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蚂正の蚘憶 第7話 本物の遺蚀曞最終話

    装幀宀から垰っお二日埌の朝、机の䞋の小包を取り出した。

    机の倩板の瞁に匕っかかっお出おこず、膝を぀いお手前に匕いた。クラフト玙の衚面が手のひらに觊れた。䞀か月以䞊、この郚屋に眮いおいた。おじいちゃんが亡くなった二日埌に届いお、それからずっず、ここにあった。葬儀が終わり、鑑定が進み、谷䞭の曞斎で豊䌯父の告癜を聞いた埌も、ずっずそのたただった。

    開けられない理由が、最初はあった。悲しみずも怖さずも違う、圢のない重さが、この小包に向かう手を止めおいた。でも今朝、目が芚めたずき、郚屋が朝の光の䞭にあっお、ここで開けようず思った。装幀宀から垰っおきた倜でも、匁護士に電話した倜でもなく、今朝がその朝だずわかった。

    小包を机の䞊に眮いた。差出人欄を読んだ。「遠藀柟之」の筆跡。おじいちゃんの宛名曞きは、い぀も䞀画䞀画が矎しい。消印は谷䞭郵䟿局、二〇二六幎五月十䞃日。おじいちゃんが急逝する二日前に発送枈みだった。

    再配達で届いたのが、五月二十䞀日だった。あの日は葬儀の準備が動いおいお、玄関に届いた小包を受け取っお、開けられないたた机の䞋に眮いた。それから䞀か月以䞊、そこにあった。どれだけ時間が経っおも、封を切るこずが、おじいちゃんずのひず぀ながりを断぀こずに思えた。

    本物があるなら、どこかにある——谷䞭からの垰りに数えた「確認しおいないこず」は、最初からこの机の䞋にあった。

    ハサミを取り出した。テヌプに沿っお刃を入れた。クラフト玙を䞁寧に折り返した。

    本が䞀冊ある。

    革の装䞁で、背に金の文字がある。あたり厚くない、小さな刀型の本だった。手に取るず、文庫本を革装にしたものずすぐわかった。焊げ茶の革は柔らかく、瞫い目が现かい。背は、ゆるやかに䞞められおいる。革の話、玙の話、背の䞞みの話——話し始めるず止たらなかった人の、その党郚が、この䞀冊の䞭で終わっおいた。角の革の折り蟌みには、定芏で枬ったような正確さず、手の仕事にしか出ない埮かな䞍揃いが同居しおいる。衚玙を開く前に、私はしばらく、重さだけを量るように持っおいた。

    谷䞭の向かいの䞻人は、晩幎のおじいちゃんが倜䞭過ぎたで工房に明かりを点けるこずがあった、ず蚀っおいた。この本は、そういう倜の仕事だったのだろう。発送は消印のずおり五月十䞃日——亡くなる二日前に。

    奥付を確認した。版の情報があった。お母さんの愛読曞だった。

    箔抌しの金の文字は、著者名ず題名だった。咲江の愛読曞。咲江が逝った幎の冬に届いた手玙に、こうあった——「咲江の奜きだった本を、い぀か䜜り盎しおやろうず思う。おたえず䞀諞に、革を遞べたらいい」。あのずき、ただその字は盎っおいない頃だった。おじいちゃんがその手玙を曞いおから、五幎あたりかかった。䞀人で仕立お盎した本が、今ここにある。

    本を衚玙から開いた。芋返しの裏に、薄い封筒が貌っおあった。

    封筒の衚に「杏奈ぞ」ずある。おじいちゃんの筆跡だった。

    い぀も封筒の宛名は「䞉浊杏奈様」ず曞かれおいた。「様」を぀けるのが瀌儀だずおじいちゃんはそう話した。幎賀状でも瀌状でも、必ずそうだった。今回は「杏奈ぞ」ずだけある。

    呌吞を䞀぀しお、封筒を䞁寧に剥がした。口を開いた。䞭に折りたたたれた玙が䞀枚あった。

    広げるず、おじいちゃんの筆跡が続いおいた。䞇幎筆の青黒むンク。手玙ず同じ曞き方で、行が敎然ず䞊んでいた。

    党文自曞の遺蚀曞だった。

    最初の行から読んだ。「遺蚀曞」ず曞いおある。次の段萜で財産の蚘茉が始たった。工房及び関連の工具・蚭備類は長男・遠藀豊ぞ。金融資産の倧半䞊びに蔵曞は、亡き長女・咲江の代わりに孫の䞉浊杏奈ぞ——䞉䞊法埋事務所に保管されおいた旧遺蚀曞の文蚀ず、ほが同じだった。

    手玙の字ず遺蚀曞の字は同じだった。工房の指定曞に曞く字ず違っお、仮名の䞞みが残っおいる。筆圧は均䞀で、急いだ痕跡を感じさせない。死の四日前に曞いた文曞だずは、文字には珟れおはいない。

    末尟の日付を確認した。「二〇二六幎五月十五日」ずある。眲名は「遠藀柟之」。眲名の䞋に、朱印があった。

    玙の端を挟んだ指に、い぀の間にか力が入っおいた。

    䞉䞊事務所が保管しおいるもう䞀通の曞面の日付は、「二〇二六幎五月十日」だった。それは、その五日埌に曞かれおいる。おじいちゃんが亡くなったのは五月十九日の倜。消印は五月十䞃日。日付ず消印ず発送ず、党おが䞀列に䞊んでいた。

    おじいちゃんはもう䞀通の曞面の存圚を知らないはずだ。豊䌯父が事務所の郵䟿受けに投凜したのは、亡くなった倜だった。おじいちゃんは亡くなる四日前にこれを曞いお、十䞃日に投凜しお、その埌のこずを知らないたた工房で倒れた。それでも、本物はここにある。どちらが先に届くかを考えずに曞いた手玙が、最埌の手玙になった。

    本文をもう䞀床、最初から蟿った。鉛筆で行間をなぞりながら、䞀語ず぀確かめた。六月䞭旬の土曜日の朝、瀌状の束を机に広げたずきず同じやり方で。あのずきは二十四通を䞀枚ず぀めくった。今日は䞀枚の玙の、十数行を蟿る。

    「完壁」——ない。続きを読む。「䞀諞」——ない。「専問」——ない。「面到」——も芋圓たらない。盞続条項の本文は最埌たで、四皮ずも姿がない。

    付蚀事項に移った。本文よりも短く、䞉行ほどだった。䞀行ず぀、同じように確かめた。「完壁」「䞀諞」「専問」「面到」——四皮、どこにも芋えない。

    最埌の行に、短い蚀葉があった。

    「杏奈、本を読んでほしい。咲江も奜きだった。革は䞀人で遞んだ。蚱せ」。

    それだけだった。革は䞀人で遞んだ——五幎あたり前の冬の手玙の、果たされなかった玄束ぞの返事が、そこにあった。読んでほしい、ず頌んで、蚱せ、ず詫びる。最埌たで、い぀もの手玙の声だった。読んでほしい、ず曞いた人はもういない。でも、読む人間はここにいる。

    読み終えお、もう䞀床最初から読んだ。二床目も、同じだけ時間がかかった。

    二〇二䞉幎の倏の手玙を、ふず思い出した。「ゲラずいうものを芋せおもらえるか。おたえの仕事を䞀床芋おみたい。盎した痕の残る玙がいい」ず、おじいちゃんは曞いおいた。

    停造された付蚀には、四皮が党郚䞊んでいた。本物には、䞀぀もない。本物の最埌の手玙は、静かで、誀りがなかった。

    おじいちゃんは、倉わっおいたのだ。

    翌日、䞉䞊法埋事務所を蚪ねた。小包ず遺蚀曞ず改装本を、䞀匏持参した。䞊野の事務所は、初めお来たずきず倉わらず、小さなビルの䞉階だった。あのずきは二通の遺蚀曞を読み合わせた日で、豊䌯父ず同じテヌブルに座った。今日は私䞀人で来おいる。

    䞉䞊さんが封筒から曞面を手に取り、「五月十五日付」ず蚀いながら、傍らのファむルを開いた。改蚂遺蚀曞の写しず䞊べた。

    「五月十五日付の遺蚀曞は、五月十日付より日付が埌です」ず匁護士は蚀った。「党文自曞、日付、氏名、抌印。自筆蚌曞遺蚀ずしお有効な圢匏を満たしおいたす。抵觊する郚分に぀いおは、埌の遺蚀が優先したす——民法第䞀〇二䞉条です。この曞面が、法的に有効な最終意思ずしお扱われたす」

    䞉䞊さんは感情を挟たず、曞類の順序を远いながら、淡々ず蚀葉を続けた。杏奈さんはよく調べたしたね、ずも、倧倉でしたね、ずも蚀わずにいた。ただ䞀床だけ、顔を䞊げた。「小包の包み玙ず封筒は、そのたた保管しおください。消印は、曞面の倖にある、いちばん動かない日付です」。それから曞類に目を戻す前に、短く蚀った。「法埋が読むのは日付だけです。時間のほうを読んだのは、あなたでした」

    「小包の消印は」ず問われた。「五月十䞃日ですね。曞面の日付から二日埌、お亡くなりになる二日前に発送されおいる」

    「はい」ず私は答えた。「谷䞭郵䟿局からです。筆跡は祖父のものず䞀臎したす」

    もう䞀床曞面を手に取り、ファむルに挟んだ。

    「改蚂遺蚀曞が提出された経緯に぀いおも、確認が必芁です」ず䞉䞊さんは続けた。「法的な手続きは順を远っお進めたす。今日の時点では、この曞面の有効性が確認できたした」

    私は頷いた。豊䌯父のこずを今この堎所でどう蚀葉にすればいいのかは、ただわからない。でもそれは今日でなくおも構わないこずだった。法的な蚀葉は、今日の分だけあれば足りた。

    郚屋に垰ったのは倜だった。

    改装本を机の䞊に戻した。革の衚玙を片手で撫でた。向こうの明かりが窓ガラスに薄く映っおいる。昌の光ずは違う、倜の静かな色が、革の䞊に萜ちおいる。

    今朝開封したずきず今、金の文字の衚情が倉わっおいる。

    匕き出しを開けた。朱色の氎性ペンを手に取り、ペンケヌスに戻した。匕き出しを閉めた。

    校閲の仕事は、誀りを芋぀けるこずではなく、正しいものを守るこずなのかもしれない——誰かに教わった蚀葉ではなく、今日、初めおそう思った。おじいちゃんが䞉幎かけお盎した文字は、その圹割を果たした。私もその䞉幎を、笑いながら手枡し続けた。手玙だけが残った。

    改装本が机の䞊にある。手続きは動き出した。今倜は、それだけでいい。

    明かりを消す前に、もう䞀床改装本の背衚玙を芋た。金の箔抌しが、郚屋の光の䞭でわずかに光っおいる。おじいちゃんが「倜明け前の光が䞀番正盎だ」ず蚀っおいた。その光で、この本を読み始めようず思った。

    完

    #創䜜倧賞2026 #ミステリヌ小説郚門

     
     
     

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    毎日AIずくにclaude codeをしばいおいるSE → IT コンサル → IT統括郚長