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版画と、紅茶とかすかな煙草の香り

小学生のころ。
母が刷っていた椿の版画がきれいで
私も何かを彫りたくなった。

初めて彫ったのは年賀状用で
帽子を被った巳か辰だった。

学校用の彫刻刀を出し、こたつで紅茶を片手に
彫り始め、あっという間に夢中になった。

彫る作業は思っていたより
力が必要で手も痛くなる。

最初は三角刀と丸刀、慣れてからは切出し1本。
木は、気をつけないと「メリッ」と亀裂が入り
必要なところまで、もろっと取れてしまう。

「取り返しがつかない」
それも夢中になった理由かもしれない。

それでも私は
子どもが生まれるまで彫りつづけた。

絵を考えるのは母で、彫るのは私。


毎年11月ごろからデザインを考え始める。
私は木の実やオリエンタルな模様が
好きでよく入れてもらった。

版を刷った時に文字の角や勢いが
思うように表現できたときは
ものすごく達成感があった。



彫るまでは個人プレー。
刷るころからは、工場のように分担していく。

バレンで年賀状をこするのは母。
乾いたものから色を塗り始めるのが私。



家族も多かったので年賀状は400枚近い。


それもあり、年末になると父が
「また、この季節かー」と少し苦笑い。

私も母も寝不足になるからだ。

そう言いながらも
紅茶を淹れてくれる父。


夜中の2時くらいまで
色を塗りながら、版を刷りながら
母とは、とにかく色々な話をした。

赤は中々いい色がない。
紅でもなく朱でもなく赤が欲しいよね。

緑はさ、グラデーションにしよう。

今日は猫が変な格好をしてる、と笑ったり。


年賀状が濡れると台無しになるので
熱い紅茶を淹れたはずが冷めてから一気飲み。


そんな時に、ひと休憩をすると
障子がすーっと開く。

トイレに起きてきた父だ。

煙草を吸いながら
「いい加減にしろよー身体壊すぞ」
「紅茶を飲むか?」


 ーー ジャー

ポットを押して、また紅茶を淹れてくれる。

ここまでが、我が家のルーティーンだった。


彫ることも好きだったが、
私はこの時間ごと好きだったんだと思う。

実家の柱にかけてあった
えんじ色の掛け時計。

時間を覚えるのが苦手だった私のために
油性ペンで「5、15、30」と書いてあった。

 ーー チッ チッ チッ チッ

2時近くなると、なぜか無言になる時間帯がある。
時計の音だけが居間に響く。

年数が経って、かすれたその文字を見ながら
「もう寝よう」と母に声をかけた。



そして毎年のように言うのだ。

「今度はもう少しだけ早く年賀状をやろう」

かすかに残る煙草の香り。
そうだ、そこまでがルーティーンだった。


あとがき
この投稿は、「まきと須川の文藝大賞2026」に参加するために
「好きなもの」をテーマに書いています。

好きなもの…音楽、ものづくり、はんこや版画。
色々あって選ぶことが出来なくて、どれにしようか…と
とても悩みました。

毎年のように繰り返した年賀状の版画。
いまは、1人で彫っているけれど
やはりあの時間は特別だったなと思っています。


マイキーさん主催の「#エッセイしりとり」で出会ったまきさん。

まきさんの投稿を見て、普段はネタ投稿ばかりの私が参加して良いものやら…💦と少し悩みましたが、タイトル画像の優しそうな画像に惹かれ参加させていただきました。そして自分でもびっくり…ぴったり1000文字となりました!


須川元介さんの企画 「まきと須川の文藝大賞2026」で、note5周年を記念して行っているそうです。
主催は須川さん、まきさん、りっちゃんさんの3人。
詳しくはこちらをご覧ください。

#文藝大賞2026
#エッセイ部門

亡くなった父は、紅茶を淹れてくれましたが
とんでもないイタズラを紅茶で仕掛けてくる人でもあります。
▶ 色だけついた紅茶

父とのエピソード
▶ 点滴で張り合う親子
▶ パソコン要らないって言った人誰だっけ?

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ろくねこ note片手に美味しい珈琲を飲むときに利用させていただきます