
特等席から眺めるみかんの魔法
幼少期の写真を見せると「わ~! ちっちゃくてかわいい~! 今と顔ちがうね!」なんていわれることが多い。全体的に褒めているように聞こえるが、「ちっちゃくてかわいい」からの「今と顔ちがうね」は三段論法的に考えるとしっかり失礼である。今だってほら、こんなにかわいいではないか。
アルバムの中の小さな僕は、だいたい変な顔か変なポーズ、あるいはフォームの正しくないスペシウム光線で突っ立っている。家の中を走り回っては騒ぎ立て、どこかケガして最後はギャン泣き、というのが幼少期の標準装備だった。THE・落ち着きのない小僧である。ゆっくりハーブティーでも飲んでいてほしい。
家の中でおとなしく座っている数少ない写真といえば、多くは祖父のひざの上だ。猫背の祖父がかいたあぐらの上に収まり、末孫として寵愛を余すことなく全身に浴びながら、小さな王様のごとくしたり顔で鎮座していた。背後から漂う龍角散っぽい独特のおじいちゃん臭や後頭部に感じるざりざりとした顎も、今となっては愛おしい。
祖父がいなければ、僕は何もできなかった。人一倍小柄だったので、テーブルの上のお皿を自分で取ることもままならない。祖父のひざの上にパイルダーオンすることではじめてみんなと対等に食事ができた。兄と姉を経て継承された祖父のひざの上は、紛れもなく僕の特等席だった。
特等席からの眺望は、あまり美しいとはいえなかった。誕生日や正月といったおめでたい日には、テーブルの上に豪華な食事が広がる。しかし身長も座高も低いので、漆塗りの桶で咲き誇るお寿司の花畑も、雄大に広がるからあげ山脈の麓も、僕の目には届かない。視界に入るのは、コップに描かれたばいきんまんくらいのもの。
その代わり、目の前にある祖父の骨ばった両手はしっかり見つめることができた。たとえば、細い指でていねいに剥かれていくみかんの皮。花嫁のヴェールアップのように白い薄皮がゆっくりとほどかれ、オレンジ色の夕陽をまとった宝石が現れる。そのつぶつぶをいちいちつまみ取っては、宝物を隠すように口に入れた。祖父が剥いてくれたみかんはなぜだか、どれもほっぺたが落ちるほどの甘さだった。それが未だに不思議である。
祖父の手で繰り広げられる魔法の対象は、節分の落花生だったりチラシの裏側だったりした。
幼児の力では砕けない固い殻を、ぱきっ、ぱきっと手際よく解体していき、露わになったピーナッツを僕の手のひらに置く。バラバラになった殻の欠片は、しわしわの両手でていねいに集めてゴミ箱へ。
つるつるしたチラシの空白には、まるで雪原に足跡を残すかのように、青のボールペンを走らせる。素朴なタッチで描かれたウルトラマンやバルタン星人は、全体的に細身でつり目だった。
そのどれもが鮮やかで、輝いていて、そのくせどこか色あせている。そっちに行けないことを知っていながら、おいで、おいでよと手招きしてくる。
祖父が旅立ってから四半世紀以上が経った今も、僕は当時と同じ家に住んでいる。同じリビングに同じテーブル、同じカーテンに同じ壁紙。だけれど、あの頃と同じ景色は二度と見られない。祖父はもういないし、僕は大きくなりすぎた。空間はさほど変わっていないのに、時間が何もかもをがらっと変えてしまったようだ。未来へとしか進まないこの足では、あたたかくてまぶしいあの頃には、どう足掻いても戻れない。
それでも、雪が降り始める頃、テーブルの上に置かれたみかんを見るとたまに思い出す。祖父の体温、祖父のにおい、祖父の肌触り、祖父の魔法の手。これらすべてがそろった僕の特等席には、きっとどんな椅子もかなわない。あそこに座っていた何気ない日々が、たくさんの愛情を注がれたという事実が、僕を血の通った人間として支えてくれている。そんな気がしてならない。
祖父を見習って、みかんをていねいに剥いてみる。白い薄皮を剥がすところでいつも失敗して、端っこの粒がぽろっと取れてしまう。コツがいるのだろうか。見ているばかりじゃなくて自分でも挑戦してたはずなのに、どうもうまくいかない。もっと教えてもらえばよかった。
今は子どもすらいない僕だけれど、いつか孫から特等席としての任を拝命する日が来るかもしれない。その暁には、目頭を灼熱にしながら、みかんの皮でもなんでも剥いてあげようと思う。ボロボロのみかんを見た孫に「じいちゃん、へたくそ」とかいわれるんだろうが、それも悪くない。
(おしまい)