 このような出䌚いは、昔のこずだが、半䞖玀ほど前の忘れられない旅を甊らせおくれる。

貚物列車は、ボリビアのりナニ塩湖を抜けチリ囜境ぞ


 半䞖玀ほど前、僕は南米のむグアスの滝近くのブラゞル偎のむミグレヌション オフィスに立っおいた。

 そこに至る䞀月ほど前に、ボリビアのサンタクルスからブラゞルぞ入囜しようず詊みたのだが、ラパスにあるブラゞル倧䜿通ず同様に、ビザを取埗するこずができなかった。様々な理由があるず聞いたのだが、あくたでも噂なのでここでは蚘述しない。その為、他の堎所でビザ申請せざるを埗なくなり、再びアンデス方面ぞず向かった。飛行機ず鉄道を乗り継ぎ、アンデス山䞭のりナニ村でチリ行きの囜際列車に乗り換えるずいう蚈画である。
 しかし、圓日、䜕ずその囜際列車に乗り遅れるこずになっおしたった。
 早朝、出発時刻に間に合うよう駅に行くず、䜕故か倖囜人旅行者は芋かけなかった。しばらくしお、蒞気機関の倧きな音ずずもに列車がホヌムに入っお来た。さっそく乗り蟌む。だか、䜕かおかしい バックパックを背負った旅行者を車内で党く芋かけない。䞋車しようずしおいる人に聞いおみた。
「この列車はチリに行くのか」
「いや、違う。これはアルれンチンに行くよ」
え 泚2
 すぐに飛び降りた。
 もう䞀床、䞋車した人に聞いおみるが、同じ返事だ。
 なぜだ
 駅員に尋ねるず、驚きの返事がかえっおきた。
「今日のチリ行きの蒞気機関車ぱンゞンの調子が良く、早く駅に到着しお、既に出発した」
そうか、だから宿で芋かけた旅行者たちはいなかったのだ。圌らは既にそのチリ行きの列車で出発したに違いない。もしかするず、このようなハプニングがおきるこずを、事前に口コミか䜕かで知っおいたのかも知れない。
 いやたいった。
 週䞀䟿の運行なので、䞀週間埅たなければならない。珟圚では、りナニ塩湖ずしお䞖界的に有名な芳光地だが、圓時は党く無名で、村には暇を぀ぶせるような堎所などなかった。
 ダメもずで、駅ず亀枉しおみるこずにした。
「旅客列車がなければ、貚物列車に乗せおくれないか」
その埌、返事を駅舎で埅ち、昌近くになった。
「あの貚車に乗っおろ」
構内にポツンず䞡だけ停たっおいる貚車を駅員は指差した。
 䜕も積んでない貚車に暪になり、うたた寝をしおいるず、2・3時間ほどしお、突然、ガシャンず倧きな音ず共に動き始めた。
 駅舎に行くず、駅員が笑みを浮かべながら話し始めた。
「この貚物列車でチリの囜境たで行き、そこから別の貚物列車に乗りかえろ。チリ偎には連絡しおあるから」
 䞇歳 嬉しかった。日本匏に頭を䞋げ握手した。
 予想倖の貚物列車の旅が始たった。
 囜境を越え、チリのアントファガスタたで2泊3日かかるらしい。䜕も積んでない貚車に䞀人ゎロンず暪になり、重くお倧きな鉄補の扉を開け、癜い雪原のようなりナニ塩湖を抜け、倜になっお囜境に着いた。そしお、プラットフォヌムのベンチで倜を明かし、貚物列車を乗りかえ、流れゆく半砂挠の景色をがヌっず眺めながら、再び倜が来た。月明かりに照らされた荒野や、時々停たる芋知らぬ駅、チチチず虫の音が聞こえたりもした。そんな䞭のずある駅で、列車の車掌が線路の砂利を螏みながらやっおきた。最埌尟の車掌車に来い、ず蚀う。
「今晩はここで寝おいいから」
車掌は車内の簡易ベッドを指さした。
 そしお、車内の小さなキッチンで料理を䜜り、食べろ、ず差し出しおくれた。朝食のあず䜕も食べおなかったので、嬉しくお、矎味くお、感謝、感謝であった。
 やがお、前方に青い海を芋枡せる倧きなカヌブにさしかかった。久しぶりの倪平掋だ ああ、この向こうに日本があるのだ ず感傷的になった。鉄道員たちの心の枩かさに、感謝ず喜びの感情が湧き䞊がっおくるのを芚えた。
 その埌、銖郜のサンチャゎから再びアンデスを越え、アルれンチンの倧地を暪切り、ブ゚ノスアむレスからラプラタ川沿いにパラグアむのアスンシオンぞ向かった。そしお、倜行バスで、ようやくこのむグアスの滝近くの囜境たで蟿り着くこずができたのである。
 
 入囜係官は、僕がパスポヌトを芋せる前に、軜蔑するような目぀きで蚀葉を発した。
「◎△▲」
え 
 ブラゞルは、日系人も倚く、たた瀟䌚的にも掻躍されおいる囜なので、よもや ず思った。それたで旅しおきた䞭南米の囜々では、倧人や子䟛から、アゞアのある䞀぀の囜籍名を、䟮蟱的な態床ず共に济びせられるこずが数倚くあった。
「ハポネス」 泚3
ず蚀い返すず、急に笑顔になり、続ける蚀葉は決たっおいた。
「ハポンは凄い」
「○○○、▲▲▲・・・」
など有名な日本䌁業名を連発しお、態床も急に笑顔に倉わるのであった。これは、確かに䌁業名を賞賛しおるこずに間違いはないのだか、それ以倖にも、珟地で働いおいる駐圚員やビゞネスマン、政府関係者、旅行者、など様々な日本の先人達が、長い間、モラルある態床や行動をしおきたこずも、人々から慕われる理由のひず぀ではないかず思った。先人達に感謝である。たた、囜籍によっお、人々の態床がこんなにも違うのかず、身をもっお知らされた思いがした。
 今でも、この差別的な蚀葉を思い出すず、僕は心が動揺する。それは、その囜籍の人間に間違われたこずではなくお、その差別を含んだ蚀葉を発する人々に察しお怒りたくなるのである。
 なぜだろうか その囜籍の人々にも䜕か理由があるはずである。旅をしながら、䜕床も考えさせられた。その理由のようなものは幟぀か聞いた。それは根拠のない私芋か 噂なのか 僕は、孊者でもないので、その真意は分からない。だが、僕はこの蚀葉に察しおストレスが溜たりうんざりしおいた。

 入囜手続きは、ずりあえず無事に終わった。パスポヌトを返しおもらう時、係官に笑顔をかえす気にもならなかった。
 建物を出るず、むグアスの滝はすぐ近くにあるはずであった。朚立の奥に氎煙が芋え、瀑垃の音も聞こえおいた。しかし、僕は真っ盎ぐバス停ぞ向かった。気分は完党に疲れおいた。その為、滝を芋に行く気持ちになれなかった。サンパりロ行きのバスを芋぀けるず、そのたた跳び乗っおしたった。せっかく、この滝を芋るためにやっお来たずいうのに・・。
 バスは車窓に緑の倧地を芋せながら快適に走り続けた。
 時々、バスタヌミナルで停車しおは、乗客が乗り䞋りしおいく。それら倚くの人々を芋おいるず、倚様な顔立ちや颚がうをしおいる。西掋系、アフリカ系、むンディオ系、アゞア系、たた、服装や荷物もたちたちで、淡い暖色系の埃のなか、倧人や子䟛も入り混じり、抌し合いぞし合いしながらバスを囲んでくる。皆、この時間、この堎所に、老若男女それぞれが人生の物語を背負ったような姿で立っおいる。生きるために、䞀生懞呜なさたが䌝わっおきた。
 その埌、バスは昌食のために倧きなドラむブむンに着いた。䞋車埌、僕も、レストランに入った。朝食も食べおいなかったので腹ペコだ。隣の垭で食べおいた人の料理が矎味そうだったので、同じものを泚文。
 運ばれおきた倧皿の料理を、食べ始める。
 矎味い
 食べきれるかな ず思ったが、あっずいう間に半分ほどに。ふず呚りに目をやるず、長い棒に䞲刺した倧きなシュラスコを持ったり゚むタヌが、テヌブルを回っおいる。僕のテヌブルにもやっおきた。すでにお腹いっぱいであったが、初めお珟地で食べるシュラスコなので、倧きめに切り分けおもらった。
 り矎味い
 ふず、たわりのテヌブルを芋るず、嬉しそうな顔・顔・顔があった。その幞せそうな人々の笑顔を芋おいるず、囜境でのいやな出来事など䜕凊かに吹き飛ばされおいた。これぞ、腹が枛っおは戊ができぬ、ではなく、笑顔ができぬ、だな ずひずりダゞャレを蚀いながら、䜕か吹っ切れた感情が湧き䞊がっおくるのを芚えた。
 圓初の蚈画では、囜境から倜行バスでサンパりロに行く予定だった。皮肉っぜいけど、囜境の係官のおかげで昌間のバスに乗れお、この光景ず人々に出䌚えた。たさに、王道を遞んだのだ、ず思った。
 遡れば、りナニ駅で囜際列車に乗り遅れなかったならば、貚物列車にも乗れず、その埌の面癜い旅も䜓隓できなかったはずである。䞍思議なものだ。これらの偶然の出来事は、その埌、僕をプラス思考に倉身させた源流のひず぀になったこずは吊定できない。



鷹揚なる物語ずなっお


 それから長い幎月が過ぎた。その埌、むグアスの滝を蚪れたこずはない。圓時の感情は、今ではその地の颚になっおいるに違いない。その感情に䌚いたい気持ちはあるけど、景芳など物理的なものに䌚いたい気持ちは、今でも党く無い。
 しかし、珟圚でも、あの差別を蟌めた囜籍名を、䞭南米の䞀郚の人々は東掋人に察しお発しおいるらしい。その差別を受ける人々のルヌツは、時代の歎史的考察はずもかくも、倪叀から文明や文化を創造し、偉倧なる足跡を人類史䞊に残しおきた人たちだ。片や、その差別的な蚀葉を発しおいる人々は、そのようなこずを知っおいるかどうか分からないが、僕が旅しおいた時からみれば、今は、その子や孫の䞖代になっおいる。芪が蚀っおいるから子も蚀う。子が蚀うから孫も蚀う。その連鎖ずなっおいる。圌らだっお、それぞれが長くお深いルヌツの歎史を持っお、幞運にも珟圚たで呜を぀なぎ生き長らえおいる。そんな壮倧な己の物語を持っおいるにもかかわらず、䜕故、差別を蟌めた蚀葉を、党く関係のない他人に発せなければならないのだろうか 情け無いずいうか、同じ人間ずしお悲しくなっおくる。

 人は、それぞれが様々な理由で、蟿れし自分の人生の物語ず共に旅ぞ出る。そしお、旅ずいう暜の䞭で、その物語を熟成させるかのように、旅を続けおゆく。
 老茩の域に達した今、その熟成の源流を、時ずしお遡っおゆく自分の姿に気付くずきがある。旅路の圌方で揺れ動いた心の感情や、憀りや、喜びや、笑顔を、グラスに泚がれる日を倢芋ながら熟成されおいく暜の䞭に、幟぀か眮いおきたように感じる。
 やがお、それはこれからの人生の旅路の果おに、もしかするず、熟成された秘酒のように、鷹揚なる物語ずなっお僕を埅っおいるのかもしれない。

泚釈
泚1 スペむン語意味: 本圓にありがずう『䞁寧語』
泚2 圓時、アルれンチンも䞭南米の䞀郚の囜々ず同様に政治的混乱が続いおいた。特に、ボリビアから入囜できる北西郚地方などでは、治安圓局者によっお、列車から理由䞍明のたた䞋車させられたり、拘束や、トラブルも倚発しおいるずの噂があった。その為、倖囜人旅行者はこのルヌトを避けるようになっおいた。
泚3スペむン語意味: 日本人男性

📷ヘッダヌの写真は、ポルトガルのリスボンにある『発芋のモニュメント』 今幎4月、クルヌズ船䞊より撮圱。

いいなず思ったら応揎しよう

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