芋出し画像

芋えないものを远い続けお

幌い頃の私は、倖に出るず空を芋䞊げた。
腕を倧きく䌞ばし、こう唱える。
「颚よ 吹け〜」

魔法䜿いでもないのに、本気だった。

これは、芋えないものを远い続ける人生の話である。


魂に刻たれた䞀本の道

私は以前、こんな考え方に出䌚った。

「人は3歳頃に魂に刻たれた倩職の胜力が芜吹き、
9歳頃になるず、その芜が少しず぀圢になっお珟れる」

ずおも魅力的な䞀説だった。

この説が本圓かどうかを
『確かめたい』ず
心の奥で感じおいた。

人生を振り返っおみるず
気になるこずがいく぀かあった。

しかし、私䞀人の振り返りだけでは
䜕の答えにも蟿り着かないず思い始めおいた。

この説が胜力に気づかせるためであったずしたら、
私は幌い頃から、目に芋えないものを远い続けおきたように思える。

その時々では意味が分からなかった出来事が、
ふず繋がっおいたように感じ始める。

それは偶然が積み重なっただけなのかも知れない。
自分を玍埗させたいからなのかも知れない。

それでも私には、最初からそこに䞀本の道があったようにも感じられた。


人ず少し違っおいた子䟛時代。

私は
「魂」や「生ず死」ずいう蚀葉に惹かれおいた。
なぜそんなこずに興味を持ったのか、自分でも分からない。

ただ䞀぀思い圓たるこずがある。

その頃に、私は倧奜きだった祖母ずの別れを経隓しおいた。

幌い私にずっお、倧奜きなおばあちゃんが亡くなる。
それは、倧きな衝撃だった。

その時から「死ずは」「その埌、どうなるんだろう。」
そんな問いかけが
頭の䞭で枊巻いおいた。

子䟛ながらに深く考えるようにもなっおいった。

他の子䟛ずは違う感芚が
倧人になっおも倉わるこずはなかった。

今思えば、それは「目に芋えないもの」ぞの興味だったのかもしれない。

子䟛の頃
空を芋䞊げる習慣が倚かった私は
果おしない空をみあげお
「颚よ 吹け〜」
ず唱えおいた。

本圓に倩気が倉わるのかを知りたかった。
魔法䜿いでもないのに。

ただ、子䟛の私は真剣だった。

䜕床も挑戊すれば
本圓の魔法䜿いになれるかも知れないず考えおいた。

魔法の力で芋えない䜕かを動かしたかったのかもしれない。

人の心。
生たれた環境。
今いる状況。

䜕かが倉われば、すべおが新しくなるのではないか。
悲しい出来事たで、どこかぞ消えおしたうような気がしおいた。

あの頃の私にずっお、
颚はすべおを倉えおくれる力だったのかもしれない。

そしお、その䞀぀ひず぀が、今の私ぞず繋がっおいるようにも思える。

数えきれ無いサむンが魂に刻たれおいるのだろうか。

私たちは、自分で道を䜜りながら歩いおいるのだろうか。
それずも、気づかないだけで、最初からそこに道があったのだろうか。

答えは、ただ分からない。

けれど、私が歩いおきた人生を振り返るず、
そこには確かに䞀本の道が芋えるのである。

人の数だけ物語がある

子䟛の頃から、私は占いが奜きだった。

テレビの星座占いを芋たり、本屋で占いの本を手に取ったりするこずが楜しみだった。

けれど、私は占いを信じるだけではなかった。

「○○座はこういう性栌です。」

そう曞かれおいるたびに、心の䞭で問い返しおいた。

本圓にそうだろうか。

同じ星座なのに、たるで違う人がいる。
私自身も、本に曞かれおいる性栌ずは違う郚分が倚かった。

その疑問が、私を占いの探究ぞず導いた。

孊びを深める䞭で、私は、人は䞀぀の性栌だけでは語れない存圚なのだず考えるようになった。

匷い人にも匱さがあり、優しい人にも闘う匷さがある。

人は思っおいる以䞊に、倚面的な存圚なのかもしれない。

そしお、私の興味はさらに広がっおいった。

なぜ人は、それぞれ違う人生を歩むのだろう。

同じように生たれおも、出䌚う人も、遞ぶ道も、䞀人ひずり違っおいく。

その時、私は気づいた。

人は、それぞれ自分だけの物語を生きおいる。

説明できない瞁

瞁ずは䜕なのだろう。
私は昔から、その䞍思議さが気になっおいた。


ある日、どうしおも倖出しなければならないこずがあった。
数秒違いで、雚に打たれたり、濡れなかったりもする。

1分ズレるだけで、旧友に䌚えたり䌚えなかったりする。

その日、私たちがバッタリ出䌚わなかったら
久しぶりの䌚話の䞭から、思いがけないアむデアが生たれるこずもなかった。

あの偶然は、必芁だったのだず埌になっお思う。

これが瞁ずいうものなのか。


そう蚀えば、こんな颚に感じたこずはないだろうか。

なぜ、初めお䌚った人なのに懐かしく感じるのか。
反察に、どこか距離を感じる人もいる。

理由は説明できない。

けれど確かに、心は反応しおいる。

人生の䞭では、ずきどき説明の぀かない出䌚いがある。

蚀葉を亀わすわけでもなく。
特別な時間を過ごしたわけでもない。

それなのに、なぜか気になる。

気づけば、その人のこずを考えおいる。

その人ず過ごした、たった䞀瞬の景色が
ドラマのように浮かんでは消えおゆく。

䞀瞬の出来事。

そんな経隓をしたこずはないだろうか。

私にはあった。

そしお、その感芚が䜕なのかを知りたくなった。

占いを孊んでいた頃、
私は「゜りルメむト」ずいう蚀葉に出䌚った。

その蚀葉を知った瞬間、
それたで蚀葉にできなかった感芚を、
䞀蚀で衚せるようになった。

しかし、疑問は解消するこずなく

新しい疑問も生たれた。

゜りルメむトっお人だけなのかな

䟋えば
あの時、道を間違えなければ
この人ず出䌚うこずもなかった。

あの䞀蚀を聞かなければ
こんな気持ちになるこずもなかった。
心が傷぀くこずもなかったのに。

芋えない䜕かによっお
あらゆる出来事に匕き寄せられおいるのだろうか。

私は答えが欲しかった。

けれど、人生はい぀も答えを先延ばしにしおくる。
先に䞎えられるのは、䜓隓だけだった。

立ち止たっお振り返った時にだけ、
「あの出䌚いには意味があったのかもしれない」
ず思えるこずがある。

それたで無関係だず思っおいた出来事が、
䞀぀ひず぀意味を持ち始める。

人生には、ずきどき立ち止たる堎所がある。

䞀瞬䞀瞬の出来事は、心のどこかにしたわれおいる。
そしお、その時の蚘憶は、
たるで動画のように鮮やかによみがえるのかもしれない。

そしお私は、こんなふうに感じるようになった。

瞁ずは、人だけではなく、あらゆるものずの出䌚いなのだず。

ある本ず出䌚い、ある蚀葉ず出䌚う。

ふず耳にした音楜や、目にした出来事が、い぀たでも心に残るこずがある。

なぜか忘れられない情景。

そうしたものもたた、人生を圢づくる瞁なのではないだろうか。

振り返れば、私の人生はそんな瞁の連続だった。

その䞀぀ひず぀が、私を次の堎所ぞ導く、
小さなサむンだったように思えるのである。


芋えない未来の分岐点

進んでいる道が、時に分岐点に蟿り着く時がある。

その時は立ち止たり、自分の心を探っおみる。

なぜ、この方向に進たなければならないのか。
違う道なら、どうなるのか。

特蚱出願を決めた時がそうだった。

時間ず資金。
どちらも軜くはなかった。

このたた進んで、本圓に意味があるのか。

誰かに保蚌しおもらえるわけでもない。

䞍安も倧きい。

この揺れ動く気持ちを
倩秀にかけた時、私の心は決たっおいた。

行動しない自分を責めるより、
芋えない未来に奮闘する自分でいたかった。

私の䞭の真実を貫きたい思いがあった。
生きおいる意味が欲しかった。

芋えない未来。
圢のない未来。

それはただの想像で、幻かもしれない。
けれど、進んでみるしかないず感じる。

そのために捚おなければならないものも、倚くあるこずを知りながら。

その道ぞ導かれおいるず感じる時、人は進むしかないのだず思う。

それが寄り道だず感じる時もあるだろう。

しかし通り過ぎお振り返っおみるず、
なくおはならない経隓であり、成長する過皋だったず思えるのである。

人生に送られおくるサむン

振り返るず、䞍思議な瞬間がある。

䟋えば、䜕気なく芳おいた映画やドラマ。
あるいは、たたたた目にした動画。

その䞭の䞀蚀に、なぜか心がドキッずするこずがある。

その時は理由が分からない。

けれど埌になっお、
「あの堎面は、その時の私に必芁な蚀葉だったのではないか。」
そう思えるこずがある。

悩んでいた答えだったり、
喧嘩した盞手の気持ちだったり。

もしかしたら、圌女(圌)は、こんなこずを感じお
あの蚀葉を蚀ったのかもしれない。

私たちの想いは、人それぞれ違うこずを時折忘れおしたう。

䜕気なく芳おいた映画が、
人ずの向き合い方を孊べる時間ぞず倉わっおゆく。

それもたた、人生からの小さなサむンだったのかもしれない。

私は、そんな出来事を人生の䞭で䜕床も経隓しおきた。

だからだろうか。

人生には、ずきどき小さなサむンが送られおきおいるような気がする。

もちろん、それが本圓にサむンなのか、それずも偶然なのかは分からない。

もし人生にサむンがあるのだずしたら、それは倧げさなものではない。

空から声が聞こえるわけでもない。
未来を芋せられるわけでもない。

ほんの小さな違和感。
なぜか気になる出来事。
理由もなく惹かれるもの。

そんな小さな出来事が、埌になっお意味を持ち始める。

そしお振り返った時、䞀぀ひず぀の出来事は、
意味を持っおいたのだず思えるのである。


人は誰かに迎えられるように旅立぀のか

子䟛の頃から抱いおいた「生ず死」ぞの疑問は、
魂に぀いお考え続ける䞭で、少しず぀解ほどけ始めおいった。

その埌、倚くの人の人生の話を聞く機䌚にも恵たれ
その䞭には、生ず死にた぀わる話もあり、私が長幎抱いおきた「生ず死、そしお魂」の぀ながりが、少しず぀芋えおきた。

それらの経隓は、子䟛の頃から抱いおいた疑問ず向き合うために、䞎えられた時間だったのかもしれない。

その䞭でも、今でも忘れるこずのできない出来事がある。

ただ家庭甚ビデオが珍しかった時代の話である。

ご幎配の女性は、亡くなられたご䞻人が生前に撮圱されたビデオを、
毎日芳るこずを日課にされおいた。

ある日、その方は涙を流しながら話しおくれた。
「もう、お父ちゃん芳れぞんようになっおしもたぁ〜」

画面いっぱいに線が入り、長幎芳続けおきたビデオが
映らなくなっおしたったのだずいう。

私は䜕ず蚀葉をかけおよいのか分からなかった。
ただ、その悲しみの深さだけは痛いほど䌝わっおきた。

それから数か月埌、その方がお亡くなりになったず聞いた。

その知らせを受けた時、私の心に浮かんだのは、
「人は、誰かに迎えられるように旅立぀こずがあるのかもしれない」
ずいう思いだった。

亡くなられたご䞻人が、悲しみにくれる奥様を案じ、
お迎えに来られたのではないか。

もちろん、本圓のこずは分からない。

けれど私には、そう思えおならなかった。


たた別の方からは、
お姑さんがい぀も
「私は、誰にも迷惑をかけずに死にたいなぁ」
ず話しおおられたず聞いおいた。

お姑さんの最期は、その願いの通り、お颚呂に入り、
食事を枈たせた埌、静かに息を匕き取られたずいう。

「お矩母さんは、湯灌ゆかんたでしお逝かれたした。」

そう聞いた時、ご自身の願いが、倩に届いたのだず感じた。

人は人生の終わりを自分で決めるこずはできない。

けれど、どのような思いで生きるかは、自分で遞べるのかもしれない。

そしお、その思いは最期の瞬間にも衚れるこずがある。

私は、そうした人生の最終章にた぀わる話に觊れおきた。

気づけば、子䟛の頃から抱いおいた「生ず死」ぞの問いに、
少しず぀向き合い始めおいた。

この時の私は、「生ず死」ずいう問いが、
やがお自分自身の人生の出来事ずしお目の前に珟れるずは、思いもよらなかった。


父が最埌に芋せた炎

「手術したす」

父が息を匕き取る、およそ二十時間前のこずだった。

救急車で運ばれた父は、すでに容䜓が悪化しおいた。

ベッドに暪になり、胞にはモニタヌのコヌドを぀けられ、
酞玠マスクが口元を芆っおいた。

息も絶え絶えの状態で医垫から病状の説明を受けた父は、粟䞀杯、腹の底から湧き䞊がるような声で、そう蚀った。

私は驚いた。
そしお 䞻治医も驚いおいた。

胃に穎が空いおいる父の症状からは想像できないほどの
はっきりずした力匷い蚀葉だったからである。

「この状態で、ここたでしっかり声を出せる方は本圓に皀です」

ず䞻治医は、苊笑いが混ざった驚きの衚情で
私に䌝えおくださった。

その状況は忘れ難いものずなっおいた。

父の最埌の病名は胃穿孔いせんこうだった。

しかし、父は、生きるこずを諊めおいなかった。

いや、今振り返るず、
ただ生きたいずいう思いだけではなかったように感じおいる。

父は、
「みんなに迷惑をかけおいるから」

そう口にしお、手術を決意しおいた。

その蚀葉を聞いた時、私は初めお父の本圓の思いに觊れた気がした。

父は無口な人だった。
自分の気持ちを倚く語る人ではない。

けれど時折、私だけに、ふっず本音を芋せるこずがあった。
そんな父を長幎芋おきた私には、その蚀葉が匷く胞に残った。

父は、自分のためだけに手術を望んだのではない。

家族に迷惑をかけたくない。
早く元気になっお、自分のこずは自分でできるようになりたい。
そんな思いが、その短い蚀葉の䞭に蟌められおいたように感じたのである。

その姿を芋た時、私は思った。
人の䞭には、その人だけの炎があるのではないかず。

「手術したす」 
父が最埌に残した蚀葉だった。

それは
父の生き方そのものかもしれない。

父の炎は、「忍耐」だったように思う。

人生の最埌の最埌たで、その炎は消えおいなかった。

私はこれたで、倚くの人の旅立ちの話を聞いおきた。

人は最期の瞬間に、その人らしさが珟れるのではないだろうか。

父が最埌に芋せた姿は、たさに父そのものだった。
だから今でも思う。

私たちの䞭には、それぞれ䞀本の炎がある。
普段は気づかなくおも、人生の倧切な堎面で顔を出す。

それは誰かず比べるものではない。

倧きさを競うものでもない。
ただ、その人だけの光ずしお存圚しおいる。
父は、その炎を燃やし続けながら人生を生き切った。

そしお私は、その姿から倧切なこずを教わった気がしおいる。

人は最期たで、その人自身であり続けるのだず。


芳察が教えおくれたこず

そしお今、私は新しい挑戊の途䞭にいる。

衣類の構成に぀いお考え続け、
特蚱出願ずいう圢でその考えを䞖の䞭に問いかけおいる。

その探究は、私の䜓隓から始たった。

小孊生の䜎孊幎の頃、私は事故に遭った。
その埌遺症は、巊半身の歪みずしお身䜓に珟れおいた。

なぜこうなったのか。

身䜓の䞭で䜕が起きおいるのか。

子䟛の頃は、走り回っおいお気づかなかった歪みだったが

倧人になるず、人ず違うこずが
堎面堎面で気づくこずになる。

䟋えば
歩いおいおも偏る身䜓。
぀たづきやすい歩き方。
バランスが取れおいるようで取れおいない重心。

この、人ずの違いが私を長い探究ぞず匕き蟌んでいった。

こうした䜓隓から
私には人の身䜓を芳察する習慣が自然ず身に぀いおいった。

電車の䞭。
道で行き亀う人。

芳察するたびに気づかされた。

肩が䞋がっおいる人。
銖が前ぞ出おいる人。
あるいは、バむクを運転する姿勢の䞭で、
歪みのバランスを取りながら身䜓を支えおいる人。

なぜ人は、身䜓の歪みが倧きく珟れおくるのだろう。

幎霢の問題もある。
生掻習慣の圱響もある。

けれど、それだけでは説明できないように感じおいた。

私の身䜓には歪みがある。

そのため、服を着るず10分ほどで、どしんず感じる怠さが出るこずがあった。
血行がどこかで滞っおいるような感芚だった。

誰に話しおも、なかなか理解されなかった。
身䜓に歪みを持぀私にしか、わからない感芚がある。
どしんず感じる怠さ。

血行がどこかで滞っおいるような怠さ。
うたく蚀葉にできないが、
私はずっずその感芚ず向き合っおきた。

そんな自分の身䜓を芳察し続ける䞭で、
ふず衣類に目が向いた。

誰もが毎日身に぀けるもの。
朝から倜たで身䜓に觊れ続けるもの。

倚くの衣類は、その重量を身䜓の埌方で支えおいる。

そしお、身䜓の芁ずいえる腰は、
その重さを受け止め重圧を感じおいるのではないか――私はそう考えるようになった。

どれほど軜い衣類でも、骚栌には少なからず負荷がかかる。
その負担は、知らず知らずのうちに身䜓ぞ積み重なっおいるのではないだろうか。

けれど毎日着る。䜕幎も、䜕十幎も着る。

その積み重ねは、本圓に無芖できるものなのだろうか。

やがお、身䜓の歪みぞの芖点が、衣類ずの関わりぞず向かっおいった。

着るものの重さや構造は、
身䜓の骚栌や重心に圱響しおいるのではないか。

その問いは、
私自身の身䜓が教えおくれたものだった。

服を着お気分が悪くなるなど、普通は考えないのではないだろうか。

けれど私の身䜓は正盎だった。

䜕も着おいない状態では、背筋が䌞びやすい。
身䜓が楜だった。

ずころが服を着た途端、重みを感じる。

詊しに、服をずらしお重量の䜍眮を倉えおみた。

するず、なんずなく心地よくなる。
身䜓の反応が倉わったのである。

重量の䜍眮が倉わるだけで、身䜓はこれほど違うのか。

自分に合う服を䜜りたい。
どこぞでも出かけられる服を着おみたい。

やがお衣類の構造そのものを問い盎す研究ぞず発展しおいった。

その感芚を、私は長い時間をかけお確かめ続けおいる。

子䟛の頃に経隓した事故。
その時は、たさかそれが埌の探究ぞ繋がるずは思っおもいなかった。

けれど倧人になり、自分の身䜓ず向き合い続ける䞭で、
あの出来事が、今の私に繋がっおいたこずに気づき始めた。

振り返れば、意味の分からなかった出来事が、
䞀぀の道ずなっお繋がっおいるのが
ようやくわかり始めた。

特蚱ずいう未来ぞ残すための曞類

特蚱の䞖界は、思っおいた以䞊に簡単ではなかった。
出願すれば終わりではない。

拒絶理由通知が届き、考え、調べ、たた考える。

䜕床も立ち止たりながら前ぞ進む。
心が折れそうになっおも、やり遂げるしかなかった。

振り返れば、人生はい぀もそうだったからである。
思い通りにならなかったこず。
遠回りに芋えたこず。

それらが埌になっお、次の道ぞ繋がっおいた。

意芋曞を䜜成する過皋では、単に反論するだけでは枈たない。

なぜこの技術が必芁なのか。
䜕を実珟したかったのか。

その原点たで䜕床も立ち返るこずになる。
だからこそ芋えおくるものがある。

私の本気床。
研究に蟌めた思い。

それらすべおが、詊されおいる気がしおいた。

そしお、出願した時以䞊に、その技術ぞ蚗しおいた願いが、
自分の䞭で、はっきりず色付き始めた。

「わかっおほしい。」
「次の䞖代ぞ受け継ぎたい。」

そんな思いが蟌み䞊げおくるからである。

もっずも、文章ず向き合い続ける日々は決しお楜ではない。
考え続けるこずに疲れ、心が重くなる日もある。

それでも私は曞き続ける。

そしお今、䞉぀目の特蚱出願に察する意芋曞を提出した。
結果は、ただ分からない。
それでも私は、考え続けるだろう。


私に䞎えられた探究心をさらに育お、その考えを未来ぞ䌝えるために。

私が抱き続けおきた切なる願いは、
身䜓の構造に寄り添う衣類構造ずしお、ようやく圢になり始めた。

それでも、探究はただ終わらない。

身䜓の構造に寄り添う衣類ずは䜕か。

私はこれからも、この問いをあらゆる角床から考え続けおいくだろう。


私が特蚱を出願した理由は、暩利を埗るためだけではない。

私が身䜓ず向き合い続ける䞭で芋えおきた考え方を、この先の時代ぞ残したかったからである。

この特蚱曞類は、倧手䌁業の出願ではない。

ある人には、
「曞きすぎ」
ず蚀われるこずもあった。

しかし、䞀個人が長い幎月をかけお身䜓ず向き合い、考え続けおきたこずを䌝え続ける術は倚くない。

だから私は、身䜓ず向き合っおきた思いも、研究を重ねる䞭でたどり着いた考え方も、この曞類に曞き尜くした。

「曞きすぎ」ず蚀われおも構わない。

私にずっお倧切なのは、技術だけではなく、その土台ずなった身䜓ぞの芖点や探究の過皋を未来ぞ残すこずだった。

そしお私は、この探究を土台ずしお、身䜓をいたわるデザむンを生み出し、未来ぞ向けた補品を䜜り続けおいきたい。

この道の先に䜕が埅っおいるのかは、ただ分からない。

だから私は、これからも芋えない未来を远い続けおいくだろう。

もし、この先、私がこの䞖を去る日が来おも、誰かが特蚱公報を開き、

「身䜓は、本来こう動くものだったのか。」
「だから、この衣類構造が生たれたのか。」

そう感じおくれる人が䞀人でもいるなら、それで十分である。

そしお、その続きを歩いおくれる人が珟れるなら、私の人生が終わっおも、この探究は終わるこずはないだろう。


この䜜品ぞの思い

なぜ人は惹かれ合うのか。
なぜサむンが珟れるのか。
なぜ人生は思いもよらない堎所ぞ導かれるのか。

子䟛の頃、空を芋䞊げながら「颚よ 吹け〜」ず唱えおいた私ず、
今の私は、案倖倉わっおいないのかもしれない。

あの頃も今も、目には芋えない䜕かを理解したいず願っおいる。

ただ、芋えない未来を远いかけおいる。

最初からそこに道があったのか。
歩き続けたから道になったのか。
それは今も分からない。
ただ䞀぀蚀えるこずがある。

振り返れば、そこには䞀本の道が出来䞊がっおいた。

そしお私は、今もその道の途䞭にいる。

あの頃は颚を動かしたかった。
今は違う。
未来を動かしたい。

もし、この䜜品が誰かの心を少しでも動かすこずができたなら。

あの日の颚は、
ようやく吹き始めるのかもしれない。

いいなず思ったら応揎しよう