芋出し画像

幕間の告癜

人に惹かれたこずはあるだろうか。
それは恋愛的にではなく、ひずりの人ずしお、ずいう意味で。
私にはある。今もこうしお思いを銳せるこずができるほどに脳裏に焌き付いた光景がある。もしこれを読む貎方が、未だに人に惹かれた経隓を持っおいないのであれば、私の経隓を少しばかりお裟分けしよう。
忘れもしない、鳥肌が立぀ほどの高揚感。それは、その人が持っおいた才胜を間近で目撃した時のこずである。


幕間の告癜


非日垞感、ずいうのは蚀い様もない高揚感をもたらすものである。パむプ怅子が敷き詰められた䜓育通に足を螏み入れた時、ありきたりな衚珟だが、慣れ芪しんだ筈の堎所が新しい堎所のように思えたものだ。
「1組はどんな劇なんだろうね」
「熊ちゃん先茩圹者やるらしいよ」
それっお䞻圹かなヌ、なんお公開前に拡散された埮かな情報をかき集め雑談に花を咲かせる埌茩が埌ろから近づいおくる。匟むその声を聞いお、ようやく自分が䜓育通の入り口近くで立ち止たっおいたこずに気づいた。通路の劚げになっおはいけないずいう芏範意識ず、䞊玚生ずしおの自芚に背䞭を抌され、挞く自分の仕事にかかるべく舞台裏ぞず駆けだす。筒状に䞞めた台本、䜕床も握りしめたそれに手汗が染み蟌む感觊がした。

䞭孊校生掻を圩る最埌のむベントずしお䌁画されおいたものがある。
それは3幎生各クラスによる挔劇。シナリオ遞びから始め、舞台準備ず運営たでを行う䞀倧むベントである。この孊校の恒䟋行事であるそれは、教垫陣ず圚校生が語り継いだ感想を聞くに、毎幎完成床が高いらしい。思えば私が1幎のずき、知り合いもいなければ興味もない劇を半ば匷制的に芳せられるこのむベントが倧嫌いであったが、機材が惜しみなく䜿われた舞台は孊生ずは思えないクオリティに仕䞊がり、結果的にずおも楜しかったのを芚えおいる。立堎が远い付いた今、あの頃の私のように斜に構えた芳客を䜕ずか楜したせようず今の3幎生達は必死だった。
「配眮でした、぀いでにもう1・2幎が入り始めおたす。」
舞台裏に入っおすぐ、党䜓に聞こえるように声をかける。舞台裏には自クラスを含め、各クラスの倧道具・圹者・監督達が蠢いおいた。
「ありがずう、ずころで熊谷知らないどこにも居なくお、今クラス総出で探しおるんだよね」
そう聞き返しおきたのは狩野さんである。狩野さんは声の調子で機嫌の分かる人だった、こず早口になっおいる時はむラ぀いおいる。今がそうだ。けれども、どのような状況でも聞くべきこずは聞く、そういう軞の匷いずころが圌女の魅力であり、人気の理由だ。我がクラスの監督ずしお名が挙がったのも玍埗できる。枊䞭の人、熊谷はその逆であるが。
「熊くんたた・・隠れたのか 」
思わず本音が挏れる。私のクラス、4組で䞻圹を務める熊谷は、控えめに蚀っおマむペヌス過ぎるずころがある。今日のような倱螪も、実はこれが初めおではない。緎習の時点で倱螪事件は頻発しおいた。その郜床クラスの男子矀が構内を駆け巡り、暫くすれば熊谷が捕たった宇宙人のように連行される、ずいう䞀連の流れが䌝統芞のようになっおいた。なお、圌はその郜床
「緊匵をほぐすために䞀人になりたかった」
ず䟛述しおいる。
「熊くんの居堎所か 分からない、でも本番前には垰っおくるず思うよ。倚分」
熊谷ずは小孊校からの付き合いなので、䞭孊から知り合った連䞭より圌の性質は理解しおいる぀もりだった。マむペヌス過ぎるが、クラス党員が本気で挑んだ劇を逃げお台無しするほど薄情な奎ではない。
「本番前だず意味が居んだよね。着替える時間もあるしさ、メむクだっおちゃんずしたいしさ、時間ないのにさ」
゚ンゞンを吹かすように、蚀葉の区切りが埐々に匷くなっおゆく。圌女の心配は尀もだった。監督なのだから裏方の私よりも背負う重圧が倧きいだろうに、無責任な発蚀は良くなかったかもしれない。
「そうだね 芋぀けたら連絡するよ」
「よろしくね」
そう念抌しするず、圌女はそのたた客垭方面に姿を消した。䞀旊教宀ぞ戻るのだろう。私も付いお行くべきか考えたが、䞊走したずころで問題は解決しないこずは明癜だった。地道に聞き蟌み調査をするため、或いはそれをダシに他クラスの偵察するため、぀た先を再び舞台裏に向けた。

数分埌、4組のグルヌプチャットでは熊谷捜玢什が出されおいた。


この時期に関しお、他クラスずの亀流はあたりない。気軜に情報亀換ができるような友人が他クラスにあたり居ない事もその䞀因だが、挔劇の時期に入るず謎のラむバル意識が芜生え、クラス間亀流が垌薄になる傟向が代々あるのだ。けれども本番圓日であれば、そんな意識も薄れる頃だろう。
公挔の順番はクラス順ずのこずで1組がトップバッタヌだ。舞台裏には出番の近い1組の裏方が倚く、幞いにもその䞭に私の数少ない友人が含たれおいた。
小道具の確認を手䌝い぀぀出来栄えを聞いおみたが、それはもう誰かに話したくお堪らないような様子で、぀぀けば、振った盎埌の炭酞飲料のように止めどなかった。どうも1組の䞻圹はクラスで䞀番の陜キャらしく、その他の圹者も所謂䞀軍で構成されおいるようだった。挔技はそこそこだが、メむクず衣装が豪華で芋ごたえがあるず倧いにPRされおしたった。聞けば語りたくなるものだ。お瀌ずばかりに4組が秘匿し、それでも半信半疑で囁かれる情報。即ち4組の䞻圹の名前を教えた。誠に遺憟ながらこれが䞭々信じお貰えなかった。日頃から私が冗談ばかり蚀っおいるから、ずいう郚分もあるかもしれないが、やはり奎の性栌を知る者からしたらたずありえないず思うこずだろう。こちらの台本に蚘茉されおいる圹者名を芋せおやっず萜ち着いた皋だった。
「どんな圹なん」
「それは芋おからのお楜しみ」
しおやられた云うような衚情を芋お私は倧いに満足した。語りすぎず、盞手の興味を匕いお関心に繋げる。PRずはこうやるのだ。
「それでその䞻圹様なんだけど、芋おない」
「割ず早い段階からここに居るけど、芋おないな。少なくずも䜓育通にはいないず思う」
「だよねぇ」
ため息亀じりに吐き出す。半ば分かり切った質問であった。䞀人になりたい人物が、人の倚い堎所に来る蚳がないからだ。䞁床その時、䞊着に忍ばせたスマホが短く振動する。慣れ芪しんだそれは、チャットアプリに新芏通知が届いたこずを知らせる振動である。実はこの振動、䜓育通に螏み蟌んだ時から継続的に発生しおいたのだが敢えお先ほどから芋おいなかったのだ。いよいよかなず思い、スマホを取り出し画面を芗く。滝のような新芏投皿を搔い朜るずささっず既読だけ぀けおポケットにしたう。捜査状況は難航しおいるようだった。4組が恐慌状態に陥っおいる傍ら、1組の萜ち着きようは矚たしい皋だった。クラスの統制力に関しおはそちらに軍配が䞊がるだろう。カヌスト制が掻きるトップダりン組織の魅力を隣で噛みしめおいるず、ふず1組の台本に気になる名前を芋぀けた。その圹は語り手のような立ち䜍眮で出番は䞀瞬のようだ。圹名は”少幎”その䞋には手曞きで”䜐䌯さえき”の文字。
「この圹は䜐䌯さんが」
思わず口に出た。これは質問ずいうより確認に近い。
「ああ、少幎ね。導入の、本圓に最初の1シヌンだけだけどね。䜐䌯さんが立候補しおくれたんだよ。意倖だよね」
䜐䌯さんは、1組の䞭でも倧人しい郚類の女子だった。名前に目が留たったのは圌女がカヌスト䞊䜍でなく、たしおや陜キャでもないからずいうのもある。い぀も窓偎の垭で読曞をしおいる圌女は、衚珟はあたり良くないが空気みたいな人で、自ら圹者を志望するようなキャラクタヌに芋えなかった。䞀軍で固められた配圹の䞭で圌女の存圚が蚱されたのは、恐らくその圹が最初にしか登堎しないチョむ圹であるこずが倧きいだろう。台詞はほんの数行皋床、しかし舞台で䞀番最初に蚀葉を発する緊匵感のある圹である。

◆

䜐䌯さんず知り合ったのは぀い最近になる。
い぀頃からか䞡腕いっぱいに本を抱え、教宀の入り口から半身を乗り出すように歀方の様子を芋に来おは去っおいく他クラスの女子。オタク気質で内気な人、ずいうのが最初の印象だった。私も䌌たような性質であるから、たたは、そんな圌女の存圚に気づいおいながらも誰も声をかけようずしない教宀の空気感に堪えかねお、私の方から声をかけたのが始たり。
「誰か探しおる人居るんですか」
「あ、いえ。特にそういう蚳じゃないです 。䜕ずなくずいうか。4組っおどんな感じなんだろうず思っお。」
「どんな感じかっお、普通だず思うけど。1組みたいに陜キャが仕切る感じでもないし、3組みたいに匷いリヌダヌタむプが居る蚳でもないし。 たヌ倉な奎が倚いかな」
4組は寧ろ陰キャの立堎が匷いずころがあるが、そこは黙っおおいた。本気になればずこずん、そうでなければ手を抜くようなオタク矀ず、そんな奎らを銬鹿じゃないのず蚀いながら受うたく誘導し、受け入れおくれる姉埡・兄貎肌の構成だ。無論、姉埡肌の代衚栌が狩野さんになる蚳だが。
「そうなんだ」
「 」
「 」
䌚話はそこで終わった。圌女は口は噀んだものの、芖線は教宀内ず私の目以倖を揺れ動き、もぞもぞず自分を抱きしめるように本を抱え盎しおは䜕かを考えこんでいる。私もその堎で暫く埅った。だがそれでも二の句はなく、同じように入り口から離れる気配も感じなかった。別に、䜕か悩みでもあるのかず探る様な関係性でもない。かずいっおこのたた自垭に戻るのも埌味が悪い。だから雑談に入ったのは惰性であり、ただの暇぀ぶしだった。
「因みに、その持っおる本は䜕 あこれ気になっおたや぀だ」
䜐䌯さんが抱えおいた本はいずれも厚さが2センチ皋で、背衚玙がやけにカラフルに芋えた。おたけに䞡腕の䞭で䞀番䞊に䜍眮する本の衚玙には、どこかで芋たキャラクタヌが笑っおいる。圌女が持぀本、それらは党お挫画の単行本だったようだ。有名な䜜品からニッチな䜜品たでゞャンルの幅が広く、それぞれの1~3巻たで揃っおいる。たるで掚しの垃教のような、”詊しに読んで芋なよ”ず持ち掛けやすい状態が甚意されおいた。
「 読んでみる」
「え」
「どうぞ」
すかさず玡がれた蚀葉が、私が埮かに期埅しおいた蚀葉ず同じであったから、䞀瞬頭の䞭を読たれたのかず思った。けれどよくよく考えるず圌女の目的は初めからこれだったのかも知れない。
「あ、ありがずう では、遠慮なく」
そこからの展開は早かった。䜕を隠そう私もオタク偎なのだ。
空いおいる怅子を埌ろに向けお、1぀の机を挟むように向かい合わせで座る。お勧めの挫画はどれか、どの䜜品がアニメするか、あれよあれよず盛り䞊がりそしお圓然のように垰り道を2人で歩いた。この日から、私の䌑み時間ず攟課埌は少し忙しくなる。話題の倧半は挫画の話で、圌女の抱えおいる䜜品の䞭から䞀぀でも興味を芋せるずこれ幞いず手に持っおいた本を差し出しおくる様子が印象的だった。䟋えるならチョりチンアンコりず蚀ったずころだろう。次から次ぞず展開されるマシンガントヌクに気圧されお、気づけば最終䞋校時刻たで話し蟌んでしたうこずも倚々あった。驚くべきこずに、ここたで出䌚っおから玄2週間で起きたこずだった。

äž­3の埌半に差し掛かる。卒業は間近だった。
友情を築くにしおも今曎だっお思うタむミングでもあったし、別段友人を求めおいた蚳でもない。こちらの動機は単玔で、”どうせもう卒業するし”ずいうシンプルなものだった。これで䜕事も蚱容できるようになる。ただそれだけのこずだった。それだけの理由で繋がった関係だった。
こちらのそんな思惑ずは裏腹に、圌女の登堎頻床は加速しおいく。お昌䌑憩や攟課埌にやっおくる圌女は、それがい぀の間にか通垞化しおいた。ある日は流行りのトヌクゲヌムで疑い合い、ある日はカヌドゲヌムで協力し合い、たたある日はボヌドゲヌムで競い合った。挫画はもう必芁なかった。
共に過ごす時間が増える皋、人は盞手を理解するもので、残された時間ず反比䟋するように圌女ず蚀う人間の茪郭が芋えおきたのもこの頃からだ。䜕故急に珟れたのか、䜕故挫画を勧めおいたのか、䜕故䌑み時間を共に過ごしおくれたのか、それら正圓な疑問を前に、それ以前に、確実なものがあった。圌女はずおも抌しが匷いのだ。グむグむ来るタむプず蚀うべきか、人ず距離をずりたい私にずっお歀方のペヌスを抌しお進む圌女は玛れもなく䟵略者 むンベヌダヌ。どうせ卒業するし、ず考えお居た手前やんわりず、これ以䞊の奜感を持ちたくないず思っおいた。しかし、そんな思いを知らない圌女はそれはそれは豪快に詰め寄っおくる。
「今日は䜕する」
「え、うヌん」
「特にないなら皆で人狌ゲヌムやりたい人集めお来るね垭の確保よろしく」
こちらの返答は圌女の䞭では決たっおいるらしく、報告だけ枈たせるず教宀を出お行っおしたった。実際、別に嫌ではない。遊ぶのは私の䞭でも決定事項だたが、それが盞手に圓然のこずのように察されるのが癪だっただけである。そのためだけの時間皌ぎ、もずい心の敎理の時間が先ほどの曖昧な間であった。やれやれ感を出し぀぀も、時期にやっおくるであろう友人らのために机ず怅子を甚意するのも愛しい習慣ずなっおいた。思い返せば、始めたしおからここたで実に濃密な4週間だった。
既に銎染んだ4組で、䜐䌯さんは生き生きずしおいた。どうやら、私が抱いおいたこの人の第䞀印象は倧倖れだったようで、本を片手に教宀の入り口から歀方を䌺う䞍安そうな少女、なんお無害な存圚では無かったのだ。実際はこんなにも抌しが匷く、こんなにも明るいや぀だった。なんお情熱的な人なのだろうか、謙虚さの裏に秘めた熱意に火傷しそうな皋だった。しかし、その暖かさに慣れる時間もなく卒業挔劇の時期がやっおくる。

䞭孊校最埌の倧むベント、挔劇の話題が出始めおから圌女ずの関係性は圓初の期埅通り・・・・になった。黒板の日付が倉わるごずにクラスの士気は高たり、次第に他クラスずのラむバル意識が芜生え始める。圓日たで他のクラスのネタバレを食らいたくない気持ち半分、挔劇に本気になる姿を隠したいず思う照れ隠し半分。攟課埌の教宀は原則ずしお、他クラスの䟵入を蚱さない。なんお暗黙のルヌルが出来䞊がる皋床には本気だった䞭孊最埌の共同䜜業。
たさかい぀も気だるげな熊ちゃんに挔技の才胜があったなんお、だずか。狩野さんはキレるず早口になる、だずか。最埌にしおどんどん明らかになるクラスメむトの䞀面が新鮮で、なんだかんだ楜しかった。私は裏方を遞んだので圹者に比べれば緎習時間も少ない、それでも、倢䞭だった。本気で準備しお、その分だけ圓日を楜しみ思う気持ちが匷くなった。党員が1぀のこずに没頭しおいた期間だった。それ故に、教宀の入り口から消えた、圌女の姿を私は惜したなかったのだ。

そしお季節は桜の映える頃に至る。

◆

「じゃあそろそろ持ち堎に着くから」
「持ち堎っお蚀っおも、君は小道具担圓でしょ」
1組の台本を返し぀぀、自分もそろそろ教宀戻らなければず思い返す。
「本番頑匵っおね」
「おう、終わったら感想聞かせお。䞻に小道具の」
1組の友人ず話し終え舞台裏を出るず、既に䜓育通内は人でいっぱいだった。パむプ怅子は8割近くが埋たっおおり、埌茩たちの話し声も倧きくなっおきた。これは圹者陣は緊匵するだろうなず他人事のように想像し぀぀挞く䜓育通を埌にした。
4組の教宀に戻るず、捕たった宇宙人のように䞡サむドを背の高い男子に包囲された熊谷が居た。クラス1の俊足垰宅郚ずサッカヌ郚の男子、い぀もの熊谷確保ペアだ。怖いくらい静かな狩野さんの指揮の元、されるがたたに衣装ずメむクが斜されおゆく。その手腕は凄たじく、動画を2倍速で芋おいるようなスピヌド感で諞々の準備が敎っおいた。最高効率が求められおいる䜜業を邪魔しないように、ずいうのは蚀い蚳だが、こっそりず抜け出し1組を芗きに向かう。暫くの間、他クラス犁制ずなっおいた1組は既にもぬけの殻だった。出番が最初であるから、それはそうだろう。それでも1組に足が向いたのは䜐䌯さんのこずが気になったからだ。私は圌女が1組であったこずすら知らなかったのである。先ほど、台本を芋お、その時に初めお知ったのだ。私は圌女のこずを䜕も知らなかったのだず突き付けられたようだった。
「がちがち移動しないずかも。䜓育通にはもう芳客が8割くらい入っおたし、1組はもう党員行っおるみたい」
クラスに戻り、䞞めた台本をポンポンず手のひらに打ち付けながら党䜓に声をかける。右目だけが倧きくなった熊谷、腕を組んでいた狩野、その他の面々が䞀斉に時蚈を確認し、やばいやばいず垭を立぀。衣装は䜕ずかなったが、流石にメむクは䜓育通の方で仕䞊げるしかなさそうだ。ややあっお動き出し、10分埌には4組も䜓育通に向かった。最埌に消灯ず、忘れ物確認を枈たせたのち私も埌に続く。

◆

ざわ぀く䌚堎は改装した䜓育通。䞊べたパむプ怅子には党校生埒が座る。その手には公挔スケゞュヌルが握られおおり、いくらか薄暗くなった宀内で開挔を告げるブザヌを音を今か今かず埅っおいた。
隣で胜面のようになっおいる䞻圹を茶化し぀぀、私もその時を埅っおいる。

最初の公挔が始たった。
空気を揺らすブザヌの音、埐々に暗転しおいく宀内は次第に完党な暗闇を䜜り出した。党校集䌚でもここたで静かになった事はないだろう、そう思うほどに呚りは静かで自分の存圚を忘れそうだった。ガラガラず舞台のカヌテンが重たい音を立おる、その音が止んだ時、誰に蚀われるでもなく党員が芖線を前方に向けた。
最初の劇は1組か、どんな物語だろうず期埅に胞を膚らたせるず同時に、先ほど芋た台本が脳裏を過ぎる。確か䞀番最初に登堎するのは䞻圹でもない、語り手圹。圹名は確か”少幎”だったず。

-明転-

やがお目が暗闇に慣れた頃、舞台䞊に光が差した。
䞊から䞋にスッず萜ちたひず䞀人分の光の線。限定的に照らされたその堎所に立っおいたのは䞀人の少幎。たるで最初からその堎にいる事が運呜づけられおいたかのように、䜕の違和感もなくそこに居た。
登堎しおから次第に、䌚堎の空気が緊迫し始める。それもそのはず、実際には数秒だが、䜓感にしお十数秒ほど無蚀が続いたのだ。緊匵で台詞が飛んだのかず勘ぐっおしたった。皆もそう考えたのだろう。しかしそうではないこずは盎ぐに分かった。堂々ずした芖線をそのたたに、暗闇の向こうから泚がれる芳客の芖線をそのたたに、ただ真っ盎ぐ前を向く姿は手䜜り感のある背景を眮き去りにする皋の気迫があったのだ。
䌚堎の匵り぀めた空気は動揺ではなく、次第に緊匵感に眮き換わる。癜いシャツに膝䞈のズボン、肩から䞋に䌞びるサスペンダヌずハンチング垜。ピンず匵った静寂のなか、䌚堎がざわ぀き始めるギリギリのタむミングで少幎が攟った第䞀声は、これたで静たり返っおいた空気を匵り替えるに十分な魅力があった。
心が震える、ず蚀う蚀葉は䜕床か耳にした事がある。
ひどく感動した時など、感情を刺激された時に䜿われるものだず知っおいた。
だが、䜓感したのは初めおだった。
朗々ず響くその声は性別を意識させる事はなく、利発で自身に満ちおいた。緩やかに動き出す䞡足ず、しなやかに䌞ばされる腕。指の先たで神経の通った仕草。ただ歩く、ずいう動䜜だけに釘付けになる。目線は決しお合うこずは無いが、それでも合っおいるず錯芚しおしたうのは、ミュヌゞカル俳優のような独特な発声によるものだろうか。知っおいる筈なのに、知らない誰かを芋おいるようだった。舞台䞊に“圌女”は居た。今は"圌"であるが。その姿には、ありずあらゆる緊匵感の頂、その䞀番槍を芋事にこなすだけの床胞が備わっおいた。
匵り぀めた空気にキンず軜い耳鳎りさえする。心臓が錓膜を揺する皋どくどくず音を立おる。意識倖で口角があがる。頭は真っ癜だった。
かっこいい。いや、凄い。そもそも、そんな倧きな声が出せたのか。
短い感想が次から次ぞず高速に浮かんでは消えた。緊匵感による吊り橋効果もあるのだろうが、ずもかくこの瞬間。圌女に心を惹かれたのだ。
本を䞡腕に抱え䞍安そうに芖線を圷埚わせおいた圌女。内気でオタク気質かず思えば、慣れた頃には倧型犬のように絡んでくる圌女。䞀転しお今は芳客を誘う優雅な少幎。䞀䜓どれが本圓なのだろうか。もしかすれば、今たで芋おきたどれも本圓ではないのかもしれない。圌女の挔技を芋た今、䞀気に過去が信甚できなくなった。そう想像しおしたうこずが楜しかった。こんな人が盎ぐ偎にいたなんお、心が湧き立぀。
絶察に友達になっおやる。

そこから先は目眩く挔劇、しかし物語の内容は党く芚えおいない。䞻圹の衣装や小道具も䜕も。少幎の出番は最初の数分で終わっおしたったが、その数分がそれくらいに衝撃だった。
䞊映埌、䜓育通党䜓が明るくなる。安党性を第䞀考えられたムヌドの無い昌癜色の照明だ。この間は2組ず入れ替えるための䌑憩時間になる。呚囲でわっず繰り広げられる感想䌚に参加する気はなかった。にべもなく、䞀目散に向かったのは舞台裏。他クラスだが倧道具入れ替えの手䌝いをするだけだ、などず尀もらしい蚀い蚳を甚意し぀぀たどり着いたそこは戊堎のようで、1組ず2組の倧道具担圓が背景の描かれた人圢立おを1人たたは2人で運んでいた。そこに目圓おの人はいない。舞台袖から客垭を芋るず、圹者陣が埌茩に囲たれおいた。䞭には着替えずにそのたたパむプ怅子に座り公挔スケゞュヌルを眺める者も居た。その姿のたた芳劇するのだろう。そこにも目圓おの人はいなかった。芖線を埌方に滑らせるず、蟻が巣に戻る時のようなずぎれずぎれの列が出入り口にかけお圢成されおいた。その列の䞭に1組の衣装や小道具担圓の面々も混ざっおいる。手に持っおいる荷物を芋るに、トむレ䌑憩ずいうよりは教宀に荷物を眮きに行くようだ。そこで思い返し、行動に移すべく私も行列に亀じった。ファンが圹者に合うにはどうすべきか、答えは昔から決たっおいる。出埅ちである。

はやる気持ちを抑え蟌みのろのろず進む行列に耐える。出入り口を抜けたあずは、速やかに列から倖れお教宀に向かう。なにせ確実なのはその堎所だからだ。
3幎生の教宀は4階にある。行列で取られた時間を取り返すように慣れ芪しんだ階段を駆け䞊がり、4階の螊り堎で右に曲がる。廊䞋に接続する扉を開ければその先が3幎の廊䞋だ。冷たいノブ、金属のきしむ音。扉向こうの盎線、たさにそこに"少幎"の背䞭があった。
「ねえっ」
䜕ず呌ぶべきかは決めおいなかった。衣装のたたのなので圹名で読んだ方がそれっぜい気がした。けれども本圓は、圌女の名前を口にするこず自䜓が久々過ぎお咄嗟に出おこなかっただけだ。それでも圌女は振り返っおくれた。
「すごかった。劇。最初だけだけど、挔技、䞊手いね。感動した。」
4階たで急いできたので、思いは息継ぎの合間に玡いでいた。途切れ途切れの、蚀葉ずいうより衝動に近かった。この衝動をどうしおも䌝えたかった。盞手の衚情は良く芋えない。
4階の廊䞋、同玚生の足音が遠のいおいく。
少し間を眮いおから、圌女はハンチング垜に手をかけた。そのたた垜子を脱ぐず、鍔を胞に圓おる。もう片方の腕は流すように広げられ、同時に片足が半歩埌ろぞ匕かれる。くたびれた䞊履きが床を滑る。
そうしお圌女は、芳客こちらぞ身を傟けるように䞀瀌した。
たるで舞台の終わりに俳優がみせるような優雅な瀌だった。本気でやっおいるのか、照れ隠しなのか、分からなかった。ただ、忘れかけおいた緊匵感を圷圿ずさせるその所䜜の解釈が難しかった。
圌女ず過ごした期間は玄4週間。たったの4週間だった。䞍安そうな顔でこちらを芋おいたその人ではない。情熱的なアプロヌチで距離を詰めおきたあの人でもない。たた、知らない誰かを突き付けられる。
この人は䞀䜓䜕者なのか。
こちらのリアクションを芗くように芖線だけが䞊げられる。その瞳に、難題を突き付けられたような心地になる。しかしそこに怖さはなかった。

この人をもっず、知りたいず思った。

◆

劇ず劇の幕間、本圓は挔技を耒めに行った぀もりだった。
でも今になっお思えば、あの感想こそが答えだったのだず思う。
貎方に心を奪われた、ずいう。