メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byshinsukesugie

成長という前進、現状維持という後退。

    アルロン

    「自分がどれくらい成長しているか」を評価するのは、容易いことではない。

    気がつけば一日が始まり、そして終わり、週末になり、土日が過ぎ、月曜が始まり、一か月、一年、と瞬く間に時間は過ぎていく。

    目の前の毎日を全力疾走していては、なかなか自己評価などできないのも無理はない。


    乳幼児の成長がわかりやすいのは、できることが増えたからだろう。
    いや、正確には、「できることが増えた」ことがはっきりと見えるから、か。ハイハイとか、読み書きとか。

    一方、大人の成長はというと、あまりピンとこない。

    仕事で成果を上げたとして、それが自分自身の成長によるものなのか、業務全体の効率が上がったからなのか、たまたま運が良かっただけなのか、客観的に判断することは難しいだろう。

    小学校の卒業式で「成長したなぁ」と感じることはあっても、定年退職した上司にも同じフレーズが浮かぶ人は、まずいないと思う。いるとしたら、「どんだけ上から目線だよ!」とツッコむこと必至である。


    ◇


    しかしながら、「できることが増えた」という経験は、大人になってもたくさんあるはずだ。

    バイト先に、71歳(父と同い年)の男性がいる。この人は最近、ノートパソコンでタッチタイピングの練習をしているそうだ。

    この年でパソコンを始めるのは非常にハードルが高いはずだが、ものの数か月でそれなりに打ち込みができるようになっている。

    数日前も、MLBの球団名と所在地名と本拠地名を入力したものを印刷し、ニコニコしながら僕に見せてくれた(ここでさりげなく関連記事を差し込む)。

    「いやぁ、アルロンさんにはまだまだ敵わないけど、できるようになると楽しいんだよね」

    そう語る彼の笑顔は、とても素敵だった。

    これは、紛れもなく成長だと言える。


    逆に、もしも彼がパソコンに関して何もせずにいたら、タッチタイピングはおろか、文字入力の一つもできなかっただろう。
    そりゃそうだ、何もしていないんだから。

    ただし、何もしていないということは、決してプラスマイナスゼロではない。

    世の中は目まぐるしく進んでいる。パソコンやスマホが当たり前の現代でそれらを扱えないのは、致命的である。

    さらに、大人は年を取れば取るほど、体も脳も衰えていく。タッチタイピングは指の運動にも頭の運動にもなるので、認知症の予防にも一役買ってくれるかもしれない。
    しかし、何もしなければ時間とともにどんどん劣化していく。こんなことは、自明の理だろう。

    つまり、何もしない=現状維持とは、ゼロではなくマイナス、停滞ではなく後退なのである。


    ◇


    月並みな結論だが、人生は前進か後退かの二択だと思う。

    厄介なのが、進退の具合が目に見えない(可視化されにくい)ところだ。冒頭で述べたように、自分が前進しているのか後退しているのかを判断するのは、とても困難だろう。

    そこで、僕がやっている『今日の良かったリスト』の作成を推奨したい。

    元々はメンタル保持が目的だったわけだが、成長を可視化するという意味でも役立つはずだ。

    ほんの些細なこと(「早起きした」とか「美味しいもの食べた」とか)でいいから、自分にとって良かったことを記す。

    朝弱い人にとって早起きは大きな成功だし、何かを食べて美味しいと思うのは感性が豊かな証拠。

    どんなに小さな出来事にも、前進の要素はあるはずだ。


    一見すると大したことじゃなくても、僕らは確かに進歩している。

    その小さな前進を見逃さないだけで、人はいつまでも、どこまでも成長できる。

    僕は、そう信じている。


    この記事が参加している募集

     
     
     
    物書き(エッセイや小説)。kindle『不憫男子〜フビダン〜』発売中。商業作家を目指して修行中。 |note創作大賞2025 エッセイ部門 中間選考通過、2年連続ベストレビュアー賞受賞|ポケモンとDOMOTOと特撮とコナンが好き|不憫男子|Amazonアソシエイト参加中

    あなたへのおすすめ